東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)267号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は本願考案と引用例記載の考案との目的及び構成上の差異を看過して、誤つた結論を導いたものである旨主張するが、次に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告の主張は、理由がないものというべきである。
前記本願考案の要旨並びに成立に争いのない甲第三号証の七(昭和五六年一一月一九日付手続補正書)、第三号証の一一(昭和五七年六月二六日付手続補正書)及び第三号証の一四(昭和五八年七月六日付意見書に代える手続補正書)を総合すれば、本願考案は、ペースト状の菓子生地を包装して焼成する包装体に関するものであるところ、近年、菓子生地を耐熱性シートの上に置き、シートを折り曲げて菓子生地を包み込んだ後、これをオーブンで焼く方法が行われており、右の方法における耐熱シートとして、アルミニウム箔単体若しくはアルミニウム箔と紙との貼合せ品が多く用いられているが、アルミニウム箔単体を用いる場合においては、柔軟性を得るため、箔の硬度及び厚みをある程度小さくする必要があるので、焼成時の内圧増加により折曲げ個所にビンホールが発生したりして、ペースト状の菓子生地が流出したり、あるいは密封性を損う原因となり、そこで、逆に箔の厚みを大にして強度を増すと、柔軟性が小さくなるため、折曲げ包装時に、ペースト状菓子生地の形状を崩し、商品価値を低下させ、また、箔取扱い時に指などを傷つけるおそれもあり、他方、耐熱シートとして箔と紙との貼合せ品を用いる場合においては、焼成時に紙が変色したり、あるいは紙の水分が急速な加速で吐沸し、接着剤の耐熱性不足と相まつて、泡浮現象が発生し、外観的にも好ましくない状態となつたりするので、これらを避けるためには、低温度で焼成しなければならず、優れた風味の菓子を得るための一つの条件が制限を受けるという欠点があつたところから、これらの欠点を解消して、菓子生地の流出等がなく、生地の形状も崩さず、焼き上りの外観が良好な包装体を提供することを目的とし、耐熱性合成樹脂フイルムとしては、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリカーボネイト、ナイロン等のフイルムを用いることとして、本願考案の要旨(本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲(1)の記載に同じ。)のとおりの構成を採用し、右の構成により、シートの有する適度の保型性と柔軟性、しわになりにくさ及び適度の滑りなどによつて、包み込み作業が円滑に行われ、また、折曲げ部の破れ、ビンホール等の発生がなく、耐熱性にも優れ、出来上がつた焼成菓子の外観も良好なものとなり、更に、取扱い時あるいは開封時に指等を傷つける危険もない、などの作用効果を奏するものであることが認められる。
他方、原告自認に係る本件審決認定の引用例の記載内容に成立に争いのない甲第二号証(引用例)を総合すれば、引用例は、本願考案の実用新案登録出願前である昭和五〇年二月一九日公開に係る公開特許公報であるところ、引用例記載の考案は、一二〇度Cないし一五〇度Cの高温短時間殺菌処理(レトルト処理)に耐えることができるとともに、内容物の変質防止、フレーバー(風味)保持及び衛生性等の諸特性に優れ、更に、落下強度等の耐衝撃性も著しく改善された殺菌食品包装体に関するものであり、近年食品類あるいは調理済み食品類を、冷凍等の格別の保存手段なしに保存する包装体として広く使用されているレトルトパウチは、ポリエチレンのような熱封緘樹脂層と耐熱性樹脂層とを、必要により中間に金属箔介在層を設けて積層し、この積層シートを熱封緘樹脂層が内面となるように袋状に形成し、食品収容部の周囲を熱封緘たものであるが、このような従来公知の積層シートにおける内面材料は、耐抽出性、熱封緘、耐熱性、密封性、層間剥離に対する耐性等の要求を十分に満足させるものではなく、例えば、熱封緘積層シートの内面材料として用いられている低密度ないしは中密度のポリエチレンは、高温加熱殺菌に際し、内容食品中へ抽出移行する成分の量が多く、衛生性の見地から問題があるとともに、熱封緘が高温加熱殺菌に耐えることが困難であり、また、包装材料として広く使用されている延伸ポリプロピレンフイルムは、耐熱性の上ではポリエチレンに比しかなり優れているとしても、熱封緘能温度範囲が極端に狭く、商業的な熱封緘作が著しく困難であり、更に、熱封緘の高温レトルト処理後におけるシール強度や耐衝撃強度が低く、かつ、高温レトルト処理後において、ポリプロピレン層と金属箔層あるいは耐熱性外層との間で層間剥離を生ずるという面で未だ満足し得るものではなかつた、という欠点があつたので、このような従来の食品包装体の欠点の改善を目的とし、特定のポリプロピレンフイルムを包装体の内層材料として使用し、また、特定の熱可塑性樹脂からなる衝撃緩和層を設け、更に、耐熱性樹脂層として、ポリエステル、ポリアミド、ポリカーボネイト、二軸延伸ポリプロピレン、繊維素エステル等を用いることとしたうえ、積層体の構造としては、ポリプロピレン層と耐熱性樹脂層との間にアルミニウム箔を介在させた積層シートを、ポリプロピレン層が内層となるように袋状に成形し、食品収容部の周囲を熱封緘してなる食品包装体において、アルミニウム箔とポリプロピレン層及び/又は耐熱性樹脂層との間に熱可塑性樹脂からなる衝撃緩和層を設ける構成(別紙図面(二)参照)を採用したものであることを認めることができ、叙上認定の事実に成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(一九七一年一二月二〇日日本生産性本部発行の日本包装技術協会編「新包装技術便覧」第五三七、第五三八頁)により認められる、アルミニウム箔に合成樹脂フイルムを貼り合わせて二層シートとする従来周知の技術を併せ考慮すると、引用例記載の考案は、本願考案のアルミニウム箔に耐熱性合成樹脂フイルムを貼り合わせたシートと同様の、それ自体耐熱性を目的としたアルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層の積層体に、熱封緘及び耐衝撃性等の付与という別個の目的のためにポリプロピレン層及び衝撃緩和層を付加したものということができ、したがつて、引用例には、本願考案と同様のアルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層からなる積層体が、耐熱性を目的とした独自性を有する積層体として開示されているものということができる。
以上認定したところにより、本願考案と引用例とを対比考察すると、引用例記載の考案に基づいて当業者が本願考案の目的を予測することに格別の困難性があるとは認められず、また、前示のとおり引用例に本願考案の構成と同様のアルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層からなる積層体についての技術的思想の開示がある以上、右の二層の積層体を採用すれば本願考案と同様の耐熱性等の作用効果を奏するであろうことは、当業者が容易に予測し得るところといわざるを得ず、したがつて、本願考案は、引用例記載の考案及び周知技術に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものと認めるのが相当である。原告は、本願考案は菓子焼成用包装体であり、また、引用例記載の考案はレトルト殺菌用包装体であつて、両者は、その目的を異にするものであるところ、菓子焼成用の包装材料は少なくとも二五〇度Cの温度に耐え得るものでなければならないのに対し、レトルト殺菌用の包装材料は最高で一五〇度Cの温度に耐え得ればよく、両者は耐熱性において質的に異なるから、レトルト殺菌用の包装材料の開示しかない引用例記載の考案に基づいて本願考案を想到することはできない旨主張するが、引用例には、前示のとおり、本願考案と同様の、耐熱性を目的としたアルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層からなる積層体についての技術的思想の開示があり、また、成立に争いのない甲第四号証の一、三及び四(昭和五一年六月一五日東洋経済新報社発行の商品大辞典第一一〇七頁)並びに甲第五号証の一、二及び四(昭和五三年一〇月一五日三訂版総合食料工業第二一四頁)によれば、焼菓子類は一八〇度Cないし二〇〇度Cのオーブンで焼き上げるものとされているところ、オーブンの温度分布は、通常、前半部が一八〇度Cないし二〇〇度Cで、中央部が二二〇度Cないし二五〇度C、後部が一二〇度Cないし一五〇度C前後であることが認められるが、成立に争いのない乙第二号証の一、四及び五(昭和四三年一二月一日合成樹脂工業新聞社発行の石田修著「アルミ箔とその応用加工」第二〇〇頁ないし第二〇五頁)によれば、前示本願考案で用いられている耐熱性樹脂と同じ引用例記載の耐熱性樹脂であるポリエステル及びポリカーボネイトの融点は、前者が二六〇度C、後者が二二〇度Cないし二四〇度Cであることを認めることができるから、引用例記載の耐熱性樹脂が前認定のオーブンの温度に耐え得るものであることは周知であつたものというべきであつて、本願考案の焼成用菓子生地の包装体の材料として、引用例に開示されているアルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層からなる積層体を採用することは、当業者にとつて格別困難なことということはできず、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。更に、原告は、引用例記載の四層の積層体はそれ自体一体のものであるから、これから一部のみを取り出して本願考案の積層体に類推することはできない旨主張するが、前示のとおり、引用例には、耐熱性を目的とするアルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層の積層体の構成が技術的思想として開示されているのであるから、これと本願考案とを対比し得ることはいうまでもないところであり、したがつて、原告の右主張も採用の限りでない。なお、原告は、右のような対比が許されるとすると、多数の層からなる積層体の開示があれば、その多数の層の一部を含む積層体は実用新案登録を受け得ないということになり、その結果は不当である旨主張するが、本件審決は、その認定判断に照らすと、引用例記載の四層の積層体には、前示のとおり、アルミニウム箔及び耐熱性樹脂層の二層の積層体が技術的思想として独自性を有するものとして開示されているところから、これと本願考案の二層の積層体とを対比したものであることが明らかであつて、単に多数の層からなる積層体の開示さえあればその一部を含む積層体は実用新案登録を受け得ないとするものではないから、原告の右主張もまた、採用し得ない。
してみれば、本願考案は、引用例記載の考案及び従来周知の事項に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものとした本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法はないものというべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕本順考案の要旨は左のとおりである。
アルミニウム箔に耐熱性合成樹脂フイルムを貼り合せたシートにより菓子生地を包み込んだ焼成用菓子生地の包装体。