東京高等裁判所 昭和59年(う)1100号 判決 1985年7月22日
無職(元越谷市役所職員)
甲野一郎
無職(元越谷市役所職員)
乙山二郎
無職(元越谷市役所職員)
丙川三郎
右の者らに対する各公務執行妨害、傷害各被告事件について、昭和五九年六月一二日浦和地方裁判所が言い渡した判決に対し、各弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官宮﨑徹郎出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人井上豊治ほか四名共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官宮﨑徹郎作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一(訴訟手続の法令違背の論旨)について
所論は、要するに、本件公訴は検察官が公訴権を濫用して提起した違法なものであるから、これを棄却すべきであったのに、原判決が本件公訴は適法であると判断したうえ事案の実体につき審判したのは訴訟手続の法令違背である、というのである。
しかしながら、記録を調査しても、被告人らが公務執行妨害罪をもって処断されるべきであるとしてなされた本件公訴の提起は検察官においてその裁量を逸脱し公訴権を濫用してなした違法なものであるとは認められないから、この違法があることを前提として原判決を論難する所論は立論の前提を欠いていて失当であり、採用できない。以下若干の補説を加えれば左のとおりである。所論の要点は、次の如きものである。すなわち、非権力的業務に対する妨害とされる本件のようなケースにつき公訴を提起する場合には公務執行妨害と威力業務妨害のいずれの罰条を選択するかは検察官の恣意的な裁量に委ねられてはおらず、合理的客観的な基準によって選択されなければならない。本件の公務執行妨害の公訴事実において刑法上の保護の対象とされる業務はビラはがし作業とされるのであるが、前記の両妨害罪の対象となる職務の内容、性格が権力性において薄く現業性の強いものであるうえ、職務を行う者とこれを妨害する者との関係が対等当事者関係に近いような場合には、むしろ威力業務妨害罪を適用することが正当であると解すべきである。ところで、本件で問題となるビラはがしの業務はその源は庁舎管理権より発しているとはいえ、その具体的な個々の行為に着目すると典型的な非権力的業務、現業業務であるうえ、本件のビラはがし行為は本質的には対等当事者の関係にある労使すなわち越ケ谷市役所と被告人らの属する越ケ谷市職員労働組合(以下単に市職という)との間の紛争の過程で生起したものであり、市職は要求獲得の手段としてビラを貼り、市当局の深堀秘書課長はこれに対する過激な対抗戦術をとったというに過ぎないものであるから、先の法解釈に従えば威力業務妨害罪をもって擬律されるべきである。そうしてこの理は被害者とされる者が公務員であると否とにかかわらず妥当するものといわなければならない。してみると、本件について仮りに公訴を提起するとしても、たかだか起訴罪名は威力業務妨害罪を選択すべきであったのに検察官が公訴の提起にあたりことここに出ず、敢えて罰条として懲役刑しか法定されていない公務執行妨害のそれを選択したことは、検察官が労使の当事者の一方たる使用者の立場に立って、被告人や組合に打撃を与える意図のもとになした異常かつ不当なものというべきであるから、その公訴権を濫用したものと断ぜざるを得ない、というのである。
そこで審案するのに、関係証拠によれば、所論深堀課長のなした本件ビラはがし作業は庁舎管理権に由来するものであるばかりか、その具体的な行為自体もまさに市庁舎の正常な業務運営を維持するための庁舎管理行為すなわち権力的業務に他ならないというべきであるから、本件ビラはがしの行為につきこれと異なる解釈のもとに原判決を論難する所論は前提を欠いてこの点において既に失当というべきものである。しかも、尚敷衍すれば刑法九五条一項の立法趣旨並びに文理に着目すると、同条項の職務には広く公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれるのであって、その事務が権力的作用であるか非権力的作用であるか或いは権力作用の強いものであるかどうかを問わずかつ非現業か現業かをも問わないものであり、尚その事務がこれを行う者と妨げる者との間における労使の紛争の局面におけるものであるかどうかをも問わないものと解するのが相当であるから、検察官が原判示のような越ケ谷市役所深堀秘書課長のビラはがし作業を妨害せんとして同人に暴行を加えたとする被告人らの所為を公務執行妨害罪として起訴したことには法律解釈の誤りはなく、合理性を欠くものではない。また、検察官が所論のように使用者の立場に立って被告人やその属する組合に打撃を与える狙いのもとにわざわざ公務執行妨害罪で起訴したとする証跡も記録上認められないから、この点においても所論は前提を欠いて失当であり、本件公訴はいずれの点においても公訴権を濫用してなされた違法の公訴提起ということはできない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二、第三(いずれも事実誤認の論旨)について
所論は、要するに、原判決は深堀秘書課長の原審証言などに依拠して同課長に対する被告人らの公務執行妨害の事実を認定しているが、しかし、同課長は原判示島村市長から同市長が発出した昭和五五年一一月一三日付の「庁舎秩序の維持について」と題する文書に基いて原判示ビラを撤去すべきことを命ぜられたと解する余地はなく、又同課長は本件当日の同月二七日に同市長から口頭で前示のビラを撤去せよとの職務命令を受けたこともないから、もともと同課長がしていたビラはがし作業は個人的ないやがらせに過ぎず、公務としてなされていたものではないうえ、被告人らが原判示市役所一階階段付近から同庁舎中庭窓ガラス前にいた同課長に気が付きその傍らに行き、やがて両者の間で接触が始まる以前に既に同課長はビラを最後の一枚まではがし終っていてその撤去作業は全て完了しており、両者の間に身体の接触が始まった際は同課長においてビラはがし作業を続ける意思は、はがし終えたビラの破片を取り片付ける作業を含めこれを放棄し、ビラをはがす格好だけをしていたに過ぎなかったものである。そもそも被告人らはビラを撤去する作業に従事中の同課長に対して原判示のような暴行を加えたことはなく、それ以前のビラはがし作業は公務の執行であることを疑わしめる状況のもとで行われたことでもあり、又被告人らには公務の執行を妨害するとの認識は毫もなかったのであるから、深堀課長の前掲証言や任意性のない被告人丙川三郎の検察官に対する供述調書に依拠して右各所論と相容れない認定判断に出た原判決は事実を誤認したものである、というのである。
一 しかしながら、関係証拠によれば所論の指摘する各部分を含め、原判示事実は全て優にこれを肯認することができるのであって、原判決には所論のような事実誤認は認められない。以下所論に即して若干の説示をすれば以下のとおりである。すなわち、後に判示するとおり、その大筋において信用するに足るものと認められる深堀課長の原審証言並びに後記のように任意性、信用性について疑いのない被告人丙川の検察官に対する供述調書をはじめとする関係諸証拠によると、大略次のような事実を認定することができるのである。
(一) 原判示一一月二七日の当時、埼玉県越ケ谷市当局と市職との間には紛争が起り、当局の窓口である総務部長と市職との間で団体交渉などがしばしば行われていたものであるが、同市市長島村慎市郎は市職が同市役所庁舎一階所在の市民課などのカウンターの腰板、中庭の窓ガラスなどに「市長は協定書を守り6短廃止をするな」、「し尿たれ流しにつながる第二東部清掃工場の民間委託反対」などと印刷されたビラ多数が庁舎管理権者の許可を得ずして違法に貼付されているのを確認するや、同日午後三時ころこれに対する措置を講ずるべく、深堀課長に対し後掲の一一月一三日付市長指示に基づく本件ビラ撤去責任者である同市役所市民生活部長矢島茂重、財務課長須賀清光の両名を呼ぶように指示したこと
(二) 深堀課長を通じ市長に呼ばれた矢島部長が市長室に赴くと、市長は同部長に対し明朝八時三〇分までに前記のビラを撤去するように命じ同部長はこれを受けたこと、その際深堀課長は市長に対し須賀課長は自席にいないこと、しかし同人は同夜行われる予定の同僚の職員課長の結婚披露宴に招かれ自分と共に出席する旨を申し述べると、市長は須賀課長に対し矢島に対するのと同様の撤去命令をその席で伝達するよう深堀課長に指示したうえ、深堀課長に対してもビラの撤去作業を手伝うよう命じたこと、同人はこの指示を受け、ビラ撤去作業を手伝い須賀らと共にビラをはがす旨応答したこと
(三) これより先の同月一三日、市職による従来の度重なる違法ビラの貼布並びに貼付したビラを撤去しない経緯、状況に対応すべく、同市長は市役所部課所長ら各管理者に宛て、右のような状況は庁舎の正常な管理運営を妨げるものとして文書をもって庁舎の秩序維持について指示を発していたこと、その内容は「今後庁舎内外に無許可である組合のビラ等が貼布された場合には必ず撤去して下さい。記、一各部課所の室内外及び廊下……所管課、一共有部分職員課及び財務課」というものであったが、その趣旨は所管課の部分は少くとも所管課の管理者が責任をもって撤去することを指示しているものであり、職員課、財務課の管理者はもとよりそれ以外の管理者も所管外の箇所についてビラを撤去することを許さない趣旨のものとは解せられないこと
(四) 深堀課長は一一月二七日夜前記披露宴でビールを飲んだが、席上須賀に対し前示のような市長の命令を伝えたこと、そして矢島が当夜中にビラをはがすと言っていることをも同人に伝えたこと、須賀はこれを聞いて了承したが、深堀課長は市長から自分も手伝うように言われていることを須賀に話し、矢島を含め一緒に同夜ビラはがしをすることの話がまとまったこと
(五) 同日午後八時ころ深堀課長は須賀と共に市役所に立ち戻り、深堀は礼服を普段の背広に着替え、矢島も作業服に着替えたものの、須賀は礼服のままの状況であったこと、その頃から深堀、須賀の両名は皮漉きを、矢島は定規をそれぞれ用い、水でビラを濡らすなどして、糊付けをして貼ってあるビラをはがす作業に着手し、深堀は庁舎一階会計課前から作業を行ない、順次進んで同階市民課ロビー側の中庭の窓ガラスのビラをはがしていたこと
(六) 同日午後九時ころも深堀課長は市民課ロビーに面した中庭のガラスに貼ってあるビラを中庭に向いた姿勢ではがしており、同日午後九時一〇分ころもう少しで撤去作業が終るという状況であったところ、折から総務部長と団交中であった市職の者達が階段から下りてきたこと、そのころは深堀は最後のビラの一枚をはがし続けている最中であり、深堀は「ビラをはがしているぞ」との組合員の声を聞いてもその作業を中止しないで続行していたこと、市職の組合員の足音が近づいてきて、そのうち被告人甲野を含む先頭集団の三、四名のものが深堀の背中の方から深堀にぶつかってきたこと
(七) 更に深堀課長に対し被告人丙川が深堀の左肩から胸にかけ又腕にも肩でぶつかってきたこと、深堀の回りには当初市職の者一〇人位がいて深堀を取り囲み、これらの者が深堀に突き当るような感じで押したため深堀は身動きできず、又、組合員から深堀に対し「何故ビラをはがすんだ、妥結すれば黙っていてもビラははがれるんだ」と罵声を浴びたこと、深堀は「仕事だ、市長の職務命令によって行っている」とこれに応答したこと、被告人三名を含む深堀を囲んで押しつけていた者の中から足のひざ頭で深堀の脇腹、肋骨の下の方を蹴ったものがあったこと、深堀はこの暴行によって激痛を覚えたこと、更に被告人乙山が深堀の背広上衣の襟首をワイシャツの襟と共に把み、同人を引き寄せるようにして前に出てきて襟首を把んだまま同人を引いたり押したりしたこと、その際周りにいた者も深堀の洋服を引張りチョッキやネクタイも引張ったこと、深堀の首がそのため締まり、苦しくなった同人が「やめろ」といったこと、次いで被告人甲野は右腕で深堀の首を抱えこみヘッドロックのようにして同人の首を押え足払いもかけたこと
(八) これらの出来事の間に、「秘書課長が酒飲んでいる臭いぞ、臭いぞ」と言う者もおり、これに対し深堀課長は「飲んでいない」とか「一杯ぐらいぎり飲んでない」などと答えるなどしたが、「秘書課長、酒飲んで公務かよ」という者もいたため、その者に対し前項のように答えたこと、そうこうするうちに市職委員長の佐々木が深堀を取り囲んでいる輪の中に割って入り、深堀は市民課前のソファーのところに漸く腰を下ろしたこと以上の諸事実を認めることができる。
二(一) 所論は、島村市長から本件当日深堀課長に対して口頭のビラはがし命令が出たとは認められない、深堀は市長からの命令がないのに市長べったりの同人が自分から進んでビラはがしをやったに違いないというのである。何故なら、若し本当にその命令が出されていたとすると、命令が出た際市長室にいた矢島部長がその命令を聞いていない筈がないのに、矢島の原審証言によればこの市長の命令は聞いていないというのであるからこれこそ何よりの証拠であるとか、深堀の原審証言によると、同人は披露宴の席で矢島にビラはがしのことを言われるまでに、命令を須賀に伝えるのを忘れていたというのであるが、須賀や深堀に若し市長の命令が発せられていたとすると忘れることのあり得ない事柄であるから、この点から推しても深堀に市長命令が出されていたとは考え難いとかいうのである。なるほど、深堀が翌朝八時三〇分までにビラを撤去せよとの命令が出ている旨を本件の当夜披露宴の席上矢島から言われて思い出すまでの間に暫時これを失念していたことがあったことが証言上窺われはするが、執務の繁忙や慶事などに心を奪われたためか少しの間深堀において右の命令を忘れていたからといって異とするほどのものとはいえないのみならず、他方矢島が所論のような証言をしたことはあるけれどもこの一事をもって直ちに右の命令が深堀にまで出されていなかったことの証左とすることもできないこと、かえって、島村市長は深堀課長に対し右命令を発出した旨、深堀は該命令を受けた旨それぞれ明確に証言するところであり、この両名の証言は相互に符合しかつ関係証拠と対比しても信用するに足るものと認められること、又、須賀清光の原審証言によると同人は披露宴の席上深堀からビラはがし作業をするようにとの市長の命令を伝達されており、そしてその機会に須賀は深堀が「市長から命令が下りていますから私もやります」と述べたことを聞知していること、そうしてこの須賀に対する市長の命令伝達の指示は深堀が市長から手伝うように言われたのと同じ機会に出されていたものであったこと、又深堀は被告人ら組合員から取り囲まれ「何故ビラをはがすのか」との詰問を受けた際前判示のように市長からの職務命令であると答えているのであるが、このことは組合員の一人である梅田修の「職務命令という言葉は出なかったけれどもそれに似たようなことは出ました。市長の命令でやっているんだという趣旨のことは言っていました」との原審証言によっても大略裏付けられていること、以上の証拠と事実によれば所論のような市長の命令が原判決の認定するとおり発出されたことが優に肯認できるところである。前示所論と共に主張するビラ撤去命令は捜査の過程でねつ造されたものであるとか、当日該命令が出たとするには余りにも不自然であり偶然に過ぎるとかいう所論はいずれも確たる根拠に依らない主張であって冒頭掲記の所論ともども採用することはできない。
(二) 尚、所論は、前示の文書による市長の指示は各部課所長に対し撤去する対象となるビラを明確に各所管課所の場所に貼付されたものに限定しており、秘書課長たる深堀が所管する秘書課室内外及び廊下以外に貼付されるビラまで撤去することを命ずる趣旨ではない、というのであるが、島村市長の原審証言など関係証拠によるとその所論の理由のないこと前判示一(三)のとおりであってこの主張も採用することができない。以上の次第であるから深堀のビラはがし作業が職務権限に基づかない行為であるとか、職務権限の範囲を越えた行為であるとかいうことはできない。
(三) 次に、被告人らが階段を下りて庁舎一階付近に至った際は深堀課長はビラ撤去作業を既に完了しており、又仮りにこれが完了していないとしても深堀は該作業を続ける意思を放棄していた旨主張する所論について検討してみると、関係証拠によると、深堀は所論指摘の段階において未だ最後のビラをはがす作業を継続していたこと、また作業を継続する意思を放棄したものでないことは同人の原審証言によって認められる同人の行動に徴しても明らかであって、所論はこの点においてもはや採るを得ないものであるというに十分である。しかし仮りにビラは所論指摘の段階において全てはがし終っていたとしても未だ床上に散乱しているはがしたビラの破片を片付ける作業も深堀の職務の一環であることは自明のことであり、この作業まで終了したものでないことの明白な本件においては右所論は失当で排斥を免れない。深堀が「職務の執行中に」被告人らにおいて同人に暴行を加えたことは後記のとおり動かぬ事実といわなければならない。
(四) 進んで、所論は、深堀課長の原審証言は同人の極めて特異な性格からくる偽瞞に満ちた供述内容であって、とうてい信用することのできないものであり、現に原判決も深堀は被告人らを含む組合員との間で深刻な個人的感情的対立感をもっていて本件当日の対応の仕方にはいささか意識の過剰がみられると指摘するほどであり、このような問題を持つ深堀が本件につき真実を語ったとは考え難いというのである。しかし、深堀の原審公判廷における証言は証言それ自体に徴し、又関係証拠と対比し原判示事実に沿う限度においては十分に信用するに足るものと認められる。(省略)以上説示してきた諸点に鑑みると深堀証言は叙上のとおり原判示に沿う限度においては十分に信用するに足りるものであるといわなければならない。記録によれば、従来市職と深堀課長との間にいわゆる盗聴事件が介在したり同課長の累進について種々の取沙汰が市職の者によってなされたりしていて、両者の間にとかくの因縁、角逐があり、必ずしも協調的に推移してきてはいないことが窺知できるのであるが、本件において深堀が殊更に被告人らを陥し入れるために或いは市職に打撃を与えるために虚構のことを申し述べたり誇張して作為的に供述したと認むべき証跡は見出し難く、深堀に対する彼此の人格非難や市職に対する同人の敵意などを根拠にその証言を弾劾せんとする所論は失当で採用できないものといわなければならない。
(五) 所論は、また、被告人らにおいては新堀課長が公務としてビラを撤去する作業に従事していたとの認識はなく、公務執行妨害の事実の認識を欠いていたとして例証を挙げて原判決の認定非難をするのである。しかし深堀がビラはがし作業を継続中であり、かつ同人がビラはがし作業をする意思を放棄したものでない点は既述のとおりであるが、このことは、本件に至る直接の経緯、被告人らと深堀との接触時点における深堀の被告人らに対する対処の仕方、発言によって被告人らにとっても当時明らかであったということができるのである。又、関係証拠によれば、本件時深堀が前示披露宴の席上若干飲んだビールの臭いをさせていたこと、本件ビラはがしが通常の勤務時間終了後三時間を超えて経過した時点におけるうす暗い場所での作業であったこと、深堀がビラをはがしていた場所は秘書課の本来の所管外の場所であったこと、深堀と共にビラはがし作業に従事していた須賀は披露宴に出席した際の礼服のままの姿であったことはいずれも所論指摘のとおりであるが、前記認定の諸事実に徴し深堀のビラはがし作業が市職に対する個人的ないやがらせでやっていたものでないことが明らかで、所論指摘の事実をもって被告人らにおいて深堀の所為が公務として行っていたとの認識を欠く事情があったとすることはできないし、被告人らが右の認識を欠いていたとすることもできない。所論は採用できない。
控訴趣意第四(訴訟手続の法令違背の論旨)について
所論は、被告人丙川の検察官に対する供述調書は、同被告人が懲戒免職を憂慮しており、かつ当時肉体的精神的悪条件下にあったのを利用し検察官が同被告人に対し理詰めの尋問をしたり心理強制を加え或いは偽罔して同被告人から供述を得た結果作成されたものであるから任意性を欠くのに原判決がこれを罪証に供したのは訴訟手続の法令違背があるというのである。しかしながら、原判決が任意性に疑いはないとしてこれに証拠能力を認めこれを被告人らに対する有罪認定の資料に供したことには所論のような違法はない。(省略)以上の徴表事実を総合すれば検察官は被告人丙川に対しその身心の状況につけ込み心理的強制を加えるなどして供述を強いて自白を求めたことはなく、同被告人も検察官に迎合することなく取調べに応じ、その意思に反した供述をしたとは認められないところであって、所論調書の任意性は疑う余地のないものと認めることができる。原判決が同被告人の所論調書の任意性そして信用性を肯認して原判示の認定にこれを供したことは相当であり、所論は失当で排斥を免れない。論旨は理由がない。
控訴趣意第五(違憲、事実誤認、法令適用の誤りをいう論旨)について
所論は、要するに、原判決が本件に刑法九五条一項を適用し被告人らを断罪したことは公務員を合理的理由がなく不当に保護するという差別的取扱をなしたものであるから、原判決は憲法一四条に違反したとのそしりは免れない、というのである。
しかしながら、そもそも刑法九五条一項の規定は公務員を特別に保護する趣旨の規定ではなく公務員によって執行される公務そのものを保護するものであるうえ、本件の具体的事実関係のもとで原判決が本条項を適用して被告人らを処断したことが本件の公務を過重に保護する差別的取扱をしたということにはならず、況んや公務員を不当に保護したということもできないから、所論違憲主張はその前提を欠いて失当であり採用できない。
尚、所論は、刑法九五条一項にいう「公務員の職務」には非権力的現業的公務は含まれないと解すべきであって、本件ビラ撤去作業は非権力的、現業的公務にあたるのに、原判決がそのような法解釈、事実認定に出なかったのは事実を誤認し法令の解釈適用を誤ったものである、というのである。しかしながら、本件ビラ撤去作業が権力的公務と認められることについては既に控訴趣意第一に対する判断の項で説示したとおりであり、所論の理由のないことは明らかである。又、所論は深堀秘書課長の本件ビラはがし行為は適法性の要件を欠くものであるから、被告人らの所為については公務執行妨害は成立しない、といい、その理由として本件ビラはがしの行為については深堀には抽象的な職務権限はもとより具体的な職務権限をも有しておらず、むしろ深堀個人が市職に対する悪感情から夜陰に紛れてしかも酒を飲んだうえ勝手にビラはがしを行ったに過ぎないからである、と主張するのである。しかし、深堀が本件ビラはがし行為について矢島部長、須賀課長を補助しこれを行うよう庁舎管理権者たる市長に命ぜられ、その権限を有していたこと、又同人が市職に対し悪感情をいだいていたが故にビラはがしを勝手に行ったものでないことは既に判示しているとおりである。確かに、深堀は所論の指摘するように勤務時間外にしかもいささか酒気を帯びてうす暗い庁舎一階においてビラはがしの行為をしたものではあるけれども、同人の行為がそのことの故に職務の執行と認め得る外形を具えていないとか職務執行の有効要件として定められている方式を履践していないとかいうことにはならないから、これらの認定判断と異る前提に立って原判決を論難する所論は失当であって排斥せざるを得ない。論旨はすべて理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用を負担させることにつき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 時國康夫)