東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2245号 判決 1985年9月26日
昭和五八年(ネ)第二二四五号事件控訴人 同年(ネ)第二三三四号事件被控訴人 (第一審被告) 田中清
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 木下哲雄
昭和五八年(ネ)第二三三四号事件控訴人 同年(ネ)第二二四五号事件被控訴人 (第一審原告) 昭信自動車工業株式会社
右代表者代表取締役 田中久夫
右訴訟代理人弁護士 北村行夫
右訴訟復代理人弁護士 藤田徹
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 第一審被告らは、第一審原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明渡し、各自昭和五六年一二月四日から右明渡ずみまで一か月金一一万三二一二円の割合による金員を支払え。
2 第一審被告田中清、同田中好は、第一審原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明渡し、各自昭和五六年一二月四日から右明渡ずみまで一か月金七万四四九七円の割合による金員を支払え。
3 第一審被告田中清は、第一審原告に対し、金四〇万二五八〇円を支払え。
4 第一審原告のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その四を第一審被告らの、その余を第一審原告の各負担とする。
三 この判決は、主文第一項の3に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
第一審被告ら代理人は、第二二四五号事件について、「原判決中、第一審被告ら敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第二三三四号事件について、控訴棄却の判決を求めた。
第一審原告代理人は、第二三三四号事件について、「原判決中、主文第二、第三項を取り消す。第一審被告らは、別紙物件目録一及び同目録二の2各記載の各建物を明渡し、連帯して金四〇万二五八〇円及び昭和五六年一二月四日から右明渡ずみまで、一か月金一三万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに右第二項について仮執行の宣言を求め、第二二四五号事件について、控訴棄却の判決を求めた。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 第一審原告は、別紙物件目録一、二各記載の各建物(以下「本件建物一」、「本件建物二」という。)を所有している。
2 第一審原告は、第一審被告田中清に対し、昭和四九年三月二〇日、本件建物一及び本件建物二のうち別紙物件目録二記載の2の建物部分(以下「本件2の建物部分」という。)を賃料一か月七万円で賃貸し、その後賃料は、昭和五四年一月一日以降月額八万五〇〇〇円に、同五五年八月一日以降月額一三万円にそれぞれ変更されているうえ、昭和五六年一月一日付で更新された(以下「本件賃貸借契約」という。)。
3 第一審被告らは、昭和五六年一一月以前から本件建物一に居住し、本件2の建物部分を使用しているほか、遅くとも同年一一月からは本件建物二のうち別紙物件目録二記載の1の建物部分(以下「本件係争建物部分」という。)を占有使用している。
4 第一審原告は、第一審被告田中清に対し、昭和五六年一一月二三日到達の書面をもって、本件係争建物部分の明渡及び同年九月分以降の未払賃料の一〇日以内の支払を求めたが、同人がこれに応じなかったことから、第一審原告は、第一審被告田中清に対し、同年一二月三日到達の書面をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
5 第一審被告らの本件係争建物部分の占有使用により第一審原告の被る損害は一か月当り一〇万三〇四三円である。
6 よって、第一審原告は、第一審被告田中清に対し、本件賃貸借契約の解除に基づいて、本件建物一及び本件2の建物部分の明渡と昭和五六年九月から同年一二月三日までの未払賃料四〇万二五八〇円の支払を求めるとともに、所有権に基づいて、本件係争建物部分の明渡を求め、その余の第一審被告四名に対し、第一審被告田中清と連帯して右未払賃料四〇万二五八〇円の支払を求めるとともに、所有権に基づいて、本件建物一、二の明渡を求め、かつ、第一審被告らに対し、連帯して昭和五六年一二月四日から明渡ずみまで、本件建物一、二の賃料相当額である一か月二三万三〇四三円の割合による損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める(ただし、後記三、1のとおり、本件賃貸借契約の目的物には、当初から本件係争建物部分が含まれていたものであり、賃料もこれを含んだものである。)。
3 同3の事実は認める(ただし、第一審被告田中清らが本件係争建物部分の使用を開始したのは、昭和五六年一一月以前の同四九年秋ころである。)。
4 同4の事実中、第一審原告主張のころ、第一審原告が第一審被告田中清に対し、本件賃貸借契約の解除の意思表示をしたことは認めるが、解除の理由が明示されていたことは否認する(なお、後記三、3のとおり、第一審被告田中清は、昭和五六九月二日、同月分以降、毎月一三万円の賃料を供託している。)。
5 同5の事実は争う。
三 抗弁
1 本件係争建物部分の賃貸借
本件賃貸借契約は、本件係争建物部分を含むものであり、その事情は次のとおりである。
(一) 第一審被告田中好は、高級家具製造職人であり、第一審原告の前代表者亡山岸春夫(以下「山岸春夫」という。)は、右田中好に家具を注文していたことが縁で知合いとなり、山岸春夫から本件建物二の工場が空いているので、家具製造の仕事場として利用することを勧められたことから、第一審被告らはこれに応じて本件建物一に入居し、本件建物二を使用するに至ったものである。ただ入居当時は第一審原告の都合で、本件係争建物部分は事実上使用できなかったため、契約書上は本件建物一及び本件建物二の一部を賃貸借する旨の記載がされているが、本件賃貸借契約の目的物には当然本件係争建物部分が含まれていたものである。このことは、本件係争建物部分を除く本件2の建物部分のみでは、家具製造業を営むためには狭あいにすぎて、これを賃借する意味がないことに照らしても明らかである。
(二) 第一審被告らは、昭和四九年秋ころから本件係争建物部分を使用しているが、山岸春夫は何度もこれを見ているのに、第一審被告らに対し何らの苦情も云わなかった。
2 仮に、本件賃貸借契約の目的物に本件係争建物部分が含まれないとしても、
(一) 昭和四九年三月二〇日、第一審原告と第一審被告田中清との間において、本件係争建物部分について、第一審被告田中清が、工作機械設置及び材木置場として無償で使用し得る旨の合意が成立したものであり、右使用貸借契約に基づく本件係争建物部分の使用収益は未だ終了していない。
(二) 昭和五五年八月ころ第一審原告が、本件賃料を、従来の月額賃料の五割を超える一三万円に増額した時点で、第一審原告と第一審被告田中清との間において、本件賃貸借契約の目的物に本件係争建物部分を含む旨の合意が成立したものと解するのが、信義則上相当である。
3 賃料の供託
(一) 第一審原告は、第一審被告田中清に対し、昭和五六年八月ころ本件賃料を月額一三万円から二〇万円に増額する旨を申入れたが、第一審被告田中清がこれを了承しなかったため、右賃料増額について合意が成立しなかった。
(二) そこで、第一審被告田中清は、同年九月二日、同月分の本件賃料一三万円を供託し、その後も毎月右賃料一三万円を供託している。
(三) なお、右供託に際し、第一審被告田中清は、昭和五六年九月二日付供託の同月分から同五七年九月二〇日付供託の同月分までの一三か月分(月額各一三万円)の各供託書上の被供託者を山岸春夫個人としたが、右は第一審被告田中好、同田中清らが第一審原告と当時の第一審原告代表者山岸春夫個人とを明確に区別せず混同していたこと及び第一審被告田中好から右供託手続を依頼された訴外長野借家人組合(以下「訴外組合」という。)の担当職員が法律的素養をいささか欠いたことによる単純な誤記にすぎず、しかも昭和五七年一〇月には右瑕疵に気付き、同月二一日付供託の同月分の賃料以降は、第一審原告を被供託者として供託をしている。したがって、右供託手続上の瑕疵は、前記各供託による本件賃料についての弁済の効力に影響を及ぼすものではない。
4 権利濫用
第一審被告田中清が、本件係争建物部分を工作機械設置及び材木置場として使用する必要性は極めて大きいところ、これを一方的かつ本件建物一、二の全面的な明渡を求めることは、本件賃貸借契約に関する従来の経緯に鑑みて権利濫用であり、許されないものというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の冒頭の事実は否認する。同(一)の事実中、第一審被告田中好が高級家具製造職人であったことは認め、その余の事実は否認する。同(二)の事実は否認する。
2 抗弁2の(一)の事実は否認する。なお、山岸春夫は、当時第一審原告において本件係争建物部分を使用する必要性が少なく、かつ、第一審被告田中好らに対する情宜上から、第一審被告らの本件係争建物部分の無断使用による違法状態を事実上黙認していたものであって、第一審被告ら主張のような本件係争建物部分について使用貸借契約の成立を認めたものではない。同(二)の事実は争う。
3 抗弁3の(一)の事実は認める。同(二)の事実は認めるが、第一審原告に対する適法有効な供託がされた事実は否認する。同(三)の事実中、第一審被告田中清が、本件賃料の弁済供託として昭和五六年九月二日から同五七年九月二〇日までの間、一三回にわたり毎月一三万円の供託をしたこと、右各供託者を山岸春夫個人としてされたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
なお、第一審被告らは、右各供託が被供託者を山岸春夫個人としたことについて、単なる誤解ないし誤記にすぎない旨主張するが、右は賃貸人の第一審原告が右供託金の返還請求をし得ないように企図したものと推認される。また、仮に、過失によって山岸春夫個人宛の供託をしたとしても、第一審原告は、第一審被告田中清に対し、昭和五六年一一月二一日延滞賃料全額の支払を請求して右賃料受領の意思表示をし、その際一部明渡せば賃料値下げもあり得ることまで明示していたのであるから、その後第一審被告田中清において、本件賃料を弁済供託する要件を欠くに至り、該供託による弁済の効力はないものというべきである。そして、このように第一審被告田中清が、あえて山岸春夫個人を被供託者とする供託を続行したことは、第一審被告らが本件係争建物部分を不法に占有していることと合わせ考えると、第一審被告田中清は、本件賃貸借契約の当事者として、その信頼関係に著しく違背するものというべきである。
4 抗弁4の事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一1 請求原因1、2の各事実及び同3の事実のうち、第一審被告らが本件係争建物部分を占有した始期を除いた事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》によると、第一審被告田中清、同田中好は、昭和五〇年ころから本件2の建物部分を食み出して木工用工作機械を設置し、木材を搬入し、本件係争建物部分を使用するようになり、その後遅くとも昭和五二年一一月ころには、本件係争建物部分のほぼ全部を家具製造のため占有使用するに至ったことが認められ(る。)《証拠判断省略》
二 本件係争建物部分が本件賃貸借契約の目的物に含まれるか否かについて
1 《証拠省略》によると、昭和四九年三月二〇日の本件賃貸借契約成立時に、同年四月一日付で「建物(一部)賃貸借契約書」が作成されているが、右契約書は、表題部に特に「一部」と明記されているうえ、賃貸目的物の範囲についても本件建物一及び本件建物二(倉庫)の一部床面積五二・八平方メートル並びに倉庫北側の外屋に限定される旨記載されており(なお、右本件建物二(倉庫)の一部の具体的範囲が、本件2の建物部分に該当することは、右面積によって推認される。)、さらに、昭和五四年には、第一審原告と第一審被告田中清との間で、右契約書の写しを用いて、年月を五四年一月に、賃料を八万五〇〇〇円にそれぞれ訂正したほかは、賃貸目的物の範囲については、特に削除、訂正することなく、右契約書の従前の記載をそのままにして、改めて同年一月一日付の建物(一部)賃貸借契約書が作成されていることが認められ(る。)《証拠判断省略》
2 《証拠省略》によると、本件係争建物部分は、一棟の倉庫(旧工場)のうち西側部分約五二・八平方メートル(本件2の建物部分に該当する部分)を除いた東側部分約一八五・二一平方メートルであるが、右両部分を区分すべき線を具体的に示す柱、壁等の仕切りはなく、右西側部分の南西角付近にある幅一・六八メートル、高さ一・八三メートルの引き戸式の出入口のほかは、南側道路及び北側外屋への出入口も共通であるところから、第一審被告田中好、同田中清親子は、本件建物二(倉庫)全部を家具製造のために使用し、右西側部分に自動一面鉋、手押鉋、丸鋸、ルッターマシン各一台を、右両部分を区分すべき線に該当する付近に、右東側部分に食み出す形でホットプレス、ミシン、コールドプレス各一台を設置して木工作業場として使用するとともに、本件係争建物部分は、主に木材置場として使用していることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上認定の事実を総合して判断すると、本件賃貸借契約の目的物には、本件係争建物部分は含まれないものと認めるのが相当である。したがって、第一審被告田中清、同田中好は、正当な権限なくして本件係争建物部分を占有使用しているものというべきである。なお、その余の第一審被告三名については、本件全証拠によるも、本件係争建物部分に対する独自の占有を認めることはできない。
3 ところで、第一審被告らは、昭和五五年八月ころ本件賃料が月額一三万円に増額された際、第一審原告と第一審被告田中清間において、本件賃貸借契約の目的物に本件係争建物部分を含む旨の合意が成立したことを仮定的に主張するが、本件全証拠によるも、右主張のころ本件賃貸借契約の内容が、その目的物に本件係争建物部分を含むものとして変更された事実は、これを認めることはできない。
4 さらに、第一審被告らは、昭和四九年三月二〇日、第一審原告と第一審被告田中清間において、本件係争建物部分について使用貸借契約が成立した旨を仮定的に主張し、右主張に一応副う原審及び当審における第一審被告田中好の供述もあるが、右供述は《証拠省略》に照らし、にわかに信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも、山岸春夫が、第一審被告田中清らの本件係争建物部分の使用について、当初特に異議を述べなかったことが窺われるけれども、《証拠省略》によると、これは同人が当時友好関係にあった第一審被告田中好に対する情宜から事実上黙認していたにすぎないものと認められるから、右事実をもっては、未だ本件係争建物部分についての使用貸借契約の成立を認めることは困難であり、他に第一審被告らの右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
三 本件賃貸借契約の解除について
1 第一審原告が、昭和五六年八月ころ第一審被告田中清に対し、本件賃料を従来の月額一三万円から二〇万円に増額する旨申入れたが、同第一審被告がこれを拒否したため、右賃料増額について合意が成立しなかったこと、そのため第一審被告田中清が、同年九月二日に同月分の賃料として一三万円を供託し、その後も当月分の賃料として各一三万円を毎月供託していること、昭和五六年九月二日から同五七年九月二〇日までの右賃料供託の際、被供託者の表示を山岸春夫個人宛としたこと、第一審原告が、第一審被告田中清に対し、昭和五六年一二月三日到達の書面をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 前記1の争いのない事実と《証拠省略》によると、第一審被告田中清は前記昭和五六年九月二日に九月分の賃料を供託した後、同年一〇月八日に一〇月分、一一月一〇日に一一月分、一二月八日に一二月分の賃料として各一三万円を、いずれも被供託者の表示を「須坂市大字小河原字別府山道南沖二一五六番地山岸春夫」として供託していること、第一審原告は、第一審被告田中清に対し、昭和五六年一一月二三日到達の書面をもって、本件係争建物部分に該当する建物の一部を不法占有するとして、右部分を五日以内に明渡すこと及び同年九月分以降の本件賃料を滞納しているとして、右未払賃料全額を同年一一月末日までに支払うことをそれぞれ求め、その不履行を条件に本件賃貸借契約を解除する旨の相当期間を定めた催告をしたが、第一審被告田中清がこれに応じなかったことから、第一審原告は、同年一二月三日第一審被告田中清に対し、右賃料不払等を理由に本件賃貸借契約(同年一月一日付で更新されている)を解除する旨の意思表示をしたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3(一) ところで、第一審被告田中清は、本件賃料として昭和五六年九月二日から同五七年九月二〇日までの間、毎月賃料として各一三万円を、いずれも被供託者を当時第一審原告代表者であった山岸春夫個人として供託していることは、前判示のとおりである。一般に弁済供託は、債権者の協力を得ることなく、その法的効果として右供託の事実により直ちに当該債務の弁済を免れることになる制度であるから、法人宛にすべきものを右法人代表者個人宛に弁済供託したような場合にも、右混同ないし誤記について宥恕すべき特段の事情のない限り、右供託の法的効果として当然には当該法人に対する弁済の効力を肯認することはできないものと解するのが相当である。
(二) これを本件についてみると、《証拠省略》によると、本件賃貸借契約の賃貸人は、契約書上、当初から第一審原告であることが明記されていること、当初賃料の昭和四九年四月分から同年八月分までの月額各七万円の各支払賃料についての第一審被告田中好の現金出納帳上の処理も、第一審原告の「昭信自動車」に支払った旨記載されていること、第一審被告田中清は、主に父親の同田中好を介して、本件賃料を毎月第一審原告の肩住所地(本店)に持参して支払っていたこと、昭和五五年八月本件賃料を月額一三万円に増額する合意が成立した際にも、第一審被告田中好が同月分の賃料を前記本店事務所に持参したところ、第一審原告の森常務から賃料値上げについて当時の山岸春夫社長と話し合うよう指示されていること、第一審原告が、本件賃貸借契約に関連して、第一審被告田中清に発送した交渉文書には、常に賃貸人として第一審原告名が明記されていたこと等の事情が認められ(る。)《証拠判断省略》
(三) そして、以上認定の事実を総合して判断すると、第一審被告田中清ないし同田中好が、前記昭和五六年九月二日から同五七年九月二〇日までの間、本件賃貸借契約の賃貸人を第一審原告ではなく山岸春夫個人であると誤解したうえ、被供託者を山岸春夫として前記各供託を続けたものとは到底認められず、また、第一審被告らは、第一審被告田中清から、同田中好を介して、右供託手続を依頼された訴外組合の担当職員が、該供託の際、誤って被供託者を山岸春夫として供託手続をした旨主張するが、《証拠省略》によると、同人は、訴外組合に右供託を依頼する際、本件賃貸借契約書等を持参して訴外組合に預けたことが推認されるから、いかに法律的素養を欠くとはいえ、右契約書類には前記のように賃貸人として第一審原告名が明記されているにも拘わらずこれを誤って被供託者名を山岸春夫と記載するなどということは、通常考えられないことであり、第一審被告らの右主張は到底肯認できない。さらに、本件全証拠によるも、右供託手続上、被供託者を山岸春夫としたことについて宥恕すべき特段の事情は認められない(なお、《証拠省略》によると、第一審被告田中清は、その後昭和五七年一〇月二一日付の同月分の賃料供託において、被供託人を第一審原告名に訂正し、爾後同様に被供託者を第一審原告として本件賃料の弁済供託をしていることが認められるが、右供託の事実があるからといって、それ以前になされた前記各供託の瑕疵が、当然に治癒されて遡及的に有効になるものでないことは言うまでもない。)。
したがって、第一審被告田中清の前記各供託は、被供託者を第一審原告とすべきであるのに、山岸春夫個人としてなされたものであるから、その余の点について論ずるまでもなく、第一審原告に対する本件賃料債務についての弁済の効力を生じないものというべきである。
4 以上によると、第一審原告が、本件賃貸借契約を解除した当時、第一審被告田中清は、前判示のとおり、本件係争建物部分を不法に占有しているばかりでなく、本件賃料についても、昭和五六年九月分から同年一一月分まで三回にわたり賃料を支払わなかったものというべきである。そして、賃借人である第一審被告田中清の右賃料不払等が、賃貸人である第一審原告に対する信頼関係に違背するものと認めるに足りない特段の事情は、本件全証拠によるも認められない。
したがって、第一審原告が、昭和五六年一二月三日第一審被告田中清に対し、右賃料不払を理由としてなした本件賃貸借契約の解除の意思表示は有効というべきである。なお、第一審原告の右契約解除をもって、権利濫用として許されないものとすべき事情は、本件全証拠によるも認められない。また、本件賃貸借契約は、本件建物一及び本件2の建物部分を一体として賃貸借し、賃料も一括して定められた一個の賃貸借契約であるから、賃借人である第一審被告田中清の賃料不払を理由とする右契約解除により、本件建物一及び本件2の建物部分についての本件賃貸借契約は全部終了したものというべきである。
四 損害額について
1 前判示のとおり、本件賃貸借契約は、昭和五六年一二月三日解除により終了したものであるから、同月四日以降、第一審被告田中清、同田中好は本件建物一、二を、その余の第一審被告三名は本件建物一を、いずれも正当な権限なくして占有しているものというべきである。
2 そして、第一審被告らの本件建物一の、第一審被告田中清、同田中好の本件建物二の各占有により、第一審原告が被るべき損害額については、《証拠省略》によると、本件建物一及び本件2の建物部分の賃料相当額は、本件建物一の賃料相当額の二分の一を上回らないものと認められるから、両者の割合を一対二として計算すると、別紙計算表記載のとおり、本件建物二の賃料相当額は、一か月七万四四九七円となり、本件建物一の賃料相当額は、一か月一一万三二一二円となる。したがって、右各賃料相当額をもって、第一審原告が被るべき損害額とするのが相当である。
五 以上の次第で、第一審原告に対し、第一審被告らは本件建物一を明渡し、かつ、各自本件賃貸借契約解除の翌日である昭和五六年一二月四日から右明渡ずみまで一か月一一万三二一二円の割合による賃料相当損害金を支払うべき義務を、第一審被告田中清、同田中好は、本件建物二を明渡し、各自前同日から右明渡ずみまで一か月七万四四九七円の割合による賃料相当損害金を支払うべき義務を、第一審被告田中清は、昭和五六年九月一日から同年一二月三日までの間一か月一三万円の割合による本件未払賃料合計四〇万二五八〇円を支払うべき義務をそれぞれ負うものというべきである(なお、第一審原告は、第一審被告田中清、同田中好以外の同人らの家族である第一審被告三名についても、本件建物二の明渡及びこれに伴う損害金支払を請求しているが、本件全証拠によるも、右第一審被告三名の本件建物二に対する独自の占有を認めることはできない。また、第一審被告田中清以外の第一審被告四名についても、前記未払賃料四〇万二五八〇円相当額の支払を請求しているが、右未払賃料は、右第一審被告四名がこれを支払うべき特段の事情の認められない本件においては、賃借人である第一審被告田中清において支払義務を負うものというべきである。)。
六 よって、第一審原告の第一審被告らに対する本訴請求は、右認定の限度で、これを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は、一部を除いて相当でないから、主文第一項のとおり、これを変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して(なお、主文第一項の3の金員支払以外についての仮執行宣言の申立ては、相当でないので、これを却下し、)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 佐藤繁 塩谷雄)
<以下省略>