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東京高等裁判所 昭和59年(う)670号 判決 1984年9月25日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊藤章、同東由明が連名で差し出した控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官山田一夫が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は要するに、原判決には訴訟手続の法令違反、ひいては事実誤認があり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかしながら、原審が弁護人側の証人尋問の請求に対してなした採否の決定について、裁量の範囲を超えた違法な点は認められない。また、原判決が事実認定の証拠として挙示する被告人の司法警察員(昭和五六年八月一二日付、同月一四日付)及び検察官(同月一九日付)に対する各供述調書中の供述並びに証人A子の原審公判廷における供述は、それらの各内容に徴しても、また、他の関係諸証拠と対比してみても、原判示事実に沿う限度において十分にこれらを信用することができる。そして、右の各証拠のほか、原判決の挙示する諸証拠を総合すれば、財産上の損害に関する摘示中後に不適切と指摘する部分を除き、所論が誤認と指摘する諸点を含めて、原判示罪となるべき事実を肯認することができる。ことに、被告人としては、原判示A子から、同判示土地を担保に融資を受けることについて相談を受けた際、五〇〇万円を限度として融資を受けるよう同判示B子より委託された旨を告げられていたのであるから、委託の趣旨に反することを認識しながら同人と通謀のうえ原判示犯行に及んだことは、右の諸証拠に照らして明白である。右認定に反する被告人の原審公判廷における供述は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。そしてさらに、所論指摘の諸点に対する判断を附加すると、それは次のとおりである。

一  原判決挙示の諸証拠によれば、本件発生当時原判示E合名会社の代表者は、Cであったが、同人は未だ大学生であったことから、同会社所有の財産の実質的な管理については全く関与せず、それは同人の実母であり、同会社の社員であった同判示B子にすべて委ねられていたこと、Cは、右会社が原判示土地を被告人の義兄であるDに対して三〇〇〇万円で売り渡し、期限までに三五〇〇万円で買戻しができる旨の買戻し条件付売買契約を締結するに際して、右会社の代表者として売買契約書など必要書類に署名したが、同人は、その各書類の内容がさきにE合名会社の財産管理を委ねられている母B子から叔母であるA子に対して、さきに委託した趣旨に沿うものと信じていたため、その趣旨に反することに気づかないままこれに署名し、同人や被告人もCの右の信頼に乗じてこれらの書類に署名させたことが認められる。したがって、Cが売買契約書など必要書類に署名しているからといって、そのことをもって、被告人とA子がした原判示融資の斡旋行為が、本人であるE合名会社がB子を通じてした委託の趣旨に反しないものであるということはできない。それゆえ、原判決のこの点に関する判示に所論のような誤認があるということはできない。

二  原判決挙示の諸証拠を総合すれば、被告人とA子がDに対して原判示土地を担保に供して融資を受けるに際しては、あらかじめ委託の趣旨に反して五〇〇万円の限度額を超える三〇〇〇万円の融資を受けたうえ、その差額分のうち一部をA子が取得し、さらに残部中の一〇〇〇万円については、被告人の依頼に基づいてA子が被告人の知人であるFに対して融資する資金や被告人に対する融資斡旋の謝礼などに充てることを相談し、これに基づいて原判示のとおりDとの間に右土地につき買戻し条件付売買契約を締結したこと、そして現に、右の事前の通謀に基づいて、右の差額分のうちその大半をA子が自己の債務の返済資金などに充てるため取得し、その残りの一〇七五万円を同人からFに対する融資金や被告人に対する融資斡旋の謝礼に充てる趣旨のもとに被告人に交付したことが認められる。してみれば、被告人がA子と共謀のうえ、両名の利益を図る目的をもって原判示犯行に及んだものであることは明らかである。それゆえ、原判決のこの点に関する認定に所論のいうような誤認はない。

三  なるほど、原判示買戻し条件付売買契約の期限が到来した場合、Dに対して買戻し代金債務を負うのは、その契約当事者であるE合名会社であって、被告人ではないけれども、A子としては、さきの委託任務に違背した後といえども、なお依然として、前記の委託任務に基づいて右会社のために原判示土地を買戻してこれを保全し、もって同会社に対し財産上の損害を蒙らせないようにすべき任務を負っていたのであるし、被告人も前記のとおりA子と通謀して右会社と被告人の義兄であるDとの間の右買戻し条件付売買契約を斡旋成立せしめた経過にかんがみれば、右買戻し代金がその期限までに支払われないという事態の処理に被告人自身困惑していたであろうことは容易に推測されるところである。それゆえ、この点に関する原判示事実になんら不自然、不合理な点はなく、また、原判決挙示の諸証拠に照らしても間然するところは認められない。そして、原判決の拳示する諸証拠によれば、被告人は、Dに働きかけて同人の所有名義となった原判示土地を同判示G工業株式会社に転売させ、その売得金の一部をもってE合名会社のDに対する債務三五〇〇万円を支払うとともに、その残額をA子と分配取得しようと企て、同人と通謀のうえ、Dに働きかけて同人をして右土地を一旦A子に三五〇〇万円で売却し、さらに同人から右G工業株式会社に売却するという形式のもとに、実質的にはDから被告人の探してきた買主である右会社に転売させ、その売得金のうちから、被告人が八〇〇万円を、A子が七〇〇万円をそれぞれ自己の用途に費消する目的で分配し、取得するに至ったことが認められる。してみると、被告人らの右の行為は被告人ら自身の利益を図る目的のもとになされたものであるばかりでなく、A子としては、たとえ買戻し期限が経過した後といえども、E合名会社がDから原判示土地を買い戻すまでは、B子からの前記委託に基づいて、同会社のためにその買戻しと矛盾する処分をDにさせるべく同人に働きかけたりはしない、という消極的な協力義務を負っていたものといわなければならない。それにもかかわらず、被告人がA子と通謀のうえ、Dに働きかけて同人をして右土地を一旦A子に売却させ、さらにこれをG工業株式会社に転売した行為(実質的には直接同会社に転売させた行為)は、A子が負う右の委託任務に反するものというほかはない。そして右行為の結果、E合名会社としては、たとえ買戻し期限が経過した後といえども、現にDに対して三五〇〇万円を支払うことで事実上買戻し可能であった価格七〇〇〇万円相当の右土地につき、買戻しできる余地を失ったのであるから、その点において同会社に財産上の損害を生ぜしめたものということができる。それゆえ、A子の右行為が背任行為にあたることは明白である。そして、被告人も、前記のとおりA子と通謀のうえこれに関与した以上、背任罪の刑責を問われるのは当然のことといわなければならない。なお、この点について原判決は、DからG工業株式会社に対する右土地の転売行為がE合名会社の計算においてなされた旨を説示しているが、それは、所論指摘のとおりDの計算において売却されたものであるから、この点につき事実を誤認しているというべきである。しかしながら、被告人がA子と通謀のうえDに働きかけて右の土地を転売させた行為が、A子のE合名会社に対する前記の委託任務に反することは、さきに判示したとおりであるから、右の誤認はいまだ判決に影響がないということができる。また、原判決は、被告人らが右土地をDからG工業株式会社に対し転売させた行為によってE合名会社に生ぜしめた財産上の損害につき、それが原判示土地の「所有権の喪失」の点にある旨を判示しているが、E合名会社としては、買戻し期限の経過によってすでに右土地の所有権を喪失しているのであるから、さらに右の転売行為によって重ねてその所有権を喪失するいわれはないはずである。したがって、正確に言えば、さきに判示したとおり右の転売行為によって、事実上買戻し可能であった価格七〇〇〇万円相当の右土地を、買戻し不可能ならしめた点に財産上の損害の発生があるというべきである。しかしながら、それも結局財産上の損害発生の点に関する指示方法が適切を欠くにとどまるもので、右の内容を摘示した趣旨であることは、判文全体から容易に理解できるから、右の判文の不適切はもとより原判決破棄の理由とはならない。

以上の次第で、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反や事実の誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 片岡聰 小圷眞史)

<以下省略>

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