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東京高等裁判所 昭和59年(う)1376号 判決 1985年1月23日

本籍

青森県八戸市小中野七丁目一番地の六

住居

東京都北区東十条三丁目三番一号 小田急マンション五一三号

会社役員

横田光男

昭和六年一二月八日生

本籍

東京都足立区千住中居町八〇番地

住居

埼玉県越谷市南町三丁目一八番一六号

会社役員

尾崎龍雄

昭和一〇年七月二〇日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、昭和五九年七月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官佐藤勲平出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人横田光男を懲役一年四月及び罰金七五〇〇万円に、被告人尾崎龍雄を懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円にそれぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、各金二〇万円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人中利太郎及び同小林勝男連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官佐藤勲平名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、いずれも、量刑不当の主張であって、要するに、原判決の量刑は、懲役刑につきその執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当である、というのである。

そこで所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件は、特殊公衆浴場を実質上共同で営んでいた被告人両名が右事業所得を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五五年ないし昭和五七年の三年度にわたり、各虚偽過少申告をなし、三年度を通算して被告人横田において所得税合計二億七五九八万円余、被告人尾崎において同合計九五二八万円余をほ脱したという事案であるところ、被告人両名に対する量刑の事情は、原判決が「量刑の理由」の項において説示しているとおりである。特に被告人両名は本件特殊公衆浴場の経営を開始した当初から将来他の職業に転換する資金や個人資産を蓄積する意図で脱税を企画し、営業許可を従業員名義としたうえ、事業収入である入浴料を表勘定と裏勘定に分け、経費のうち税務調査により実際の収入が推計される虞のあるクリーニング代、コーラ代、おしぼり代等の一部を裏支払いにして収入の秘匿を図り、税務署に対する事業収入の申告については、営業名義人で適当な額を申告し、他方裏勘定に回した収入は被告人横田が六割、同尾崎が四割の割合で分配していたのに、これを全く申告しなかったのであって、本件犯行の態様は計画的で巧妙なものというべきであること、動機に格別斟酌すべき事情も見出しえないこと、ほ脱額は被告人横田において特に高額であり、ほ脱率もいずれも九〇パーセントを超えていること等を考えると、本件はいずれも悪質な事案であるといわなければならない。そして被告人横田は同尾崎に本件特殊公衆浴場の営業を全面的に任せて終始経営者として表面に出ず、同尾崎から毎月営業報告を受けるとともに、その一・五倍に当たる分配金を受け取っていたこと、被告人横田は同尾崎が昭和五五年七月「ホールインワン」における売春の場所提供によって売春防止法違反罪で検挙され有罪判決を受けたことを知悉し、自らも本来共同経営者として受けるべき同様の処罰をたまたま免れたのであるから、それを機会に反省自戒すべきであったのに、同尾崎に営業権を他に譲渡したように仮装させて同様の営業状態を継続させて収入を上げながら、その秘匿を続けていたこと、被告人横田が同尾崎を本件特殊公衆浴場の経営に引き込んだものであること、被告人横田の経営における立場等を併わせ考慮すると、被告人横田の刑責は重大で同尾崎のそれに比しても重いといわなければならない。

また、被告人尾崎は、同横田に誘われて共同経営者になったものではあるが、本件特殊公衆浴場の直接の責任者として営業に専念し、本件脱税のための経理処理の方法を考案して実行し、前記のとおり売春防止法違反罪で有罪判決(懲役一年及び罰金三〇万円、三年間右懲役刑の執行猶予)を受け、厳に反省自戒すべき立場にあったのに、取締りを免れるため営業権を他に譲渡したように仮装して従前同様の営業を継続し、その結果前記執行猶予期間中に本件犯行に及んだものであること等を考えると、被告人尾崎の反規範的人格態度も顕著であって、その刑責も重いといわなければならない。

したがって、被告人両名が査察調査に対し協力し、本件対象年度分を含め五年分の所得につき修正申告をして本税を完納し、附帯税も一部納付していること、被告人両名が本件につき反省悔悟し、特殊公衆浴場の営業を止め、新たに堅実な職業に従事するに至ったこと等、所論のうち肯認しうる被告人両名に有利な諸事情並びにこの種直税法違反事件に対する最近の量刑の一般的傾向を十分考慮しても、本件が被告人両名に対し懲役刑につきその執行を猶予すべき事案であるとは認められず、被告人横田を懲役一年六月及び罰金七五〇〇万円に、被告人尾崎を懲役一年及び罰金二五〇〇万円に処した原判決の量刑は、その時点においてやむをえないものであったと考えられ、これが重過ぎて不当であるとはいえない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、原判決後、被告人横田は本件対象年度分を含む昭和五三年ないし同五七年度の修正申告に伴う所得税関係の延滞税等について、分納願に従い同五九年七月三一日から毎月八〇万円、合計して四八〇万円を納付し、更に小倉正に対する貸金請求事件で裁判上の和解が成立し、これにより右小倉から同六〇年二月以降最低限でも月額一五〇万円の分割弁済を受けることとなったので、同月からは前記延滞税等の未納付分につき毎月二三〇万円は支払えることが確実となったこと及び前記修正申告に伴う本件対象年度分の個人事業税合計一六七〇万三〇〇円を支払ったこと、また、被告人尾崎は本件対象年度分を含む同五三年ないし同五七年度の修正申告に伴う所得税関係の延滞税未納付分一二七九万七八〇〇円を完納したこと等が認められる。そうすると、現時点においては、被告人らに対し各懲役刑の執行を猶予すべき新たな情状が形成されたとはいえないまでも、原判決の量刑をそのまま維持することは明らかに正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告人らに対する各被告事件について更に判決する。

原判決の認定した被告人らに対する事実に原判決の掲げる法令(刑の変更に関する処理、刑種の併科及び併合罪の加重を含む。)を適用し、その各刑期の範囲内で被告人横田を懲役一年四月及び罰金七五〇〇万円に、被告人尾崎を懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円にそれぞれ処し、被告人らにおいて右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により各金二〇万円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留意することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 阿部文洋)

昭和五九年(う)第一三七六号

○ 控訴趣意書

所得税法違反

被告人 横田光男

外一名

右の者らに対する頭書被事件に対し、弁護人は左記のとおり控訴趣意書を提出する。

昭和五九年一〇月一五日

弁護人弁護士 中利太郎

同 小林勝男

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原審の判決は、その量刑重きに失し、不当であるから当然破棄さるべきである。

原審は、被告人横田光男に対し懲役一年六月及び罰金七五〇〇万円に、被告人尾崎龍雄に対し懲役一年及び罰金二五〇〇万円にそれぞれ処したが、以下に述べる諸般の情状を考量すると、原判決の刑の量定は、甚しく重きに失するので、原審の判決を破棄し、各被告人に対し懲役刑につき執行猶予のご判決を賜りたい。

第一、犯行の動機と態様

一、本件は、被告人両名が福岡市博多区中洲において昭和五〇年九月から特殊公衆浴場「夕霧」を、昭和五一年一一月月から同「ホールインワン」を共同経営していたが、将来の転業資金やゆとりある生活のための資産を蓄積しようと考え、脱税を企画し、被告人横田は東京に在住し、被告人尾崎が現地に常駐して右両店の営業に直接関与してほ脱の犯行に及んだ。犯行の手段方法は、被告人が自ら経営者として表面に出ないように、営業許可は従業員名義で受けたうえ、事業収入である右店舗の入浴料金を表勘定と裏勘定に分けて入れ、経費のうち税務調査により実際の売上が推計されるおそれのあるコーラ代、おしぼり代、クリーニング代等はその一部を裏支払いにして収入の秘匿を図るとともに、事業収入の申告に関しては税務署に対し営業名義人により適当な額を申告し、他方裏勘定に回った収入は、被告人尾崎において仮名預金にして保管し、毎月一回被告人横田の許に持参し、被告人両名の約定に従い、被告人横田は六分、同尾崎は四分の割合で分配されていたが、被告人両名は右分配された事業所得についてその殆んどにつき申告をせず、本件起訴にかかる三年分の所得税のほ脱額は被告人横田は合計二億七五九八万円余、被告人尾崎は合計九五二八万円余に達するのであって、本件は犯行の動機・態様の点では格別酌むべき事情がなく、厳しい社会的非難に価する所為であるとの判断をされても弁解の余地はないといえよう。

二、しかし、近時世上においては租税負担の不公平感、重圧感を訴えての種々の論議が高まっており、税率構造の面では現行の累進税率、高額所得者に対する最高限界税率の当否が問題とされている。他方我が国においては申告納税制度が未だ正しく定着していないため、申告内容の正確さについての厳しさに欠けており、殊に事業所得者の所得の把握水準の低いこと、税務当局の執行面のたちおくれ等から税の脱回避の風潮が蔓莚し、税に対する国民一般のモラルも低下しているのが現状である。先ごろの報道によれば、今夏公表された昭和五七年度分の調査結果は合計五三〇〇億円(調査件数の九五%分)という膨大な申告洩れ所得が発覚したこと並びに個人病院、産婦人科、外科という医師や貸金業、土地売買業、農産物等集荷魚といったところが常連であり上位を占めていることが指摘されている。

本件においても、被告人尾崎の供述に見られるように、被告人両名が共同経営していた各店舗の所在する中洲には、同業者が四~五〇の店舗を被告人らの店舗と同様な形態で経営し競って営業をしており、同業者は会合等で相互に情報交換を行っていたが、現地に常駐していた被告人尾崎はこれらの会合等に出席した機会で得た情報では同業者の事業所得の申告額は概ね六〇〇万円位から一〇〇〇万円程度にとどめていることを耳にしていたので、他者と権衡を失した申告をすると同業者に対し種々影響を及ぼすことも慮って、これら同業者の例にならって、適宜の申告をしていたことが認められるから周囲にはこの種ほ脱事犯が数多く潜在していることが窺知できる。

三、なお、トルコ風呂営業の現況について一言すると、トルコ風呂は蒸風呂の一種で、本来保健上の見地から好評を得て営業化したものであるが、個室による特殊な営業形態となるに及んで、一部では浴室内でトルコ嬢に特別なサービスを提供させる傾向が生じ、加えて最近ではスポーツ日刊紙、週刊紙、テレビ等までがトルコ風呂営業について異常ともみられるキャンペーンを展開するため、これに影響され、一般大衆のトルコ風呂に対する関心は売春志向として定着したかの感を呈しており、安直な売春の場と一般に観念され、これを目的とする遊客のみが出入する場所と化しつつある。しかし現状は多くの店舗は営業主がトルコ嬢をその支配下において安易に遊客と売春をさせ、その対価を管理し分配取得するという関係は全くない。一方、トルコ風呂において接客に従事するトルコ嬢といわれる婦女は、その殆んどは多年この種の経験をつんだものばかりであって、短期間に高額な収入を得るために何らのためらいもなく安易な方法として自ら自発的に売春をしているのであって、自己中心的で自己の計算で自由奔放に振まうものばかりである。被告人らはこれらの現状に寒心を抱き、トルコ嬢に対し接客の方法の改善指導、更生のための処世相談に当っていたし、自らも他業種への転業を真剣に考えていた。

第二、事件の発覚とその後の経過

一、被告人ら両名に対する東京国税局の査察調査は昭和五八年八月四日から実施された。被告人は摘発されるや直ちに前非を悔い、本来ならば事実調査に多大な時間と労力を要する性質の事犯であったが、進んで調査に協力した結果五ケ月足らずの短期間ですべての調査が完了したばかりか、ほ脱税もその全容をほぼ正確な状態で把握することができた。

また検察官に対する取調においては、国税局の調査結果に基づいてすべて自白し、本件公訴の提起を見たものであり、公判においても公訴事実の全部を認めている。

二、被告人らは国税局の調査終了(昭和五八年一二月末)をまって直ちに修正申告を行った。

1. 被告人横田に昭和五九年一月一〇日に昭和五三年分までさかのぼり、次のような申告をし、翌一一日本税についてはその全額を完納した(弁甲一~一〇)。

昭和五三年分として 二八、四二二、七〇〇円

同 五四年分として 三八、八八七、三〇〇円

同 五五年分として 六五、五六四、二〇〇円

同 五六年分として 一〇六、一四七、七〇〇円

同 五七年分として 一〇四、二七三、五〇〇円

合計 三四三、二九五、四〇〇円

また右の修正申告に伴い重加算税、延滞税として次のような課税処分がなされたが、重加算税については昭和五五~五七年分合計八二七九万五二〇〇円を昭和五九年六月三〇日に納付し(納付後の滞納金は重加算税については、昭和五三、五四年分二〇一九万二四〇〇円、延滞税については昭和五三~五八年分五四八六万二九〇〇円となる)、その余の滞納分については昭和五九年七月一〇日分納願を提出、受理され、同年七月から同六一年五月まで月額八〇万円宛割賦納付、同年六月にその余残額を一括納付することとなり、現に履行中である(弁甲一一~一三、三四、なお当審でも追加立証)が、同被告人が小倉正に対する貸金債権(弁甲二六~二九)につき昭和五九年一〇月一日東京地方裁判所において裁判上の和解が成立したので、この弁済金(八四五六万一六四五円)を右滞納金に充当できるので、早期に完納が可能の状態となった(当審で立証)。なお、右滞納金があるため、被告人自ら申立て被告人所有の福岡市所在の不動産につき、昭和五九年四月二六日、同年六月一二日差押処分を実施してもらっている(弁甲一四、一五)。

重加算税 延滞税

昭和五三年修正分 八、五二六、六〇〇円 一〇、〇二一、五〇〇円

同 五四年修正分 一一、六六五、八〇〇円 一〇、八六四、二〇〇円

同 五五年修正分 一九、六六九、二〇〇円 一三、五一九、二〇〇円

同 五六年修正分 三一、八四四、一〇〇円 一四、一六〇、〇〇〇円

同 五七年修正分 三一、二八一、九〇〇円 六、二九八、〇〇〇円

さらに、右の修正申告に伴って東京都北区長より賦課決定された昭和五四~五八年相当分の特別区民税、都民税合計七六八六万七八四〇円を昭和五九年六月三〇日完納(弁甲一六~二〇)、同じく昭和五四年~五八年相当分の個人事業税合計二七〇一万八二〇〇円を同年八月三一日完納した(当審で立証)。

そのほか昭和五八年の所得税二三七七万四八〇〇円(昭和五九年三月九日納付)、昭和五九年度特別区民税、都民税八四七万六四二〇円(同年六月三〇日納付)、個人事業税二六五万九九五〇円についても完納した(弁甲二一~二三、なお当審で追加立証)。

2. 被告人尾崎は、昭和五九年一月一三日に被告人横田と同様昭和五三年までさかのぼり次のような修正申告をし、同月一七日本税についてはその全額を完納した(弁乙一~一〇)。

昭和五三年分として 八、八一五、八〇〇円

同 五四年分として 一一、一九九、五〇〇円

同 五五年分として 二〇、二六六、八〇〇円

同 五六年分として 三七、一六〇、一〇〇円

同 五七年分として 三七、八五六、九〇〇円

合計 一一五、二九九、一〇〇円

同被告人に対しては、右修正申告に伴う重加算税及び地方税については目下のところ課税処分がなされていないが、延滞税について一七七九万七八〇〇円の課税処分がなされ(当審で立証)、これに対し現在まで五〇〇万円を納付している(弁乙一七)。その余の滞納金については課税に対処するため、同人所有の福岡市博多区博多駅南所在の分譲ビルの一室を昭和五九年七月五日二〇〇〇万円で(弁乙一八、一九)、同市博多区中洲所在の土地を同年九月三日三〇〇〇万円で売却処分しており(当審で立証)、さらに埼玉県越ケ谷市所在の自宅(土地一三四平方メートル、建物床面積合計八八・八六平方メートル)を二九八〇万円相当で売りに出している(弁乙二〇)。

なお、同被告人に対しては、昭和五九年三月八日博多税務署長より昭和五五~五七年間の事業主として源泉所得税の不納による課税処分(本税八四〇万〇〇四六円、不納付加算税および延滞税合計四二八万九〇〇〇円)がなされたが、これに対しては後藤名義で納付した右各年度の源泉所得税合計八一二万六二八〇円が還付されたので、これを本税に充当、残二七万三六六六円については同年五月二三日納付を完了した。右の不納付加算税および延滞税合計四二八万九〇〇〇円については分納誓約書を提出し、七月一日から完済まで毎月一五万円の割賦納付することが認められ現にこれを履行している(弁乙一三~一六、なお当審で追加立証)。

また、昭和五八年の所得について九九〇万五二〇〇円の申告をし、昭和五九年三月一五日その全額を完納した(弁乙一二)。また昭和五九年度の地方税については一、二期分合計九三万三三七〇円、個人事業税については一期分五五万六一〇〇円を納付している(当審で立証)。

三、このように被告人らは本件起訴にかかる不正所得(被告人横田は三億九七〇五万五五九八円、被告人尾崎は一億六六五九万六六六一円)をはるかに超える各種税金(被告人横田は五億〇五三五万八四四〇円、但し被告人尾崎には重加算税、について納付通知を受けていないので一億二九一四万九一四六円)を納付しており、昭和五八年の所得税についてもいずれも誠実に申告し、かつその納付を完了している。また本件のほ脱に関連する滞納金についても現時点でなし得るあらゆる努力を払って早期の完納を期しているので、この点の事情は量刑上十分酌量さるべきである。

四、被告人らがほ脱した金額は預金として留保することに努めていたから(転業資金の蓄積)不正取得金でぜい沢をしたり華美をむさぼったような事実は全くない。被告人らの質素な性格を如実にみることができる。

第三、被告人両名のその他の情状

被告人らはいずれも生活史、経歴が如実に示すように幾多の辛酸をなめ現在に至ったもので、このような社会的背景事情が金への執着を生み、本件のような過誤を犯す遠因となったといえる。しかし、本件の摘発(昨年八月)を契機に、トルコ営業から一切絶縁して赤裸々となり、

一、被告人横田は、昭和五九年二月一六日三協観光株式会社(資本金一五〇万円、本店の所在地東京都千代田区神田須田町一丁目二六番地)を設立し、広告代理店、宣伝企画業等を専ら営み(弁甲二四、二五)、

二、被告人尾崎は、昭和五八年一〇月一三日有限会社尾崎商会(資本金一〇〇万円、本店の所在地福岡市博多区博多駅南三丁目一五番三〇号)を設立し、給湯、給排水設備工事の施工並び修理、家庭用温水器及び健康飲料の販売業を営んでおり(弁乙二一~二五)、いずれも正業に従事し、自力による更生再起に懸命な努力を続けており、反省悔恨の情も顕著であるから、再犯の虞は全くない。

第四、原審の量刑の当否

一、原審は、

被告人横田に対し懲役一年六月、罰金七五〇〇万円

同 尾崎に対し懲役一年、罰金二五〇〇万円

に処した。

しかし、被告人らが万一右各懲役刑の執行を現実に受けることになると、被告人らは自力更生の途を奪われ、人生の再起を期している事業の運営が直ちに継続不可能に立至ることは必至であり、その結果は滞納金の納付はもとより罰金を完納することも全くできなくなり、懲役刑の執行により囹圄に呻吟せしめ、さらに加えて被告人横田においては三七五日、同尾崎においても一二五日という長期間労役場に留置されることとなるのであって、被告人らは社会に復帰しても最早再起は全く不能の状態となることは極めて明瞭であって甚だしく酷に失するものというべきである。被告人らは本件犯則行為に伴う前記の各種税金の賦課決定をうけ納付ずみ若くは納付中であり、本件に対する高額な重加算税のほか、さらに罰金等も併せて納付することによって財産的倫理的制裁が実行されたものともいい得る。

従って、むしろこの際は被告人らに対して今回に限って懲役刑につき執行猶予の恩典に浴せしめ長期間善行の保持を要請し、併せて滞納金および罰金を完納せしめる等厳しい財産的苦痛を与えることによって制裁を科するのが刑政の目的にも合致し、かつ国庫財産収入の確保にも寄与するものと考える。

二、現に脱税犯に対する刑事裁判の量刑の実際をみても、ごく最近に至るまで懲役刑については、そのすべてが執行猶予が付せられ、実刑に処せられる事案は皆無に等しかった(因みに公刑の司法統計年報により最近五年間の全国地方裁判所における第一審事件の有罪人員中直接税関係の刑期区分をみると別表のとおりである。これによると所得税法違反については昭和五四年以降懲役六月以上、同一年以上の区分に実刑判決が極めて僅かばかりみられるようになった。なお、税務訴訟資料第一二五号(租税関係刑事事件判決集四七)、一〇一〔控〕一四二七頁、同第一二六号(前同四八)、一三八〔控〕二〇〇九頁登載の各裁判結果によると、右のうち二件については控訴審において原判決が破棄され減刑または刑の執行猶予の判決がなされている)。これは脱税犯のような経済的利慾犯に対して短期自由刑を科するよりは重い罰金刑を科し、脱税者に対し厳しい財産的苦痛を与えることが刑政の目的にかない国家の徴税権保護にも資するとの見解に出てたものと思考せられ、これが刑事裁判の実務の大勢を占めていたというべきである。

従って、過去に所得税法、法人税法違反等同種の犯罪によって処罰(執行猶予付の懲役刑、重い罰金刑)された前科を有するもの、或いは起訴事犯以外にも過去所得税等の過少申告の疑いにより査察をうけ修正申告をしたことがあるなど甚だしく納税意識が欠如し、かつ再犯のおそれがある場合等を除いては従来の刑事裁判における支配的見解に従ってその科刑との均衡を考慮して処断されるのが相当である。

さすれば、原審が本件の各被告人らに対し実刑をもって処断したことは、その刑の量定が著しく不当であるというべきであるから原判決は破棄さるべきであり両被告人に対しては執行猶予のご判決を賜りたい。

以上

通常第一審事件の有罪人員-罪名別、刑期区分別-全地方裁判所

<省略>

各年度の司法統計年報による

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