大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2935号 判決

一 そこで、本件回旋塔の構造及び本件事故の事故態様ないしその発生原因についてみると、右争いがない事実に《証拠》並びに控訴人善秋本人尋問の結果(但し、後記の措信しない部分を除く。)を併せ判断すると、次のような事実を認めることができる。

1 本件回旋塔は、別紙図面表示のとおり、高さ約二・八メートルの支柱の上端から一〇本の鎖で直径約二・五メートルの鉄製のリングを地上から約一・三メートルの高さに吊り下げ、右リングが自由に回転するようにした形状及び構造のものであって、数人の児童がリングを水平に保つように等間隔に両手でリングにつかまり、横向きに走ってリングを回転させ、これに宙づりにぶらさがるなどして遊ぶための遊戯具である。

そして、本件回旋塔は、堀船小学校の校庭の一角の平坦な地面に設置されていて、付近に危険物はなく、児童がこれを通常の用法に従って使用している限り、格別の危険性はない。

2 当時いずれも堀船小学校に在籍中の児童であった訴外正美、同新井信子及び同吉田久美子は、本件事故当日、たまたま交通ストライキがあって、授業が午前中で打ち切られたため、放課後となった午後一時三〇分頃、三人で本件回旋塔のリングにつかまってこれを回転させるなど、前記のような仕方で遊んでいたところ、これを傍から見ていた控訴人善秋が、仲間に加わろうとして、突然回転中の本件回旋塔に接近して、本件回旋塔のリングに結び付けられていた紐につかまり、その円周内に入りこんできたため、そこへリングにつかまって相当の速度で回転、移動してきた訴外正美の身体と衝突して転倒し、本件事故が発生した。

これが、本件事故の事故態様ないし発生原因である。

二 以上の認定に反して、控訴人善秋は、原審における本人尋問において、本件事故は、控訴人善秋が訴外正美らと共に本件回旋塔を回して遊戯中、本件回旋塔の回転が速くなりすぎたので、控訴人善秋が訴外正美にもう少しスピードを落とすように言ったところ、訴外正美がうるさいと言って控訴人善秋の背部を蹴ったために、控訴人善秋が本件回旋塔のリングから地上に転落して発生したものであると供述する。

しかしながら、そもそも、訴外正美が、右のように本件回旋塔のリングにつかまり宙づりになるなどして相当の速度で回転、移動していた最中に、同じように回転、移動していた控訴人善秋を蹴るという動作をとれるかについては、相当疑問であり、また、控訴人善秋の右供述自体も、訴外正美の挙動を直接目撃した結果によるものではなく、推測に基づくものであるというのであって、右供述のみをもって訴外正美が故意に控訴人善秋を蹴ったために本件事故が発生したものであるとは到底断定できない。

そして《証拠》中には、控訴人善秋の右供述に符合する部分があるが、これらは、いずれも控訴人善秋の報告を基礎とし又は本件事故後約四年を経過した時点において本訴の提起の準備又はその追行のために作成されたものであって、控訴人善秋の右供述以上には証明力ないし信用性を持つものではない。また、被控訴人正作及び同和子との間においては成立に争いがなく、被控訴人北区との間においては≪証拠≫によって認められるその作成経過に照らせば、これをもって本件事故が訴外正美が控訴人善秋を故意に蹴ったために生じたものであることを被控訴人和子が自認したことの証左とすることもできない。

以上のとおりであるから、右各証拠は前記認定を左右するには足りず、他にはこれを覆すに足りる証拠はない。

三 そこで、以上のような事実関係の下において、被控訴人らの責任の存否について判断するに、先ず、請求原因2のiの事実は当事者間に争いがない。

1 ところで、本件事故は、先に認定したとおり、児童らが回旋塔によって遊戯中に、遊戯行為に加わり又は加わろうとしていた児童との間において、遊戯行為そのものに起因して発生したものである。そして、本件回旋塔による遊戯は、その形状、構造及び設置場所等に鑑みて、児童自身が自律的に対処することができないような生命又は身体への格別の危険性をもたらすものとは考えられず(控訴人らは、回旋塔による学校事故の報告例が多数あると主張するけれども、そのように認めるべき証拠はない。)、また、堀船小学校に回旋塔が設置されているのが、未だそれが児童の遊戯具として一般的に是認されていないものによる特異な例であると認めるべき証拠もないから、回旋塔による遊戯は、児童の遊戯方法として一般的に是認された相当なものであったということができる。

2 そして、このように児童の遊戯方法として一般的に是認されている遊戯中に遊戯者間において遊戯行為そのものに起因して生じた事故についての不法行為責任又は国家賠償責任の存否を判断するに当たっては、次のような点についての特別の考慮が必要である。

すなわち、本件におけるような回旋塔による遊戯も球戯やその他の遊戯と同様に、児童の遊戯として一般的に是認されるものであっても、もとより絶対的な安全性を保障されたものではなく、時に不幸にして事故が生じることのありうるのも当然である。その場合、事故の発生が遊戯者の一員の過失に起因することも少なくないであろう。しかしながら、他方、児童は、そのような遊戯に参加することによって、それから生じるかも知れない危険を予知しそれを回避する能力や知恵を身に付け、あるいは、団体生活又は社会生活を営んでゆく上での約束や規則の重要性を体得してゆくのであって、その点にこそ、このような遊戯の持つ大きな児童教育の意義ないし効用があるのである。そして、仮に、このような遊戯中の事故について過失のある者ないしはその監督義務者等が賠償責任を免れないものとすれば、もはや遊戯自体の存立の基礎が失われ(このことは、児童による野球等の球戯を例にとれば、容易に理解し得る。)、それの持つ児童教育の意義ないし効用は遂に果たされなくなる。したがって、このような遊戯の過程において、不幸にして事故の発生をみ、被害が生じたとしても、故意の加害、遊戯具の欠陥その他賠償責任を免れ得ない特段の事情のない限り、それは、右のような教育の意義ないし効用の代償として、被害者自身が甘受し、引き受けなければならない性質のものといわなければならない。そうであるから、児童の遊戯方法として一般的に是認されている遊戯中に遊戯者間において遊戯行為そのものに起因して生じた事故については、たとえそれが遊戯者の一員の過失に起因する場合であったとしても、違法性を有しないものとして、その者又はその監督義務者が賠償責任を負うことはないものと解するのが相当である。

同様のことは、右のような遊戯が学校教育又はそれに付随する場面において行なわれる場合においても妥当するところである。すなわち、そのような場合、学校教員ひいては学校設置者は、そこで予見される危険について予め指示や注意事項を与えるなどして、児童を保護監督し事故の発生を防止すべき一般的注意義務を負うものであることは当然であるが、それを超えて、控訴人らの主張するように、教員等が常時現場に居合わせて児童の行動を十分に監視し、児童が危険な行為に出たときには直ちに制止するなどして、事故の発生を防止すべき注意義務があるということはできない。蓋し、ここでも、教員等が常時立ち会って、そのこと細かな指示、注意の下に遊戯が行なわれなければならないものとすれば、児童自身が遊戯を通じて集団の一員としての行為の善悪、適否を知り、危険な結果を回避するための知恵と方法を会得するという先にみたような遊戯の効用は、大きく減殺されざるを得ないからである。

3 これを本件についてみるに、本件回旋塔による遊戯は、児童の生命又は身体への格別の危険性をもたらすようなものではなく、そこになんらか危険があるとしても、それは児童自身が自律的に対処することができるような性質のものであって、児童の遊戯方法として一般的に是認された相当なものであること、本件事故は、児童らが回旋塔によって遊戯中に遊戯行為に加わり又は加わろうとしていた児童との間において遊戯行為そのものに起因して発生したものであること、本件事故は、控訴人らが主張するように、訴外正美が控訴人善秋の背部を蹴るなどしたという故意の行為によって生じたものと認めることのできないことは、いずれも既に説示したとおりであり、したがって、本件事故が仮に訴外正美の過失に起因するものとしても、先にみたような意味で違法性を欠くものというべく、訴外正美はもとより、その監督義務者である被控訴人正作及び同和子において賠償責任を負うべき理由はない。

次に、《証拠》によれば、控訴人善秋及び訴外正美の担任であった訴外三上由紀子教諭及びその他の教員は、児童に対し、本件回旋塔の使用方法等のほか、他人が遊戯中には回旋塔の周囲に近付いてはならないことなど細部にわたって一般的な指示を与えて注意を促していたことが認められるのであり、また、右証言によれば、堀船小学校においては、本件回旋塔が設置された昭和四六、七年以降、かすり傷程度のものはともかく、本件回旋塔による遊戯中に事故が生じたことはなかったというのであって、これに先に説示したような本件回旋塔による遊戯の持つ危険性の程度を斟酌して判断すれば、堀船小学校の教員としては、児童に対して右の程度の指示や注意事項を与えることをもってその一般的な注意義務の履践として欠けるところはなかったものと解すべきであり、それ以上に本件回旋塔の現場に常時に居合わせるなどして、児童の行動を監視し、児童が危険な行為に出たときには直ちにそれを制止するなどして、事故の発生を防止すべき具体的な注意義務があるということのできないことは、先にみたとおりである。

したがって、本件事故によって控訴人らに生じた損害について、被控訴人北区が賠償義務を負うべき理由も、また、見い出すことができない。

(香川 越山 村上)

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