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東京高等裁判所 昭和59年(う)1940号 判決 1985年12月03日

控訴人 弁護人

被告人 川村市雄

弁護人 早川晴雄 外一名

検察官 赤塚健

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人早川晴雄、同池田治連名提出の控訴趣意書、同補充書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一事実誤認の主張について

一  原判決罪となるべき事実第一の三について

所論は、要するに、原判決は、被告人が昭和五三年八月上旬ころ、平塚市役所内において、多田建設株式会社横浜支店長川村修から現金五〇〇万円を賄賂として収受したと認定しているが、その金額及び趣旨の点に事実誤認がある、即ち、(一)被告人が同人から収受した現金は三五〇万円であり、(二)また、右現金収受の趣旨は、平塚市長加藤禎吉のために、同市長の次期市長選挙のための後援会作り等政治活動資金として収受したもので、被告人の職務とはなんら関係のないもので賄賂性はなく、被告人もその認識を全く欠いていたのであるから、この点で原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

所論の(一)について

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が(主たる争点について)と題する項の第一の三において詳しく認定判示しているとおりであつて、被告人が、原判示の日時場所において、現金五〇〇万円を原判示のとおり平塚市が施工する仮称第二金目小学校校舎新築工事(以下、金目小学校工事という。)の入札指名業者選定、落札等に関する便宜供与の謝礼の趣旨で収受したものであることが優に認定できる。

特に川村修の原審公判廷における供述、田生忠志及び内田雅雄の検察官に対する各供述調書並びに押収に係る領収書・振替伝票綴一綴り(当庁昭和五九年押第六四一号の3)によると、多田建設株式会社横浜支店長川村修(以下、川村支店長という。)の指示により、同支店経理課長田生忠志が昭和五三年七月二九日同支店の裏金から現金五〇〇万円を支出し(右支出については、同人作成の振替伝票に、平塚市長加藤氏へ支店長扱として現金五〇〇万円が支出された旨の記載がなされている。)、この現金を二〇〇万円と三〇〇万円に分けてそれぞれ中封筒に入れ、更に社名入りの大封筒に入れて同支店長に渡してくれるよう依頼して同支店次長内田雅雄にその日のうちに渡し、内田次長は、同日この封筒包みを川村支店長に渡したこと、川村支店長は数日後その封筒包みを、中身を改めることなく、そのまま平塚市庁舎内助役室隣室の応接室で被告人に手渡したことが認められる。所論は、川村支店長が経理担当者から受け取つた金員をそつくりそのまま被告人に供与したとする点には合理的疑問が残るとし、同人が本件金員を被告人に供与した時期と相前後して自己の一〇〇万円の借金を第三者に返済した事実が判明したとし、あたかも同人がその一部を自己の用途に費消したかのごとく主張するが、証拠上そのような事実を窺わせるものは全くなく、所論は単なる思考上の可能性を言うに過ぎないものである。

所論の(二)について

次に本件金員授受の趣旨について敷衍するに、原判決挙示の関係各証拠によると、(イ)多田建設は、平塚市の工事受注は勿論のこと指名業者にも選定されたことがなかつたが、川村支店長は、かねてから昵懇の間柄にあつた加藤禎吉が昭和五〇年四月に同市市長に就任したことから、同市発注の建設工事の入札業者として指名を受け、工事の発注を受けることに意欲を持ち、同市長に働きかけていた。また、被告人が同年一〇月に同市の助役に就任し同市における建設工事関係等を担当する助役となつた後の同五二年三月ころ、加藤市長から被告人を紹介され、被告人に多田建設を同市の指名業者に入れることを依頼されたのをきつかけとして、足繁く同市役所を訪れ助役室や工事担当の部課等を訪問し、被告人や担当職員と面接し、同社の希望を伝えるとともに、被告人らから同市発注の工事関係の情報を得たり、入札業者の選定に加えてもらうべく働きかけてきた。同社のこのような努力が実り、昭和五二年四月には、平塚市開発公社発注の大野東中学校校舎新築工事の入札指名業者に選定され、更に昭和五三年になつてからは、同年度実施予定の教育施設関係建設工事についての情報を得、被告人や建設部建築課長山本悦千に強力に働きかけた結果、被告人等の取り計らいによつて同市港小学校及び富士見小学校の新改築工事について入札指名業者に選定され、入札指名業者としての実績を積むことができた。多田建設は金目小学校工事の落札に焦点をしぼり、被告人にその落札についての便宜取り計らいを懇請していたところ、被告人は、右工事の入札業者選考事務を担当している契約調整室参事山本登三、同主幹高橋正等がAランク上位の業者の中から一〇社を選び作成した入札指名業者選定素案に多田建設が入つていなかつたのを、同参事、主幹に対し、多田建設を入れるよう指示し、右素案を検討しなおすことを命じ、Aランク第五三位の多田建設を含む一〇社を選定し直した指名業者選考票を作成し、昭和五三年五月二六日ころ被告人が委員長となつている建設工事指名業者選考委員会第一委員会に提出し、右原案どおり可決し、加藤市長の承認を得て、入札指名業者を決定したが、川村支店長は被告人からいちはやく右指名業者名を聞き、更に、多田建設は、被告人及び山本建築課長から概算工事額が三億二〇〇〇万円前後であることの教示を受け、同月一二日の入札に臨んだが、当日、多田建設は、教示を受けた工事額に対していわゆる歩切りを考慮しないで入札したため、最終入札価格でも入札予定価格を超過する事態が生じ、落札決定ができず、このままでは入札指名業者を全て入れ替えて再度入札手続を実施しなければならないことになり、関係者に多大の迷惑を及ぼすのみならず、多田建設が指名停止処分を受ける恐れがあることから、窮地に陥り、入札手続を一時休止してもらつたうえ、山本建築課長から入札予定価格を聞き出したうえ再度入札をやりなおし、ようやく落札することができたのであるが、多田建設としては、特別の計らいで右工事の入札指名業者に選定されたうえ、入札の手違いで窮地に陥つたところを助けてもらい、無事これを落札することができたことについて、被告人や被告人の監督下にある部課職員の助力や便宜な取り計らいに感謝し、その謝礼及び今後とも同様な取り計らいを受けたい趣旨で被告人に対し、金品の供与をすることを考えていた(その一端の現れとして原判示第一の一、二の賄賂の供与が行われた。)。(ロ)前記認定のとおり被告人は、原判示日時に、平塚市役所内の助役室に隣接した応接室で川村支店長から現金五〇〇万円を受け取つているが、そのときの情況について、被告人の昭和五六年五月二〇日付検察官に対する供述調書によると、川村支店長は、「どうも大変いろいろとお世話になりました。」と挨拶し、被告人が「あの工事のほうはどうですか、工期が短かくて大変でしようが頑張つて下さい。」というような話をし、これに対して「必ず工期までには仕上げますのでよろしくお願いします。」という程度の会話があつた後、帰りがけに、「助役さん、これはほんの気持ですがお受け取り下さい。」と言つてテーブルの上に五〇〇万円の入つた茶封筒を置き、被告人のほうに差し出し、被告人が「そんなに気を使わなくてよいですよ。」と言つて押し返し、二、三回同じ様なやりとりがあつたが、結局、被告人は、「それじや、預かつておきます。」と言つて受け取り、川村支店長はそのまま応接室を退出した、この現金は金目小学校工事等について多田建設を指名に入れてやるなど多田建設のために面倒をみてやつた御礼と、今後とも平塚市発注工事につき指名に入れてもらうなど同様よろしくという趣旨のもので、被告人もそれらのことは十分わかつていた、旨供述している。また、証人川村修の原審及び当審における各供述によると、同人は、被告人に面会を求め、応接室で被告人と会い、最初「いつもお世話になつています。」と挨拶をし、被告人のほうから「どうですか、最近は。」というような質問があつたので、「なかなか大変ですが一生懸命やつています。」という程度の世間話をして、帰りがけに「これを持つて参りきましたので。」と言つて、現金五〇〇万円の入つた茶封筒をテーブルの上に置いて、急ぎ足で立ち去つた、被告人に現金を渡した趣旨は、多田建設としてはこれまで平塚市の発注する工事の入札業者にも選定されたことがなかつたのに、被告人の助力や特別の取り計らいで入札業者に指名される機会を得たうえ、金目小学校工事の受注に成功したことへの感謝の念を表わすためと、被告人から、加藤市長の次期市長選挙に備えての政治活動資金の捻出に苦労していることをかねてから聞かされていたことから、被告人に渡せば、有効に使つてもらえると考え、一石二鳥の効果を狙つて被告人に差し上げた、との趣旨の供述をしている。(ハ)右収受した五〇〇万円の使途として、被告人は、同月上旬、被告人の亡父清太郎の遺産である土地建物の相続をするため、相続権のある義母の親族に相続権の放棄料として、また、被告人の通勤費、ゴルフ場会員権購入代金、台湾旅行あるいは平塚市役所職員や同市会議員等への贈答品代のほか「市長からの手紙」等の小冊子の製作費として使用した。以上の事実を認めることができる。

なるほど、所論の指摘するとおり、加藤市長と川村支店長とは古くからの付き合いがあり、親密な間柄にあつたことや、多田建設が平塚市の入札指名業者に選定されるについても、加藤市長が被告人を川村支店長に紹介するとともに多田建設を入札業者に指名してくれるよう依頼があつたことが大きな要因になつており、多田建設としては、加藤市長に多大の恩義を感じていたこと、加藤市長が市政運営のうえで都内や議会工作等で各種の困難に遭い、腹心の助役を必要とするにいたつたため、被告人に助役就任を依頼して実現したいきさつがあり、被告人としては市政の補佐のみならず、加藤市長の次期市長選挙についての政治活動にも助力してきたこと、被告人が川村支店長に、加藤市長の政治活動資金の調達について苦心していることを漏らしていたこと、被告人は次期市長選挙に備えて加藤市長のために各種パンフレツトや年賀状等を作成し、その費用の一部を私費から支出していること、多田建設が、本件五〇〇万円を支出するさい、川村支店長からその支出を指示された内田次長や田生経理課長は、右五〇〇万円が加藤市長に渡るものと理解していたこと、が認められるが、しかしながら、本件五〇〇万円の供与が、前記認定の事実に照らせば、被告人の多田建設に対する種々の便宜供与に対する対価としてなされたものであつて、その金員は、被告人の職務と関係のない純粋な政治活動資金として授受されたものでなく、その使途は被告人の自由な用途に委ねられた趣旨のもとに供与されたものであることと矛盾するものではなく、川村支店長が、加藤市長を含めた平塚市関係者の誰に渡すかについて、結局、多田建設に対する被告人の種々の便宜供与に対する謝礼と、加藤市長の政治活動の資金として使われれば、一石二鳥の効果があると考えて被告人に供与することとしたとすることには十分合理性がある。被告人も本件金員を自己の用途に使用する反面、自己の資金を加藤市長の政治活動資金に支出している事実からしても、川村支店長の意図を了解していたというべきである。しかして、このような趣旨の下に供与された本件五〇〇万円の金員は、明らかに被告人の職務に関する賄賂であり、被告人にその認識があつたこともまた明らかである。

二  原判決罪となるべき事実第二について

所論は、要するに、(一)原判決は、被告人の職務権限として、「平塚土地開発公社が施行する市立土屋小学校校舎用地造成工事につき同市が同公社から委託を受けた入札指名業者の推薦等の業務を管掌した」旨認定したうえ、本件金員授受の趣旨は、「右工事の入札指名業者選定、落札等に関し」有利かつ便宜な取り計らいを受けたことの謝礼等であると判示しているのであるが、公社が施主となつて行う工事について、市の助役がその入札指名業者の推薦をし、更には落札に関与したりする職務権限ありとすべき法的根拠がない、(二)仮に、被告人の職務権限内の行為が間組のためになされたものと認められるとしても、本件五〇〇万円の授受は、右被告人の職務行為に対する謝礼ではなく、職務と無関係に加藤市長のための政治活動資金に充てるべく授受されたものであり、これらの点において、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を合せ検討すると、以下のとおりである。

所論の(一)について

原判決挙示の関係各証拠並びに平塚市長作成の捜査関係照会回答書、管谷学の司法警察員に対する供述調書及び証人日比成一の当審公判廷における供述によると、以下の事実を認めることができる。

(1)  被告人は、昭和五〇年一〇月一日地方自治法所定の手続を経て平塚市助役に就任し、同五四年四月二九日辞職するまでその職にあつた者であるが、その職務は、同法一六七条により市長を補佐し、職員の担当する事務を監督し、市長の職務を代理することとされており、平塚市助役定数条例の定めるところにより同市には二人の助役が任命されており、被告人の担当事務は、平塚市助役事務分担規則二条及び平塚市事務分掌に関する規則二条、三条により同市環境部、建設部、都市開発部、下水道部、契約調整室、工事検査室、福祉事務所及び市民病院に属する事務とされている。右平塚市事務分掌等に関する規則三条によると、同市発注工事の指名入札業者の選考に関する事務は同市契約調整室契約調整係に、公用地の造成工事の設計、監督、検査に関する事務は同市建設部道路建設課にそれぞれ属しており、被告人はこれらの部及び室を担当する助役であつた。

(2)  平塚市土地開発公社(以下、公社という。)は、公有地の拡大の推進に関する法律に基づき、平塚市が全額出資して昭和四九年一〇月一日設立した公法人で、公共用地、公用地等の取得、管理、処分等を行うことにより地域の秩序ある整備と平塚市民の福祉の増進に寄与することを目的とするもので、業務対象は、指定事業、自主事業及び受託事業であるが、その主なものは平塚市からの指定事業であり、同市役所内に事務所が設置されており、役員である理事及び監事は平塚市長が任命し、理事長には同市総務部長が就任し、その他の全役員も同市の部長、課長、参事等の職員が兼任している。

(3)  平塚市では、公共用地等の取得、造成等の管理等につき、その必要がありながら当該会計年度において、予算が不足しているため平塚市直営の工事として行うことができないような工事があるときは、その代替措置として、平塚市が公社に依頼してその用地の取得から造成までを実施し、完成させたうえ、次年度以降に当該用地を平塚市へ譲渡又は賃貸借する方法をとつている。ところで、公社が取得した公共用地の造成工事の実施手順は、次のとおりである。まず、平塚市長と公社理事長との間で締結された協定書に基づき、同市長から公共用地等造成依頼書を公社宛に発し、これを受理した公社は、理事会で当該事業計画を決定し、実施する。その実施については、本来かかる公用地等の造成は平塚市の固有の事務であるが、前述のような事情から、公社が代替して実施するものであることや公社の人的、物的設備がその事業を実施するに十分でないことから、公社の事務の一部を平塚市に委託するため、公社理事長が同市長宛に書面で造成事業の執行に伴なう監督、検査業務の委託を依頼し、平塚市長と公社理事間において工事の監督、検査業務を公社から同市へ委託することを内容とする業務委託契約を締結して両者間で契約書を取り交してこれを行つている。また、公社が行う工事の指名競争入札のための指名業者の選定については、公社と平塚市間での明文の事務委託契約等は取り交わされていないが、公社は、競争入札参加適格を有する業者を選定する資料やその経験を有する職員を配備していないので、これらの人的、物的設備の整つている平塚市役所の担当部課にその事務を依頼するほかはない、そこで、従来から、公社は、公社の制定する「造成工事入札業者指名選考要領」七条の規定するところにより(七条によれば「指名選考に係る入札業者等の指名推薦は別に定める指名推薦依頼票により平塚市あて依頼する。」とされている。)、公社庶務課長から平塚市における同事項の担当部課である契約調整室担当参事宛に指名推薦依頼票を交付して正式に依頼し、これを受けた同室においては、右依頼に基づいて工事担当課との意見調整を行つた後、入札指名業者の指名推薦素案を作成して、担当助役に諮つて、右素案の指名業者の変更や手直しなどをしたうえ推薦指名業者を決定し、これを指名業者選考票に記載して公社に交付し、公社においては、理事会が、その権限により、同市から推薦のあつた右指名業者選考票に基づいて指名業者を選定する(実際には、前述のような実状のため、平塚市の推薦した指名業者がそのまま選定される。)ことで処理されている。次いで、公社において入札手続を行い、落札した業者が決定すると、公社は右請負業者との間で請負契約を締結する。工事施行に関しては、前記業務委託契約に基づき、公社が平塚市に工事の監督、検査業務を書面で委託し、工事完成まで市側の担当部課において同工事施行の監督、検査を行うこととなつている。

被告人は、平塚市助役として、公社が発注施行する工事について、公社から平塚市に業務委託のあつた事務について、担当部課(指名業者推薦依頼については、契約調整室が、施行工事の監督、検査依頼については建設部が担当する。)職員を指導、監督しその事務を掌理していた。

(4)  本件についてみるに、平塚市立土屋小学校校舎移転用地造成工事(以下、土屋小学校工事という。)は、昭和五〇年ころから同校の移転工事等の計画が立案され、神奈川県住宅供給公社所有の平塚市土屋字北堀切三〇〇七番地ほかの土地のうち約二万一〇〇〇平方メートルを土屋小学校用地として平塚市が借用して昭和五三年度に用地造成工事を完了し、五四年度に校舎を完成させる予定を立てていたところ、右予定地の地下に多数の坑道があることが判明し、造成費が当初の予定より大幅に増加することが見込まれ、その結果、平塚市としては、五三年度予算の範囲内で施工する余裕がなかつたため、庁議により、公社が指定事業として神奈川県住宅供給公社から前記用地を買収したうえ、約三億四〇〇〇万円の工事費で用地造成工事を施行することを決定し、同年一一月七日付で平塚市教育委員会教育長から平塚市総務部管財課宛に土屋小学校工事に関する市有財産取得依頼書が提出され、これをうけて、同月一〇日付で、平塚市長名で公社理事長宛に、公共用地等取得依頼書及び同造成依頼書が提出され実行に移され、その造成工事については、同月一四日、公社理事長から平塚市長宛に業務委託依頼書が提出され(その内容は、公社は、組織及び職員配置の事情もあり、公社では、契約業務と工事請負代金等の支払のみとし、監督及び検査業務は平塚市に委託するとの結論をみたので、土屋小学校工事に関する監督及び検査の業務を委託したのでご承知下さい、というものである。)るとともに、公社庶務課長から契約調整室担当参事宛に指名推薦依頼票が提出された。公社から推薦依頼を受けた平塚市契約調整室では、土屋小学校が昭和五五年四月には開校する予定になつていることから早急に完成させなければならないことや、工事が難工事であつて工事価格も大きいことから、担当参事山本登三は、推薦指名業者選定について被告人に伺いをたて、被告人は右のような工事の事情を考慮し、かねてから土屋小学校工事の受注を被告人に熱心に要望していた株式会社間組を含む一〇社を業種別ランク表に基づいて選び出し、指名業者として推薦するよう指示し、同参事はこれを受けて右業者名を指名業者選考票に記載し、翌一五日同票を公社に送付し、公社は、右指名業者選考票をそのまま原案として、入札業者指名選考理事会において持ち回りにより議決し、原案どおり間組ほか九社を土屋小学校工事の入札業者に指名することが決定した。次いで、同月二〇日、公社理事長と平塚市長との間で、公社が土屋小学校工事に係る監督及び検査業務を平塚市に委託し、平塚市はその責任において平塚市の諸規定に従いこれを実施することを承諾する旨の業務委託契約が書面によつて取り交された。同年一二月一日、公社庶務課長のもとで前記指名業者による競争入札が行われ、間組が落札し、工事請負業者に決定し、同日、公社と間組横浜支店との間で土屋小学校工事の請負契約が締結され、工期を昭和五三年一二月三日から同五四年七月三一日(その後変更契約により同年八月三一日まで延期された。)までとし、請負金額三億三三〇〇万円(その後変更契約により七二五万八〇〇〇円が減額された。)で、工事が施行され、同年八月二一日完成した。右工事施行の監督及び検査は、前記の公社と平塚市との業務委託契約により、平塚市建設部道路建設課が担当し、技術吏員菅谷学が現場監督員に任命され、工事施行監督、材料検査を担当し、中間検査及び竣工検査は、同市工事検査室工事検査担当主幹長塚庄吉が公社職員の立場で実施した。

以上の事実が認定できる。これによると、公社と平塚市とは別人格であり、公社が施主として施行する本件土屋小学校工事に関する事務は、本来、平塚市の職員である被告人の職務に属さないものである。しかしながら、公社が指定事業として実施する土屋小学校工事は、もともと平塚市が同市立土屋小学校校舎移転用地の造成工事として施行するものであつたが、昭和五三年度予算で実施できなくなつた関係上、平塚市の公用地取得、造成依頼に基づき、本件土地を公社において先行取得させて造成工事を施行させるもので、その業務内容は、公務性を有し、平塚市固有の業務と実質においては何等かわらないものであるから、右業務を公社の委託を受けて実施することは、地方公共団体の目的にも合致するものである。従つて、かかる指定事業について、平塚市が公社から委託を受けて実施する業務ないし事務は、平塚市自体の業務ないし事務に属することとなる。ところで、平塚土地開発公社業務方法書によれば「公社は定款第五条に規定する業務の一部を他に委託することができる」と定めている(定款第五条の業務とは公用地の拡大の推進に関する法律一七条一項及び二項の各号に掲げる業務をいう。)が、平塚市側には、公社の業務の受託に関する明文の規定等を置いていない。しかしながら、前記認定のとおり、公社の役、職員の配置等に照らせば、公社の人的、物的設備のみでその業務を達成するに足るものではなく、平塚市は、公社の業務の一部を引き受けることを当然の前提としているとみるのが相当である。しかして、本件土屋小学校工事に係る監督及び検査業務については、公社と平塚市との間に前記のとおり業務委託契約が締結され、この点については明示の委託がなされているのであつて、これが平塚市の業務として、平塚市事務分掌等に関する規則によりその該当部課の職務に属することとなるというべきである。問題は、本件の公社庶務課長の平塚市契約調整室担当参事宛指名推薦依頼票による指名業者推薦依頼及びこれに対する同市の公社に対する指名業者選考票による指名業者の推薦事務の性質である。右事務の委託については、明文の規定や前述のような業務委託契約はないが、(イ)公社側は、公社制定の造成工事入札業者指名選考要領に、「指名推薦依頼票」によつてこれを平塚市宛依頼することを定めており、従来から実施されていること、(ロ)一方、平塚市においては、右推薦依頼に対し「指名業者選考票」によつて推薦業者名を記載し、公社に交付し、この票は、公社の指名業者選考原案及び選考結果の記載に用いられ両者の共用となつていること、(ハ)公社の造成工事実施手順等に照らすと、工事の監督、検査業務は長期間にわたり、かつ、それぞれの事業によつて業務の内容が異なることから、事業ごとに業務委託契約を締結する必要があるのに反し、指名業者の推薦は、事務内容も比較的画一であり、定型化しているため事業ごとに事務委託契約を結ぶまでもないことから、公社と平塚市との間での事務委託に関する黙示の承認に基づき平塚市の担当部課が指名業者推薦の事務を取り扱うことが既に制度として確立しているものというべきである。公社の依頼に基づく指名業者推薦事務は、平塚市の事務であつて、同市事務分掌等に関する規則により、契約調整室がその職務を担当することとなる。しかして、これらの事務執行の効果は、公社に帰属するが、前述のごとく公社における行為としても公務性をもち(公有地の拡大の推進に関する法律一六条五項により、土地開発公社の役員及び職員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなしている。)、単なる私的行為と異なる。

してみると、公社から事務ないし業務の委託を受けて行つた指名業者選定に関する指名業者の推薦事務は平塚市契約調整室の職務に属し、被告人は、同市の建設関係担当助役として、右職員を指導、監督し、事務を掌理する職務にあつたのであるから、本件指名業者推薦事務に関し被告人に職務権限があつたことは明らかである。

なお、原判決は、本件土屋小学校工事の落札に関しても被告人の職務行為と判示しているのは、所論指摘のとおりであり、しかも、既に認定したとおり、入札の執行については、公社が自ら実施しており、その事務を平塚市に委託した事実はないのであるから、被告人は、右入札ないし落札に関する職務権限はなく、また、これに関与した事実もない。してみると、原判決が、本件土屋小学校工事の落札に関し被告人に職務権限があつたとする点については、原判決に事実の誤認があるといわなければならない。しかしながら、この点を除いても、原判決のとおり収賄罪が成立するのであるから、右の事実誤認は、判決に影響を及ぼすものではない。

所論(二)について

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が(主たる争点について)と題する項の第二において詳しく認定判示しているところは真に正当であつて、原判示罪となるべき事実第二について、被告人が収受した現金五〇〇万円は、被告人の前記職務行為に対する謝礼としてのものであることを優に認めることができる。所論の指摘するとおり、間組から本件金員を受領した当時、市長選挙をひかえ、後援会活動が活発に行われていたことや、被告人が、加藤市長支援のための印刷物の製作費等後援活動に多額の出費を要したことは認められるが、この点を考慮しても、原判決の説示するとおり、本件現金の収受は、被告人の職務に関し賄賂として供与され、その使途は被告人に委ねられているもので、職務に関係のない、純粋の政治活動資金として交付されたものでないことは、明らかである。

三  以上に検討したとおりであつて、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認は認められない。論旨はいずれも理由がない。

第二量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は著しく重きに失し不当である、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を合せ検討すると、以下のとおりである。

本件は、被告人が、神奈川県平塚市助役に就任中の昭和五三年六月から同年八月までの間に、前後三回に亘り、多田建設株式会社横浜支店長川村修から、平塚市の施工する仮称第二金目小学校校舎新築工事についての自己の職務に関し、背広一着(価格三〇万円)、被告人自宅の室内内装工事(工事代金等一三二万円)及び現金五〇〇万円を、また、同年一一月株式会社間組横浜支店長坂本薫らから、平塚市土地開発公社が施工する市立土屋小学校校舎移転用地造成工事について同公社が同市に委託した入札指名業者選定についての自己の職務に関し現金五〇〇万円を、それぞれ収受して収賄したという事案であり、本件で考慮すべき量刑事情については、原判決が(量刑の理由)の項で詳しく認定判示しているとおりであり、収賄した利益の高においても、また犯行の手段、方法においても、極めて悪質といわなければならず、市政の清廉、公正に対する信頼を著しく損ねた被告人の責任は、厳しく問われるも止むを得ないのであつて、被告人の助役職去就のいきさつ、その業績、被告人の経歴、家庭の事情、しよく罪としての寄付行為その他被告人の受けた社会的制裁等記録に現れた被告人に有利な情状を十分考慮しても(なお、所論は、本件が私利私欲に基づくものではなく、加藤市長の懇請により同人の政治活動のため私財をもなげうつて献身的に支援をした結果が本件金員の収受となつたもので、同人にも過半の責任があることを有利な情状として考慮するよう主張するが、もとより、公務と政治活動とを混同するものであつて、同情すべき動機原因とも解されず、要するに責任を他に転嫁するに等しいものである。)、前述の被告人の刑事責任の重さに鑑みれば、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑が不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石丸俊彦 裁判官 新矢悦二 裁判官 髙木貞一)

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