東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)35号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 原告はまず、本件発明は、汚水中の好気性細菌の生物学的酸化作用の相乗効果、すなわち、フロツク状活性汚泥による清澄作用を用いている引用例記載の発明とは、清澄メカニズムを異にしているのであり、審決は、本件発明と引用例記載の発明とで汚水の基本的な清澄メカニズムが異なつている点を看過、誤認したと主張する。
そこでこの点について判断するに、成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許出願公告公報)によれば、本件発明の回転生物学的接触器組立体は、回転方向(反時計方向)と反対方向に、外向きに開口しているポケツト部材27の円形列を外周に形成する平円板20を複数個、長さ(水平軸21)に沿つて酸素含有圧ガス供給用の導管33の潜没開口34と対応させて設けた構造とすることを特徴とするものであり、右公報の発明の詳細な説明には、本件発明において、回転生物学的接触器組立体は、処理タンク23内に収容された汚水に一部潜水して回転させられるものであつて、これによつて、平円板20の表面及びポケツト部材27の表面は、汚水及び汚水上の空気に交互に曝されることになり、それによつて汚水中に酸素が供給され、また、好気性細菌で主として構成されるバイオマスが平円板20の表面及びポケツト部材27の表面に形成され、そのため、汚水は生物学的作用により酸化され浄化されるものであるとの記載があること(第二欄第二行ないし第一五行、第四欄第一八行ないし第二五行)が認められる。
また、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例記載の発明は、一つの装置内で家庭の汚水を出来るだけ完全に浄化することを目的とする「空気を動力源に利用した酸化槽を保有する汚水浄化装置」に係るものであること、この装置は、腐敗並びに消化槽4、沈殿分離槽7、予備瀘過槽9、酸化槽6、消毒槽10等で構成されており、この酸化槽6内には、回りに設けられた空気貯溜室0に浮溜する空気気泡の浮力を動源として低速で回転する回転翼車11、及びこれと共通の軸に取り付けられて同様に回転する回転酸化板12が設置されている構造となつていること(別紙図面(二)参照)、右回転翼車11及び回転酸化板12は、下部半分が汚水中に浸漬されて回転させられるものであり、これによつて回転翼車11及び回転酸化板12の表面は汚水及び空気に交互に接することになり、汚水中に空気が供給され、また、回転翼車11及び回転酸化板12の表面に好気性細菌が生殖し、そのため汚水は生物学的作用により酸化され浄化されるものであること(第一欄第二三行ないし第三〇行、第七欄第一二行ないし第二九行、第七欄第三八行ないし第八欄第四行、第八欄第四二行ないし第九欄第一九行、第一〇欄第二四行ないし第一一欄第六行参照)が認められる。
以上みてきたところによると、本件発明における回転生物学的接触器組立体の作用と、引用例記載の発明における回転翼車11及び回転酸化板12の作用は同じであるということができ、また、本件発明における処理タンク23及び回転生物学的接触器組立体を有する生物学的汚水処理装置と、引用例記載の発明における回転翼車11及び回転酸化板12を有する酸化槽6とは、汚水を生物学的作用により酸化し浄化するための装置であるという点で同じであるというべきである。
原告は、引用例記載の発明においては、前処理した汚水を、回転翼車11と回転酸化板12とを備えた酸化槽6に入れ、ここで汚水中の汚染物質である水溶性BOD(生物学的酸素要求量)物質を除去して浄化し、この際に生ずるフロツク状活性汚泥をこの酸化槽6内において沈降させ、上澄み水のみを酸化槽6から放流するという汚水清澄メカニズムを採用しているのに対し、本件発明では、処理すべき汚水を、まず回転生物学的接触器組立体を有する処理タンク23内に入れ、ここで汚水を生物学的に酸化して浄化し、この際に生ずる剥離された細菌のかたまりから成る固体を含んだ汚水をそのまま処理タンク23から排出し、次いでこの固体を次の処理個所で沈殿させて、上澄み水を放流するという汚水清澄メカニズムを採用しているのである旨主張するところ、原告が主張する本件発明と引用例記載の発明との間の汚水の清澄メカニズムの相違は、要するに、回転生物学的接触器組立体を組み込んで用いる際の汚水浄化方式の相違にほかならない。しかしながら、本件発明では、流体入口24及び流体出口26を有する処理タンク23内に設置する回転生物学的接触器組立体の構造を限定しているのみで、これを用いている汚水浄化方式、すなわち、処理タンク23から、剥離された細菌のかたまりから成る固体を混合したままの汚水を排出し、この固体を次の処理個所で沈殿させるという方式の点まで限定して構成要件としているものではないことが前掲の本件発明の要旨から明らかである。
原告は、本件発明においては、汚水中の汚染物質であるBOD物質の摂取によつて増殖し、厚くなつた細菌層が、ポケツトが回転によつて移動するとき、汚水の表面で働く水の表面張力によつて作用するせん断力及び平円板20間を通過する気泡により、平円板20から剥離され、剥離された細菌のかたまりはポケツト及び気泡により烈しく攪拌されてフロツク状から細かい固体となり、汚水との固液混合状態で処理タンク23から排出されるのであり、特にこの点が引用例記載の発明と清澄メカニズムを異にするものであると主張するが、これらの点はすべて本件発明の要旨とするところではない。
したがつて、汚水浄化方式の相違を持ち込んで引用例記載の発明と本件発明との間の相違を論じ、審決の誤りをいう原告の主張は理由がないといわなければならない。
2 原告は、審決がその認定した相違点について判断するに当たり、「ポケツトは『回転軸の長さに沿つて』はたまたま一つ設けられているが、これを、その処理装置あるいはこの中に組み込まれている接触器組立体自体の規模、設けられるポケツトの数、容量、その他の事情に応じて、複数個設けるようにしてもよいことは当業者には自明のことである以上、これを本件発明のごとく適用する程度のことは当業者であればその設計上適宜設定し得ることと認められる」としたのは誤りである旨主張する(なお、前掲甲第二号証によれば、審決が本件発明に係る装置の部材として挙げた「ポケツト」とは本件発明の要旨にいう「ポケツト」と同じものであり、具体的には、水平軸21に沿つて等間隔に相隔てられて装架された複数の平円板20の外周に形成されたポケツト部材27の円形列を指称するものであり、該ポケツト部材27は底部29、両側壁30及び傾斜頂壁31によつてくさび形に画され、かつ外方に開口したものであり、ノズル34から出る気泡が各ポケツト部材27に貯溜することにより平円板20を反時計方向に回転せしめるものであることが認められる。)。
そこで判断するに、本件発明における回転生物学的接触器組立体の作用と、引用例記載の発明における回転翼車11及び回転酸化板12の作用とが同じであり、また、本件発明における処理タンク23及び回転生物学的接触器組立体を有する生物学的汚水処理装置と、引用例記載の発明における回転翼車11及び回転酸化板12を有する酸化槽6とが、汚水を生物学的作用により酸化し浄化するための装置であるという点で同じであること、前判示のとおりである。
しかも、たとえ、原告主張のとおり、引用例記載の発明において、酸化槽6の第二室及び第三室にも回転翼車11を設けると、汚水が攪乱して汚泥が沈降しないため、酸化槽6から清澄な水を放流できなくなるとしても、第一室に回転翼車11を複数個設けることは、それによつて汚水が攪乱することを考慮する必要はないから、支障はないものと認めるべきであり、また、前掲甲第三号証によると、引用例記載の発明においては、酸化槽6内の室数、回転翼車11及び回転酸化板12の数は格別に限定されているものではないことが認められるから、例えば、汚水の量や性質に応じて、その生物学的酸化を充分にするために、回転酸化板12の数を増加し、室も増化する必要がある場合に、増加する回転酸化板12を駆動するための動力を補充すべく、第一室に回転翼車11を複数設けたり、第一室を複数設けて、そこに回転翼車11を複数設けることは、設計上適宜行い得ることであると認めるべきである。
そうすると、引用例記載の発明に基づき本件発明のごとくポケツトを複数設ける程度のことは当業者であればその設計上適宜設定し得ることと認められるから、これと同趣旨の審決の認定には、誤りはないというべきである。
原告の主張中、本件発明と引用例記載の発明とが汚水の清澄メカニズムを異にすることを前提とする部分は本件発明の要旨としない汚水処理方式に立脚した主張であるから採用すべき限りでなく、その余の部分は以上に説示した理由により失当とすべきである。
3 原告は、審決が、本件発明の奏する作用効果について、「その適用に当たり当業者であれば当然に予測し得る事項であるにすぎず、格別なものとは認められない。」とした認定は誤りである旨主張し、本件発明では、(1)ノズル34から放出される空気も酸素の補給源になり、したがつて、バイオマスは酸素を直接吸収することができるという作用効果、(2)気泡のせん断作用とバイオマスに起こる生物学的変化の双方に由来して、バイオマスが薄くなるという作用効果、(3)接触器組立体の全長にわたつて応力の分布をより良好ならしめるという作用効果が奏されると主張する。
原告主張の(1)の作用効果についてみるに、前掲甲第三号証によると、引用例記載の発明においても、エアーパイプ17から空気を放出するのであり(同号証第一〇欄第二二行ないし第二四行)、この空気は酸素の補給源となるものであることが認められるから、引用例記載の発明においても、原告が主張する本件発明の(1)の作用効果を奏するものであるということができる。
次に原告主張の(2)の作用効果についてみるに、この作用効果は、空気を、ポケツトに閉じ込められないように、かつ空気の気泡がバイオマスを剥離するに充分な量の分供給することによつて得られるものであると解されるところ、右作用効果は、本件発明の装置そのものの構成に基づくものとは認められない。
さらに、原告主張の(3)の作用効果については、右作用効果は、ポケツト部材27を有する平円板20を水平軸21に沿つて全長にわたつて設けることによつて奏されるものであると解されるが、前掲の本件発明の要旨によれば本件発明では、このような構成要件を規定しているものでないことが明らかであるから、原告のこの作用効果の主張も理由がない。
そうすると、本件発明の奏する作用効果について、審決がこれを格別なものとは認められないとした認定は、本件発明の作用効果もその進歩性を肯定する根拠とすることができないとした結論において正当というべきである。
4 以上判示したところによると、「本件発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められる」として本件発明の進歩性を否定した審決の認定、判断には、誤りがないというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本件発明の要旨は左のとおりである。
流体入口及び流体出口を有する処理タンクと、水平軸線を中心とする回転可能に装架されかつ前記タンク内の汚水へ一部潜水可能に同タンク内に配置された概して円形の回転生物学的接触器組立体とを有する生物学的汚水処理装置にして、前記接触器組立体の長さに沿つて配列され、かつ前記水平軸線の半径方向外方に配置された複数のポケツトと、酸素含有圧力ガスの給源と、前記接触器組立体の長さの下に配置された潜没開口を有して前記ガス給源から前記タンク内へ通つているガス導管とを有すること、及び各前記ポケツトは前記導管から放出されるガスを閉じ込めるのに前記接触器組立体の回転方向と反対の方向に外向きに開口していることを特徴とする生物学的汚水処理装置。