東京高等裁判所 昭和59年(う)1367号 判決 1984年12月17日
本籍
静岡県浜松市鍜冶町九五番地
住所
同市舘山寺町二八五七番地
会社役員
藤野榮一
昭和七年九月九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年七月二六日静岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官佐藤勲平出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人杉山年男、同荒川昇二連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官佐藤勲平名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、原判決の量刑は、被告人に併科した罰金刑が高額に過ぎる点で重過ぎて不当である、というのである。
そこで、検討すると、本件はいわゆるカーホテルを経営していた被告人が、その営業所得を主体とする所得につき所得税を免れようと企て、右ホテルの売上の一部を公表帳簿から除外するなどの方法で所得の秘匿工作をしたうえ、昭和五五年及び同五六年の二年度につき各虚偽過少の所得税確定申告をし、右二年分で合計八八二四万八七〇〇円の所得税を免れたという事案であるところ、逋脱税額が一般の所得水準と比較し高額であるうえ、所得申告率は五五年度は六・六パーセント、五六年度は〇パーセント(欠損申告)と極めて低く、税逋脱率は前者は九九・一パーセント、後者は一〇〇パーセントと極めて高いこと、所得秘匿の手段についても、継続的かつ大規模に売上除外を行ない、その発覚防止のために売上記録の一部廃棄のほか、客用のシーツ・浴衣等のリース業者に依頼して、毎月の使用数量を表向きは過少にして代金請求をさせるなどしていて、周到かつ巧妙であるうえ、右方法は本件以前から継続的に行なわれてきたもので計画的なものであること、脱税の動機の点も、少年時貧しい境遇に育った被告人が、早く金持になり世間を見返してやろうとか、両親に早く安住の地を与える等のため、早く自分の家を持ちたかったから蓄財に熱中したというのであって、酌量の余地に乏しいこと、右のように蓄財に努めたといいながら、結果的にはカーホテルの経営拡大のための設備投資等にかなりの出費をしていて、本件二年度分の所得税の本税と延滞税は納付したものの、重加算税のほとんどと地方税と合せ約五三〇〇万円が未納のままであること等に徴すると、被告人の納税意識の稀薄さは相当顕著であって、その刑事責任は重く、懲役刑のほか相当額の罰金刑を併科されてもやむを得ないものというべきである。
そうすると、被告人が本件発覚後国税当局の調査や検察官の取調に対し全面的に協力的態度をとり、かつ昭和五四年度の所得税も含め国税当局の調査結果に沿う修正申告をしたうえ、本税・延滞税のほか重加算税の一部を納付ずみであること、本件の営業所得は被告人がその妻と共に年中無休で働きづめに働いた所産であること等、所論指摘の被告人のために酌むべき諸事情を酌斟しても、原判決が被告人を懲役一年(三年間執行猶予つき)及び罰金二五〇〇万円(税逋脱額の約二八・三パーセントにあたる)に処したのが、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。⑯第一刑事部
(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 阿部文洋)
昭和五九年(う)第一三六七号
○ 控訴趣意書
被告人 藤野榮一
右の者に対する所得税法違反被告事件について、弁護人は次のとおり控訴理由を述べる。
昭和五九年一〇月四日
右弁護人 杉山年男
同 荒川昇二
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決には量刑不当の違法があり、破棄さるべきものである。
理由
原判決は、被告人に、懲役一年、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する旨の判決を下したが、この判決部分に対しては不服はない。
しかしながら、原判決が被告人を罰金二五〇〇万円に処したことに対しては、以下に述べるような理由により量刑不当の違法があるので不服を申立てる次第である。
すなわち
1. まず、被告人は、本件発覚後、国税当局の調査結果に沿う修正申告をなしたうえ、本税・延滞税の全額および重加算税の一部を納付ずみであり(各納付書・領収証書)国家の徴税権は実現され実質的に違法状態は解消されている。
2. 次に被告人は、本件発覚直後から、国税当局や検察庁による本件犯行の捜査にきわめて協力的な態度をとったことから本件脱税事件の捜査は他の同種事案に比べて著しく容易になったものといえる。
これを1の事情を併せてみれば、被告人がいかに本件犯行に関して改俊しているかがうかがわれ、また将来全く再犯のおそれがないことも物語っている。
3. 本件犯行の手口自体は、被告人が全く経理知識を有していなかったため、かなり単純なものにすぎず、けっして悪質・巧妙な脱税手段は用いていなかったうえ(被告人の大蔵事務官及び検察官に対する各供述調書)、被告人が本件犯行を決意した動機・背景としては、自分の両親や子供のための蓄財もあったこと、社会的劣等者としての苦い体験から蓄財をめざしたこと、また脱税所得は被告人夫婦が不眠不休で働いてきたことの所産であったこと(被告人及び証人藤野欣子の公判廷おける各供述)などきわめて同情すべき事情に満ちている。
4. 被告人は、本件により、現在でも多額の重加算税(三四四五万二二〇〇円)、市県民税(二五六〇万円)、営業上の負債(約一億五〇〇〇万円)を負っており、財産的に進退きわまっており、今後、高額の罰金に処せられてもその支払はなかなか容易ではない。(市税徴収猶予承認通知書、被告人及び証人藤野欣子の公判廷における各供述)
被告人には以上述べたような事情があるのに原判決はこれを不当に軽視し、検察官の求刑どおり罰金二五〇〇万円を言渡したものであり、又、右罰金額は他の同種事案に比べても、いささか高額過ぎるものともいえ、結局、原判決は右罰金刑の部分については破棄を免れないものである。