東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)37号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について検討する。
1 原告は、審決は本願考案の要旨の認定を誤り、その結果、引用例記載の発明・考案との重要な相違点及び顕著な作用効果を看過して、進歩性の判断を誤つた旨主張するので、まずこの点について判断する。
前示のとおり、本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲には、「内層を鉄材鋼材など金属材とし、外層をエポキシ樹脂とガラスクロス・ヘツシヤンクロス等の覆装材とからなる合成樹脂層とで構成されたことを特徴とする地下タンクの構造。」と記載されている。
右記載から明らかなとおり、実用新案登録請求の範囲には、地下タンクを「危険物貯蔵用」に限定する趣旨の記載はなく、また「地下タンク」という語はきわめて普通に用いられる一般的用語であつて、その意味内容を把握、理解するのに困難であるということはなく、本願考案は、右登録請求の範囲に記載されたところで充分認識し、かつ特定しうるものであるから、成立に争いのない甲第四号証(昭和五四年九月二八日付意見書に代る手続補正書)によれば、全文補正された明細書の考案の詳細な説明の項に「本考案はガソリン・軽油重油化学薬品のような危険物を貯蔵するための地下タンクの構造に関するものである。」(第一頁第一〇行ないし第一二行)旨記載されていることが認められるけれども、右の記載から、本願考案の対象となる地下タンクを危険物貯蔵用の地下タンクに限定することはできない。
したがつて、本願考案の対象である地下タンクについては危険物貯蔵用という限定のないものとして本願考案の要旨を把握した審決の認定につき誤りがあつた旨の原告の主張は失当であり、審決に右要旨認定の誤りがあつたことを前提とする原告の審決の取消事由の主張は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。
2 そこで、原告の予備的な審決の取消事由の主張について検討する。
前掲甲第四号証によれば、明細書の考案の詳細な説明の項に、本願考案が解決すべき課題及び作用効果に関し、「地下に埋設するタンクは、周囲地盤からの土圧、地盤面上の載荷物による荷重圧、地下水による浮力、地震時の振動圧などによる種々変形ヒズミを受けており、当然地下タンクはこれら変形・ヒズミに耐えられる機械的・物理的強度を持たなければならない。プラスチツク製タンクは機械的強度が十分でないばかりか老化現象によつて耐久性に劣るものである。従つてこれを満足するものは、金属材、特に鋼材が優れている。しかし、金属製タンクは地中における水分の移動、電池作用、迷走電流などのため湿蝕(「温蝕」とあるは誤記と認める。)、電触作用を受け易く、耐久性に欠点がある。」(第一頁第一八行ないし第二頁第一〇行)、「本考案タンクは、金属材の持つ機械的特性とエポキシ樹脂その他合成樹脂が持つ耐蝕性・電気絶縁性とをもつて、機械的物理的強度を有し且つ耐湿蝕性、耐電蝕性を有する地下タンクである。」(第三頁第五行ないし第九行)、「このエポキシ樹脂外層構造5は鋼材内層構造の外表面に予めエポキシ樹脂プライマー6を下地塗布し、そのプライマーにガラスクロス・ヘツシヤンクロス・ビニロンクロスなどの覆装材を敷置してエポキシ樹脂を塗布する。覆装材はエポキシ樹脂の強度を高め塗厚の調整に便利である。」(第三頁第一七行ないし第四頁第二行)との記載があることが認められ、本願考案の構成はこのような課題を解決する技術手段として採用され、このような作用効果に結び付くものと理解される。
ところで、成立に争いのない甲第八号証(特開昭四九―一〇五三七号公開特許公報)によれば、引用例一には、長尺且つ大型タンクを地下に埋設する場合に受ける種々の外力に耐える強さを備え、かつ正しい姿勢で埋設保持することを目的として、「1 強化プラスチツク製の長尺且つ大型の円筒状タンク本体(1)に於てその長手方向にて適宜間隔をもつた位置に外面を四辺形とし上方及び下方を夫々開口(3)、(4)し内空を連通せしめた外枠(2)をタンク本体(1)と一体に成形したことを特徴とする長尺且つ大型タンクの補強装置。2 長手方向に適穴間隔をもつた位置に外面を四辺形とし上方及び下方を夫々開口(3)、(4)し内空を遥通せしめた外枠(2)を一体に成形した長尺且つ大型のタンク本体(1)を穴(6)の底部に設けた基礎コンクリート盤(7)上に設置し、タンク本体(1)の外枠(2)の上方開口部(3)からコンクリートを流し込んで、前記基礎コンクリート盤(7)上に一体的にタンク本体(1)を固定することを特徴とする長尺且つ大型タンクの埋設方法」(特許請求の範囲)についての発明(別紙図面(二)参照)が記載されていることが認められる。
右記載から明らかなとおり、引用例一記載の発明は、地下に埋設するタンクに係るものではあるが、その対象となるタンクは、前記のとおり、本願考案の明細書中で機械的強度が不十分で、耐久性に劣ると指摘されているプラスチツク製のもの(二頁第三、四行)であつて、金属製のものではなく、地下に埋設されたタンクが受ける種々の外力に対する強度を確保するための構成も引用例一記載の発明と本願考案とでは全く異なつており、引用例一記載の発明は、タンクを地下に埋設するという点を除き、本願考案にかかる技術を教示している点はないといつてよい。ただ、審決が引用例一を、タンクを地下に埋設するという技術的思想を開示しているものと把握したことが実用新案登録出願当時の技術水準を示す手法として違法であるとしなければならない理由は見出せない。
ところで、本願考案の地下タンクの内層を形作つているような金属材の腐蝕が電気化学的な一連の反応であることは学理上認められているところであり、成立に争いのない甲第一〇号証(昭和三九年七月三〇日株式会社技報堂発行土木工学ハンドブツク第二版第八五五~八五六頁)には、「最近の合成樹脂の進歩につれ、これらを主用するさび止めペイントも多く使用される。その名称をつぎに示す。(1)エポキシ樹脂系ペイント、(2)ポリウレタン樹脂系ペイント、(3)塩化ビニル樹脂系ペイント、(4)塩化ビニルデイン樹脂系ペイント、(5)不飽和ポリエステル樹脂パテ」(八五六頁)と記載され、エポキシ樹脂系ペイントが本願考案出願前さび止め塗料として使用されていたこと及び当該技術は右出願当時周知の事項であつたことを認めることができる。
次に、成立に争いのない甲第九号証(昭和四七―一八五九二号実用新案公報)によれば、引用例二には、「全周壁を数層の合成樹脂で成形し、側壁の合成樹脂の層間隙内に補強材を介在することにより内部に容入した液体の圧力で槽が歪むのを防ぎ、更に耐薬品性、耐熱性、耐寒性に優れ、しかも保温効果が有る液槽を提供」(第一欄第一八行ないし第二二行)することを目的として、「上面を開放した容器の内壁の外周に、高さの途中に補強材を、又開放縁に鍔状心材をそれぞれ廻らし、内壁は、糸、ガラス繊維、合成樹脂糸などの繊維マツトと熱可塑性合成樹脂を積層したものであり、この積層材を上記補強材と鍔状心材の外周に一体的に覆い内壁の外周面に塗着し、補強材と鍔状心材との積層材の外面を隔てて前記内壁の外面に中材5::を塗着し、その外周と、補強材と鍔状心材との積層材とを一体的に積層材で塗着して覆い、前記中材と心材及び補強材は発泡性合成樹脂製としたことを特徴とする合成樹脂製液槽」(実用新案登録請求の範囲)に関する考案(別紙図面(三)参照)が記載されており、その考案の詳細な説明には、第2図に示した実施例につき、「内壁1、中壁4、4′及び外壁6は第3図で示す様にエポキシ樹脂とかポリエステルなど熱可塑性合成樹脂の薄層7と繊維マツト8とを積層したものを利用する。繊維マツト8は糸、ガラス、合成樹脂糸を織つたり不織布とした繊維をマツト状に薄くしたものを使用するもので、合成樹脂薄層7の表面に、合成樹脂が硬化しないうちに繊維マツト8を密着させて敷き、マツト8の表面に合成樹脂溶液を塗布し、更にこの合成樹脂が硬化しないうちにマツト8を敷く。これを順次繰返して合成樹脂薄層7と繊維マツト8を積層するとマツト内に合成樹脂溶液が滲透して硬化するので強硬な壁面が形成される。」(第二欄第一九行ないし第三二行)という記載がなされていることが認められる。
右のとおり、引用例二記載の考案は合成樹脂製液槽に関するものであるが、それには、液槽の壁面を形成するため、エポキシ樹脂、ポリエステルなどの熱可塑性合成樹脂薄層の表面に、合成樹脂が硬化しないうちに、糸・ガラス・合成樹脂糸などの繊維マツトを密着させて敷き、その表面に合成樹脂を塗布し、このような操作を繰返して積層材を作る技術が開示されていることが明らかである。
なるほど、引用例二記載の考案において、右積層材により壁面を形成し、該壁面と補強材等から成り立つ前叙の構成をとることにより、引用例二記載の合成樹脂製液槽は、その内部に容入した液体の圧力によつて歪んだりせず、また保温性、耐薬品性、耐熱性、耐寒性を有するなどの効果を奏するものであり、これに対し、本願考案において、地下タンクの外層として、エポキシ樹脂とガラスクロス・ヘツシヤンクロスなどの覆装材とからなる合成樹脂層を形成したのは、金属性地下タンクを耐湿蝕性、耐電蝕性を有するものとするためであり、引用例二記載の考案と本願考案においてそれぞれの合成樹脂層がもつている手段的意義は相違するが、これは両考案が当面する技術的課題が異ることに由来するものであり、詳しくいえば、両考案は、それぞれ、成立に争いがない乙第二号証の一ないし三によつて認められるエポキシ樹脂自体の有する特長(すなわち、接着性にすぐれていること、硬化の際水その他の揮発物を副生せず、体積収縮が少なく、このため電気絶縁性や寸法安定性がよいこと)及びエポキシ樹脂硬化物の性質(一般に機械的性質や電気絶縁性にすぐれ、ほとんどの溶剤に侵されないこと、強酸化性酸を除いた多くの酸やアルカリ塩類にも安定であること)の中から選択した当該物質の一定の特性に即した作用を当該物質が含まれる合成樹脂層ないし積層材に担当させているものであるが、当業者にとつてその選択が特段に困難であるとは考えられない。また、引用例二記載の考案の積層材と本願考案の合成樹脂層の構成を対比してみても、それぞれ繊維とエポキシ樹脂との成層構造となつていること前説示のとおりであるうえ、前者において、前述のとおり繊維マツト内に合成樹脂溶液が滲透して硬化し、強硬な壁面が形成されるのに対応して、後者においては、ガラスクロス・ヘツシヤンクロスなどの覆装材が、それに塗布されて滲透したエポキシ樹脂の硬化作用と相俟つて、エポキシ樹脂、したがつて合成樹脂層の強度を高めている(このことは技術常識に属する。)というように、形成する積層の数こそ異なるが、共通の構成を採つていることが認められる。したがつて、本願考案が外層をエポキシ樹脂とガラスクロス・ヘツシヤンクロスなどの覆装材とからなる合成樹脂層とする点は、当業者が前掲甲第一〇号証に記載されているような周知技術及び引用例二の考案における積層材に関する技術に基づききわめて容易に推考することができたものと認められる。
以上検討したところに、本願考案が地下タンクを金属製のものとすること自体に格別の技術的意義は認められないことをあわせ考えると、本願考案は引用例一及び二並びに周知技術に基づき当業者がきわめて容易に考案をすることができたものというべきである。
この点に関し、原告は、本願考案がその主張のような顕著な作用効果を奏するものであると主張するけれども、本願考案の明細書(全文補正後のもの)の考案の詳細な説明に記載された本願考案の作用効果は、(イ)地下タンクが機械的物理的強度を有し、かつ耐湿蝕性、耐電蝕性を有すること及び(ロ)覆装材はエポキシ樹脂の強度を強め、塗厚の調整に便利であるという二点であることは前認定のとおりであり、本願考案がこれ以外に原告主張の作用効果を奏するとの点は前掲明細書の記載に徴しても明らかでなく、右(イ)(ロ)の作用効果も、本願考案のような構成を選択することにより通常もたらされるものであり、当業者の予測しうる程度を越えるものではないと認められる(右(イ)(ロ)以外の原告主張の作用効果のいくつかが前掲明細書の記載に基づき客観的に看取することができるものであるとしても、いずれも自明の域を出るものではないと認めるのが相当である。)から、本願考案が当該作用効果を奏するからといつて、本願考案は当業者においてきわめて容易に考案をすることができたものに当らないとすることはできない。
以上の次第であるから、本願考案は実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができないとした審決には原告主張の違法は認められない。
三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
[編註]本件における明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は左のとおりである。
内層を鉄材鋼材など金属材とし、外層をエポキシ樹脂とガラスクロス・ヘツシヤンクロス等の覆装材とからなる合成樹脂層とで構成されたことを特徴とする地下タンクの構造。