東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)43号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について判断する。
成立に争いのない甲第八号証によれば、本願考案の昭和五四年九月一〇日付手続補正書添附の明細書中、考案の詳細な説明には、「この考案は、(中略)皮膚を傷つけないヘヤーブラシを提供するものである。」(第二頁第七、第八行)、「従来毛3が植毛穴5の中に複数本を束にして植えられる場合一つの束が約一〇本の毛で構成されていたが、この考案では一つの束を四本の毛で構成し、束の密度を多くしたところ、この方が整髪し易いことが確認された。本考案のヘヤーブラシでは、先端に溶融樹脂球を備えた毛32と溶融樹脂球をもたない毛31とが必らず一対となつて存在しており、且つ前者の溶融樹脂球が後者の毛の先端よりも突出する様に植毛されているので、ブラツシングするとき、頭の皮膚や毛髪を傷めないという利点を有するのみならず、半数の溶融樹脂球をもたない毛の存在により、くし通りも良く且つ整髪効果も優れているという利点を有する。」(第五頁第七行ないし末行)と記載されていることが認められるところ、原告は、頭皮や毛髪を傷めず、しかも、くし通りが良く、かつ、整髪効果も優れているという本願考案の右作用効果は、引用例及び周知技術からは容易に予測しえない顕著なものである旨主張するので、この点について検討する。
1 頭皮や毛髪を傷めないという作用効果について
(一) 引用例(実開昭四九―一一三八七一号公開実用新案公報)に、ブラシ台に均一に分布して設けてある植毛穴に一端が先細りとなつているブリツスルを先細り端側の方が長くなるようU字形に二つ折りにし、複数本束にして植毛してなる把手付ヘヤーブラシ(別紙図面(二)参照)が記載されていることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、引用例記載のヘヤーブラシは、植毛部に均一に分布して植毛穴を設け、両端が別の形状の毛を一端が他端より長くなるように二つ折りにし、複数本束にして各植毛穴に植毛してなるという点では、本願考案にかかるヘヤーブラシと一致するものであるということができる。
次に、成立に争いのない甲第三号証によれば、実用新案出願公告昭四〇―二八二五八号公報記載の考案は、「合成樹脂等の円柱1からなる単一植毛の頭部に該円柱1の直径より大きい直径の球2を備えて一体となし、単一植毛の円柱1の上部円柱1′が隣接する他の単一植毛2の周辺2′に接し、隣接する他の単一植毛の球2の周辺2′は異なる他の隣接する単一植毛の上部円柱1′に接するようそれぞれ高低に組合せ乍ら、単一植毛をそれぞれ円柱1において長さを異にし髪毛が球2の内側2″に掛るようにして単一植毛を多数一束となし柄部3に植毛するヘアブラシの植毛。」(別紙図面(三)参照)に関するものであり、右公報の考案の詳細な説明の項には、「球2が円球1より大きいので頭部皮膚に接する感じは快適である。特に洗髪のときは髪毛の先端まで洗えるからその効果は著るしい。」(右欄第一二行ないし第一五行)と記載されていること、成立に争いのない甲第四号証によれば、実用新案出願公告昭四〇―二六〇九九号公報記載の考案は、「合成樹脂等でなした基部を太く先端部を細くする適当な長円錘の針1の先端部1′の頭端に該先端部1′より大きい球2を設けてこれを柄部3に植針したヘアブラシの針。」(別紙図面(四)参照)に関するものであり、右公報の考案の詳細な説明の項には、「本案は上記のようになしたから整髪に使用するとき頭端の球2により頭部皮膚は快感を受け乍ら外傷があつても痛めることなく、」(右欄第五行ないし第七行)と記載されていることがそれぞれ認められ、右認定事実によれば、本願考案にかかるヘヤーブラシと同種のヘヤーブラシにおいて、頭皮を傷めることなく、快感を与えるために合成樹脂製植毛の先端を球状にすることは本願考案の出願当時周知の技術であつたものと認められる。
ところで、右周知技術においてヘヤーブラシのブリツスルの先端を球状にすると頭皮を傷めないのは、ブラツシング時に頭皮にはブリツスルが彎曲面で接触し、頭皮へくい込むことなく、格別の抵抗も受けずに頭皮表面を滑動できるためであることは明らかであるが、さらに、ブリツスルの先端を球状にした場合には、毛根や毛の生え際を刺激しないので毛髪も傷めないものと考えられ、この点は技術常識的に想到しうる程度のことというべきである。
また、ヘヤーブラシのブリツスルを長短のものを対として植毛した場合には、半数のブリツスルの先端は頭皮と接触しないことになり、全部のブリツスルを均一な長さにした場合に比べ、右接触しない分だけ頭皮から受ける摩擦抵抗が少なく、そのためにくし通りが良くなり、ブラツシング力(ブラツシング時に毛髪にかかる力)も低下することになるので、毛髪を傷める度合も減少するものであることは、少なくとも当業者にとつては自明の事項に属するものと考えられる。
叙上説示したとおり、本願考案にかかるヘヤーブラシは、ブリツスルを長短のものを対として植毛してなる点では引用例記載のヘヤーブラシと一致していること、本願考案にかかるヘヤーブラシと同種のヘヤーブラシにおいて、頭皮を傷めることなく快感を与えるために合成樹脂製植毛の先端を球状にすることは本願考案の出願当時周知の技術であつたこと、ヘヤーブラシのブリツスルの先端を球状にすると毛髪をも傷めないことは技術常識的に想到しうる程度のことであり、また、ブリツスルを長短のものを対として植毛した場合には、ブリツスルの長さを均一にした場合に比べて毛髪を傷める度合が少ないことは当業者にとつて自明の事項に属することなどを総合すると、本願考案が奏する、ブラツシングするとき頭皮や毛髪を傷めないという作用効果は、引用例記載のヘヤーブラシにおいて、先細りの形状のものに代えて周知技術を適用することにより当業者が当然に予測しうる範囲のものというべきである。
原告は、前掲甲第三、第四号証記載の考案に用いられるヘヤーブラシは本願考案にかかるヘヤーブラシとは構成が著しく相違しており、また、右各考案にかかる植毛の先端の形状が球状であるからといつて、この点のみを分離して取り出し、その効果をいうことは意味がない旨主張するが、右主張がいずれも理由のないことは前記説示したところから明らかである。
また、原告は、本願考案において、一穴当たりの植毛本数を四本にしたことも頭髪を傷めることをより少なくさせている旨主張するが、植毛本数を四本にしたことによつて、特に頭髪を傷める度合が少なくなるという合理的根拠は見出し難く、右主張は採用できない。
(二) 成立に争いのない甲第一一号証の一・二(「ヘアーブラシの比較評価実験報告書」)には、原告会社の東京研究所に勤務する女性研究員三〇名をパネラーとして、(1)一方の毛先を丸めたブリツスル二本を丸めた方が高くなるように二つ折りで一穴に植毛(二段差植毛)したもの(本願考案品に相当するもの)、(2)毛先を丸めたブリツスル六本を全ての高さが異なるように植毛したもの(前掲甲第三号証記載の植毛に相当するものを使用したもの)、(3)毛先が細くなつたブリツスル三本を二つ折りで一穴に植毛したもの(引用例記載のヘヤーブラシに相当するもの)を使用して、(イ)頭皮へのブリツスルの当り具合の好み、(ロ)髪の梳かし易さ、(ハ)全体的に評価した時の好みについて比較評価した結果、(1)のヘヤーブラシがいずれの項目においても優れていた旨記載されていることが認められるけれども、審決は、本願考案は引用例及び周知技術からきわめて容易に考案することができたものとしているにすぎず、本願考案の奏する作用効果が引用例記載の考案や周知技術の奏する作用効果と同一であるとしているわけではないのであるから、単に本願考案品に相当するヘヤーブラシが比較品より優れていたという右評価結果が出たからといつて直ちに審決の判断を攻撃する根拠とすることはできず、まして、これを本願考案の奏する作用効果が引用例及び周知技術から容易に予測しえない顕著なものであることを裏付ける資料とはなしえないことは明らかである。
また、成立に争いのない甲第一二号証〔「ヘアーブラシの比較評価実験報告書(その2)〕には、(1)一方の毛先を丸めたブリツスル二本を丸めた方が高くなるように二つ折りで一穴に植毛(二段差植毛)したもの(本願考案品に相当するもの)、(2)段差をつけずに植毛した以外は右(1)と同じにしたもの、(3)両端の毛先を丸めたブリツスル二本を二つ折りで一穴に植毛したもの(いずれもブリツスルの一穴当たりの本数は四本となつている。)を使用して、ブラツシング力を比較評価した結果(実験〔I〕)、(1)のヘヤーブラシがブラツシング力が低く、毛髪の損傷が少ないことが判明した旨記載されていることが認められるが、先に説示したとおり、ブリツスルを長短のものを対として植毛した場合には、全部のブリツスルの長さを均一にした場合に比べブラツシング力が低く、毛髪を傷める度合も減少するものであることは当業者にとつて自明の事項に属するものであつて、右評価結果も格別の意味を有するものとは認められず、原告の主張を裏付ける資料とはなりえない。
2 くし通りの良さと整髪効果について
(一) 一般に、ブラツシング時にヘヤーブラシ全体が毛髪や頭皮から受ける摩擦抵抗が少ないときはくし通りは良いが、ヘヤーブラシの受ける摩擦抵抗にはブリツスルの総本数が関係し、ブリツスルについて他の条件(形状、材質等)が同じであれば、その本数が少ないヘヤーブラシの方がくし通りは良く、その本数が多いヘヤーブラシの方がくし通りは悪くなる。一方、整髪効果は毛髪の疎密とも関係するが、通常は、専らブリツスルの総本数によつて左右され、ブリツスルが多ければ整髪効果が高められ、少なければ整髪効果は低くなる。したがつて、一般に、ブリツスルの形状、材質等の他の条件が同じであれば、ブリツスルの本数を減じればくし通りは良くなるが、整髪効果は低下する。しかし、ブリツスル一本当たりのくし通りが良いように形状等について条件設定をするならば、ブリツスルの総本数を増加することができ、それによつて整髪効果を高めることができる。これらの点は技術常識に属する程度のことというべきである。
そして、ヘヤーブラシのブリツスルを長短のものを対として植毛した場合には、半数のブリツスルが頭皮と接触しない分だけ摩擦抵抗が少なく、そのためにくし通りが良くなることは前記のとおりであり、しかも、右の場合ブリツスルの総本数はブリツスルを長短のものを対にして植毛するという形状加工をしないものと同じであるとすれば、整髪効果もそのものと比較して変らない理であり、この点も当業者にとつて自明のことというべきである。
以上説示したところによれば、本願考案におけるくし通りの良さは、単にブリツスルを長短のものを対として植毛し、頭皮に接触しないブリツスルを半数設けたことによつて一本当たりの平均摩擦抵抗を減じたことにより奏されるものであり、また、整髪効果は、前記頭皮に接触しないブリツスルを半数設けたことにより、ブリツスルに対する摩擦抵抗を排してくし通りを良くするためには本来少なくしなければならないはずのブリツスルの本数に比べて多数のブリツスルを植毛することができることによるものにすぎないと認めるのが相当である。
右のようなくし通りの良さと整髪効果は、ブリツスルを長短のものを対として植毛してなる引用例記載のヘヤーブラシも当然に奏する作用効果であるというべきであつて、この点に本願考案と引用例記載の考案との間に相違があるとは認め難い。
(二) 原告は、本願考案においては、一穴当たりの植毛本数を四本にしたことにより、その前後の本数(例えば、二本、六本、八本)のものよりもくし通りの良さ及び整髪効果において優れた作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら、本来、ヘヤーブラシの設計に当たつては、ブリツスルの材質、形状、太さ、長さ等を含めた全体形状、ブリツスルの単位面積当たりの植毛本数、単位面積当たりの植毛穴数等を総合的に考慮して、一穴当たりのブリツスルの植毛本数を適宜定めるものであり、その過程において、当然にくし通りの良否、整髪効果も考慮されるべきものであつて、一穴当たりの植毛本数は設計的事項にすぎないものというべきである。
そして、一穴当たりの植毛本数が四本である場合に、他の本数(例えば、二本、六本、八本)のものに比してくし通りの良さ及び整髪効果の点で特段の効果を奏するのは前記各条件を総合したもののうち一定の限られた条件を備えたものにおいてであることは明らかであり、その具体的条件が限定されていない本願考案にあつては、単に一穴当たりの植毛本数を四本としたことに基づき他の本数のものに比して顕著な効果を奏するものとは到底認めることができず、原告の右主張は採用できない。
前掲甲第一二号証には、原告会社の東京研究所に勤務する女性研究員三〇名をパネラーとして、(1)一方の毛先を丸めたブリツスル二本を丸めた方が高くなるように二つ折りで一穴に植毛したもの(本願考案品に相当するもの)、(2)両端の毛先を丸めたブリツスル二本を二つ折りで一穴に植毛したもの、(3)ブリツスルに長短があり、毛先が細くなつたブリツスルを二つ折りで植毛したものを使用して官能評価手法により、くし通りの良さ、整髪性及び全体評価について比較評価した結果(実験〔Ⅱ〕)、(1)のヘヤーブラシがいずれの項目においても優れていた旨記載されていることが認められるけれども、単に本願考案品に相当するヘヤーブラシが他の比較品より優れていたという評価結果をもつて、原告の前記主張を裏付ける資料となしえないことは叙上説示したところから明らかである。
成立に争いのない甲第一三号証の一・二〔「ヘアーブラシの比較評価実験報告書」(その3)〕、同第一四号証(「同報告書」(その4)〕、同第一五号証〔「同報告書(その5)〕には、原告会社の東京研究所勤務の女性研究員二〇名をパネラーとして、一方の毛先を丸めた方が高くなるように二つ折りで一穴に植毛し、その数を二本、四本、六本、八本としたヘヤーブラシを使用して、くし通りの良さ、整髪性及び全体的に評価したときのブラシの好み(全体評価)について比較評価した結果、植毛密度を二三・六本/cm2とした場合、一九・二本/cm2とした場合、植毛穴密度を五・九個/cm2とした場合、九・六個/cm2とした場合のいずれの場合でも、一穴当たりの植毛本数を四本としたもの(本願考案品に相当するもの)が、いずれの評価項目においても最も優れていた旨記載されていることが認められる。
しかしながら、ヘヤーブラシのくし通りの良さや整髪効果は、植毛密度や植毛穴密度に左右されることは明らかであつて、そのいかんにかかわらず総体的に本願考案品に相当するものが優れているとする右甲号各証の記載内容は採用できない。
ことに、右比較評価実験報告書には、一穴当たりの植毛本数を四本としたものが二本としたものよりも、いずれの場合でもくし通りが良い旨記載されているが、到底首肯し難いものである。
この点につき、原告は、くし通りの良さの評価については、整髪に要する仕事量をも加味して評価されているため右のような結果となつているのであつて、決して不合理なものではない旨主張するが、もしそうであるならば、くし通りの良さの評価の中に整髪効果の評価を持ち込んでよいということに帰着し、そもそもくし通りの良さと整髪効果を原告自身区別して論議する必要はないはずであつて、右主張は、牽強附会のそしりを免れない。
以上のとおりであつて、頭皮や毛髪を傷めず、しかも、くし通りが良く、かつ、整髪効果も優れているという本願考案の作用効果は、引用例及び周知技術からは容易に予測しえない顕著なものである旨の原告の主張は理由がないものというべく、審決には原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
植毛部(1)と把持部(2)とからなるヘヤーブラシに於て、植毛部(1)に均一に分布して植毛穴(5)を設け、一端に溶融樹脂球(4)を形成した熱可塑性樹脂製の毛(3)二本を溶融樹脂球(4)を備えた側の毛(32)が溶融樹脂球をもたない側の毛(31)より長くなる様に二つに折つたものの折曲部を各植毛穴(5)の中へ挿入して一穴当り四本の毛の束として植毛して成るヘヤーブラシ。