東京高等裁判所 昭和59年(う)214号 1986年5月30日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○、同○○連名作成名義の控訴趣意書(その一)(編略)、同(その二)(編略)、弁護人○○作成名義の控訴趣意補充書(編略)にそれぞれ記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事伊藤正利作成名義の答弁書(編略)に記載されたとおりであるから、これらをここに引用する。
控訴趣意に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
第一 控訴趣意第一(不法公訴受理の違法等の主張)について
一 所論の要旨
所論は、要するに、本件公訴提起にいたる手続において後記1ないし4で指摘する違法があるから、公訴を棄却すべきであるのに、そうせずに事件の実体に入つて判決をした原判決には不法に公訴を受理した違法がある、あるいは、後記3で指摘する違法があるから免訴すべきであるのに免訴せずに有罪判決をした原判決には、判決に影響を及ぼすべきことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
所論の指摘する公訴棄却事由あるいは免訴事由は、次のとおりである。
1 逆送、再送致、再逆送の各手続における違法
本件各公訴事実と同一の事実を非行事実として検察官から送致された被告人に対する窃盗保護事件につき、東京家庭裁判所は昭和57年7月29日東京地方検察庁検察官に送致する旨の決定(以下、本件逆送決定という。)をし、検察官は、右非行事実中原判示第一、一の事実に相当する事実を除いた事実につき、同年8月7日再び東京家庭裁判所に送致し(以下、本件再送致という。)、東京家庭裁判所は、同年9月16日右事件を再び東京地方検察庁検察官に送致する旨の決定(以下、本件再逆送決定という。)をした。
(一) 逆送決定の違法
本件逆送決定は原判示第一の各事実に相当する非行事実の存在についての疑いを指摘し、その解明を対審手続による刑事裁判に求めるという理由で本件公訴事実全部に相当する非行事実を包括してなされたものであるが、右のような理由で逆送することは少年法20条の解釈上認める余地はなく、本件逆送決定は全体として少年法20条に違反している。
(二) 再送致の違法
原判示第一、一の事実に相当する事実を除くその余の事実についてなされた本件再送致は少年法45条5号但書の「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する」ことを理由とするごとくであるが、その実質的な理由は、原判示第一、一の事実に相当する事実についてのアリバイ等の申立に対する裏付け捜査が未了であつて公訴を提起するに足りる嫌疑が再送致時点では不十分であるとし、これについて処分を保留するというものであるところ、このような理由で再送致することは前記但書によつて許されるものではなく、本件再送致は違法である。
(三) 再逆送決定の違法
本件再逆送決定は違法である。すなわち、(1)再逆送できる場合ではなかつた、というのは、(ア)右(二)のとおり本件再送致は違法であつたのであり、少年法45条5号但書に違反した手続の違法性は重大であつて本件再送致は無効であるから、手続違反として審判不開始にするべきであつた、(イ)仮に違法な再送致も有効であるとしても、本件のようにその実質が嫌疑の点で起訴不相当として再送致をうけた事件については家庭裁判所は検察官の判断を尊重する義務があり、家庭裁判所かぎりで終了させるべきであつた、(ウ)なお、仮に、本件再送致が嫌疑の問題ではなく、少年法45条5号但書の「送致後の情況」によつてなされたところ家庭裁判所が送致後の情況の変化はないと判断した場合であつたとしても、本件のように再逆送によつて手続の遅延が著しく少年に悪影響を及ぼす場合には再逆送することはできなかつた。(2)再逆送決定手続に重大な違法があつた、というのは、本件再逆送決定は、前記本件逆送決定と対比し、非行事実の嫌疑の点につき少年(被告人)に不利益な方向で異なる積極的認定をし、刑事処分相当の理由も異つた判断をしているのに、調査もせず、審判を開いて否認している少年(被告人)、附添人の意見を聴くこともなく、捜査官が一方的に収集した書証の書面審理のみによつて、なされたものであつて、その手続は憲法31条、少年法20条により許されない違法なものである。
本件公訴は、右本件再逆送決定に基づいて提起されたものであるが、右決定には右(三)記載の違法があるのみならず、右決定は右(一)、(二)記載の各違法を承継しているのであるから、本件公訴提起は無効であつて、これを刑訴法338条により棄却すべきである。
2 全件送致主義違反の違法
原判示第一の各事実を含む約30件の連続ひつたくり事件全部につき、東京地方検察庁検察官は自白と被害届に基づく嫌疑を有したのに、そのうちの一部である19件のみを東京家庭裁判所に送致し、東京家庭裁判所は昭和57年1月28日右送致にかかる19件について非行事実なしとして不処分決定をしたのであつて、検察官の右処理は全件送致主義に違反するものであり、全体送致主義が家庭裁判所による早期発見、早期治療をはかるものであつて少年法の根幹をなし、全件送致主義の貫徹が捜査機関の恣意、いきすぎ等から少年の権利を保障する意味を有し、仮に検察官が本件において全件送致主義を貫いて本件公訴事実第一の各事実を含む約30件全部を送致していたら、全部について家庭裁判所において不処分決定がなされていたはずであつて、全件送致主義違反が被告人から不処分決定をうける利益をうばつたのであり、捜査官は右のとおり全件送致主義に違反しておきながら、未送致事件があるのを奇貨として本件捜査を再開し公訴提起となつたものであつて、このように捜査手続の違法が少年法の根幹にふれる重大なものであり、この違法手続と公訴提起が密接不可分の場合には、公訴提起は違法無効とすべきであつて、原判示第一の各事実について公訴を棄却すべきである。
3 一事不再理、二重の危険の違法
不処分決定に対しても一事不再理の効力を認めるべきであるところ、原判示第一の各事実は右2記載の不処分決定を受けた事件と一連の連続事件(単一的な犯意に基づき単一包括的な事件)であり、事件が非行事実と要保護性から成り立つ少年事件においては本件のように一連の連続事件にも事件の同一性を認めるべきであること、次に、原判示第一の各事実は右2記載の不処分決定を受けた事件の審判においてその記録上明白でその審判において要保護性判断の資料となつていたはずであり、要保護性を判断するうえで資料となつた未送致事件も実質的には審判の対象となつたというべきであること、また、右2記載のとおり原判示第一の各事実が全件送致主義に違反せずに送致されていたら同じく不処分になつていたはずであることからして、原判示第一の各事実の公訴提起は右不処分決定の一事不再理効に抵触し、さらに、逮捕勾留から右不処分決定にいたる経緯とその後の原判示第一の各事実についての捜査、専らそのための別件勾留、本件公訴提起とは二重の危険を被告人に負わせるものであるから、原判示第一の各事実について公訴を棄却すべきであつた、あるいは、免訴すべきであつた。
4 捜査手続のその他の違法
本件公訴提起は、Aを別件の虞犯を理由として観護措置で拘束して得た自白に基づいており、また、捜査官が、被告人を取り調べる際に暴力を振い、弁護人との接見を妨害した捜査の違法を引き継いでいるのであるから、本件公訴提起は無効であつて、公訴を棄却すべきであつた。
二 判断
記録を調査して検討すると、原判決には本件公訴提起にいたる手続において公訴を棄却すべき事由があるのに不法に公訴を受理した違法あるいは免訴すべき事由があるのに免訴をせずに有罪判決をした違法があるとは認められない。以下、所論の指摘する点について説明をする。
1 所論1について
(一) 本件の逆送、再送致、再逆送の経過
関係証拠によると、以下の事実が認められる。
(1) 逆送決定及びその理由
東京地方検察庁検察官から送致された被告人に対する本件各公訴事実と同一の事実を非行事実とする窃盗保護事件について、東京家庭裁判所は、昭和57年7月29日東京地方検察庁検察官に送致する旨の決定をした(本件逆送決定)。
本件逆送決定の理由の要旨は、「少年(被告人)は、本件事実のうち、第一の各事実(原判示第一の各事実)について、一貫して頑強にその犯行を否認しているが、共犯者Aが具体的かつ詳細に供述しており、その供述を裏付ける証拠も存在しており、その事実は一応認められる。しかし、これら各証拠も附添人提出の証拠と対比すると、なお解明すべき疑点が生じており、特に証拠上重要視すべき被害品の一部とされているものが、はたして被害者のものと一致するかどうかについては疑わしいものがあり、審理の経緯に徴すると、これらは対審手続による刑事裁判によつて事案の真相を明らかにして罪責の有無を明確にすることが相当である。その他本件は窃盗ではあるが、一部は夜間自動二輪車を使用しての、ひつたくりという事案であつて、しかも保護観察中の犯行であることなどの罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認める。」というものである。
(2) 再送致及びその理由
東京地方検察庁検察官は、右非行事実中原判示第一、一の事実に相当する事実を除いたその余の事実について、同年8月7日これを再び東京家庭裁判所に送致した(本件再送致)。
本件再送致の理由の要旨は、「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する。すなわち、第一、一の事実(原判示第一、一の事実)については被疑者(被告人)から審判の過程で新たにアリバイ等の申立てがなされており、これについて関係人の取調べ等の裏付け捜査が未了であるため現段階で訴追することは相当でないと思料するところ、右事実は、被疑者の検察官送致となつた犯罪事実中、情状のうえで中心となるべき非行の一部であり、その余の被疑事実をもつて刑事処分に付するのは必ずしも相当ではなく、被疑者については少年院送致処分に付するのを相当と認め、本件を東京家庭裁判所に送致する。」というものである。
(3) 再逆送決定及びその理由
東京家庭裁判所は、同年9月16日、右事件を再び東京地方検察庁検察官に送致する旨の決定をした(本件再逆送決定)。
本件再逆送決定の理由の要旨は、「本件バイク盗(原判示第二の事実)について、少年(被告人)は、当初頑強にこれを否認し、捜査官に対して極めて挑戦的な態度を持していたもので、その後自供にいたつてはいるものの、共犯者(C)の供述との間にかなりのくいちがいがあつて、自らの刑責を減じようとする意図がうかがえる。また、本件部品盗(原判示第三の事実)は、本件バイク盗での共犯者が当該事件で身柄を拘束されるや、その間にその者のバイクを大胆にも白昼工具を用いて解体しチエーン等を盗取したものであるところ、少年は検察官に対して借りたに過ぎないと供述しているものである。これらの両件はいずれも情状悪質であつて、少年の年齢、前歴、資質に照らし、刑事処分によつてその責任を明らかにするべきものと思料する。また、本件ひつたくり(原判示第一、二、及び三の事実)については、共犯者Aの具体的且つ詳細な供述調書があり、同調書の信用性は十分に高い。附添人らから指摘されている種々の疑問点も、同調書の信用性を揺るがすに足りないものと思料する。その後の補充捜査によつて、同調書に基づき焼却炉から発見された物品がひつたくりの被害者の物であること等も裏付けられた以上、少年に対する嫌疑は十分で、これも公訴を提起するに足りるものであると思料する。しかるに、少年は、ひつたくりを頑強に否認し、終始徹底して争う姿勢を貫いているものであつて、情状は極めて悪質である。夜間単独通行中の女性を狙つてのバイクによるひつたくりという罪質に照らし、これについても刑事裁判手続によつて少年の責任を明らかにし、バイク盗、部品盗と共に刑事処分に付するのが相当である。」というものである。
(二) 逆送決定、再送致、再逆送決定の有効性
本件逆送決定、再送致及び再逆送決定は、いずれも、検察官送致決定をする権限あるいは家庭裁判所への送致をする権限を有する機関が、自らが送致を受けた事件についてなした処分であつて、その内容、形式、経過等に照らして検討しても、それぞれの処分を無効とするような瑕疵があるものとは認められない。
すなわち、家庭裁判所は、犯罪事実について蓋然的心証を有し、かつ、罪質及び情状に照らして刑事処分が相当であると認めるときは、少年法20条によつて事件を検察官に送致することができるものであると解すべきであるところ、記録に徴し、東京家庭裁判所裁判官は本件逆送にかかる各犯罪事実について蓋然的心証を優に得ており、かつ、その罪質及び情状に照らして刑事処分が相当であると認めていたことが明らかであるから、本件逆送決定は適法、有効であるというべきである。
次に、検察官は、本来、家庭裁判所から少年法20条により逆送されたすべての犯罪事実について、公訴を維持するのに十分な証拠があるかどうかを検討し、必要な場合には補充捜査を尽して公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があるかどうかの結論を出したうえで事件について起訴、不起訴あるいは再送致の措置をとるべきものであると解すべきであるが、検察官の捜査に時間の制約のあることを考慮に入れると、検察官が許された時間内の捜査によつて逆送された事件中のある事実についていまだ公訴を提起し維持するに足りる程度の証拠がそなわつているとはいえないと判断した場合には、少年法45条5号但書の規定を設けた趣旨に照らすと、検察官は同号本文の起訴強制を受けるものではなく、当該事実について捜査を続行するために手元に留保するとともに、その余の公訴を維持するに足りる程度の証拠がそなわつていると判断した事実を直ちに起訴することなく、これらの事実のみで刑事処分を相当とするか否かについての家庭裁判所の判断を受けるために少年法45条5号但書、42条によつてこれを家庭裁判所に再送致することができるというべきであるところ、記録に徴し、東京地方検察庁検察官は本件逆送を受けた事実中原判示第一、一の事実に相当する事実について直ちに公訴を提起してもこれを維持するに足りる犯罪の嫌疑がないと判断してこれについての処分を留保し、その結果その余の事実は送致(逆送)後の情況により訴追を相当でないと思料するとして、これを少年法45条5号但書、42条により東京家庭裁判所に再送致したものであることが明らかであり、検察官の右措置は、少年法45条5号但書のうちの「送致後の情況により訴追を相当でないと思料するとき」にあたるとした点の当否については議論の余地があるとしても、前記説示のとおり再送致ができる場合に再送致をしたものである以上、無効であるということはできず、事件(検察官が手元に留保した事実は除く。)を家庭裁判所に移転する効力を有するものであるというべきである。
また、家庭裁判所は、検察官から少年法45条5号但書中の「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する」として再送致された場合においても、少年に対する処分として適正なものは何であるかの点の判断において検察官に対して優越する地位を保つているのであるから、検察官のこの点についての判断には拘束されるものではなく、ただ、自らのとるべき措置を検討するにあたつては検察官の意見を考慮に入れ、更に身柄拘束の長期化、手続の遅延など少年に与える不利益についても配慮するべきことは当然であるが、そのうえでなお事件の罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは少年法20条によりこれを再度検察官に送致することができ、この場合必ずしも審判手続を経ることは要しないと解すべきものであるところ、記録に徴し、東京家庭裁判所は、再送致された事件について、少年(被告人)の身柄を釈放したうえ、検察官の少年院送致を相当とするという意見及び手続の長期化など少年に与える不利益を考慮してもやはり刑事処分を相当とするとの判断に達し、少年法20条によつて東京地方検察庁検察官に再逆送したものであることが明らかであるから、本件再逆送決定は適法、有効であるというべきである。
したがつて、検察官が、本件逆送決定に基づいてした原判示第一、一の事実についての公訴提起並びに本件再逆送決定に基づいてした原判示第一、二及び三、第二、第三の事実についての公訴提起は、いずれも、家庭裁判所が少年法20条によつてした検察官への送致決定に基づいていないという理由で公訴提起の手続がその規定に違反したため無効である、ということはできない。所論は採用することができない。
2 所論2について
(一) 不処分及び捜査の経過
関係証拠によると、以下の事実が認められる。
昭和56年10月から12月までに東京都練馬区を中心として板橋区、中野区、新宿区等でオートバイを使用して女性を狙うひつたくり事件が連続して発生した。警視庁石神井警察署(以下、石神井署という。)は、専属班を設けて捜査する過程で、被告人に対する疑いを深め、同年12月25日被告人を同月19日に発生した窃盗の嫌疑で逮捕した。被告人は、合計25件から30件位のひつたくりを単独で又は共犯者と共にした旨を自白した。石神井署は、被告人が自白した事件のうち、自白の内容が具体的であつて、かつ、裏付け証拠のあるもの19件(その中には、原判示第一、一の事実と同じ日に発生した2件の事実が含まれている。)を東京地方検察庁検察官に送致し、被告人の記憶が明確でなくて自白の内容が具体的ではないものの送致を留保した。同庁検察官は、昭和57年1月14日、右19件の事件を東京家庭裁判所に送致し、同家庭裁判所は、同月28日、審判の結果、被告人の自白が信用できず、右各事実は被告人の犯行であるとは認められないとして不処分にした。
石神井署は、右19件を検察官に送致した後も、一連のひつたくり事件についての捜査を継続し、特に被告人が共犯者であると自白している「D」が何者であるかを特定し、同人から被告人の自白の裏付けを得ようとしていたところ、後記第四、四、2,(一)(A証言のいきさつ)において説明するとおり、昭和57年1月中旬に神奈川県警察伊勢佐木署から情報及びAの写真を入手し、同月21日被告人からその写真の少年が「D」である旨の供述を得て、Aの所在発見に努めたが、これは被告人が不処分決定を受けた後も同様であつた(その後の捜査は、被告人については、不処分となつたもの以外についてなされたものであると認められるのであつて、不処分になつた事件について再度被告人の保護処分あるいは刑事処分を求めるために捜査していたものであるとは認められない。)。石神井署係官は、同年3月20日、東京都新宿区内でAを発見、保護し、その後同人から、同人が被告人と共同して原判示第一の各事実及び被告人が不処分となつている原判示第一、一の事実と同じ日に発生した2件の事実を犯した旨の具体的な供述を得た。石神井署捜査官は、同年6月14日、原判示第二の事実につき、被告人を逮捕し、同月17日勾留のうえ、これと原判示第一の各事実及び同第三の事実とを併せて、東京地方検察庁検察官に送致し、同庁検察官は、同年7月5日、右各事件を東京家庭裁判所に送致した。
その後、公訴提起に至る経過は、前記1で説明したとおりである。
(二) 検討
右の経過において、所論にかんがみ、証拠を精査しても、東京地方検察庁検察官が昭和57年1月14日ひつたくり窃盗19件を東京家庭裁判所に送致した段階で原判示第一の各事実を送致するのに十分な嫌疑を有していた事実は認められないのであり、そうである以上、一連のひつたくり窃盗約30件全部を送致しなかつた検察官の措置が全件送致主義に違反する違法なものであつたということはできない。
したがつて、検察官の措置に全件送致主義違反の違法があることを前提として、石神井署の捜査官が、その後Aを発見し、その具体的な供述を得、更にその裏付け捜査をし、その結果原判示第一の各事実について被告人の嫌疑が十分になり、これを東京地方検察庁検察官に、同庁検察官がこれを東京家庭裁判所に送致した手続には、全件送致主義に違反して未送致事件があることを奇貨として捜査を再開した違法があり、本件捜査に基づく原判示第一の各事実についての本件公訴提起が無効であつて公訴を棄却すべきであるという所論は、前提を欠き採用することができない。
3 所論3について
所論のうち、いわゆる一事不再理効抵触をいう点は、少年法23条による不処分決定にいわゆる一時不再理の効力を認めるべきであることを前提としているところ、その前提をとることのできないことは最高裁判所昭和40年4月28日大法廷判決・刑集19巻3号240頁の趣旨に徴して明らかであるから、所論はすでにこの点において前提を欠くというべきである。
なお、所論が不処分決定にいわゆる一事不再理の効力が認められることを前提としたうえで一事不再理効抵触をいう論拠としている事由について検討しても、その存在が認められないことは以下に示すとおりである。
被告人が昭和56年12月25日に同月19日発生したひつたくり窃盗の事実で逮捕され、昭和57年1月28日に東京家庭裁判所においてひつたくり窃盗19件の事実について不処分決定を受け、その後もひつたくり窃盗について捜査が継続され、原判示第一の各事実について本件公訴提起がなされるまでの経過は、前記2(一)に示したとおりである。
関係証拠によれば、原判示第一の各事実と被告人が昭和57年1月28日東京家庭裁判所で不処分決定を受けたひつたくり窃盗19件の各事実は、それぞれ法律上全く別罪であつて処断上も一罪の関係にないことが明らかであるから、刑事手続はもとより少年審判手続においても、原判示第一の各事実と不処分決定を受けた各事実が事件の同一性を有するという余地はない。次に、右2記載の不処分決定は非行事実なしを理由とするものであつて、その不処分決定において原判示第一の各事実が要保護性の資料となつたことはないことが明らかであるから、原判示第一の各事実が実質的にその審判の対象となつたという余地はない。また、検察官が昭和57年1月14日ひつたくり窃盗19件を家庭裁判所に送致する際に原判示第一の各事実を含むひつたくり窃盗約10件を同時に送致しなかつたことが全件送致主義に違反するものではないことは前記2(二)において説明したとおりであるから、原判示第一の各事実が全件送致主義に違反せずに送致されていたら同じく不処分になつていたはずであるということはできない。
さらに、所論のうち、その余の点は、二重の危険の負担をいうが、記録を精査しても、右19件の各事実と原判示第一の各事実が事件の同一性を有しないのに右19件の事実についての逮捕、勾留から不処分決定にいたる経緯とその後になされた原判示第一の各事実についての捜査から本件公訴提起にいたる経緯とが被告人に二重の危険を負わせるものであるとすべき特段の事由があるとは認められない(なお、記録を検討しても、原判示第二の事実についての逮捕、勾留がもつぱら原判示第一の各事実の捜査のためになされたとの事実は認めることはできない。)。
結局、所論は、採用することができない。
4 所論4について
所論にかんがみ、記録を精査しても、Aを虞犯事件について観護措置で拘束している間にその自白を得たことを違法とする事由、捜査官が被告人を取り調べる際に暴力を振つた事実、捜査官がたびたび違法に弁護人の被告人との接見を妨害した事実があるとは認められない。
所論は採用することができない。
以上のとおりであるから、本件公訴提起が無効であつて原判決には違法に公訴を受理した違法があるとは認められず、また、原判決に免訴事由があるのに有罪判決をした違法があるとも認められない。
結局、論旨はいずれも理由がない。
(以下省略)