東京高等裁判所 昭和59年(う)802号 判決
所論,まず,被告人は,特定された金銭を保管していたわけではないから,「他人の物」を占有していたとはいえないと主張する。しかしながら,原判示の静岡銀行ささがせ支店町田昌彦名義の普通預金口座に振込入金された260万円は,原判示のとおり,被告人が生沼芳久から取立を依頼された約束手形11通のうち,昭和58年8月1日に満期の約束手形が決済されて,その手形金が被告人の管理にかかる普通預金口座に振込入金されたものと認められるが,手形債権の取立を委託された者が取り立てた金銭は,直ちに委託者たる手形債権者の所有に帰属するものと解されるし,決済された手形金が,受託者の管理にかかる銀行の預金口座に振込入金された場合には,受託者において,右預金中手形金相当の金額を,委託者のため預り保管しているものと認めるのが相当であるから,前記町田昌彦名義の預金口座に振込入金された260万円のうち,生沼との約定に基づき被告人が報酬として取得した60万円を除く200万円は,被告人が生沼のため保管する「他人の物」であるということができる。(大審院大正元年10月8日判決・18輯1231頁,同大正8年9月13日判決・25輯977頁,同大正9年3月12日判決・26輯165頁参照)。これと同趣旨を判示した原判決の認定判断は正当である。
次に,所論は,被告人には処分行為がない旨主張するが,原判決の挙示する静岡銀行ささがせ支店長山田庄三作成の捜査関係事項照会回答書3通によれば前記のとおり町田昌彦名義の普通預金口座に振込入金された260万円のうち210万円(被告人が生沼のため預り保管中の200万円を含む)は,昭和58年8月2日被告人が普通預金払戻請求書を作成提出することにより払い戻されて,同日,被告人の経営する株式会社伸東産業の静岡銀行ささがせ支店に対する借受金債務の返済に充てられたことが認められる。してみると,被告人は,自己の用途に供する目的で,ほしいままに預り保管中の他人の預金の払い戻しを受け,着服したものであって,これが横領行為にあたることは明らかである。