東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)34号 判決
(当事者間に争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は正当であつて、原告の主張は、以下に説示するとおり理由がないものというべきである。
1 特許法第三六条第四項及び第五項の規定違反の主張について
成立に争いのない甲第三号証の一ないし三(本件発明の願書並びに添付の明細書及び図面)、第四号証(昭和四四年五月二日付手続補正書)及び第五号証(同年一一月二九日付手続補正書)によれば、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、茹籠を熱湯中に潜行移送する従来の連続茹上方法の欠点について、「この種のものは移送中に麺の強制攪拌と上下変換及び冷却の操作が施されない為、麺線同志が粘着してかたまり、又麺線間への湯の浸透不良或は湯温差による茹むらを生じたりするばかりでなく麺を連続的に湯中に漬けるときはその温度が上り過ぎて麺の品質を損なう欠点もある」(甲第五号証第三頁第一〇行ないし第一六行)との記載が、また、本件発明の一般的な説明として、本発明に係る麺類の連続茹上方法は「湯槽内に支軸を中心とする回動運動により湯槽へ出入する容量の大きい数個の茹籠を設け之等茹籠を麺の受入れ後所定時間を経過するとき湯槽上へ引き上げて、次の茹籠へ向つて傾かせ、内部の麺を一時的に冷却した後、その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、その衝撃により強制攪拌しつゝ順次に継送するものであるから、攪拌しないとかたまりや茹むらを生じやすい麺類も湯槽から引き上げられて次の茹籠へあけられるとき、落下の衝撃により強制的に攪拌させて、麺同志の粘着を分離させると共に、密集する麺線の間隔にも良く湯が浸透する為茹上げ効果を助長させ、更には前段の茹籠に於いて上層部に位置した麺は後段の茹籠へあけられるとき下層に移つて茹湯の温度差による茹むらを是正されるばかりでなく、麺は茹籠引き上げの都度冷やされて過熱状態とならないから、差し水をしながら茹麺を行う場合と同様に茹麺の品質が少しも損われることがないものである。」(甲第五号証第四頁第二行ないし第五頁第九行)との記載が、更に、本件発明の一実施例の説明として、一一番目の茹籠(3)へ製麺機により切り出された麺類を数十食分纒めて投入し、所定時間を経過したとき……回動機構(8)をゆるやかに二番目の茹籠(4)へ向つて回転させれば、茹籠は湯槽(1)上へ引き上げられて二番目の茹籠へ向つて傾斜するから、内部の麺は湯を離れて一旦冷却されてから、茹籠(4)へ落下し、その衝撃により強制的に攪拌されると共に、その上下を変換されて茹籠(4)内に於いて茹でられるので、この麺類を反転した一番目の茹籠(3)が完全に復帰したとき……回動機構をゆるやかに回転させて二番目の茹籠(4)を引き上げ三番目の茹籠(5)へ向つて傾斜させ、麺を冷却、攪拌、上下交換を行いながら第三の茹籠(5)へ送り込めばこの茹籠(5)に於いて麺が茹られる間に第二の茹籠(4)が復帰するから以後麺をあけた茹籠(4)(5)(6)が復帰する都度……茹籠(5)(6)(7)を引き上げれば茹籠(5)(6)(7)内において茹でられた麺は茹籠により継送されて冷却、攪拌、上下変換の操作を繰返し施されつゝ規定の時間で湯槽(2)内を通過し……極めて良好な状態に茹上げられてから最後の茹籠(7)の反転で後続の冷却機へ送り出されて冷却されるものである。」(甲第三号証の二第三頁第六行ないし第五頁第一行、甲第五号証第一頁第一三行ないし第一五行及び第二頁第四行ないし第三頁第七行)との記載があることが認められ、これらの記載によると、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明においては麺の過熱を防止するために茹上げ途中において麺の一時的冷却を行うこと、右冷却は各茹籠を湯槽上に引き上げ、次の茹籠へ傾かせる作動をなす工程において、茹籠の回転速度を「ゆるやかに」することにより、すなわち、麺が周囲の空気と接触しながら移送される際の滞溜時間を長くするという技術的手段によつて行うこと、及び右手段による麺の冷却の程度は、麺を鍋等で茹でる際に行う差し水をする場合と同様に麺の過熱状態を一時的に解消する程度の冷却であることが、当業者が容易に実施できる程度に記載されていると認められ、右記載事項によれば、本件発明の特許請求の範囲中「一時的に冷却」するとは、明細書の発明の詳細な説明に記載した右具体的手段を機能的に表現したものと解されるのであつて、本件発明の明細書には、麺を一時的に冷却するための技術手段について特許法第三六条第四項及び第五項所定の要件を充足するに十分な記載があるものと認められる。原告は、本件発明の明細書には、特許請求の範囲にいう「一時的冷却」を行うための、蒸気の中を移動する麺に対して冷水を吹き付ける等の具体的な技術的手段が開示されていない旨、また、麺の入つた茹籠を所定時間経過した時点で、湯槽上にいつたん引き上げ次の茹籠へ向かつて傾斜させ、内部の麺を上下反転しながら落下させ継送する際に麺が湯から離れて空気にさらされることによつて行われるとしても、その麺が空気中に滞溜する時間が短い場合には麺は冷却しないから、そのことから直ちに麺の一時的冷却が生ずるとは限らない旨主張するが、前認定説示のとおり、本件発明の明細書には、茹籠中の麺を一時的に冷却する手段として、茹籠の回転速度を「ゆるやかに」するという技術的手段が記載されており、右技術的手段を採れば、麺の空気中での滞溜時間が長くなり、それによつて茹上げ中の麺の過熱を一時的に解消することができるものと解されるから、原告の右主張は、採用することができない。なお、この点に関し原告の挙示する甲第八号証(その成立に争いがない。)は、その記載内容に照らし、原告主張の点を示す証拠とはいい難く、前段認定を左右するに足りない。
2 特許法第四〇条の規定の解釈適用の誤りの主張について前掲甲第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証及び成立に争いのない甲第七号証の三によれば、訴外山本真一は、昭和四四年一一月二九日付手続補正書により、本件発明の明細書の特許請求の範囲の記載を、「本文に詳記し、且図面に付き説明する様に任意数個に区分して適当な温度配分を可能とした湯槽内に容量の大きい茹籠を反転自在に吊設し、之等茹籠を前方のものから後方のものへと追順的に反転させて湯槽中に麺を移送して連続的に茹上げを行うことを特徴とした麺類の連続茹上方法。」(同号証の二第八頁第九行ないし第一四行及び第四号証第三頁第一行ないし第三行)から前示本件発明の要旨(明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおり補正し、茹籠の「内部の麺を一次的に冷却した後」との文言を加え、次いで、訂正審判により「一次的」を「一時的」と訂正したことが認められるところ、前掲甲第三号証の二によれば、本件発明の出願当初の明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明に係る麺類の連続茹上方法に使用する装置は上記の通りであるから、……一番目の茹籠(3)へ製麺機により切り出された麺類を数十食分纒めて投入し、所定時間を経過したとき……反転部材(8)をゆるやかに二番目の茹籠(4)へ向つて回転させれば、茹籠(3)は緩速度で二番目の茹籠へ向つて反転され、内部の麺類を二番目の茹籠(4)へあけ、このとき一番目の茹籠(3)の上層部にあつた麺を二番目の茹籠(4)の下層部に入れ、下層部にあつた麺を上層部へ入れるから、麺は二番目の茹籠(4)に於いては一番目の茹籠(3)とは違つた温度条件で茹られるのでこの麺類を反転した一番目の茹籠(3)が完全に復帰したとき……反転部材(9)をゆるやかに回転させて二番目の茹籠(4)を弛速度で三番目の茹籠(5)へ向つて反転させその上層部と下層部とを転換させながら第三の茹籠(5)へ送り込めばこの茹籠(5)内に於いて麺が茹られる間に第二の茹籠(4)が復帰するから以後麺をあけた茹籠(4)(5)(6)が復帰する都度……茹籠(5)(6)(7)内に於いて茹でられた麺は逐次その上下を反転されながら後方の茹籠へ送られて……均一適切に茹上げられてから最後の茹籠(7)の反転で後続の冷却機へ送り出されて冷却される」(同号証の二第三頁第三行ないし第五頁第一行)との記載があることが認められ、右記載によれば、茹籠を湯槽上に引き上げて次の茹籠へ傾かせる作動をなす工程において、茹籠の回転速度を「ゆるやかに」「緩速度で」、あるいは「弛速度で」行うという技術的手段は本願発明の出願当初の明細書に記載されていたことが明らかであり、かつ、茹上げ中の麺が湯槽から上げられて空気に長い時間さらされれば、麺の過熱状態が一時解消されることは自明のことといえるから、前記補正をもつて本件発明の要旨を変更するものと解することはできない。原告は、湯槽から引き上げれば茹籠中の麺は、少なくとも表面は空気に触れるが、茹籠は熱を帯びているし、下では百度に近い熱湯をたぎらせた湯槽があるのであるから、相当の時間その状態におかない限り一時的に冷却するという効果の生じるはずはない旨主張するが、本件発明における「一時的冷却」の技術的意義は前認定説示のとおりであり、しかも、前認定説示のとおり、冷却の程度は差し水をした程度でよく、その程度の温度低下は高温の蒸気中でも生じ得るものと解せられるから、原告の右主張は、採用することができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
湯槽内に支軸を中心とする回動運動により湯槽へ出入する容量の大きい数個の茹籠を設け、之等茹籠を麺の受入後所定時間を経過するとき湯槽上へ引き上げて次の茹籠へ向つて傾かせ、内部の麺を一時的に冷却した後、上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送することを特徴とした麺類の連続茹上方法。