東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)225号 判決
事実及び理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
一 原告は、本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された下敷部材である「編織した布、合成樹脂ラミネート紙等」とは、帯状の布又は合成樹脂ラミネート紙を互い違いに組み合わせ、もしくは、縦横に組み合わせたものである旨主張するので、まず、この点について検討すると、成立に争いのない甲第四号証によれば、本願考案の明細書の考案の詳細な説明には、下敷部材に関しては、「図示実施例は上敷部材(1A)としてフエルトを、下敷部材(1D)として平打ちしたポリプロピレンの糸を編んで紙を裏打ちしたラミネート紙を、板状部材(1B)として木屑を固めたボードを、また中敷部材(1C)としてはスチレン発泡体(又は硬質ウレタンフオーム)を用いて糸(1E)で一体にさし固めてある。」(第三頁第一行ないし第七行)、「下敷部材(1D)は編織してあるから床(とこ)をさし固めた糸及び畳表を縁張りしたときの糸を充分効かせることができる。」(第四頁第一行ないし第三行)と記載され、願書添付の別紙図面(一)第3図には、実施例に記載された下敷部材の一部拡大図が示されているが、右以外には下敷部材に関しての格別の説明はなく、殊に実用新案登録請求の範囲に記載された「編織した布」が原告主張のような帯状の布を組み合わせたものに限定する旨の記載は存しないことが認められる。
原告は、実用新案登録請求の範囲にいう「編織」とは、互い違いに組み合わせ、もしくは縦横に組み合わせるという意味であり、編織した状態は右第3図に示すとおりである旨主張するが、「編織」とは、繊維製品の技術分野においては、所望の性能をもつ布構造を実現するための糸の組み合わせを意味することは技術常識であり、それ故に、前記考案の詳細な説明にも、編織した合成樹脂ラミネート紙の例として、「平打ちしたポリプロピレンの糸を編んで紙を裏打ちしたラミネート紙」が記載されているのであつて、原告主張のように、帯状の布を互い違いに組み合わせ、もしくは縦横に組み合わせることを「編織」という用語をもつて表現することは、右技術常識に照らしありえないことである。しかも、原告が編織した状態を示すと主張する前記第3図は、実施例として記載された平打ちしたポリプロピレン(成立に争いのない甲第六号証によれば、ポリプロピレンは、プロピレンの重合体であつて、合成樹脂として用いられるものであることが認められる。)の糸を編んで紙を裏打ちしたラミネート紙を図示したものであることは前記考案の詳細な説明の記載から明らかであり、これをもつて下敷部材として帯状の布を組み合わせた状態を示したものとすることはとうていできない。
以上によれば、本願考案の要旨とする「編織した布、合成樹脂ラミネート紙等の下敷部材」は、布(布自体が糸を編織したものであることは前記技術常識に照らし明らかである。)、又は編織した合成樹脂ラミネート紙等をもつて構成する下敷部材を意味するものと解するのが相当である(なお、本願考案の明細書には、布、編織した合成樹脂ラミネート紙以外には下敷部材の材料についての記載はないが、「等」という語は、慣用上、布、編織した合成樹脂ラミネート紙との均等物を含ませる意味で用いられているものというべきである。)。
ところで、成立に争いのない甲第三号証によれば、周知例は、畳の床芯1本体を硬質発泡樹脂材で形成し、その表裏両面に敷わら層2、3を重合させると共に、表面の敷わら層2内にはベニヤ単板等の木材薄板4を介入し、裏側の敷わら層3の裏面には防湿紙版5と補強網板6を順次重合し、縫着糸条8で縫着して畳床を形成した畳に関する考案であり、周知例には、この下敷部材の材質についての直接の記載はないが、考案の詳細な説明に、下敷部材に関連して、「裏面側の敷わら層3の裏には防湿紙版5を被覆させることによつて床面からの湿気が敷わら層3に及ぶのを阻止すると共に、更にこの裏には補強網版6が張つてあるので破れ易い紙版を保護すると共に裏面全体を好適に補強できる。」(第二欄第一二行ないし第一六行)、「特に、この敷わら層2、3のうち、下面敷わら層3は、芯材が発泡樹脂材であるため、畳の床板敷設時に、その芯1が直接の衝撃あるいは摺接等に(「によつて」は「に」の誤記と認める。)比較的弱い性質であるということを保護する(「ということは」は、「ということを」の誤記と認める。)ためであつて、その下面敷わら層3の更に裏面に防湿紙版5(「防湿版5」は「防湿紙版5」の誤記と認める。)、補強網版6を順次重合することによつて、前記保護をより一層増長し、またその下面敷わら層3と防湿紙版5の両部材によつて床芯1の湿めりを確実に防止し、畳床全体の強度並びに柔軟性を増大し、畳床として必要条件を満足するのである。」(同欄第二七行ないし第三六行)と記載され、かつ別紙図面(三)第3図に周知例記載の各部材を積層し、敷わら層3の下部に防湿紙版5、更にその下部に補強網版6を重合した構造を示す拡大側断面図が図示されていることが認められる。周知例の右記載及び図面によれば、周知例記載のものの下敷部材は、防湿紙版5と補強網版6とから構成されるが、補強網版6は、破れ易い防湿紙版5を保護すると共に裏面全体を補強し、畳を床板に敷設する時、床芯に加わる直接の衝撃あるいは摺接から床芯を保護するという下面敷わら層の作用を一層増長するものでなければならないことからすると、引張り強さのある繊維系のものを網目状にしたものであるとみるのが技術常識にかなうものであつて、これを防湿紙版5と重合したものが周知例記載のものの下敷部材であると解するのが相当である。
原告は、周知例記載のものの下敷部材は、渋・漆を塗り、糸を縦横に漉き込んだ「たとうがみ」に相当する旨主張するが、周知例記載のものの下敷部材においては、前述のとおり、防湿紙版5と補強網版6とは別個の材料であつてこれを重合して下敷部材を構成するのであるから、「たとうがみ」という一つの材料であることはありえず、また前記認定の強度を必要とすることからも、周知例記載のものの下敷部材が衣類等の包み紙として用いられる 「たとうがみ」に相当すると認めることはできない。
そうであれば、周知例記載のものの下敷部材は、本願考案の下敷部材である布を含むものであり、これと同一の繊維糸のものを用いた補強網版6と防湿紙版5とから構成されるものであつて、その間に差異がないものというべく、前掲甲第三号証によれば、周知例は、本願考案の出願される五年前に既に実用新案公報として日本国内において頒布されていた刊行物であることが認められるから、かかる下敷部材を用いた畳は、本願考案の出願当時周知であつたというべきである。
原告は、本願考案は、前記下敷部材を用いることにより、(A) 床をさし固めた糸及び畳表を縁張りしたときの糸を充分効かせることができるから、(B) 柔道等の過激な運動を行つても、床の表面に装着した畳表がはがれたり、破れたり、たるんだりすることなく、畳床の各部材のずれを完全に防止できるのに対し、引用例記載の積層状畳床の最下部に、周知例に示された下敷部材を適用して一体にさし固めたとしても、このような効果を奏することができない旨主張する。
本願考案は、前記(A)の効果を奏するものであることは、当事者間に争いがない。そして、前掲甲第四号証、第六号証、によれば、適当な条件下で延伸を行つたポリプロピレンは、引張り強さ、曲げ強さ、剛性、衝撃強さ等に優れることが認められるから、ポリプロピレンをラミネート加工することにより得られる前記実施例記載のポリプロピレンラミネート紙を下敷部材として用いる場合には、当該糸の材質、織り方、密度のいかんによつては(B)の効果をも奏することも可能であろう。
しかしながら、前掲甲第四号証によれば、本願考案が前記下敷部材を用いることにより(B)の効果を奏することは、本願考案の明細書にも何ら記載されていず、前記実施例記載のポリプロピレンラミネート紙を下敷部材として用いる場合に想定しうる(B)の効果も、本願考案の知見として取り込まれたものと認めることができる記載もなく、また、(B)の効果は、(A)の効果により必然的に導かれるものではなく、下敷部材として用いるものの材質、織り方、密度等を限定することによつてのみ得られるものであるところ、本願考案は、下敷部材として布又はポリプロピレン以外の合成樹脂ラミネート紙を用いる場合も含んでいることは前述のとおりであり、その糸の材質、織り方、密度等については何らの限定もなされていないから、(B)の効果は、布については勿論、ポリプロピレン以外の合成樹脂ラミネート紙を用いた場合でも必ず奏することができるとは認め難く、本願考案の奏する前記(A)の効果は、本願考案と同一の材料を用いた周知例記載のものの下敷部材においても当然に奏することのできる効果であるから、その間に格別の効果上の差異を認めることはできない。
そして、周知例記載のものは、前記各畳床構成部材を縫着糸条8で一体結合したものであることは前記認定のとおりであるから、本願考案の登録出願当時、各畳床構成部材を下敷部材と共にさし固めることも周知というべきところ、下敷部材を除いて本願考案と各畳床構成部材を同一とする引用例記載のもの(このことは、原告の認めて争わないところである)に前記周知の下敷部材を適用し、これを一体にさし固めて本願考案のような構成の畳を考案することは、当業者にとつてきわめて容易に想到しうることであつて、その点に格別の技術上の困難があるとも認めることはできない。
したがつて、相違点(1)について、引用例に記載された積層状畳床の最下部に、周知例に示された下敷部材を有せしめ、かつ引用例記載のものの一体接着に代えて周知例に示された一体さし固めを施すことは、当業者がきわめて容易に想到するものといえるとした審決の判断に誤りはない。
二 従来、一般の畳が柔道用にも使用されてきたことは当事者間に争いがなく、このことは、原告主張のように近年学校、官公庁において一般の畳とは異なつた緩衝作用、反発作用、振動の減喪作用等がバランスよく複合された機能を有する畳が柔道用として使用されているとしても、一般の畳であつても柔道用として用いることができることを意味するものである。
そして、成立に争いのない甲第二号証によれば、引用例記載のものは、下敷部材を有しない点を除いては本願考案における畳と同一の構成を有するものであり、衛生的で老化せず、耐久力に優れ、衝撃に対する緩衝性、吸収性があり、強度も十分で、軽量かつ保温性のある畳であることが認められるから、柔道用畳として使用することができるものというべきであり、前述のとおり、この引用例記載の積層状畳床の最下部に周知例に示された下敷部材を適用して一体にさし固めることにより本願考案のような構成の畳を考案することが当業者にとつて適宜になしうることであつて、この点に格別の技術上の困難が存しない以上、本願考案における畳を一般の畳と区別して柔道用畳と限定することに格別の技術的意義があるとすることはできない。
したがつて、相違点(2)について、本願考案において柔道用と限定したことに格別の意味を有するものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
三 以上のとおりであるから、本願考案は引用例記載のもの及び周知の事実に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができるものとした審決の判断は正当であつて、審決には原告主張の違法はない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却する。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
フエルト・ゴム等の柔かい上敷部材(1A)と、編織した布、合成樹脂ラミネート紙等の下敷部材(1D)との間に、針のさし通ることのできる程度に硬い板状部材(1B)と復元力のあるゴム・合成樹脂・発泡体等の中敷部材(1C)とを前者が上に後者が下になる様に介在させて、一体にさし固めて成る積層状の畳の床(とこ)(1)に、畳表(2)を着けて成る柔道用畳。