東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)252号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
(一) 原告は、引用例には、審決認定のとおりの技術手段が開示されていることは認め、審決は、本願発明と引用例記載の製造法との相違点、すなわち、本願発明がはぜ部(缶胴接合部)の端縁に形成されるフランジの折曲継目部分と蓋板の周縁部との共締め部に対向する部分に凹入部を設けたチヤツクを用いるのに対し、引用例記載の製造法ではかかる凹入部を設けたチヤツクを用いていない点を判断するに当たり、周知技術の内容を誤認し、周知の技術思想を本願発明に転用できないのにかかわらず、本願発明はこれを転用したものと誤つて判断したものである旨主張するところ、審決の認定した周知の技術思想とは、周知例1及び周知例2に開示された技術思想であることは、当事者間に争いがないので、まず、周知例1及び周知例2について検討する。
成立に争いのない甲第五号証によれば、周知例1は、鈑体の両端を抱合状に屈曲接合する缶の製造機に関する実用新案公報であつて、周知例1には、缶胴の素材である鈑体42の両端を抱合状に屈曲して筒管23に設けた凹条溝28内に入れ、この抱合状部を押圧圧潰して完全な接合部を自動的に形成する缶(周知例1にいう「缶」は、その技術内容に照らし、正しくは「缶胴」を意味するものである。)の製造方法が記載されており、この缶胴接合部、すなわちはぜ部は、成形型である筒管23の凹条溝28で形成されるので缶胴の内側へ凸出し、完成品である缶胴の外側には凸出部はなく平滑になつているものであることが認められる。
また、成立に争いのない甲第六号証によれば、周知例2は円筒接目鎖懸機に関する実用新案公報であつて、周知例2には、円筒の素材である長方形亜鉛板の両側に懸縁を形成し、この懸縁を懸合し、この懸合部(接目部)を叩打して型〓(6)に縦設した凹条溝(7)に叩き込む円筒形成手段が記載され、この接目部は円筒の内側に凸出しているので円筒表面は段部がなく平滑になつているものと認められる。周知例2の技術内容は円筒の形成に関するものであつて、製缶に関するものではないが、鈑体の側縁をはぜ合せ、このはぜ合せ部を成形型の凹条溝に圧入して接合し、接合部を内側に凸出させ、円筒外面は平滑にした点において周知例1の技術内容と差異がないので、両者は実質的に同一の技術思想を開示するものというべきである(両者の技術内容が実質的に同一であることは、原告も認めるところである。そこで、以下では、周知例2の円筒及びそのはぜ合せ部も、周知例1の対応部分の呼称に従い、「缶胴」及び「はぜ部(缶胴接合部)」という。)。
周知例1、2に記載された前記技術内容に照らすと、本願発明の特許出願当時、はぜ部の如き重合突出部に対する型枠部位に凹溝を形成し、はぜ部の外方突出を防止することが周知であるといえるから、この点を周知であるとした審決の判断には誤りはない。
(二) そこで、次に、本願発明においてチヤツクに凹入部を形成する点は、前記の周知の技術思想を単に転用したものかどうかについて検討する。
(1) 原告は、本願発明の特許出願当時の技術水準に照らすと、本願発明のような構成は当業者において容易に想到することができなかつたものであると主張する。しかしながら、仮に本願発明の特許出願当時、缶の端板周縁と缶胴端縁との巻締方法につき、缶胴板の端縁の切断長さを調整し、はぜ部の四枚の板を端板との巻締部まで挿入して巻締めるに当たり、これに対向するチヤツクに凹入部を設ける技術手段が右巻締方法そのものに関する技術思想としては知られていなかつたこと原告主張のとおりであつたとしても、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明にあつては、はぜ部の巻締部ははぜ部以外の巻締部に比べ、缶胴板四枚分だけ厚くなつており(はぜ部は四重の重なりとなるから、較差は缶胴板四枚分の厚さに相当する。)、巻締方法に関する従来技術のように凹入部のないチヤツクを用いて巻締めるときは、この部分が外側に凸出することとなることが認められ、もしこの厚みがある程度のものとなると、凸出部によつて巻駒の加圧力が変化し、はぜ部の巻締部の全周に一様の加圧力を加えることが困難となることは必至であるから、何らかの手段を講じてこの困難を解決することが本願発明の当面すべき課題の一つとなつたことは自明のことに属する。また、前掲甲第二号証により右の点以外に本願発明の課題とされたことが認められる、気密性の改善(巻締部へ半田を使用しないで、接着剤を使用すると気密性が損われる。)及び巻締部が凸出することによる製品の外観の不良もまた、その技術内容からみて、当業者であれば容易に気付くことができる課題であつたということができる。そして、被告が主張するように、当業者であれば、缶胴の接合、すなわちはぜ合せに関する前記周知技術を転用して、はぜ部の巻締部に対向してチヤツクに凹入部を設けて本願発明のような構成を採用することが困難でなく、その構成によりはぜ部の巻締部の外側への凸出を防止することができ、前叙の諸課題を解決し、後記(2)の効果を奏することを予測することができたとすれば、その点において本願発明は当業者において容易に想到することができたものとすべき理であるから、以下に右周知技術転用の難易について判断する。
(2) まず、周知技術の奏するはぜ部の成形に関する効果についてみると、周知技術においては、はぜ部を成形型の凹入部に圧入して成形するので、はぜ部は緊密に接合し、気密性が良好となり、はぜ部は内側に凸出しているので浮上ることはなく、また、缶胴表面は段部がなく平滑であるので外観も良好という効果を奏することができるものであり、このことは、前掲甲第五、第六号証によれば、周知例1に、「本実用新案は(中略)一工程で挿込んだ鈑体の両端を押圧し、之を屈曲して抱合状とし、更に押圧圧潰して完全な接合とした缶を極めて簡単、正確に製造し得る」(周知例1の実用新案の説明第二頁左欄第三四行ないし第三九行)と、周知例2に、「其接目ハ円筒ノ内面ニ突出シ外側ニハ在来ノ円筒ノ如ク段ヲ生スルコトナク完全ナル鎖懸トナル」(周知例2の実用新案ノ性質、作用及効果ノ要領第一頁左から第四行)と記載されていることが認められることからも明らかである。
一方、前掲甲第二号証によれば、本願発明は、大型角缶における端板巻締方法に関し、巻締部の成形手段として、はぜ部(缶胴接合部)の端縁に形成されるフランジの折曲継目部分と端板の周縁部との共締め部に対向する部分に凹入部を設けたチヤツクを用いるものであつて、この方法を採用することにより、本願発明の明細書(本願発明の公報の発明の詳細な説明第四欄第二行ないし第七行)記載のように、このような凹入部を設けない周知のチヤツクを用いて巻締めを行う方法に比べ、「はぜ部」(の巻締部)をやや「内方へ突入」させたので、これを密着して結合させ、気密性が良好となり、フランジの浮上りを防止することができ、また外観を良好に保つ効果を奏するものであることが認められる。
そこで、本願発明におけるはぜ部の巻締部の成形手段と周知技術におけるはぜ部の成形手段とを対比すると、両者は、凹入部を形成した成形型を用い、その凹入部に缶板の折曲重合部を圧入して密着接合し、内容物の漏洩を完全に防止するようにした点で一致しており、この凹入部は右折曲重合部を密着するための成形部であると共に、成形加工に際し、外面を平滑にするための板体の逃げ溝として機能する点でも同一であるから、両者は各対象部分の成形手段において異なるところがない。また、両者は、前述のとおり、いずれも、はぜ部は密着接合により気密性が良好となり、浮上ることがなく、缶胴表面には段部がなく平滑で外観も良好に保つという効果を奏する点において実質的に異なるところがない。ただ、本願発明は、巻締めチヤツクに凹入部を設けることによりはぜ合せの成形型に凹入部を設けた周知例にはないフランジ部の浮上り防止という効果をも奏することができるものであり、これは、成形手段の対象部分として特にはぜ部の巻締部を選び、この部分の成形をも課題とする本願発明が達成した効果の一つであることは否定できないが、この効果は、巻締めに付随するいわば当然の効果にすぎず、これのみを取り上げて本願発明が周知技術には認められない顕著な効果を奏するものであるとすることはできない。
(3) 原告は、周知技術は、はぜ部(缶胴接合部)の成形時作用するようにチヤツクへ凹入部を設ける技術であるのに対し、本願発明は、缶の端板周縁と缶胴端縁との巻締時に作用するように接合部の巻締部と対向するチヤツクへ凹入部を設ける技術であつて、両者は著しく異なる技術であるから、本願発明に周知技術を転用することはきわめて困難であると主張する。
周知技術は、前述のとおり、はぜ部の緊密性と成形性を良好にすることを目的とし、成形型に凹入部を設けたものであり、周知例1及び周知例2には、缶の端板周縁と缶胴端縁との巻締めについての技術は開示されていない。
しかしながら、通常缶の製造は、一枚の方形金属板の両側をはぜ合せして缶胴を作成する工程と、その缶胴の上下に順次端板(底板及び蓋板)を当接し端板周縁を缶胴上下縁と共に巻締めする工程とからなることは技術常識であり、したがつて、本願発明の巻締工程も周知技術のはぜ合せ工程と同様に缶製造の一工程であり、同一の技術分野に属することはもとより、缶素材を接合する技術である点においても一致しているということができる。もつとも、具体的な技術手段をみると、巻締がロール(巻駒)を使用して端板と缶胴を端板の周方向に沿つて接合するのに対し、はぜ合せはプレスによつて缶胴を形成すべく方形金属板の両側縁を直線状に接合するという差異があるが、両者は共に缶素材を接合するための技術手段としてきわめて親近性を有する関係にあるから、一方の技術手段を他方に応用することに格別の発明力を要するものではなく、このことは当業者にとつて容易に想到しうるところというべきである。
(4) 原告は、周知技術のチヤツクの凹入部は、缶胴表面に対するはぜ部の凸出方向を定め、はぜ部の外形を規制する作用効果を期待したものであるのに対し、本願発明のチヤツクの凹入部は、巻締形状を定めるために必要とするものではなく、はぜ部の巻締部の外側への凸出を阻止し、これによつて巻駒の加圧力の局部的減少を防止するためである旨主張する。
右主張は、周知技術と本願発明が著しく異なる技術であるとする主張の根拠として、両者のそれぞれのチヤツクに凹入部を設けた構成の効果の差異をいうものであるところ、右主張のうち本願発明の効果がはぜ部の巻締部の外側への凸出に基因する加圧力不足を解消したことのみによるもののようにいう部分が正当でないことは製品の外観を良好に保つという効果(前記(2)参照)が加圧力と何ら関連のないことに徴しても明らかであるのみならず、そもそも周知技術と本願発明の各効果の大部分は実質的に異なるところがなく、わずかに差異と目されるものも決して顕著なものでないことは前述したとおりである(前記(2)参照)から、右主張は採用することができない。
(三) 以上のとおりであるから、本願発明は、はぜ部(缶胴接合部)の端縁に形成されるフランジの折曲継目部分と蓋板の周縁部との共締め部に対向する部分に凹入部を形成したチヤツクを用いない点においてのみ本願発明と相違する引用例記載の製造法(なお、原告は、本願発明は、大型角缶における半田を使用しない端板巻締方法に関する旨主張するが、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例記載の製造法は、半田づけを行わずに液密なサイドシームを実現しうる金属板製容器の提供を目的とするものであり、その容器の容量に格別の限定はないものと認められるから、右の点に差異は存しない。)に、本願発明と同一の技術分野に属し、かつ、技術的にきわめて親近性を有する周知技術を適用することによつて、当業者にとつて容易に想到することができたものであり、本願発明の奏する作用効果も、引用例記載の製造法に周知技術を適用することによつて、通常予測しうる範囲を出るものではない。
したがつて、本願発明は当業者であれば、引用例記載の製造法及び周知技術に基づいて容易に想到することができたものとした審決の判断は正当であつて、審決には原告主張の違法はない。
3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
方形缶胴板の四隅に、幅をはぜ幅と等しくし、高さを巻締屈折部程度の長さとした方形切欠部を設け、前記缶胴板の側縁部を互いにはぜ合わせすることにより缶胴を形成して、該缶胴のはぜ部は四重の重なりとし、前記はぜ部の上下端縁は前記切欠部によつて重なりが二重になつた部分にフランジを形成し、該フランジ部と端板の周縁部とを巻締するに当り、はぜ部の巻締部にチヤツクの凹入部を対向させて、巻締加工の進行につれてはぜ部を凹入部へ嵌入、緊圧させつつ巻締めることを特徴とした大型角缶における端板巻締方法。