大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(う)1219号 判決

原判決は,(一)演説会告知行為の違法性が一般的類型的に低いこと,(二)本件具体的事案においても弊害が僅かしか生じていないこと,(三)被告人に違法性の認識が欠けていたこと,(四)被告人には同種事犯についての再犯の恐れがないこと,(五)被告人は一般的な情状も良好であること,以上の理由を掲げて前記の量刑をしたものであることが明らかである。

しかし,公職選挙法138条第1項の戸別訪問の禁止は,戸別訪問が買収,利害誘導等の温床になり易く,選挙人の生活の平穏を害するほか,これが放任されれば,候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなるうえに多額の出費を余儀なくされ,投票も情実に支配され易くなるなどの弊害を防止し,もって選挙の自由と公正を確保することを目的とするものであるところ,第2項が演説会等の告知を前項に規定する禁止行為に該当するものとみなすと規定しているのは,演説会の開催等の告知が,単に選挙人に対して右の事実を知らせるというだけの域にとどまらず,これを超えて更に右演説会への参加の呼びかけ又はしょうようを伴い,その他なんらかの形で右選挙人に当該特定の候補者を強く印象づけてその候補者の投票獲得に有利な効果を生ぜしめようとするものと認められる方法・態様で行われた場合には,その実質において戸別訪問の場合とは格別の径庭があるとは考えられず,むしろ戸別訪問の形をとらずにこれと同じ効果をおさめようとする脱法的性格をもつ行為ともみられるのであって,同項は右のような脱法行為を禁止することを目的とするものであり,戸別訪問禁止が合理的規制であるとされる理由は,右のような演説会等の告知の禁止にもひとしく妥当するものと解すべきである(最高裁昭和58年11月10日第一小法廷判決・刑集37巻9号1368頁参照)。

これを本件についてみるに,関係証拠によると,被告人は前記のように,36戸という多数の有権者方を戸別に訪問したものであり,また訪問の態様も,被告人は被訪問者方玄関内あるいは敷地内に立ち入り,直接家人に対し前示のように単に演説会開催の告知をするにとどまらず,「候補者も来るので是非聴きに行って下さい」などと右演説会への参加を呼びかけたうえ,時には玄関に飾ってあった絵画や生花をほめるなどして同候補を強く印象付けた事情が認められ,そのため被訪問者の中には同候補への支援を考えるに至った者もあり,また夕食準備時に訪問を受けた被訪問者の多くは迷惑ないし不快感を抱いた点も窺われるのであって,本件演説会の告知はその実質において戸別訪問と径庭するところがないものと評すべく,また,戸別訪問とその類似行為の禁止は前記のような合理的理由に基づくものであって,民主主義の基礎である選挙の公正は,関係者がそのため定められたルールを厳正に遵守することによって確保されるものであり,その違反を軽視することはできないものと考える。以上のような諸事情に徴すると,本件所為は,悪質とはいえないまでも必ずしも軽微な違反行為と評することはできないのであって,右と異なる原判決の判示は失当であるといわなければならない。

以上,本件犯行の罪質・態様,訪問戸数,被告人の後援会における立場や生活状況等にかんがみると,被告人の刑事責任を軽々に論ずることはできず,したがって,被告人が本件当時本件行為が禁止されていることを十分に理解していなかった点が窺えないではないこと,反省の情を示していること,前科がないこと,再犯のおそれもほとんどないことなどの事情を斟酌しても,本件違反行為の法定刑が1年以下の禁錮又は10万円以下の罰金であること及び同種事案の量刑の一般的状況にもかんがみれば,被告人を罰金刑の最下限である4,000円に処したうえ,その刑の執行を猶予し,さらに公民権も停止しなかった原判決の量刑は甚だしく軽きに過ぎ,極めて不当であるといわざるを得ない。

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