東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)163号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 先願発明の要旨並びに本願発明と先願発明との一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであることは原告の自認するところ、本件審決は、次に説示するとおり、右相違点についての認定判断を誤り、その結果、誤つた判断を導いたものであり、違法として取消しを免れない。
前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第九号証を総合すれば、本願発明(昭和四九年一一月一九日特許出願)は、ストロボ、カメラ、映画カメラ、プロジエクタ、室内灯、テレビ、ラジオ、テープレコーダ、扇風機、クウーラ等の民生機器あるいは鍵等の被操作装置の光遠隔制御装置に関するものであり、従来の電波、超音波等を使用するリモコン装置では、雑電波、雑音等により誤動作し易く、また、操作に必要な強いエネルギーを得るためには装置が大型となり、また、そのエネルギーは他の機器に悪影響を与え、附近の人に迷惑となる欠点があつたところ、この欠点を解決することを課題とし、前示本願発明の要旨のとおり(本願発明の明細書の「特許請求の範囲」の項の記載と同じ。)の構成を採ることにより、この欠点を克服し、すぐれた効果を奏しえたものであること、そして、本願発明において、「放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路」を付加する構成を採用した目的は、閃光波形に特定の信号を与えることを目的とすることにあることを認めることができる。
他方、本件審決が、放電ランプからの閃光波形を、通常の放電発光の際の閃光波形とは異なつた波形にするために、時定数の異なる一個又は複数の閃光電圧印加回路を付加する点についての慣用技術を示す証拠として挙示する成立に争いのない甲第四号証(特公昭四二―四一〇八号公報)によると、同公報には、複数のコンデンサを、上位コンデンサの放電パルスから一定時間遅延せしめた起動パルスで順次放電させる構成が記載されていることが認められ、したがつて、同公報には、放電ランプからの閃光波形を通常の放電発光の際の閃光波形とは異なつた波形にするために、時定数の異なる一個又は複数の閃光電圧印加回路を付加する構成が示されているということができるけれども、同号証によると、そこに開示された発明は、反覆発光装置における光量調整装置に関するものであり、照明光、透明光あるいは被写体よりの反射光の光量を電気的信号に変換する受光器と、該信号を積分する回路とスイツチ回路とを設け、一定光量に達した時、発光を制御するストロボ発光装置において、上記の構成を採ることにより、単一のコンデンサを使用して反覆発光させるものに比し、発光光量を大にすると共に電子的遅延回路群の使用により発光間隔を極めて短くすることが容易で、したがつて、運動する被写体に対してもあたかも長時間単一発光と同等の閃光を得ることを目的としたものであることが明らかである。
そうすると、本願発明において、「時定数の異なる一個又は複数個の閃光電圧印加回路」を付加する構成と本件審決が慣用技術として挙示する甲第四号証のそれとは、右構成を利用するに当たつての技術目的を異にし、同一の技術的思想が開示されているものということはできず、したがつて、同号証は、本願発明の前記構成についての慣用技術を示す的確な証拠とはなし難く、他に本願発明のこの点の構成が慣用技術であることを認めしめるに足りる証拠はない。なお、被告は、甲第四号証は、放電ランプからの閃光波形を、通常の放電発光の際の閃光波形とは異なつた波形にするための具体的手段として、「時定数の異なる一個又は複数の閃光電圧印加回路を付加すること」が慣用手段であるとして挙げたのみであり、通常の閃光波形を意識的に異なつた波形に形成する目的が何であるかは、同号証を挙げた主旨とは関係がない等、また、異なつた波形に特別の意味をもたせ、それを「信号」とするかどうかは送出側と受取側との単なる約束事にすぎず、このことは異なつた波形を形成するためにどのような技術手段を使うかという問題とも直接的な関係がない旨主張するが、当該技術が使用目的を異にして、他の目的に用いられ、技術目的を異にする場合には、当該技術をもつて後者に対する慣用技術ないし自明の手段をもつて論じえないことは多言を要しないところであるから、被告の右前段の主張は採用しえないし、また、後段の主張は、技術の利用目的や発明性を全く無視する立論であつて失当というほかない。
更に、本件審決は、先願発明には、本願発明と全く同一の「時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路」が唯一の実施例として示されていることから、この点の構成は、それぞれの発明を実施する際に必須かつ自明の構成と認められる旨説示するから、検討するに、成立に争いのない甲第三号証(先願発明の特許公報)によれば、先願発明(昭和四八年六月一五日特許出願、昭和五〇年二月二五日出願公開、昭和五二年三月七日出願公告)は、ストロボ撮影における増灯方式、特にカメラに取り着けたストロボ閃光によつて増灯装置を作動するようにした増灯方式に関するものであり、増灯装置をカメラに取り着けたストロボ閃光装置の閃光によつて作動するようにすると、シンクロコードを要さず、したがつて、増灯装置をカメラより遠隔の位置に自由に設定でき、効果的であるが、一つの被写体を多数のカメラでストロボ撮影する場合、増灯器が他人のカメラの閃光によつて作動する欠点があり、このため、これまで電波、超音波等の信号によつてカメラと増灯器を同時に作動するようにするものも提案されたけれども、上記信号を発生する発信器及び受信する受信器が複雑となる欠点があつたところ、先願発明は、前示要旨のとおり(明細書の「特許請求の範囲」の項の記載と同じ。)の構成により、この問題を解決したものであることが認められ、その明細書及び図面には、本件審決認定のとおりの実施例の記載があるけれども、同号証によれば、先願発明の「特許請求の範囲」の項には、「閃光波形に特定の信号を与える信号回路を設け」る旨の文言の記載があるだけで、これを「時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路」に限定する旨の文言記載はなく、また、その「発明の詳細な説明」の項の記載を参酌し、前示実施例の点を考慮に入れても、これを限定的に解する根拠はなく、「時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路」の構成を先願発明を実施するための自明(上記構成が自明でないことは、前説示のとおりである。)、かつ、必須の構成と解することは、到底できない。
また、本件審決は、本願発明は、先願発明の「ストロボ撮影における増灯方式」に利用した場合に特に顕著な作用効果を発揮できる旨説示するのであるが、本願発明と先願発明とは、特許請求の範囲、発明の目的、課題及び技術的思想を異にし、それぞれに顕著な作用効果を奏するものであることは、前認定、説示したところから明らかであり、したがつて、両者は、別発明とみるを相当とすべく、本件審決の叙上の認定は、合理的根拠を欠くものといわざるをえない。
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
クセノン等の稀ガスを充填した放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号を与える信号回路を設けて光信号として発射し、この光信号を受けて作動する受令装置には上記特定信号を判別するデコーダ回路を設け、上記特定信号を受光したときのみ被操作装置を作動するようにした光遠隔制御装置。