東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1279号 判決
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【判旨】
本件のように無権限の者が直接本人名義の署名捺印を行う方法(いわゆる機関方式)により手形を偽造した場合であつても、民法一一〇条の類推適用により名義人が手形上の責任を負う場合がある(最高裁判所昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決、民集二二巻一三号三三八二頁参照)。
既に認定したように木村は本件不動産を担保に金員を借入れるにつき被控訴人から代理権を授与されていたもので、その権限を越えて本件手形に裏書をしたものであるところ、控訴人は木村を被控訴人と誤信し、本件手形の裏書は正当な権利者によつてなされたものと信じたのであるから、控訴人が右のように信じたことに正当な理由があるか否かについて次に検討する。
<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ<る。>
(一) 控訴人の監査役田邊克育は、昭和五六年一月二〇日ころ、十数年来の知人である堀内から、被控訴人に対し本件不動産を担保に金二〇〇〇万円を融資してくれる金融業者の紹介を依頼され、右融資の話を控訴人の代表者桜井浦次郎ら役員に伝えた。田邊克育の説明では、被控訴人に対する融資は池袋信用組合から融資がなされるまでのいわゆるつなぎ融資であり、被控訴人が返済できない場合には堀内が本件不動産を売却処分するので利益が生ずるとのことであつたので、控訴人は本件不動産に根抵当権を設定して荒川信用金庫尾久駅前支店(以下、「荒川信金」という)から二〇〇〇万円を借受けたうえこれを被控訴人に融資することにした。
(二) 昭和五六年一月二七日、八日ころ控訴人の事務所に荒川信金の融資担当者榎本忠司、堀内、木村及び控訴人代表者らが参集し、荒川信金から控訴人に対する融資の手続が行われたが、その際、堀内は木村が被控訴人でないことを知りながら木村と合意のうえ木村、被控訴人のいずれとも面識のない控訴人の役員及び榎本に対し、木村を借入れの当事者である被控訴人であると紹介した。木村は、名刺その他直接氏名を示すものを呈示せず、呈示を求められることもなかつたが、被控訴人の実印、印鑑登録証明書、本件土地の登記権利証を持参し、控訴人代表者らの面前において、榎本忠司の用意した手形貸付保証約定書、連帯保証並びに担保提供確認書及び登記申請委任状等に被控訴人の氏名を自署し名下に被控訴人の実印を使用して捺印するなど、終始被控訴人本人のように振舞つた。当日書類が完備しなかつたため、翌二九日ころ木村は控訴人を介して根抵当権設定登記に必要な書類の一切を荒川信金に交付した。
(三) 荒川信金から控訴人への融資は同月三一日利息を控除したうえ一〇〇〇万円の預金小切手及び九八〇万円余の現金でなされ、控訴人は同日これを控訴人の事務所において木村に交付したが、控訴人と被控訴人間の消費貸借契約証書は作成されず、木村はオーロラ・ジェイエス振出の本件手形にその場で被控訴人名義の署名捺印をして裏書(甲第一号証の二)をし、二〇〇〇万円の領収証(甲第四号証)にも被控訴人名義の署名捺印をして控訴人に交付するとともに、手数料もしくは利息として木村もしくはオーロラ・ジェイエス振出にかかる小切手を控訴人に交付した。
(四) 木村は被控訴人の印鑑登録証明書に記載された被控訴人の年令と同年輩であり、荒川信金との根抵当権設定契約、本件手形に対する裏書などの体裁にも何ら疑念を抱かせる点はなく、木村の言動に同人が被控訴人本人ではないことを示唆するような点はなかつたため、控訴人代表者は、木村を被控訴人と信じ本件手形の裏書を被控訴人の行為と信じた。
以上認定の事情の下においては、控訴人代表者が木村のなした本件手形の裏書を被控訴人の行為と信じたことは無理からぬものがあり、右のように信ずるについて取引上要求される注意を欠いた過失があるものということはできない。木村が控訴人から融資を受けるに当たり控訴人に差し入れた本件手形及び右融資の手数料もしくは利息の支払のため控訴人に交付した小切手が、いずれも被控訴人振出名義のものでなかつたとしても、被控訴人が銀行に当座預金口座を有していない場合には、右のように他人振出名義の手形、小切手により支払をすることもありえないものではないから、右の事実をもつて木村の裏書行為の権限につき疑念を生ぜしめるに足りる事情とすることはできない。そうすると、控訴人には、本件手形の裏書が権限のある者によつてなされたものと信ずるについて正当な理由があつたものということができるから、民法一一〇条の類推適用により被控訴人は木村のなした本件手形の裏書につき裏書人としてその責任を免れない。
(近藤浩武 林醇 渡邉等)