東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)74号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、引用例記載の技術内容並びに本願発明と引用例記載の技術内容との一致点及び相違点((1)及び(2))が本件審決認定のとおりであることは、原告の自認するところである。
二 そこで、原告の主張する本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
1 原告は、前記相違点(1)について、銅メツキ鋼板は従来、その光沢を利用した装飾用製品あるいは高い熱伝導率を利用した調理用具などに用いられたものであつて、腐食性の液を収容するために銅メツキ鋼板を使用することは本願発明の特許出願前にはなかつたものであり、また、本願発明は、銅化合物を含む溶液に対し銅メツキ鋼板を用いる構成としたことにより、著しい効果を奏しえたのであるから、本件審決が相違点(1)の判断において本願発明の進歩性を否定したのは誤りである旨主張する。しかし、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一ないし三及び第三号証ないし第五号証を総合すると、本願発明は、銅化合物を含む液用金属缶に関するものであり、銅化合物を含む液(例えば、溶剤及び亜酸化銅を含んだ二号船底塗料)を収容した場合にも腐食して孔があくことがなく、長期間の使用に耐える缶を提供すること等を目的とし、そのため、前記本願発明の要旨のとおりの構成を採ることにより、所期の効果を奏しえたものであることを認めることができるところ、成立に争いのない乙第一号証及び甲第一三号証によれば、防食用としての銅メツキは、一九五〇年頃からニツケルメツキの代用として研究されていたこと、本願発明の特許出願前において、銅メツキ鋼板は、耐食性、良好な加工性などの優れた特性のゆえに、工業的用途の広範な素材として周知のものであることが認められ、右事実に錫メツキを施した表面処理鋼板を用いるブリキ缶が周知であることを併せ考えれば、収容すべき物質の腐食性に応じて、内面側に相当する面に銅メツキを施した鋼板を素材に用い、収容物に腐食されない缶を構成することは、格別の困難を伴うものとはいえず、また、これによる本願発明の前記認定の作用効果も予測の範囲を出ないものと認められる(なお、原告は、この点に関し、成立に争いのない甲第一〇号証(科学技術庁長官の表彰状)を挙示するけれども、同号証は、接着剤使用技術の開発育成に関する点が表彰の対象になつたものと認められるから、必ずしも原告に有利な証拠ということはできず、その他上記認定を覆すに足りる証拠はない。)から、上叙の構成は、当業者が容易に想到しうるものとみるのが相当である。
してみれば、本件審決の相違点(1)についての認定判断は正当であつて、原告のこの点の主張は理由がないものというべきである。
2 前記相違点(2)について、原告は、液中金属と同じイオン化傾向の金属を素材として缶の鋼板内側面をメツキしたものは本願発明の特許出願前にはなく、周知技術ではない旨主張する。
しかし、成立に争いのない乙第五号証(昭和四〇年八月一五日技報堂発行「無機化学ハンドブツク」)によれば、金属の浸つている溶液がその金属の塩であれば、塩より生ずるイオンの滲透圧は、金属よりのイオンの生成を妨げる作用をすること、金属が陽イオンを放出する能力(電離溶圧)Pが溶液中の金属イオンの滲透圧Pより大きいときは、金属が溶解して陽イオンとなること、PとPが同じときは、金属から溶液へのイオンの移動はないこと、PがPより小さいときは、溶液中の陽イオンが金属上に析出して溶液のイオン濃度は減少することが記載されていることが認められ、右認定の記載事項は、金属を同じ金属の塩の溶液に漬けた場合には、金属は溶け出さないこと、すなわち腐食しないことを示しており、これらのことは、金属のイオン化傾向と併せて、無機化学の常識に属する事項といつて差支えないから、本件審決が銅イオンを含む液に金属の銅を漬けても銅が液中に溶け出すことはないことは周知であるとしたことに誤りはなく、これを前提とすれば、たとえ、原告主張のように、液中金属と同じイオン化傾向の金属を素材として缶の鋼板内側面をメツキしたものが本願発明前に存在しなかつたとしても、本願発明において、「銅化合物を含む液用」と用途限定をした点について、これを困難とする格別の事情も認められないから、当業者が容易に想到しうる程度のものというべきである。
したがつて、前記相違点(2)についての本件審決の認定判断は正当であり、原告の右主張も理由がないものというほかない。
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
筒状缶胴部3及び該缶胴部3の両端に接合した天地板4で形成され、缶胴部3の長手方向の継目であるはぜ部5及び缶胴部3と天地板4との接合部であるはぜ部5の内面には合成樹脂製接着剤6が充填され、缶胴部3及び天地板4はそれぞれ少なくとも缶の内面側に相当する面に銅メツキ層2が施されている鋼板で作られていることを特徴とする銅化合物を含む液用大型缶。