東京高等裁判所 昭和59年(う)438号 判決 1984年6月28日
被告人 長谷部勝男
昭一二・一〇・五生 大工
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人山田有宏、同丸山俊子が連名で差し出した控訴趣意書並びに被告人が差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官山田一夫が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意中、事実誤認、法令適用の誤りの主張について
一 弁護人及び被告人の各所論は、要するに、原判決は、原判示第二の改造けん銃二丁が銃砲刀剣類所持等取締法所定の「けん銃」にあたるとして、これを所持した被告人の行為は同法三一条の二第一号、三条一項に該当するとしたが、右の各銃器はいずれも「けん銃等及び猟銃」以外の銃砲であり、これを所持した被告人の行為については同法三一条の四第一号の罪が成立するにとどまるから、原判決は事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、原審記録及び証拠物を精査して、所論の当否を検討するに、なるほど、「けん銃」とされている本件各銃器の外観は、いずれも比較的小型で、扁平な箱形をしており(その一つは、たて約五〇・〇ミリメートル、よこ約四四・八ミリメートル、厚さ約一一・三ミリメートルであり、他もほぼ同程度の大きさである。)、通常のけん銃に比べかなり特異な形態を有するばかりでなく、撃発機構にきわめて類似する構造の装置や引き金に相当する押ボタンはあるが、銃身・銃腔を欠いているのであるから、右銃器の本体のみによつて弾丸発射機能を有するものと認め難いことは、所論指摘のとおりである。しかしながら、関係証拠によれば、右各銃器に適合する実包は、いずれも金属性円筒形の薬きようの中に、金属性弾丸一個と発射火薬とを詰めたうえ、これにゴム様の蓋をし、他方の端に金属性雷管を取り付けたもの(いわゆる装弾)であつて(各銃器に対応し、外径約八・〇ミリメートルと約九・〇ミリメートルの二種類があり、その長さは一定していないが、約三〇・〇ないし六五・二ミリメートルである。)、これを右銃器の本体に設けられた実包の外径に適合する穴に捜入し(穴の底部に接するまで差し込むと、雷管部分が、押ボタンを押した際撃針によつて強打される位置になる。)、穴の内面に設けられたラツチを操作してこれを本体に密着固定すると、その薬きよう部分が銃器の部品としての銃身・銃腔の機能をも持つようになり、本体部分も銃把を兼ね、通常のけん銃に類似する形態が具備されると同時に、弾丸発射の可能ないわゆる実包の装てん状態が形成される仕組みになつていることが認められる。そして、本件銃器二丁及びこれに適合するそれぞれの実包一三発と四発とは、後に判示するとおり、被告人の事務所六畳間に一括して保管され、いつでも容易に銃器に実包を装てんしうる状況にあつたことも証拠上明らかである。ところで、原判決挙示の鑑定書によると、このようにして組み立てられた各銃器は、金属性弾丸を発射する機能を有すると同時に、武器として人を殺傷することのできる十分な威力を有することが認められ、しかも、肩付をせず、片手で保持して照準、発射できるというけん銃固有の特性を有することも明らかである。構造自体甚だ簡単で精密さに欠けており、弾丸も小型で、かつ、銃身に相当する部分が短く、銃腔にはらせん条溝もなく、照準器もないことなどのため、通常のけん銃に比し命中精度が劣ることは否定できないとしても、これをもつてけん銃であることが否定されるいわれはない。所論は、右鑑定書はその鑑定方法が相当でないから、これによつて本件各銃器の人畜殺傷能力を肯定することはできない旨主張するけれども、原審証人大町茂の供述に徴しても明らかなように、本件鑑定に際し、射距離を一〇又は三〇センチメートルとして試射したのは、本件各銃器の命中精度を考慮したためであつて、発射された弾丸の飛翔距離が短く、所論のいう人の手が届かない距離にある目的物に到達できないことによるものではない。試射にかかる弾丸がかなりの距離を飛翔し、しかも人畜殺傷の威力を十分保持していることは、標的の杉柾目板に対する弾丸の貫通又は浸徹状況によつて十分確認することができる。所論は、鑑定方法を正解せずに、これを非難するものというほかない。
以上のとおり、本件各銃器の本体部分には固有の銃身・銃腔がなく、構造上それのみでは弾丸発射機能を欠いてはいるが、これに適合する部品の銃身・銃腔ともなるべき本件各実包が、通常の方法によつて装てんされる都度組み立てが完了し、弾丸発射が可能なけん銃としての構造と機能とが創出される仕組みになつているのであるから、各右銃器の本体部分と各実包とを一括所持した被告人の本件所為は、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号所定のけん銃の所持にあたると解するのが相当である。(なお、本件各けん銃は、銃砲以外の物と誤認させるように変装((本体部分と同一の形状をしたベルトの締金具に格納されるようになつている。))させる意図のもとに作出されたもので((同法三条一項三号参照))真正けん銃の範ちゆうに属させるべきものであるから、原判決が「改造けん銃」と摘示したのは適切とは思われない。)
二 被告人の所論は、本件各銃器はいずれも武田武夫から預つたもので、もらつたものでも、買つたものでもないと主張するが、銃砲刀銃類所持等取締法三条一項にいう「所持」とは、けん銃を自己の支配し得べき状態に置くことをもつて足りるから、たとえ本件各銃器が他人から預つたもので、被告人の所有に属しないとしても、なんら被告人が所持したという認定の妨げとはならない。関係証拠によれば、本件各銃器は、原判示の被告人方事務所に対する捜索がなされた際、右事務所六畳間内の応接ソフアー上の手提袋の中に、実包九発とともに財布内に収納されていたものと、同六畳間内の応接ソフアー横に、チリ紙に包んだ実包四発及びベルトに隠匿された実包四発とともに、チリ紙に包んで置いてあつたものが発見され、各実包とともに押収されたものである(なお、その際被告人は、本件けん銃と実包の不法所持により現行犯逮捕された。)ことが認められるから、被告人が本件各銃器を所持したものであることは明らかである。原判決に所論の事実誤認、法令適用の誤りはなく、論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意中、量刑不当の主張について
所論は、原判決の量刑不当を主張するものであつて、犯情に照らし、刑を軽減するのが相当である、というのである。
そこで、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、所論の当否を検討するに、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、被告人が、法定の除外事由がないのに、長谷部事務所において、覚せい剤約〇・三三五グラム並びにけん銃二丁、実包一七発を所持したというものであつて、その犯罪事実自体、まことに危険度の高い悪質な事犯というほかはなく、しかも、被告人は、原判決の累犯前科欄記載のとおり、兇器準備集合、殺人未遂、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反、恐喝未遂の各罪により懲役六年に処せられて服役した後、更に覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年二月に処せられて服役し、昭和五八年四月二二日右刑の執行を受け終わつたものであるのに、出所後約五か月で本件犯行に及んだものであつて、覚せい剤に対する親和性やその犯罪的性癖は甚だ根深いものであることが窺われる。これらの諸事情にかんがみると、その刑責は重大であつて、到底これを軽視することは許されない。してみると、所論の訴える被告人に有利な情状を十分考慮に入れてみても、被告人に対する原判決の量刑は、まことにやむをえないところであつて、これが重きに失して不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 寺澤榮 片岡聰 小圷眞史)
本件けん銃の本体及び実砲の外観<省略>