東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)198号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願第一発明と第一引用例記載の発明との相違点についての認定判断をするに当たり、本願第一発明が属するイムノアツセイと、それとは技術思想的に相容れる共通性又は互換性のない従来公知の組織化学的抗原位置決定法との目的、測定方法、測定原理等の違いを看過し、かつ、優先日当時の当該技術分野の技術水準についての理解及び本願第一発明の奏する効果の認定を誤つた結果、第一引用例記載の発明においてその標識物質である放射性物質に代えて酵素を用いることは直ちに想到し得るものである旨誤認し、ひいて、本願第一発明は、第一引用例ないし第四引用例の記載事項から当業者が容易に発明をすることができるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張はすべて理由がないものというべきである。すなわち、
前示本願第一発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明の公開特許公報)及び二(昭和五〇年六月四日付手続補正書)並びに三(昭和五二年四月二一日付手続補正書)を総合すれば、本願第一発明は、標識物質として酵素を用い、特異的反応である抗原抗体反応を利用してステロイドホルモンその他の物質についての微量測定を行うことを目的とする免疫測定法についての発明であつて、本願発明の要旨(特許請求の範囲(1)の記載と同じ。)のとおりの構成、すなわち、イムノアツセイにおける標識物質として酵素を用い、その活性を測定することにより、検体中の免疫成分の量を求めるという構成を採用することにより、従来公知の放射性同位元素を標識物質として使用するRIA等のもつ欠点、すなわち、これらの物質を操作するには、精確な測定器具、良好な実験室設備及び高度に熟練されたスタツフが必要であるという欠点を解決し得たものと認められる。他方、第一引用例ないし第四引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていること、並びに本願第一発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであること、すなわち、標識物質として、本願第一発明が酵素を用いているのに対し、第一引用例記載の発明では放射性物質を用いている点において両者が相違し、本願第一発明の特許請求の範囲中「低分子化合物」がハプテンを、「この化合物と特異的に結合し得る蛋白質」が抗体を指し、本願第一発明と第一引用例記載の発明とが、非標識ハプテンを含む検体に対して標識ハプテンと固体に付着させて不溶化した抗体とを添加し、反応させ、結合しない標識ハプテンと標識ハプテン―抗体結合物とを分離し、その一方の標識物質の量を測定することにより検体中の非標識ハプテンの量を求める点において一致することは、原告の認めるところである。
ところで、原告は、本件審決が、右相違点について、第一引用例記載の発明に用いる標識物質として放射性物質に代えて酵素を用いることは直ちに想到し得る旨認定判断した点を争うので、以下この点を検討するに、(1)前示の第一引用例及び第四引用例の記載事項に徴すれば、標識物質として放射性物質(放射性同位元素)を用いた第一引用例記載のRIAと標識物質として酵素を用いた第四引用例記載の組織化学的抗原位置決定法とは、その目的、測定方法、測定原理等において相違するものの、標識物質を用い、抗原抗体反応を利用してなす免疫学の分析技術分野に属する分析方法である点で共通するものであること、(2)前示の第三引用例と第四引用例の記載事項によると、第三引用例に第四引用例記載の組織化学的抗原位置決定法と同様の、放射性同位元素を標識物質として用いた検体組織中の抗原の有無及びその所在を確認する分析方法が記載されていることは明らかであるから、酵素は放射性物質(放射性同位元素)と同等の標識物質として使用されていること、(3)成立に争いのない甲第六号証によれば、第四引用例には、前示のとおり、抗原を含む組織に酵素で標識した抗体を作用させて、その抗体と抗原とを反応させ、それを光学顕微鏡又は電子顕微鏡で観察検出することが記載されているほか、第四引用例記載の測定法は、右方法により組織中の抗原の位置を測定する組織化学的抗原位置決定法であつて、酵素と抗体とは酵素的及び免疫的活性を失わずに結合し得ること、及び抗原と結合した酵素標識抗体の酵素によつて基質を反応させてその反応生成物を得ることが記載されていることが認められ、右事実によれば、第四引用例には、酵素を抗体の標識物質として使用しても抗体の免疫活性及び酵素の酵素活性を損なうことなく酵素―抗体結合物が得られ、右酵素標識抗体は抗原と反応し、反応後においても酵素活性が失われることがないことが事実上開示されているものとみるを相当とすること、(4)第一引用例には、前示のとおり、ハプテン―放射性物質(放射性同位元素)結合物が開示されており、また、前掲甲第二号証の一によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、酵素と低分子物質の結合物の製造は各種の方法で行うことができる旨(同号証第一二頁右下欄第一六行ないし第一七行)、また、「ハプテンを蛋白質に結合させる特殊例は、たとえば「メソツズ・イン・イムノロジー・アンド・イムノケミストリー」第一巻に記載されている。ここに記載された方法は免疫化のための結合物の製造に用いられるものであるが、本発明において重要な低分子物質および酵素の結合物の製造にも利用することができる」旨(同号証第一三頁左上欄第一二行ないし第一八行)記載されていることが認められ、右事実によれば、本願発明の出願人自身ハプテンと蛋白質を結びつける右「メソツズ・イン・イムノロジー・アンド・イムノケミストリー」第一巻に記載されている方法が公知であることを認めており、このことから、ハプテンと蛋白質である酵素との結合物も知られていたものと推定することができること、(5)成立に争いのない乙第二号証(一九六八年発行の「NATURE」第二一九巻第一八六頁ないし第一八九頁。同号証が優先日前の一九六八年に頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)によれば、同号証には、「ヨウ素標識をサイクリング反応に関与し得る化合物で置き換えることにより感度を増大させることができる。最も明白に可能性のあるものは酵素、補酵素又はウイルスである(第7図)……このような酵素は、我々のシステムにおいて使用される明白な候補者であろう。」(同号証第一八九頁左欄第六行ないし第一五行)との記載があることが認められ、右記載は少なくとも、優先日前に抗原抗体反応を利用する免疫学の分析技術分野において、標識物質として放射性物質(ヨウ素標識)に代えて酵素を用いること、すなわち、酵素標識結合生成物を用い得るであろうことを示唆するものであること、(6)成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例記載のRIAにおける検体中の未知抗原量の測定は、標識抗原と非標識抗原とを抗体に対し競合反応させて、標識抗原抗体結合物(固相(B))と非結合標識抗原(液相(F))とを分離し、そのいずれか一方における標識物質の活性を定量的に測定し、その測定値をあらかじめ求めておいた標準曲線に照らし合わせて決定するものであつて、右標準曲線は、既知量の放射性物質を付した抗原(標識抗原)と既知量の放射性物質を付さない抗原(非標識抗原)とを抗体と反応させ、標識抗原抗体結合物(B)と非結合標識抗原(F)とを分離して標識抗原抗体結合物Bの放射能を測定し、次いで、同様の操作を非標識抗原の量を増減させて適当回数行つて、標識抗原抗体結合物(B)の放射能を測定することにより、既知量の標識抗原と既知量の非標識抗原との割合((B)/(F)又は(B)/((B)+(F)))と放射能の強さとの関係を求めて作るものと認められ、そうであるとすれば、イムノアツセイにおいては、標識抗原と非標識抗原とが競合して抗体と一定の割合で反応する競合的抗体反応が生起することは不可欠とされるけれども、それ以上に、標識抗原と非標識抗原とが同等あるいはそれに近い割合で競合して抗体と反応しなければ定量測定ができないということはなく(定量測定を高精度になし得るか否かということとは別個である。)、したがつて、ある標識物質を用いることにより非標識抗原の免疫活性やその標識物質自体の活性、更には、標識抗原の抗体との反応及び非標識抗原との抗体に対する競合反応に何らかの影響があつて、標識抗原が非標識抗原と同等に抗体と結合し得なくなつたとしても、それらが一定の割合で競合して抗体と反応することが確認できさえすれば、少なくともイムノアツセイにおいて必要とされる前記競合反応は生起するものと解されること、以上の事実を認めることができる。一方、本願第一発明の特許請求の範囲には、前示のとおり、定量されるべき反応成分の定量測定方法に関して、「このような成分が相互に示す既知の結合親和性を利用して……定量する方法において」、「酵素活性を測定し、この活性が定量されるべき反応成分の量の尺度となることを特徴とする」との構成を採るところ、前掲甲第二号証の一によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「ある分析系について、定量されるべき物質の含量とその場合の酵素活性好ましくは液相の酵素活性とをグラフ化した分析曲線を作つておけば、その定量されるべき物質のサンプル中の量が、得られた酵素活性の値から直ちに求められる。」(同号証第一二頁右上欄第一四行ないし第一八行)との定量測定方法についての記述が存することが認められるから、本願第一発明の前記構成は、標準曲線を利用する定量測定方法を含むものと解され、したがつて、そこで要求される競合的抗原抗体反応の程度(内容)は、第一引用例記載の方法において要求される程度(内容)と変わることがないものと認められるところ、以上認定の各事実に、(7)抗原抗体反応が特異的反応であること、及び(8)放射性物質(放射性同位元素)がこれを取り扱う操作者の健康に危険を及ぼすおそれがある等の欠点を有するものであること、並びに酵素が触媒として特異的性質を有することは周知の事項であることを併せ考慮すると、優先日当時において当業者が認識していたと思われる後記認定の事項を考慮してもなお、第一引用例記載のRIAの標識物質である放射性物質(放射性同位元素)に代えて第四引用例に開示された酵素を用いることは容易に想到し得たものと認めるのが相当である。原告は、イムノアツセイと組織化学的抗原位置決定法とでは、その目的、測定方法、測定原理、標識物質でラベルされた物質の利用の態様などにおいてそれぞれ根本的に異なるものであり、両方法は技術的思想の点において相容れる共通性がないから、相互に互換性が認められず、別個の分析体系として位置づけられており、各分析方法に用いられる標識物質も一義的に決まつていて任意に選択し得るものではないにもかかわらず、本件審決は、両方法のそうした相違点を看過して、免疫反応に用いる標識物質は目的に応じて選択し得るものであるとの誤つた認定判断をした旨主張するところ、イムノアツセイと組織化学的抗原位置決定法とがその目的、測定方法、測定原理等において相違することは被告の明らかに争わないところであり、また、前示の第一引用例ないし第四引用例の記載事項に徴すれば、両方法は別個の独立した分析体系をなすものとして位置づけられるものであることは認められるけれども、両方法がその目的、測定方法、測定原理等において相違し、別個の独立した分析体系をなすものとして位置づけられているか否かということと、組織化学的抗原位置決定法において免疫成分の標識物質として用いられている酵素を、イムノアツセイにおける免疫成分の標識物質として用いることを容易に想到し得るか否かということとは別個の事項であつて、両方法は、前記(1)認定説示のとおり、共に標識物質を用い、特異的反応である抗原抗体反応を利用してなす免疫学の分析技術分野に属する分析方法である点で共通するものと認められ、かつ、前記(2)認定説示のとおり、検体組織中の抗原の有無及びその所在を確認する分析方法、すなわち組織化学的抗原位置決定法においては、放射性物質(放射性同位元素)と酵素とは同等の標識物質として使用されていることが認められ、これらの事実によれば、第四引用例記載の組織化学的抗原位置決定法において標識物質として用いられている酵素は、これを用い得ないという技術的理由がない限りイムノアツセイを含む他の分析法における免疫成分の標識物質として使用し得るものと想到することができ、右想到すること自体に困難性があることを認めしめるに足りる証拠もないから、イムノアツセイと組織化学的抗原位置決定法とが、その目的、測定方法、測定原理等を異にし、別個の分析体系をなすものとして位置づけられているとしても、そのことをもつて直ちにRIAにおける標識物質である放射性同位元素に代えて酵素を用いることを想到することができないと断定することは困難であり、したがつて、本件審決が両方法の右のような相違点を看過したものということができず、また、免疫反応に用いる標識物質はその目的に応じて選択し得るものと認定判断したことをもつて直ちに誤りであるともいえないから、いずれにしても原告の右主張は、採用することができない。また、原告は、イムノアツセイにあつては、標識物質による特異的免疫反応及びその競合反応への影響並びにそれとは逆に免疫成分による標識物質の失活又は阻害影響をできるだけ小さくすることが、その目的の達成を測るうえで重要であることは、優先日当時よく知られていたことであるから、そうした技術水準からすれば、巨大分子である酵素を標識物質として使用した場合には、イムノアツセイの特異的免疫反応及びその競合反応が阻害され、かつ、望ましくない非特異的反応が生起しやすくなり、更に、酵素による基質の特異反応がイムノアツセイの免疫反応系に存在するこれまた巨大分子である抗原、抗体等により阻害され、高精度な酵素活性の測定を行うことはできないと予想されるところ、本願第一発明において用いる免疫成分であるハプテンは抗体に比べて格段に小さい分子量を有する低分子化合物であるから、このような低分子のハプテンと巨大分子である酵素で標識した場合には、抗体以上にその特異的結合活性を喪失するものと予測されたものと解するのが妥当であつて、イムノアツセイの標識物質として放射性物質に代えて酵素を用いることは容易に想到し得るものではない旨るる主張し、優先日当時の技術水準を示すものとして、前掲甲第三号証(第一引用例)の記載を援用し、甲第八号証(ウエーメン博士の宣誓供述書)及び第二一号証(株式会社医学書院発行(一九七八年一二月一五日)に係る石川栄治他編集に係る「酵素免疫測定法」第七三頁ないし第二一六頁)を挙示するところ、確かに、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には原告主張のとおり、「抗原物質は放射性物質によつて標識が可能であり標識によつて抗原性に変化をきたさないこと」が必要であるとの記載(同号証第五頁下から第四行目ないし第六頁第二行)のほか、「放射性物質と結合したために、抗原分子の免疫学的特性を示す構造部分に変化をきたし抗原性が変化すれば、非標識抗原と抗原抗体反応において競合しなくなるのでradioimmunoassayによる測定が不可能になるのはもちろんである。」(同号証第六頁第一三行ないし第一六行)、「抗原性を変化させることなく、しかも比放射能の高い標識抗原をつくることが必要なわけである」(同号証第六頁第二一行ないし第二二行)との記載があり、右記載によると、優先日当時、RIAにあつては放射性物質によつて抗原の抗原性に変化を生じさせないことが重要であり、抗原性が変化すると競合反応が生じなくなり測定が不可能になると考えられていたことが認められ、同じことは酵素を標識物質として用いる場合にもいえるものと推測することができるけれども、他方、第四引用例には前記(3)で認定説示したとおり、酵素を抗体の標識物質として使用しても抗体の免疫活性及び酵素の活性を損なうことなく酵素―抗体結合物が得られ、右酵素標識抗体は抗原と反応することが開示されており、このことは、少なくとも第四引用例に記載された酵素の免疫反応系に及ぼす阻害又は立体障害等の影響は無視し得る程度のものであること、すなわち、右酵素を免疫反応の標識物質として使用しても支障のないことが開示されているものということができるから、右開示された事実に徴すれば、前記第一引用例に記載された問題があるからといつて、このことは、イムノアツセイにおける標識物質として放射性物質(放射性同位元素)に代えて酵素を用いることに想到することを困難ならしめるものと解することは到底できない。また、成立に争いのない甲第八号証によれば、ウエーメン博士の宣誓供述書には、「放射性同位体の原子又は原子団は小さい。このように標識が小さく、しかも免疫成分が分子量一〇万以上の大きい蛋白質(抗原又は抗体)である場合にも、放射性同位体で標識された免疫成分の免疫化学活性の阻止又は低下が生じ得ることは公知である。このような小さい原子又は原子団を使用しただけでも阻止の危険が既に存するのであるから、大きな蛋白質分子たる酵素を標識として使用すれば、標識された免疫成分の免疫化学反応性は阻止されると予想されるのが当然である。特に、免疫成分がハプテンの如き低分子量化合物であれば、このような阻止がなお更予想されるはずである。更に、酵素を免疫成分に結合することによつても酵素活性の滅失又は低下が予想されるであろう。酵素結合体が抗体と反応するならば、このような活性低下のおそれは一層大きくなるはずである。」(同号証第三頁下から第一八行目ないし同頁末行)、「このような」、すなわち、第三引用例及び第四引用例記載のような「組織化学的検出方法においては、細胞又は組織中の抗原の位置を決定し、定性的指標を得ることだけが目的であるから、酵素活性及び/又は免疫活性の一部が破壊されたか、又はほぼ全部が破壊されたかということは少しも重要でない。」(同号証第四頁第八行ないし第一一行及び第一五行ないし第二一行)旨原告主張にそう供述がなされていることが認められるが、右供述は、その供述内容からも明らかなとおり、前記(3)認定説示の第四引用例に開示された事項を全く考慮することなくなされたものであるばかりか、前記(6)で認定説示したように、標識抗体を用いることによつて競合的抗原抗体反応に何らかの支障が生じ、標識抗体が非標識抗体と同等あるいはそれに近い割合で結合しないとしても、標識抗体と非標識抗体とが一定の割合で競合して反応することが認められさえすれば、イムノアツセイは可能であるということを考慮することなくなされた供述であつて、組織化学的抗原位置決定法等の分析法における免疫成分の標識物質として使われていた酵素が、酵素の種類、酵素と抗原、抗体あるいはハプテンとの結合物の生成の仕方、基質の選択、反応条件等のいかんにかかわらず、酵素はイムノアツセイにおける免疫成分の標識物質として使用できないものと当業者が認識していたということまで断定するものではなく、かえつて、前記(1)ないし(8)認定の事項を考慮すれば、酵素や基質の選択、酵素―ハプテン結合物の生成の仕方等によつては、イムノアツセイにおける標識物質として放射性物質(放射性同位元素)に代えて酵素を用い得ることを容易に着想し得るものとみるのを相当とし、したがつて右甲第八号証記載は右想到することの容易性を覆すに足りない。また、成立に争いのない甲第二一号証は、その発行日(一九七八年一二月一五日発行)に照らし、優先日後に頒布された書籍であることは明らかであり、したがつて、その記載事項が優先日前の技術水準を示すものとは直ちに断定することができないところ、この点はともかくとして、同号証には、原告主張のとおりの記載があり、RIAの標識物質である放射性物質(放射性同位元素)に代えて酵素を用いる場合には種々の問題があることが指摘されていることが認められるが、第一引用例ないし第四引用例及び前掲乙第二号証並びに前示の周知の事項によれば、前記(1)ないし(8)認定説示のとおりの、RIAの標識物質である放射性物質(放射性同位元素)を酵素で置き換えることを容易に想到し得ることを基礎づける事実が認められるのであるから、右の指摘事項はイムノアツセイにおける免疫成分の標識物質として酵素を用いることに想到すること自体を困難ならしめるものとは認めることができない。以上のとおり、原告の右主張はいずれも採用することはできず、他に前示の想到容易性の認定判断を動かすに足りる証拠はない。また、本願第一発明の奏する作用効果についても、本願第一発明は、前認定説示のとおり、標識物質として酵素を用いることにより、RIAのもつ、放射性物質(放射性同位元素)を操作するには、精確な測定器具、良好な実験室設備及び高度に熟練されたスタツフが必要であるという欠点を解決することができるほか、非熟練者によつてさえも短時間で極めて正確、安全かつ容易に実施し得るという作用効果を奏するものと認められるが、右作用効果は、放射性物質(放射性同位元素)に代えて酵素を用いるとすることから当然に予測される程度のものにすぎないものと解され、格別の効果と認めることはできない。
そうであるとすれば、本件審決には原告主張の違法の点はなく、しかも、前認定説示のとおり、本願第一発明はその特許請求の範囲において用いる酵素の種類等を何ら特定しておらず、また、酵素を標識物質として用いるとすることのほか、イムノアツセイの精度等を向上させるための特段の構成を採用しているわけではないのであるから、本願第一発明は第一引用例ないし第四引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができるものであるとする本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 低分子化合物とこの化合物を特異的に結合し得る蛋白質との間の反応の一成分を、このような成分が相互に示す既知の結合親和性を利用して検出および定量する方法において、この定量を低分子化合物と酵素との結合生成物の一定量および不溶化した上記反応の一成分の一定量を用いて行ない、そして得られた反応混合物の液相または固相中の酵素活性を測定し、この活性が定量されるべき反応成分の量の尺度となることを特徴とする分析方法。(以下「本願第一発明」という。)
(2) 主に、(a)低分子化合物および酵素の結合生成物の一定量:(b)不溶化した反応系成分の一つの相当量:(c)用いる酵素の活性を定量するための基質を含有することを特徴とする特許請求の範囲第(1)項による低分子化合物またはこれらの化合物を特異的に結合し得る蛋白質の検出および定量のための試験パツク。(以下「本願第二発明」という。)