東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)10号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、並びに第一引用例及び第二引用例記載の技術内容が本件審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本願発明は、次に説示するとおり、第一引用例及び第二引用例記載の技術内容に基づき容易に発明をすることができる程度のものとみるを相当とし、原告の主張は、理由がないものといわざるを得ない。
第一引用例記載の発明の原料であるトリクロロシランとトリメチルモノクロロシランとがそれぞれ本願発明の出発物質である第一化合物及び第二化合物に該当する化合物であり、本願発明も第一引用例もともにこれら原料を触媒の存在下に加熱再分配させるものであり、反応温度においても両者一致することは、原告の自認するところ、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨及び第一引用例記載の技術内容に成立に争いのない甲第二号証の二(本願発明の特許願書添附の明細書)及び第四号証(第一引用例)を総合対比すれば、本願発明と第一引用例とは、触媒として、本願発明が具体例において塩化アルミニウムを用いるのに対し、第一引用例記載の発明が活性アルミナ又は活性アルミナを含む触体を使用する点において相違するところがあるが、叙上の一致点を含めたその余の点(本願発明の必須要件をなす出発物質の混合比及び実質的に無水の条件下で再分配を行う点)においては、両者一致することを認めることができる。
よつて、右相違点について検討するに、前掲甲第四号証によれば、第一引用例記載の発明は、モノメチルジクロロシランの製造方法に係るものであつて、従来の方法(例えば、米国特許第二、六四七、九一二号及び第二、六四七、一三六号)は、トリメチルモノクロロシランとオルガノトリクロロシランの混合物を塩化アルミニウムを触媒として加圧下に反応させ、オルガノジクロロシランを得る方法であつて、この方法により得られるモノメチルジクロロシランは低収率で反応温度高く、しかも触媒である塩化アルミニウムが反応温度において昇華揮散するため連続反応装置に適用することができず、わずかに回分反応装置にのみ適用されるにすぎず、工業的に著しく不利である(第一引用例第一頁左欄第九行ないし第一八行)との欠点があつたため、第一引用例記載の発明は、従来の製造方法における右の欠点を除去することを課題とし、その解決方法として、従来用いられた触媒である塩化アルミニウムに代えて活性アルミナ又は活性アルミナを含む触体を用いたものであることを認めることができ(なお、原告は、第一引用例記載の塩化アルミニウムを触媒として用いる従来の方法において、トリメチルモノクロロシランは、本願発明の第二化合物に相当するが、オルガノトリクロロシランは本願発明の第一化合物に当たらない旨主張し、この点は右主張のとおりであるが、成立に争いない乙第一号証によれば、第一引用例に従来の方法として例示された前記米国特許第二、六四七、九一二号特許明細書記載の実施例一〇の原料物質は、第一引用例と全く同じ物質であり、しかも触媒として塩化アルミニウムを用いる例であり、したがつて、第一引用例はこの場合をも従来の方法とみていることは明白というべきであるから、第一引用例に示された従来の方法が第一引用例と出発物質を異にするとの原告の右主張及びこれを前提とする主張は、採用の限りでない。)、右認定の事実によると、第一引用例には、先行技術として、この種のシラン化合物間の再分配反応において塩化アルミニウムを触媒として用いることが開示されているものというべきである。また、第二引用例(第二引用例が本願発明の特許出願前に頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)に、ジフエニルモノクロロシランとジフエニルジクロロシランとを塩化アルミニウム触媒の存在下で反応させ、再分配生成物であるフエニルジクロロシランを製造する方法が記載されていることは、原告の自認するところであつて、これによれば、第二引用例には、その出発物質は本願発明の出発物質と相違するものの、シラン化合物間の再分配反応に塩化アルミニウムを触媒として用いることが開示されているものということができる。以上認定説示したところによれば、第二引用例において、シラン化合物間の再分配反応の触媒に塩化アルミニウムを用いることが、加えて、本願発明の第一化合物及び第二化合物にそれぞれ相当するトリクロロシランとトリメチルモノクロロシランの再分配反応が記載されている第一引用例中に、シラン化合物の再分配反応の触媒として塩化アルミニウムを用いることが従来技術として開示されており、この点に後記認定の本願発明が第一引用例と触媒を異にしたことによる作用効果に格別顕著な点がみられない点を勘案すると、原告の主張する触媒作用の予知不可能性を考慮にいれても、第一引用例の方法において、触媒を活性アルミナ(又は活性アルミナを含む触体)から塩化アルミニウムに置き代えて実施すること、すなわち、本願発明のようにすることが当業者にとつて格別の困難性を伴う程のものということはできず、したがつて、本願発明は、第一引用例及び第二引用例に記載の技術内容に基づき容易に発明をすることのできるものとみるのが相当である。この点に関し原告は、第一引用例の記載によれば、塩化アルミニウムを触媒に用いるのは工業的に著しく不利とされ、むしろ排斥されているのであるから、第一引用例の発明においてわざわざ活性アルミナに代えて塩化アルミニウムを使用することは到底想到されるものではないし、また、本願発明は第一引用例に比べて優れた作用効果がある旨主張する。しかしながら、原告の右前段の主張は、第一引用例に原告主張の記載があることは前認定のとおりであるが、右の記載があることから直ちに原告主張のように解することは、前認定説示したところに照らし、当を得ないものというべく、また、原告の右後段主張の点は、前掲甲第二号証の二及び第四号証によれば、本願発明の反応温度、反応圧力及び反応時間は、それぞれ五〇度c~二五〇度c、一〇PSig~一〇〇PSig(気圧に換算すると〇・六八気圧~六・八気圧)及び二時間~七時間であり、一方、第一引用例の反応温度、反応圧力及び反応時間は、それぞれ二〇〇度c~四〇〇度c、五気圧ないし一〇〇気圧及び五時間~一五時間であることが認められ、両者の右の各条件を比較すると、本願発明の各条件は、第一引用例の各条件より全般的に低いか短かいものの(このようにすることは、前認定のとおり第一引用例に、従来の方法における欠点として、塩化アルミニウムは高温で昇華揮散する等の記載があることから、触媒として塩化アルミニウムを用いる場合容易に想到し得るものということができる。)、両者はすべての条件について重複する範囲を有しているから、本願発明の前記各条件が第一引用例のそれに比べ格別に優れているものということはできない。のみならず、本願発明が第一引用例に比べ、比較的に低温、低圧及び反応時間を短時間としたことは、再分配反応の反応率に影響を及ぼすものと認められるが、右条件を採用することにより本願発明が第一引用例のものに比べ、特段に優れた反応率を示したことを認めしめるに足りる証拠はないから、本願発明が第一引用例に比べ、格別顕著な効果を奏するものとは、到底認めることができない。したがつて、原告の叙上主張はいずれも採用することができない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
一般式
RaHbSiCl4―a―b
の第一化合物と、一般式
R´cHdSiCl4―c―d
の第二化合物とを、触媒の存在下に五〇~二五〇度cの温度で反応させることを特徴とする実質的に無水条件下にシラン間で再分配を行なう方法。ただし、両式中、RおよびR´はアルキル基を表わし、aは〇~三の整数を表わし、bは一~三の整数を表わし、cは〇~四の整数を表わし、dは〇~三の整数を表わし、aとcは何時でも同じではなく、従つて上記両化合物の一つ中に少なくとも一個の塩素原子が存在し、上記第一化合物は両化合物の反応混合物の二五~七五%存在するものとする。