東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)248号 判決
一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 本願意匠と引用意匠の各構成が審決認定のとおりであることは原告の認めるところであり、両意匠を対比すると、審決認定のとおり請求の原因三1(一)に示される差異があることは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第二号証の二、第三号証の一・二によれば、両意匠には、請求の原因三1(二)で原告の主張する差異があることが認められる。
一方、右各甲号証によると、本願意匠と引用意匠は、意匠に係る物品がともに係合具である点において一致し、意匠の構成においても次に述べる点において一致しているものと認められる。
すなわち、まず、その雌止具は、覆枠の輪郭形状を円形とし、その係合面から周側面周縁までを一体状に形成し、係合面を一定の曲率を持つた反り球面状とし、その面内の中央に小円形状の係合孔を形成し、取付け面側には取付け脚片一対が並行に対向状となるように構成した脚体を突設している。次に、雄止具は、保持板の輪郭形状を覆枠の係合面と同径の円形とし、その係合面内を覆枠と同一曲率の起り球面状に形成し、直径が覆枠の係合孔より一回り小さい短棒体状の係合突起を面内の中央に形成し、取付け面側には取付け脚片一対が並行に対向状となるよう構成した脚体を突設したものとしている。
2 そこで右の構成の一致点を前提に、両意匠の前記相違点について検討する。
まず、雌止具の覆枠における係合面より周側面周縁に到る形状は、係合具における本体部分の外形を形作つている部分であるから、その係合面の形状とともに見る者のもつとも注意を引きやすい主要な部分であると認められるところ、この形状が本願意匠においては偏平円柱状であるのに対し、引用意匠においては周側面周縁よりも係合面側を僅かに小さくした偏平円錐台形状であり(相違点(1))、しかも、その周側面の立上り幅が、本願意匠においてはその取付面側の周側面周縁の直径のほぼ三分の一であるのに対し、引用意匠においてはほぼ四分の一であつて(相違点(13))、引用意匠の方が偏平の度合が大きいことから、本願意匠においては、その雌止具が引用意匠の雌止具に比し、特に肉厚の嵩張つた印象を与えるものになつていることが認められる。
次に、雌雄両止具における取付け脚片の形状及び間隔の各差異(相違点(4)、(6)、(8)、(12))は、止具の本体部分から突出した部分の差異であり、見る人の注意を引くに足りる相違ということができる。そして、本願意匠においては先端を半円形状とした細幅帯板状で、間隔が比較的狭いのに対し、引用意匠においては先端が剣先状で間隔が広いから、後者は前者に比しやゝ安定しているが鋭い感じを与えていると認められる。
雄止具の係合突起の形状、直径の差異(相違点(5)、(10))は、この係合突起が雄止具の係合面の中央にあつて突出している部分であり、また、係合具としての係合作用を雌止具における係合孔とともに果す部品であるから、自から見る人の注意を引く部分であると認められるところ、本願意匠における係合突起は先端周縁を丸面状とした単純な小円柱状であり、その直径が保持板の直径のほぼ七分の一であるのに対し、引用意匠においては先端側を球体状とし、保持板側を円錐台形状とし、その直径が保持板の直径のほぼ一〇分の一である点で異なり、また、保持板からの立上り幅の差異(相違点(11))もあることから、前者の係合突起が肉太短寸で単純な印象を与えるのに対し、後者の係合突起は細径で繊細な印象を与えるものとなつていることが認められる。
また、この係合突起の形状の差異は、雌止具における係合孔につき、本願意匠においては単純な円形孔であるのに対し、引用意匠においては係合孔内を二本の線状をもつて区分している差異(相違点(9))と相まつて、引用意匠に係る係合具がホツク止めの構造のものであるのに対し、本願意匠に係る係合具がこのようなホツク止めの構造を採用していないことを印象付けるものと認められる。
本願意匠と引用意匠の具体的構成における右差異とこれによつて見る人に与える印象の差異を総合考慮し、両意匠の構成の前記一致点を含めて全体として観察すると、引用意匠がホツク止めの構造の係合具に係る意匠であり、全体に比較的肉薄の繊細な印象を与えるのに対し、本願意匠はホツク止めの構造を採らない係合具に係る意匠であり、全体に肉厚の嵩張つた印象を与えるものと認められ、引用意匠と異なる美感を生じさせるものということができる。したがつて、両意匠は、その意匠に係る物品が広義の係合具であることにおいて一致し、前叙のとおりその構成において一致する点はあるものの、原告主張のその余の相違点について検討するまでもなく、その特に見る人の注意を引く前認定の具体的構成の差異により、なお別異のものとして成立しているといわなければならない。
3 被告は、雌雄両止具の各取付け面側の脚体等は取付け使用時において視認できない部位を構成する部分品にすぎないものであるから、これをこの種意匠の要部と認められないと主張する。しかし、この種係合具は、それ自体として意匠の対象となる物品であり、ハンドバツグ等の袋物に取付けられる以前に、それ自体独立の商品として流通過程におかれ取引の対象となるものであることは明らかであるから、袋物に取付けられたとき視認できる部分のみを要部として意匠の類否の判断に当たつて重要視すべきであるということはできず、取付け面側の部品を含め、その意匠上の重要度を考慮しつつ全体として観察して意匠の類否を判断すべきものといわなければならない。被告の右主張は失当である。
そして、前叙のとおり、本願意匠及び引用意匠における取付け脚片は見る人の注意を引くに足りる部分というを妨げないから、これをも含めて両意匠の類否を判断すべきである。したがつて、これを要部でないとしてその具体的構成の差異を微差にすぎないとした審決の認定は誤りといわなければならない。
また、被告の主張するとおり本願意匠と引用意匠の具体的構成に差異の存する個々の部分の形態が本願出願前この種意匠の属する分野において普遍化していた形態であるとしても、個々の形態において差異があり、これらの差異を含めて両意匠を対比したとき、両意匠から生ずる美感が相当程度きわ立つて異なり別異のものと認められるときは、両意匠を類似するものということはできない。
そして、本願意匠と引用意匠とは、前叙のとおり、その生ずる美感を異にし別異のものと認められるのであるから、本願意匠は、引用意匠に類似するものということはできない。
4 以上のとおりであるから、本願意匠が引用意匠に類似するとした審決の認定判断は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取消を免れない。
〔編註その一〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
訴外金明玉は、昭和五四年一二月四日、意匠に係る物品を「係合具」とする別紙(一)記載の意匠(以下、「本願意匠」という。)につき、意匠登録出願をした(同年意匠登録願第五〇六九二号)が、昭和五五年一一月二七日に拒絶査定を受けたので、昭和五六年二月一八日、これに対し審判の請求をした。特許庁がこれを同年審判第二九四八号事件として審理中、原告は、右金明玉より本願意匠の意匠登録を受ける権利を譲受け、同年六月一二日、意匠登録出願人名義変更届を特許庁に提出した。特許庁は、昭和五八年九月五日、右審判事件につき「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年一一月九日、原告に送達された。
二 審決の理由
審決は、特許庁資料館受入昭和四九年二月四日の「Handbags & Accessories」一九七三年(昭和四八年)一〇月号四二頁に掲載された「♯六四七八」係合具(特許庁意匠課公知資料番号第四九三二九八六号)の意匠(以下、「引用意匠」という。別紙(二)のとおり。)を引用し、本願意匠は全体として引用意匠に類似するものとし、意匠法三条一項三号に該当するから意匠登録を受けることができないとした。
三 審決を取り消すべき事由
審決の理由中、本願意匠の構成の認定(別紙審決書写し二丁表二行ないし三丁表九行)、引用意匠の構成の認定(同三丁表一〇ないし一九行)は認める。両意匠の相違点一致点の認定(同三丁表二〇行ないし四丁表一五行)のうち、「全体の具体的な構成態様についても、下記の各点につき、それぞれ差異が認められるのみであつて、その余につき、ほぼ一致しているものと認められる。」(同三丁裏四ないし六行)との部分を争い、その余は認める。係合具又はスナツプの周知意匠に関する認定と説示(同四丁表一六行ないし五丁裏六行)のうち、「意匠に係る形態のうち、各取付け面側の基板、保持板及び脚体等については、それぞれ取付け使用時に於いて視認できない部位を構成する部分品にすぎないものであることから、この種の意匠の要部と認められていないものであり、」(同四丁裏一七行ないし五丁表二行)との部分を争い、その余は認める。両意匠の全体的な考察とこれに基づく結論(同五丁裏七行以下)は争う。
本願意匠と引用意匠とは、その具体的構成において、審決認定の相違点のほか次に掲げる相違点があり、これらすべての相違点に照らせば、両者は意匠的な特性を異にし、それぞれ固有の意匠的な美感を生じ別異の意匠として識別できるにかかわらず、審決は、両者の意匠に対する正しい認識を欠き誤つた結論に至つたもので、違法として取り消されなくてはならない。
1 本願意匠と引用意匠の相違点
(一) 審決が認定した相違点は、次のとおりである(文中かつこ内は、原告が補足した事項である。)。
(1) 雌止具の覆枠における係合面より周側面周縁に到る形状を、本願意匠においては偏平円柱状であるのに対し、引用意匠においては周側面周縁よりも係合面側を僅かに小さくした偏平円錐台形状としている(相違点(1))。
(2) 雌止具の覆枠における係合面側の中央に設けられている係合孔の直径が、本願意匠においては周縁のほぼ五分の一であるのに対し、引用意匠においては周縁のほぼ六分の一としている(相違点(2))。
(3) 雌止具の覆枠における係合面側の周縁に、本願意匠においては明瞭な稜線が現れるように面内を球面状とし、かつその周側面を係合面に対し直立状としたのに対し、引用意匠においては、(充分な丸味を有する稜線が現れるように反り球面状の面内に対し)周側面を、係合面に対し僅かに上向きの傾斜面状としている(相違点(3))。
(4) 雌止具の取付け面側における取付け脚片が、本願意匠においては細幅帯板状で先端のみを半円形状としているのに対し、引用意匠においては先端を剣先状としている(相違点(4))。
(5) 雄止具の係合突起が、本願意匠においては先端周縁を丸面状とした単純な小円柱状であるのに対し、引用意匠においては先端側を球体状とし、保持板側を円錐台形状とした(異径の)突起としている(相違点(5))。
(6) 雄止具の取付け面側の取付け脚片が、本願意匠においては先端を半円形状とした細幅帯板状であるのに対し、引用意匠においては先端が剣先状とされている(相違点(6))。
(7) 雌止具の覆枠の周縁端に、本願意匠においては六個の爪が等間隔に設けられているのに対し、引用意匠においてはこの爪が具体的に見当らない(相違点(7))。
(二) 右の相違点のほかに、両意匠には次の相違点が存する。
(1) 雌止具の取付け面側における取付け脚片の間隔が、本願意匠においては基板の直径のほぼ二・六分の一であるのに対し、引用意匠においては、ほぼ一・四分の一とされている(相違点(8))。
(2) 雌止具の覆枠における係合面側の係合孔が、本願意匠においては単純な円形孔で内部に円柱状の突起があるのに対し、引用意匠においては係合孔内を二本の線条をもつて区分している(相違点(9))。
(3) 雄止具の係合突起の直径が保持板の直径に対し、本願意匠においてはほぼ七分の一であるのに対し、引用意匠においてはほぼ一〇分の一とされている(相違点(10))。
(4) 雄止具の係合突起の立上り幅が、本願意匠においては保持板の反り球面の反り幅と同一であるのに対し、引用意匠においては係合突起の立上り幅が反り幅より遥かに大きくされている(相違点(11))。
(5) 雄止具の取付け面側における取付け脚片の間隔が、本願意匠においては保持板の直径のほぼ二・六分の一であるのに対し、引用意匠においては、ほぼ一・四分の一とされている(相違点(12))。
(6) 雌止具の覆枠における周側面の立上り幅を、本願意匠においては係合面の直径のほぼ四分の一としているのに対し、引用意匠においては、ほぼ一〇分の一としている(相違点(13))。
2 右具体的構成の相違から生ずる意匠上の差異
(一) 本願意匠における雌止具が、引用意匠の雌止具に比し、特に肉厚の嵩張状の感じをもたらしている。
(二) 本願意匠における雌止具の稜線部分が角張り、しかも稜線部分が、引用意匠に比し、極端に隆起した感じをもたらしている。
(三) 本願意匠における雌止具の係合孔が拡径かつすつきりとした感じをもたらしているのに比し、引用意匠においては細孔かつ孔内に障害物(線条)があるような感じをもたらし、結果的に係合し難いような感じをもたらしている。
(四) 本願意匠における雄止具の係合突起が太く、しかも単純な短寸の円柱状であることにより、孔に対する単純な嵌合をイメージ付けるのに比し、引用意匠においては細径かつ異径とされる突起形状により、しかも長い桿状であることにより、圧係入のイメージをもたらしている。
(五) 本願意匠における雄止具の係合突起が肉太短寸で保持板と一体感を有しているのに対し、引用意匠においては繊細な長細い突起桿として保持板に付属的に取付けられているイメージをもたらしている。
(六) 本願意匠においては脚片間が比較的狭く、係合具の中心部分において取付ける感じをもたらしているのに比し、引用意匠においては脚片間が広く、係合具の側方部でそれぞれ取付けるような感じをもたらしている。
(七) 引用意匠においては明らかにホツク構造の係合具と識別されるのに比し、本願意匠においてはこのような従前のホツク構造に必要とされる孔内の線条、突起の縊れ部分がなく、ホツクのイメージを何ら有していない。
(八) 本願意匠における雌止具の爪によつて雌止具が内封物を有する容筐のイメージを有するのに対し、引用意匠においては、このような感じが生じない。
(九) 本願意匠においては取付け脚片が帯板状であり板状の角張つた感じをもたらしているのに比し、引用意匠においては剣先状の鋭い感じをもたらしている。
(一〇) 引用意匠における取付け面側は、いずれも不明であるが、雌止具の係合面側の形状よりして、本件意匠と明らかに異なる形状を有するから、これらの形状変更に伴う美感ないしは意匠の識別機能を異にするものと思われる。
3 取引面における意匠的識別の実情
本願意匠に係る係合具は、主としてハンドバツグ、セカンドバツグ、紳士用鞄類に装飾を兼ねて使用されることを予定し、現に使用されている。この種のハンドバツグ等の袋物、鞄類は極めて趣味的な要素が強く、微妙な意匠の差異によつて需要が極端に変る傾向を有している。このことは、一般の需要者が個々のハンドバツグを精査比較した上で購入していることを意味し、取扱い業者も、このような一般需要者の動向に合せて、微細な意匠的な差異を精査比較して商品企画をなしている。
本願の係合具は、このようなハンドバツグ類において特に眼につきやすい本体並びに蓋版の主要部分に取付け使用されているものであつて、ハンドバツグ類の選択購入に際して、その判断の一要素とされやすいものである。したがつて、係合具の全体的な趣きが硬いか柔かいか、突出している係合突起が細長状であるか偏平状であるか、開設されている孔が拡径であるか縮径であるか、またこの孔が深いか浅いか等は、即ハンドバツグ等の意匠的趣きにも影響を及ぼすものである。
また、本願の係合具の取扱い業者あるいは手芸用として購入する一般需要者においては、右のような業界あるいは使用者の特性よりしてこの種の係合具の購入に際して充分な比較検討をなすことが多く、この結果、係合具の取付け面側における鋲着と取付け枠の差異及び爪が極端に異なる点にも相当の注意が向けられ、この点の意匠的な差異を確実に認識することが予想される。
4 意匠は一般に、斬新な意匠であればあるほど類似の幅が広く、同種のものが多く出回るほど類似の巾が狭くなる傾向を有している。とするならば、被告が主張している普遍化、常識化している商品ほど類似幅が狭く解釈されるべきであり、「普遍化」、「常識化」の範囲に属するとの観念的な認定ではなく、個々に具体的に、その類否が解釈されるべきである。
右に述べた取引上の実情を前提として、前記本願意匠と引用意匠の差異を検討すれば、両者は意匠的特性を異にするものであり、それぞれ固有の意匠的な美感を有し別異の意匠として確実に識別できるものである。
したがつて、審決は、本願意匠及び引用意匠に対する正しい認識を欠き、両者の関係を誤つて判断したものといわなければならない。
第三 請求の原因に対する認否、反論
一 請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。
二 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 請求の原因三1について
同(一)は認める。同(二)は否認する。原告が主張する審決認定以外の相違点は、一般的に有形なものを図面によつて現すときに生じる作図能力の差や細部にすぎない部位を単純化又は省略化した度合によつて生じたものであつて、その各部位における微差を差異があると主張しているにすぎない。
2 同三2について
審決認定の相違点は、審決が述べているとおり、全体の具体的な構成態様のうちの一部分又は細部における差異にすぎないものであつて、いずれも本願出願前、この種の意匠の属する分野において普遍化していた意匠、この種の意匠を創作する又は実施する等の場合に常識化していた事実に基づき(これらの各事実については原告も認めている。)僅かに改変をしたものであり、全体の具体的な構成態様を著しく変更したということができないものであるから、全体として既存の意匠に類似する意匠といわざるをえない。
3 同三3について
止具の各取付け面側の基板、保持板及び脚体等については、止具の意匠を実施したものを掲載した刊行物には、取付け面側を明示したものがほとんどないことからも明らかなとおり、それぞれ取付け使用時において視認できない部位を構成する部分であり、この種の意匠の要部とは認められない。
4 同三4について
原告の主張は、形状等の一部分又は細部につき、一般の需要者が識別しうるだけの差異があるものは、相互に類似する意匠といえないと曲解し、本願の意匠もこれに該当していると主張しているものであり、意匠における類否判断に際し全体として考察するという大原則を無視した独善的な主張にすぎない。