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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2896号 判決 1985年1月29日

控訴人

磯野吉太郎

磯野英夫

表マサ子

右三名訴訟代理人

長島兼吉

川坂二郎

小田成光

被控訴人

磯田忠男

田中清江

佐藤幸子

右三名訴訟代理人

谷正男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人らに対し、原判決添付別紙目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して同目録(一)記載の土地(ただし、原判決末尾に添付の別紙地積測量図を本判決末尾に添付の別紙地積測量図に訂正する。以下「本件土地」という。)を明け渡し、かつ、昭和五六年三月二七日から右土地明渡しずみまで一か月金一万八、九二一円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被控訴人ら

控訴棄却の判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件土地を含む分筆前の新潟県両津市大字夷字川方一七八番四、宅地196.36平方メートル(以下「分筆前の一七八番四の土地」という。)はもと控訴人らの先先代磯野泉蔵(以下「泉蔵」という。)の所有であつたが、控訴人らは、泉蔵の死亡に伴い相続により右土地の所有権を取得した訴外磯野興右エ門ほか九名からそれぞれ三分の一の割合による持分の贈与を受け、昭和四三年四月八日、その旨の共有持分移転登記を経由した。

2  訴外平野定次(以下「定次」という。)は、昭和三年ごろ、分筆前の一七八番四の土地のうち本件土地上に本件建物を建築したほか、右土地上に二棟の建物を建築しこれらを所有していたところ、定次の隠居に伴い訴外平野次郎助が、同人の死亡に伴い訴外平野善徳(以下「善徳」という。)が順次家督相続により本件建物を含む右三棟の建物の所有権を承継取得した。

3  被控訴人らの先代磯田佐吉(以下「佐吉」という。)は、昭和二五年五月一二日、善徳から本件建物を買い受けてその所有権を取得し、被控訴人らは、昭和四六年八月三一日、佐吉が死亡したのに伴い相続により各三分の一の割合でこれを承継取得し、その上に本件建物を所有することにより本件土地を占有するに至つたものである。

4  そのために控訴人らは、本件土地の賃料に相当する一か月金一万八、九二一円の割合による損害を被つている。

5  よつて、控訴人らは被控訴人らに対し、所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡し、かつ被控訴人らによる本件土地の占有開始の後である昭和五六年三月二七日から右土地明渡しずみまで一か月金一万八、九二一円の割合による賃料相当の使用損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件土地を含む分筆前の一七八番四の土地がもと泉蔵の所有であつたこと、右土地について控訴人ら主張の共有持分移転登記が経由されていることは認めるが、その余は不知。

2  同2、3の事実は認める。

3  同4の事実は争う。

三  抗弁

1  定次は、昭和三年ごろ、当時の所有者であつた泉蔵から分筆前の一七八番四の土地の提供を受けて、右土地上に本件建物を含む三棟の建物を建築したものである。泉蔵による右土地提供が定次との間の売買によるのか、賃貸借によるのか、あるいはそのほかの貸借関係によるのかは、今日においてこれを明らかにすることはできないが、右土地提供により定次が分筆前の一七八番四の土地について何らかの使用権原を取得したことは明らかである。そして、控訴人ら主張の相続関係に基づき、地上の三棟の建物の所有権とともに、右使用権原が最終的に善徳によつて承継取得されたところ、佐吉は、昭和二五年五月一二日、本件建物を買い受けると同時に、善徳からその敷地である本件土地を賃料一か年金一、六〇〇円で賃借し、本件土地建物の引渡しを受けるとともに、本件建物につき所有権移転登記を経由したのである。被控訴人らは、控訴人ら主張の相続関係に基づき、本件建物の所有権とともに、右賃貸借における賃借人の地位を承継したのであり、控訴人ら及び本件土地の前所有者らは、善徳と佐吉間の右賃貸借成立後本訴が提起されるまで三〇年以上もの間、佐吉や被控訴人らに対し本件土地の明渡しを求めたことはなかつたのであるから、黙示的に右賃(転)貸を承諾したというべきである。

2  仮に右黙示的承諾の主張が認められないとしても、佐吉は、右賃貸借成立の日である昭和二五年五月一二日以降、本件建物の敷地として本件土地を使用し、善徳に対し約定に従つて賃料を支払つてきたのであり、賃貸借の当初、これが本件土地の所有者に対抗し得るものであると信じたことに過失はなかつたから、それから一〇年後の昭和三五年五月一二日、本件土地の所有者に対抗し得る賃(転)借権を時効取得した。仮に右賃貸借開始時における無過失の主張が認められないとしても、佐吉は、賃貸借のときから二〇年後の昭和四五年五月一二日、右同様の賃(転)借権を時効取得した。よつて、控訴人らは、昭和五八年八月四日の原審口頭弁論期日において右時効を援用した。

なお、前記のとおり、泉蔵の定次に対する本件土地を含む分筆前の一七八番四の土地の提供がいかなる原因によるのかは明らかでないにしても、これにより定次が右土地につき何らかの権利を取得したことは明らかであり、善徳は、相続によりこれを承継取得したのであつて、右賃貸借当時、無権利者ではなかつたことなど、前記の経過に照らせば、佐吉、その賃借人としての地位の承継人である被控訴人らは土地賃借権の時効取得をもつて保護するに値するものというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、佐吉が被控訴人ら主張の日に善徳から本件建物を買い受けたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の事実のうち、佐吉が本件土地につきその所有者に対抗し得る賃(転)借権を時効取得したことは争う。

賃借権は債権である。したがつて、佐吉が控訴人ら主張の賃(転)借権を時効取得したというためには、佐吉において本件土地の所有者に対し時効期間を超えて賃料の支払又は提供若しくは供託をし続けなければならず、本件土地の所有者でない善徳に対してこれをしたからといつて、右賃(転)借権を時効取得するものではない。

五  再抗弁

1  佐吉は、善徳との間の賃貸借のはじめにおいて、本件土地が泉蔵の所有であり、右賃貸借をもつて泉蔵に対抗できないことを知つていたというよりもむしろ、右賃貸借は、善徳と佐吉が通謀のうえ、泉蔵からの本件土地明渡請求を阻止するためにした背信的悪意に基づく契約である。このことは、(1)当時、泉蔵から善徳に対する本件土地を含む分筆前の一七八番四の土地についての賃料請求訴訟が新潟地方裁判所(同庁昭和二三年(レ)第六号)に係属中であり、佐吉は善徳と親類関係にあり近くに居住していて、このことを容易に知り得る状況にあつたこと、(2)善徳は、定次が泉蔵から本件土地を含む分筆前の一七八番四の土地を買い受けたというが、その売買契約書も、その旨が記載されているという定次の遺言書も実際には存在しないこと、(3)本件土地の賃料は当初一か年金一、六〇〇円と定められたものの、その後、三〇年以上もの間、一度も増額されていないことなどの事実に照らして明らかである。したがつて、佐吉と善徳間の賃貸借は法律によつて保護するに値しないものであり、被控訴人ら主張の賃(転)借権の時効取得を容認することは公序良俗に反し許されない。

2  佐吉は、時効期間経過後の昭和四五年八月ごろ、控訴人らの父興右エ門に対し本件土地を譲渡してほしい旨の申出をした。このことは控訴人らが時効の利益を放棄(控訴人らの昭和五九年四月二七日付準備書面では、これを時効の中断と主張しているが、時効期間経過後のことなので、これを時効の利益の放棄の趣旨であると解する。)する旨の意思表示をしたとみるべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、佐吉が、善徳との間の賃貸借のはじめにおいて本件土地が泉蔵の所有であり、右賃貸借をもつて泉蔵に対抗できないことを知つていたこと、とりわけ、右賃貸借が、善徳と佐吉が通謀のうえ、泉蔵からの本件土地明渡請求を阻止するためにした背信的悪意に基づく契約であることは否認する。控訴人らが挙示する事由は、これが事実であるとしても、直ちにその主張を裏付けるものではない。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一本件土地を含む分筆前の一七八番四の土地がもと控訴人らの祖父泉蔵の所有であつたこと、右土地について泉蔵の相続人である訴外磯野興右エ門ほか九名から控訴人らに対する贈与を原因とする昭和四三年四月八日受付の共有持分移転登記が経由されていることはいずれも当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、

1  泉蔵と定次はともに新潟県・佐渡内海府の出身であり、泉蔵は肥料商を営んでいて、定次とは取引関係もあり、懇意な間柄にあつたところ、昭和三年、同県両津町(現両津市)に大火があり、定次はその住居を焼失したこと、

2  加えて、当時、町道拡張のためその敷地も買収されることになつていたため、定次は昭和三年の右大火があつてから間もないころ泉蔵から分筆前の一七八番四の土地の提供を受け、そのうち本件土地に本件建物を建築したほか、右土地上に二棟の建物を建築し、これらを所有し、以来、ここに居住するようになつたこと(ただし、定次が昭和三年ごろ、分筆前の一七八番四の土地のうち本件土地上に本件建物を建築したほか、右土地上に二棟の建物を建築し、これらを所有していたことは当事者間に争いがない。)、

3  そして、その後、定次の隠居に伴い訴外平野次郎助が、同人の死亡に伴い善徳が順次家督相続により右三棟の建物の所有権を承諾ママ取得したところ(ただし、この点は当事者間に争いがない。)、善徳は、昭和四五年七月、控訴人らを相手方として、分筆前の一七八番四の土地は定次が泉蔵から買い受けたものであり、右相続関係に基づき善徳がその所有権を承継取得したことを理由に共有持分移転登記手続請求の訴え(新潟地方裁判所佐渡支部昭和四五年(ワ)第四七号)を提起したこと、

4  しかしながら、第一審においては原告である善徳の敗訴となり、控訴審(東京高等裁判所昭和五一年(ネ)第一八号)において、昭和五五年一二月一八日、善徳は控訴人らに対し分筆前の一七八番四の土地が控訴人らの所有であることを認めること、控訴人らは善徳に対し和解金五〇万円を支払うことを骨子とする和解が成立したこと、

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右事実に弁論の全趣旨を総合すると、分筆前の一七八番四の土地は、泉蔵から控訴人ら主張の経過によつて控訴人らの共有するところとなつたものと認められる。

二次に佐吉が昭和二五年五月一二日善徳から本件建物を買い受けてその所有権を取得したこと、そして、佐吉が昭和四六年八月三一日死亡したのに伴い、被控訴人らが相続により各三分の一の割合でこれを承継取得したことはいずれも当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、

1  佐吉は、昭和二五年五月一二日、善徳から本件建物を買い受けると同時に、建物所有の目的でその敷地である本件土地を賃料一か年金一、六〇〇円で賃借したこと、また同年同月二五日本件建物につき右売買を原因とする所有権移転登記を経由したこと(ただし、佐吉が右同日善徳から本件建物を買い受けたことは当事者間に争いがない。)、

2  右賃貸借に伴い、佐吉は、本件建物にその家族とともに居住し、本件土地を敷地として使用する一方、その賃料は善徳の姉に当る訴外中村テルを通じて善徳に支払つていたこと、

3  佐吉の死亡後は、被控訴人磯田忠男が本件建物にその家族とともに居住し、賃料は右同様の方法で昭和五五年分まで支払を続けてきたのであり、その間、佐吉や被控訴人らは、控訴人や本件土地の前所有者から本件土地の明渡しを求められるようなことはなかつたこと、

4  ところが、昭和五六年になつて、善徳から、控訴人らとの間の訴訟につき裁判上の和解が成立し、本件土地が控訴人らの所有になつたと聞かされたので、被控訴人磯田忠男は控訴人らに対し賃料を送付したが、送り返されたため昭和五六、五七年分の賃料として各金三、〇〇〇円を供託したこと、

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

本訴が提起されたのは昭和五六年三月二三日であることは原審記録上明らかであり、これに右認定の事実を合せると、佐吉とその相続人である被控訴人らは、通じて三〇年以上にわたり、本件土地を本件建物の敷地として使用しているわけであり、この間、控訴人らや本件土地の前所有者から本件土地の明渡しを求められたことはなかつたことは右認定のとおりである。しかしながら、右控訴人らやその前所有者において提供された賃料を受領するなど、ほかに特段の事情がない限り、右の事実から直ちに、控訴人らや本件土地の前所有者が佐吉と善徳間の賃貸借を黙示的に承諾したとみるのは困難であり、ほかに右承諾の事実を認めるに足りる証拠はない。

三ところで、いわゆる土地賃借権については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつそれが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解すべきである(最高裁判所昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁、同昭和五二年九月二九日第一小法廷判決・民事裁判集第一二一号三〇一頁)。ただ、わが国法上、賃借権は債権、すなわち、特定の人をして特定の行為をさせることを内容とする権利とされているところから、特定の人との関係を除外して土地賃借権の時効取得が可能かという問題があるが、一般に賃借権には目的物の使用収益という物に対する支配としての物権的側面と賃貸人をして目的物を使用収益の可能状態において提供させる(その対価として賃借人は賃料を支払う)という対人的な請求としての債権的側面とがあり、しかも、土地賃借権、とりわけ建物所有を目的とする土地賃借権においては、賃借人がその地上に登記した建物を有するときは、特別法によつてその物権的側面が著しく強化され、実質的には地上権又は登記された土地賃借権と同視されていること(昭和四一年法律第九三号による改正前の借地法及び明治四二年法律第四〇号建物保護ニ関スル法律一条参照)を考えると、右土地賃借権については、前述した要件が充足されるかぎり、何人に対する関係でも時効取得が可能であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、佐吉は昭和二五年五月一二日善徳から本件建物を買い受けると同時に、その敷地である本件土地を建物所有の目的で賃借し、かつ同年同月二五日本件建物につき右売買を原因とする所有権移転登記を経由したこと、そして、本件建物にその家族とともに居住し、本件土地を敷地として使用占有を続ける一方、善徳に対し賃料を支払つてきたのであり、本訴が提起されるまでの間、控訴人らや本件土地の前所有者から本件土地の明渡しを求められた事実がなかつたことは前記認定のとおりである。そうすると、佐吉による本件土地の右用益は、前述した土地賃借権の時効取得に必要とされる要件を充足するに十分であり、しかも、平隠かつ公然のうちに継続されたものであるということができる。

ところで、控訴人らは、佐吉と善徳間の本件土地の賃貸借は両名が通謀のうえ泉蔵からの明渡請求を阻止するためにした背信的悪意に基づく契約であり、佐吉は、右賃貸借のはじめ、これをもつて本件土地の所有者に対抗し得ないことを知つていたと主張するが、控訴人ら挙示の事実が直ちに右主張を裏付けるものではないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>によれば、賃貸借(本件建物の売買)の際、善徳は佐吉に対し、本件土地を含む分筆前の一七八番四の土地は定次が泉蔵から買い受けたものではあるが、なお問題があり、佐吉に不利益が及ぶようなことがあれば、善徳において責任を持つ旨を約したことが認められ、これに弁論の全趣旨を合せ考えると、佐吉は、このことから本件土地については善徳が所有権を有しており、少なくとも泉蔵から明渡しを求められることはないものと信じて、善徳との間の賃貸借をしえものであることがうかがわれる。しかしながら、善徳の前記言辞から直ちに右のように信じたのは甚だ軽卒であつたというべきであり、佐吉には本件土地の占有のはじめ右のように信じたことにつき過失がなかつたとはいえない。したがつて、佐吉は、一〇年の短期取得時効により本件土地につき賃借権を取得することはできない。しかし、本件土地について用益を開始した昭和二五年五月一二日から二〇年を経過した後の昭和四五年五月一二日には長期の取得時効が完成し、占有のはじめにさかのぼつて本件土地の所有者に対抗し得る賃借権を取得したというべきである。そして、前示のとおり被控訴人らが佐吉の死亡に伴い昭和四六年八月三一日相続したのであり、右相続により被控訴人らが佐吉の有した右賃借権を承継取得したことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、控訴人らが昭和五八年八月四日の原審口頭弁論期日において右時効を援用したことは記録上明白である。

ところで、控訴人らは、佐吉が右時効期間経過後の昭和四五年八月ごろ、控訴人らの父興右エ門に対し本件土地を譲渡してほしい旨の申出をした事実を指摘して、時効の利益を放棄する旨の意思表示をしたと主張するが、佐吉は、時効によつて本件土地につき賃借権を取得したにすぎず、所有権を取得したわけではないから、右買受申出の事実を目して時効の利益を放棄する趣旨とはとうてい解することができず、右主張はそれ自体失当である。

したがつて、控訴人らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却すべきである。

四よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡垣學 大塚一郎 佐藤康)

別紙 地積測量図<省略>

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