東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)143号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、次に説示するように、引用例記載のものの技術内容を誤認した結果、本願発明をもつて引用例記載のものから容易に発明をすることができるとの誤つた判断を導いたものであり、違法として取り消されるべきである。
前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証を総合すれば、本願発明は、多層エピタキシヤルの各層に能動素子、受動素子や回路等が形成され、これらの層の分離が、間に入れた絶縁性のエピタキシヤル層によつてなされ、しかも一つの層の素子又は回路が他の層のそれらと少なくとも一箇所以上で相互に接続されていることを特徴とする三次元の半導体集積回路に関するものであり、その技術的課題ないし目的は、従来のIC、LSI等においては一つの薄層又は表面に素子が二次元的に配置された平面形の集積回路であるため、これによる限界や不都合があつたところ、本願発明は右の欠陥を解消する手段として、前示本願発明の要旨のとおり(明細書の特許請求の範囲の記載に同じ。)の構成を採用したものであること、これを詳述すれば、本願発明では、一つの薄層内又は表面に素子が二次元的に配置された層を二層以上同一結晶系として積み重ね、同一層内及び他の層内に配置された素子間に相互接続を設けて立体的に集積化を行うものであるところ、このためには従来の平面形の集積回路で行つている素子間又は回路間の絶縁分離を三次元集積回路では層と層との間についても行わねばならず、この点に種々の難点があつたが、この難点を同種半導体の絶縁性単結晶を用いることにより解決し、厚さ方向に単結晶層を絶縁層をはさんで何層でも重ねることを可能としたもので、層間絶縁層内にPn接合を形成してこれにより層間を接続し、レベルシフト、ダイオードロジツク等の機能をもたせることができ、また、トランジスタの一部を構成させることもできるという特徴を有するものであることを認めることができる。右認定の事実によると、本願発明においては、半導体層も絶縁層も半導体単結晶層からなり、かつ、エピタキシヤル成長によつて得られたもので、これらの層又は層にまたがつて素子又は回路が作りつけられており、絶縁層そのものに能動素子、受動素子又は導電路としての機能をもたせることができ、したがつて、素子及び導電路が全体としてのエピタキシヤル成長による多層結晶の一部分を構成するものであることは明らかである。
他方、引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載があること、並びに本願発明と引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの相違点があることは原告の認めるところ、原告は両者の間になお相違点がある旨主張するから検討するに、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例において、半導体基板上に設けられる珪酸アルミニウムからなる絶縁層は、母体結晶としての珪素基板上に珪素の格子構造を延長した珪酸アルミニウムからなる単結晶絶縁層をエピタキシヤル法によつて接着させたものとの記載があり、珪素上に珪酸アルミニウムからなる薄い単結晶層をエピタキシヤル法によつて作り得ることを示す文献としてエレクトロケミカルソサイテイ誌一九六七年六月号第一四七C頁が引用されていることが認められるところ、成立に争いのない甲第四号証(Electrochemical Society 一九六七年六月号一四二C及び一四三C頁)によると、同号証には、エピタキシヤル法によつて珪酸アルミニウム層を珪素上に作り得るとの明白な記載を見いだし難く、他にこの点を認めしめるに足りる証拠はない。
以上認定の事実に基づき、本願発明と引用例記載のものとを対比すると、両者の間には本件審決認定の前示相違点のほかに、本願発明ではエピタキシヤル成長による絶縁性半導体層自体を回路又は導電路として利用するのに対し、引用例記載のものには絶縁層そのものを回路又は導電路として使用する技術的思想はなく、エピタキシヤル成長を形成しない絶縁層に通溝をつくり、右通溝をエピタキシヤル成長によつて着けられた珪素で満たすことによつて導電路を形成していることは明らかである。そうすると、引用例記載のものは、本願発明と叙上の点で技術的思想を異にするものというべきである。被告は、本願発明において回路部分とは、その特許請求の範囲中にいう「一個以上の能動素子部分、又は受動素子部分又は回路として動作する部分」の文言記載から、能動素子及び受動素子を除いた部分、すなわち素子間の電気的接続をつかさどる部分と解され、引用例記載のものの絶縁層内の導電通溝も右にいう回路部分と実質的に異ならない旨主張するが、上記説示のとおり本願発明と引用例記載のものとが前示の点で技術的思想を異にする以上、原告の右主張は採用することができない。更に、被告は、三次元集積回路において絶縁層に実質的に絶縁性の半導体単結晶層(比抵抗の高い半導体層)を回路素子形成に用いることは本願発明の特許出願前周知の技術である旨主張し、乙第一号証及び第二号証を挙示するが、成立に争いのない乙第一号証(昭和四五年九月四日出願公告に係る特公昭四五―二七〇二二号特許公報)によれば、同号証記載のものは、三次元集積回路において実質的に絶縁性の半導体を半導体間に絶縁薄層として介在させるものであるが、相互接続する回路は右絶縁層に孔を形成することにより設けることが記載されていることが認められるから、本願発明の前示技術的思想を開示するものではないし、また、乙第二号証の米国特許明細書(その成立に争いがない。)は、その発行年月日及び特許庁資料館受入年月日に照らし、被告主張の事情を考慮に入れても、周知の資料と認めることはできず、いずれも被告に有利な資料とすることができない。
そうであるとすれば、本件審決は、本願発明と引用例記載のものとが技術的思想を異にするものであることを看過し、この点について何ら判断を加えることなく、本願発明をもつて引用例記載のものから容易に発明し得たものとの判断を導いたものであり、これが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は違法として取消しを免れない。
(結語)
三 よつて、本件審決を違法としてその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
半導体又は絶縁物の基板上の少なくとも一部分に、局部的又は全面に広がる実質的に絶縁性の半導体単結晶層を少なくとも一層含んだ二種以上の層を持つ半導体多層エピタキシヤル層が作られており、これらの少なくとも二層以上は、各々の層に、又は二つ以上の層にまたがつて一個以上の能動素子部分、又は受動素子部分又は回路として動作する部分が作りつけられており、そのうちの一つの層内の素子又は回路、又は層自体の少なくも一ヶ所が、他の少なくとも一つの層内の一ヶ所以上と、該層内又は間にはさまれた層内、又はこれらの層の周辺部に作られた導電路を通し、又は層内の素子、又は回路、又は層間にまたがる素子、又は層自体の一部の直接の接続により接続されてなることを特徴とする三次元に配置された半導体集積回路。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙図面(二)
<省略>