東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)137号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実及び審決の理由の要点のうちジエチルベンゼンの認定に関する部分を除き、当事者間に争いがない。
二 ジエチルベンゼンには別紙記載の構造式のオルト、メタ、パラの異性体があること、右三種の異性体が単体として存在し、又はこれらが混合物として存在するが、右混合物から各異性体を分離することが可能であることは、弁論の全趣旨に照らし当事者間に争いのないところであり、成立に争いのない甲第四ないし第六号証によれば右の事実は周知であると認めることができる。
三 ところで、異性体は分子式は同一であるが構造式を異にするものであるから、必ずしも各異性体が常に同一の挙動を示すものとは限らない。したがつて、単に「ジエチルベンゼン」と表現された物質が右異性体のいずれか又はその混合物を指すのか、はたまたそのすべてを包括するものであるかは一概に断定し得るところではなく、それが何を意味するものであるかはこれを個別的に検討して判断すべきものである。
原告は、単に「ジエチルベンゼン」といえば通常混合ジエチルベンゼンを指すものである旨主張する。前掲甲第四、第五号証によれば、ジエチルベンゼンは通常ベンゼンのアルキル化反応によるエチルベンゼンの製造の際、オルト、メタ、パラの異性体の混合物として生成され、各異性体とも沸点が近く分離に複雑な手段が予想されるため、右分離は必要に応じてなされるものであることが認められる。しかし、右のような製法から直ちに「ジエチルベンゼン」が通常「混合ジエチルベンゼン」を指すものであることが当業者間で常識化していたものとまで認めることは困難であり、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
四 そこで、引用例に記載された「ジエチルベンゼン」の意義について具体的に検討する。
1 成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には左記の八箇所にジエチルベンゼンの記載があることが認められる。即ち、<1>二欄二八行、<2>五欄三四行、<3>六欄一一行ないし一二行、<4>九、一〇欄の表中の末欄、<5>九欄一六行<6>九欄三〇行ないし三一行(「混合ジエチルベンゼン」と記載)、<7>一〇欄一六行、<8>一〇欄三二行ないし三三行の八箇所で、このうち<1>ないし<3>は発明の詳細な説明の項の冒頭から実施例1の直前までの部分(以下「説明部分」という。)<4><5>は実施例2に、<6><7>は同3に、<8>は特許請求の範囲に記載されている。
2 右の記載のうち、<6>はその記載とおり混合ジエチルベンゼンを指し、<7>も<6>同様実施例3に記載されているから、混合ジエチルベンゼンを指しているものということができ、このことは当事者間にも争いがない。(したがつて、引用例では「ジエチルベンゼン」と「混合ジエチルベンゼン」とが区別して記載されているとはいえない。)。
3 次に、実施例2に記載された<4>及び<5>であるが、前掲甲第三号証によれば、引用例では、実施例1によりキシレン異性体混合物からパラ―キシレンを吸着する吸着剤としてカリウム及び/又はバリウムをカチオンとして含むX型ゼオライトがすぐれていることを実験的にたしかめ、実施例2により右実施例1の吸着後九、一〇欄の表に記載された「ジエチルベンゼン」外六種の脱着剤を用いてα値(脱着剤とパラ―キシレンとの吸着剤に対する選択率、値が1に近いほど望ましい。)を測定し脱着効果を比較したところ、「ジエチルベンゼン」が特に適していることを実験的にたしかめたこと、そして、実施例3においてキシレン異性体混合物から実施例2で調整した吸着剤のうち「カリウムを含むX型ゼオライト」により吸着後、脱着剤として「混合ジエチルベンゼン」を用いて経時的に吸着及び脱着効果を実験したことが認められる。
この事実によれば、実施例1で効果ある吸着剤を、同2で効果ある脱着剤をいずれも実験的に求め、実施例3で右実施例1、2において得られた吸着剤及び脱着剤を用いて経時的観察をしたものであることが認められるから、実施例3で用いられた脱着剤が混合ジエチルベンゼンである以上、その実験の前提とされた同2に記載された前記<4>及び<5>の「ジエチルベンゼン」も混合ジエチルベンゼンを指すものと認めなければならない。
4 しかして、明細書に記載された同一の用語は、特段の事情がない限りすべて同一の意味を有するものとして統一的に解するのが相当であるから(特許法施行規則様式第16(第24条関係)〔備考〕8、12イ参照)、前記説明部分(<1>、<2>、<3>)及び特許請求の範囲(<8>)の「ジエチルベンゼン」も特段の事情がない限り混合ジエチルベンゼンを意味するものと解すべきである。そして、出願人が最良の結果をもたらすと思うものとして記載が求められている実施例(同〔備考〕13ロ)には混合ジエチルベンゼンのみが記載されていることは前認定のとおりであり、前記の「ジエチルベンゼン」(<1><2><3><8>)が混合ジエチルベンゼンと同一挙動を示すかどうか必ずしも明らかでない単体としての異性体までをも包含した概念と解すべき特段の記載を引用例中に見出すことができない。したがつて、パラ―ジエチルベンゼンは引用例記載の脱着剤から排除されていると認めるのが相当である。
五 そうであれば右の認定に反する審決の判断は誤りであり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法なものとして取消を免れない。
六 よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
「一種または二種以上の選択されたカチオンを含む結晶性アルミノシリケート吸着剤を使つて、C8芳香族炭化水素混合物からパラ―キシレンを分離する方法であつて、
(ⅰ) 前記C8芳香族炭化水素混合物を前記吸着剤に接触させて、非平衡状態のもとでパラ―キシレンを選択的に吸着させると共に、余り選択的に吸着されないC8芳香族から成るラフイネートを吸着剤から同時に除去し
(ⅱ) 脱着剤を前記吸着剤に接触させて、前記パラ―キシレンを前記吸着剤から追い出すと共に、脱着剤およびパラ―キシレンから成るエキストラクトを前記吸着剤から同時に除去する、各工程から成る方法において、実質上すべてがパラ―ジエチルベンゼンであるジエチルベンゼンを含む脱着剤を使用することを特徴とする方法。」