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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)3228号 判決

二 右認定の事実関係に基づいて、民法七七〇条一項五号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」があるか否かについて判断する。

1 被控訴人と控訴人との間の夫婦関係に破綻を生ずるようになったのは、控訴人の前認定のような奇矯ともいえる言動に原因があり、しかも、それが長期間継続し、かつ、その内容が、被控訴人から毒を盛られたというようなものであったり、あるいは、男女関係につき他人から苦情を持ち込まれるようなものであったことからすると、被控訴人が、控訴人から信頼を裏切られ、また教職にある身として世間に対し面目を失することになったと考え、その結果、控訴人に対する愛情を失い、その離婚の意思を強固なものにしてきたことも、一面において理解できないではない。

しかし、被控訴人の右のような言動は、昭和五五年ころを最後に、その後は見られなくなり、また、その原因とみられる自律神経失調症は、現在存せず、専門医の診断によれば、脳器質疾患及び精神神経性疾患のいずれも認められず、控訴人は正常であるというのである。

本件訴訟において、控訴人は、原審の段階では、自己本人限りで訴訟を追行し、被控訴人から毒を盛られたことがある旨、あるいは被控訴人が訴外上田藤江その他の女性と特別に親密な関係にある旨等を執拗に主張し、同訴外人の経営する飲食店の店舗を突然訪ね、同店内の様子及び同訴外人の姿などを写真に撮り、これを証拠として提出し、また、本人尋問においてもその主張にそう供述をするなど、常軌を逸しているとも思える言動が見られたが、当審においては、訴訟代理人に事件を委ね、原審における主張ないし供述の多くの部分について反省し、冷静に考え直すようになっているものである。

このように、控訴人が、病気が治癒し、精神的安定を取り戻し、年齢的にも落ち着きを増す時期に差しかかっていることからすると、被控訴人さえ胸襟を開き控訴人を迎え入れる態度を示せば、両者の間に正常な婚姻関係を回復することは、なお可能であると考えられる。

2 被控訴人と控訴人とが別居するようになってから、既に七年余を経過しており、更に、最近において被控訴人は結婚の対象と考える女性との交際を深めており、このような時日の経過及び状況の変化を考えると、被控訴人が控訴人に対し愛情をもって接することを望むのは、不可能を強いるものではないかとの疑問も生じないではない。

控訴人が別居するようになったことについては、控訴人の側において思慮に欠けるところがあったことは否めないが、被控訴人の気持に変化をもたらすことを期待し、そのための一時的な方便として別居という行動に出たとみられることからすると、この点については、一概に控訴人のみを責めることはできないというべきである。他方、被控訴人の側において、かかる事態をいわば静観することとして強いて控訴人を引き止めることをしなかったことは、その時点においてはやむを得なかったものとみられるが、その後において、被控訴人が控訴人の様子を気づかい、あるいは家に戻るよう働きかけるなどして控訴人との間の関係を修復しようと努めた形跡は見出せず、かえって、控訴人が戻りたいと思っても、被控訴人においてこれを受け入れる姿勢を全く示さなかったものとみられるのである。

被控訴人が控訴人の不可解な言動により多大の迷惑を被ったことは確かであり、別居後も同様の事態が相当期間続いたことからすると、被控訴人のこのような態度は、むしろ自然なものとみられなくもないが、控訴人が精神的に不安定な状態にあったことが右のような言動の原因を成していることを誰よりも熟知していた被控訴人が、別居は夫婦の間の不安定な状態を良好な状態に戻すための一方策に過ぎず、長期間に及ぶことは望ましくないということに思いを至し、夫婦関係を修復するために手を尽くしていれば、多少とも、事態は良い方向に向かっていたのではないかと考えられる。この間の被控訴人の態度には、控訴人の方が家を出て行くことをよいことにして、これを静観するという名分の下に、むしろ控訴人との別居を好ましいものとして放置していたという、いささか無責任な様子がうかがわれないではない。

3 被控訴人は、控訴人が一六歳という若年の際に、その担任の教師という立場で、自ら求めて結婚したものであり、一方、控訴人は、二一歳までの間に既に二人の子供を出産し、また結婚生活を通じ、終始、生計を補うため、内職、パートタイムの勤務、学習塾の経営等の仕事に就いていたが、被控訴人は、高等学校教諭としての本務以外の交際等にも多忙で、家庭を顧みることが少なかったことは、さきに認定したとおりである。

被控訴人と控訴人との結婚に至る経緯、結婚当時の年齢、その年齢差、被控訴人の職業等から考えると、両者の夫婦間においては、通常の夫婦に比して、特に、夫である被控訴人の方に、強い指導力を発揮し、健康で幸せな家庭生活を築くために責任ある態度をとることが期待されて然るべきであったと思われる。控訴人が精神的に不安定な状態となり、自律神経失調症と診断されるに至ったについては、この種の病気が当人の置かれている生活環境に原因をもつことが多いことからすると、右にみたような結婚生活から生じた精神的、肉体的緊張状態ないし疲労がうっ積して、その原因を成したものとする見方が十分可能であると考えられる。このような見方からすれば、被控訴人と控訴人との間の婚姻関係が現在のような状態にまで立ち至ったことについては、被控訴人の対応の仕方にも欠けるところがあったものというべきであり、したがって、これを修復するために被控訴人に対しより積極的な姿勢を要求することは、決して無理なことではなく、また、被控訴人に前記のような女性との交際関係があることを考慮しても、不可能を強いるものとはいえないと考えられる。

4 右にみたように、被控訴人と控訴人との間の婚姻関係は、現時点においてもなお正常な状態に回復することが可能であると考えられるから、いまだ完全に破綻したものとはいえず、両者の間には、離婚事由としての「婚姻を継続し難い重大な事由」は存しないというべきである。

なお、婚姻を継続し難い重大な事由の存否は事実審の口頭弁論終結時を基準として判断すべきものと解するのが相当であるから、本件において、控訴人の前記疾患の推移等は右事由の存否の判断に際し考慮しなければならないものである。

(豊島 新村 赤塚)

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