東京高等裁判所 昭和59年(う)101号 判決
所論は,要するに,原判決は原判示第二の業務上過失傷害の点につき本位的訴因若しくは予備的訴因のいずれにも掲げられていない事実を罪となるべき事実として認定し被告人を有罪に処しているが,この措置は原審が審判の請求を受けない事件について判決をする違法を犯したものと断ぜざるを得ない,というのである。
そこで記録を調査し検討するに,原審は本位的訴因並びに予備的訴因について審理をおこない,結局予備的訴因に基づいて審判をしたことが明らかであるが,本件の予備的訴因は,所論のとおり被告人は,「普通貨物自動車の前面で一時停止して,あるいは,自車を最徐行しつつ,発進・停止をくり返すなどして前記車両の左側方から進行してくる車両の有無及びその安全を確認して進行すべき業務上の注意義務がある」というものであり,原判決がこれに対して,被告人は,「右普通貨物自動車の前面において,同車の左側端から前記道路部分に自車の前端を数十センチメートル前方に突き出す位置で一時停止して同道路部分を浦賀方面から進行(北西進)してくる車両に右停止により突出した自車前端部を示して警告を与えたうえ,右進行車両の有無及びその安全を確認して発進して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある」と認定したことも所論のとおりである。そこで右の予備的訴因と原判決認定事実とを対比すると,原判決認定事実は右の予備的訴因の範囲内の事実を認定したものと認められる。すなわち,まず,原判決は,被告人は横須賀市三春町3丁目15番地付近道路を普通貨物自動車を運転し,田浦方面から浦賀方面に向かい進行中前記番地先の交通整理の行われていない交差点を堀の内駅方面に向かい右折するにあたり,浦賀方面から進行してきた車両が第一,第二通行帯とも交通渋滞のため連続して一時停止し,その前面を右折進行することとなり,右第一通行帯に停止した普通貨物自動車(4トントラツク)はその道路左側端から約1.7メートルの余地を残して停止しているのでその間を進行してくる原動機付自転車などのあることが予測されたうえ,右普通貨物自動車のためその左側方の間隙部分の見通しが困難な状況であったので,このような場合,被告人においては前示約1.7メートルの間隙部分を左側方から進行してくる車両の有無及びその安全を確認する義務があるものとし,その確認義務を尽すべき具体的な運転態様,手段としては,前示4トントラツクの前面においてその先端を前記間隙部分に少し進出させて一時停止し,これにより前記間隙部分を左側方から進行してくる原動機付自転車などに対し自車の存在と進路を知らしめて警告を与えたうえ,同地点では前記間隙部分の見通しが一部可能となるが故に,右進行車両の有無及びその安全を確認し自車において前記のように進行してくる車両の状況に応じ事故を回避する措置をとり,その後発進する義務があると認定判示したことが認められる。ひるがえって,予備的訴因をみてみるのに,同訴因が前記4トントラツクの前面で一時停止し,あるいは自車を最徐行しつつ発進,一時停止を反覆すべしとする趣旨は,被告人が前記約1.7メートル幅の間隙部分を即閉塞するような状況で自車の前部を突き出したり,あるいは自車を進行させたりすることなく,少しづついわば一寸きざみに間隙部分に進出し,あるいは停止することを反覆し,そうすることによって左側方からの進行車両に対して自車の存在と進路につき警告を与えることを含んでおり,右記載はその旨をも表わしたものと認めることができる。そうとすると,原判決は結局予備的訴因の掲げる注意義務の範囲内においてその注意義務をより明確ならしめるため,その義務を尽すべき運転者の具体的な運転の手段,挙措を認定判示したものと解することができる。してみると原判決認定事実と予備的訴因の注意義務の内容は結局のところ彼此同一であって相違はなく,原判決の認定が予備的訴因を逸脱したものということはできないから,原判決には所論のような審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるということはできない。論旨は理由がない。