東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)269号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 取消事由(1)及び(2)について
原告は本願考案における相違点の構成の誤認及びその作用効果の看過を理由に、審決の本願考案に対する進歩性の判断を争うので、この点について検討する。
1 本願考案の登録請求の範囲に記載された環線表糸(3)、環線裏糸(4)、環線元縫糸(5)による縫合わせ及び環状本縫下糸(6)、本縫表糸(7)による縫合わせがそれぞれ第一引用例にミシンの縫方式として記載された縁カガリ縫、一本針・三本糸及び二重環縫一本針・二本糸であること、第一引用例には縁カガリ縫と二重環縫が組合わされる複合縫であつて、両者が互に隣接し同時に独立して形成される安全縫が例示され、右安全縫が縫の強化を目的とするものであることが記載されていること、かように縁カガリ縫と二重環縫が互に隣接し独立して形成される安全縫を縫合わせ強化を目的として運動帽の本体の縫合わせに採用することが当業者がその必要に応じてきわめて容易になし得るものであることについては当事者間に争いがない。
右の安全縫において縁カガリ縫と二重環縫の各縫目が全体として直線状に形成される場合には、安全縫の前記目的に照らし、両者の縫目は平行状にすべきであり、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例にも両者の縫目が平行状である安全縫が示されていることが認められる。したがつて、運動帽本体の縫合わせにおいて、縁カガリ縫と二重環縫の間隙の程度は別として、両縫目を隣接して平行状に設ける安全縫を採択することは、右各引用例の記載から当業者のきわめて容易になし得るところである。
2 そこで、本願考案における縁カガリ縫と二重環縫の間隙について検討する。安全縫による二枚の生地の裏面は、生地が二重環縫の縫目に沿つて重なり、突出部を形成し、その縁部に縁カガリ縫がされた状態になるところ、成立に争いのない甲第三号証によれば、本願考案の補正に係る明細書には「本考案は、三本の糸、即ち環線表糸と同裏糸及び環線元縫糸とを絡めて止めて、両生地の夫々の端縁部のほつれを防止すると共に、上記三本の糸の絡め止めの基部に対して、間隙部を殆ど設けずに、且基部に対して平行に二本の本縫表糸と下糸とを絡めて止め縫合わせ、三本の糸の基部と、二本の本縫糸による基部との間には、ひだが寄らないようにしたので、運動帽を子供らが無造作にかぶつても、頭部に対しごろごろした感触は一切感じられない、いわゆる異和感がない利点を有している。」(四頁一一行ないし五頁七行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、本願考案における「間隙部を殆ど設けることなく、」とは、三本の糸の絡め止めの基部、即ち縁カガリ縫の縫目と二本の本縫糸による基部、即ち二重環縫の縫目とをひだが寄る余地がない程度に密接させ突出部を小さく形成させることを意味するものと解することができる。
3 そして、安全縫の縫合せ部の裏面において、縁カガリ縫と二重環縫の各縫目の間隙が大きい程前記突出部は大きくなり、この突出部の縁を圧したとき両者の縫目の間にひだが寄りやすくなることは明らかであるところ、運動帽においては、本体生地は通常比較的厚く、かつ硬いものが使用されること、帽子は直接頭部に接するものであつてかぶつた際にその内部が頭部を圧するものであることを考慮すると、右突出部及び同部に生ずるひだによりかぶつた際に頭部に異和感を与えるであろうことは、当業者ならば容易に気付くところである。
してみると、運動帽の本体生地の縫合わせ部に安全縫を採用するに当り、縁カガリ縫と二重環縫の各縫目をひだが寄る余地がない程度に密接させ、突出部を小さく形成する構成を採ることにより頭部に与える異和感を除去するようにすることは、当業者にとつて格別困難なことということはできない。
4 また、縁カガリ縫と二重環縫の各縫目を中間にひだが寄らないように近接させれば、二枚の生地の合わせ目である突出部は両者の縫目によつて集中的に強化されることになるから、強度が増大しほつれ現象が生じにくくなることは当然に予測し得るところである。
5 以上のように、本願考案における相違点の構成は、第一及び第二引用例に開示された安全縫を運動帽本体の縫合わせに採択した当業者であれば、きわめて容易に想到し得るところであり、原告が看過したと主張する作用効果も右構成に伴う当然の効果であつて、特別顕著なものとは認めがたい。
三 取消事由(3)について
成立に争いのない甲第六号証の実公昭三七―八六〇七号の考案は本願考案と技術内容を異にしており、右考案が実用新案登録された事実が本願考案の進歩性の判断に影響を及ぼすものでないことは明白であるから、この点に関する原告の主張は理由がない。
四 以上述べたように原告主張の取消事由はすべて理由がないから本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
運動帽(イ)を構成する本体生地(1)、(2)の縫合せにおいて、環線元縫糸(5)は生地(1)の表面(1a)にて環線表糸(3)を引掛け、該環線縫糸(3)(「縫糸」は、「表糸」の誤記と認める)には環線裏糸(4)を引掛け、他方の生地(2)の表面(2a)にて上記環線元縫糸(5)が環線裏糸(4)を引掛け絡めて止めると共に、上記三本の糸(3)、(4)、(5)とは無関係に、これら三本の絡め糸(3)、(4)の基部に間隙部を殆んど設けることなく且平行状に、本体生地(2)の表面(2a)より他方の生地(1)の表面(1a)に飛出の環状本縫下糸(6)に、本縫表糸(7)が最初の本縫下糸(6)の環状内部を貫通して次の本縫下糸(6)の環状内部を貫通して最初の本縫下糸(6)の環状外側部を引掛け、再度次の本縫下糸(6)の環状内部を貫通するように絡めて縫合せたことを特徴とする運動帽における本体の縫合せ。