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東京高等裁判所 昭和59年(く)236号 決定 1984年9月27日

主文

原決定のうち保釈保証金に関する部分を取り消す。

保釈保証金一二〇万円を没取する。

弁護人の本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人寺崎昭義及び検察官が提出した各抗告申立書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の論旨は、要するに、刑訴法九六条一項一号にあたるとして被告人の保釈を取り消した原決定は違法、不当であり、取り消されるべきである、というのであり、検察官の論旨は、原決定が保釈保証金一二〇万円中六〇万円のみの没取にとどめたのは誤りで、全額没取すべきである、というのである。

そこで検討すると、一件記録によれば、被告人は昭和五八年一二月五日道路交通法違反罪により逮捕され、同月六日から勾留され、同月二四日同罪により原審裁判所に公訴提起され、同月二六日同裁判所は保証金額を金一二〇万円と定めて被告人の保釈を許可し、被告人は釈放されたことが認められるところ、その以後の公判審理の経過、被告人の行動等について原決定が理由中で詳細に説示するところは正当として是認することができる。これによれば、原決定が刑訴法九六条一項一号にあたるとして被告人の保釈を取り消したのは相当であるが、原決定後に判明した事情も含め、本件諸般の事情を考慮すると、特段の事情も見当らないのに原決定が保釈保証金額一二〇万円中六〇万円のみの没取にとどめたのは相当でなく、その全額の没取をなすべきものである。

したがつて弁護人の抗告は理由がないから、これを棄却すべきであるが、検察官の抗告は理由があるので、刑訴法四二六条一、二項により、主文のとおり決定する。

(鬼塚賢太郎 阿蘇成人 中野保昭)

《参考① 原決定》

〔主文〕

水戸地方裁判所が昭和五八年一二月二六日なした被告人の保釈を許可するとの決定を取り消す。

保証金一二〇万円のうち、六〇万円を没取する。

〔理由〕

一 被告人は、昭和五八年一二月五日道路交通法違反罪により水戸警察署で逮捕され、同月六日から勾留されていたが、同月二六日水戸地方裁判所により保釈許可決定を受け、釈放されたものであるところ、その後の経過については、一件記録及び当裁判所の事実調査の結果によると、次のとおりである。

1 被告人は、第一回公判期日である昭和五九年二月一六日午後三時に出頭せず、弁護人から、被告人が病気で入院したため出頭できないので期日を変更されたいとの申請があつたため、当裁判所は、検察官の意見を聴いたうえ、期日を同年三月二九日午後四時と変更した。その際、弁護人に診断書の提出を求めたところ、同年三月二二日、千葉県松戸市の新八柱台病院院長医師川口英昭作成の同月一〇日付診断書が提出され、右診断書によれば、被告人は、同年二月一六日嘔吐、食欲不振、腹水(+)のため「肝硬変」の疑いで緊急入院したものの、三日後の同月一九日には退院したことが認められた。

2 ところで、被告人は、これより先の昭和五八年六月二日千葉地方裁判所松戸支部で道路交通法違反(速度違反)罪により懲役二月に処せられ、控訴、上告したが、いずれも棄却され、右判決は昭和五九年二月一四日確定したため、被告人が前記退院後の同月二八日全身倦怠感、食欲不振を主訴として千葉県柏市の柏厚生病院に入院し、検査の結果、医師磯野紀夫作成の同年三月一日付診断書によれば、「慢性肝炎、高脂血症」と診断され、「今後、安静加療を要するものと認む」とされたものの、同日右刑の執行を受け、第二回公判期日である同年三月二九日には、その服役中で被告人が出頭したので、当裁判所は、審理を行い、検察官申請の証拠調べをすべて終了し、弁護人の希望を聴き、次回に情状証人の取調べをすることとし、次回期日を右刑の執行終了後となる予定の同年五月一〇日午後三時三〇分と指定した。

3 なお、被告人は、同年三月一日から同年四月三〇日まで千葉刑務所で服役し、服役中も、「慢性肝炎、肝硬変」等を訴え、三月三日から同月二一日と四月六日から同月三〇日ころまで投薬を受けていたが、四月六日から同月一八日までの間、電気部品組立の作業についた。

4 ところが、被告人は、同年五月一〇日午後三時三〇分の第三回公判期日にも出頭せず、弁護人から、被告人が再び入院し出頭できないので、変更されたいとの申請があつたので、当裁判所は、検察官の意見を聴いたうえ、次回期日を同年六月二九日午前一〇時三〇分と変更し、弁護人に診断書の提出を求めたところ、その後、千葉県流山市の流山中央病院医師国吉昇作成の同年五月一六日付診断書が提出され、同診断書によれば、「慢性肝炎、肝硬変、食道静脈瘤の疑いで五月七日入院。精査加療中で、今後三か月間を要する見込みである。」とのことであつたが、被告人は、同年五月一八日勝手に退院してしまつた。

5 その後、弁護人から、被告人が同年六月二二日再度入院し点滴加療中であるから、六月二九日の第四回公判期日を予め変更されたいとの申し出があつたが、当裁判所は、右期日は変更しない旨及びこれまで事後に提出された診断書とは異なり刑訴規則一八三条三項の方式を具備した診断書を提出するよう連絡したところ、右期日に、弁護人から、一応右方式に違反しない前記流山中央病院医師国吉昇作成の同年六月二七日付診断書(病名は肝硬変、食道静脈瘤、高脂血症)が提出されたが、これまでの経過からみて、その内容が疑わしいと認められたので、期日は追つて指定することとし、医師国吉昇を証人として尋問することを決定し、同年七月二五日前記流山中央病院において、その尋問を行つた。

二 医師国吉昇の証言によると、次の諸点を看取することができる。

1 まず、被告人の肝機能検査を行つたところ、第一回入院(昭和五九年五月七日から同月一八日まで)の際には、GOTが42.5、GPTが四八ということで正常の三〇とか三二、三よりも高く、第二回入院(同年六月二二日から同年七月三日まで)の際にも、当初のGOTが五五、GPTが四八、γ―GTPが八四で、その一週間後のGOTが五一、GPTが四八、γ―GTP86.7でいずれも正常の範囲よりも高いことからみて、肝機能障害はあるが、肝硬変までいつているかどうかについては、最終的には、肝臓の中に針を刺し一部組織を取つてきて顕微鏡で見るという肝生検でないと診断はつかないものの、臨床的な経過からみて肝硬変はないと診断されること。右の肝機能障害と裁判所の審理を受けることとの関係については、審理を受けることによつて肝機能が多少悪くなるということはあり得るが、前記の肝機能検査の数字からみて、その障害の程度はひどい状態ではないので、審理に差し支えはないと診断されること。

2 その他の病名の「食道静脈瘤」(同年五月一六日付診断書では「食道静脈瘤の疑い」)は、カメラでは写らないので、否定され、「高脂血症」は、血中のコレステロールとか中性脂肪が高くなる状態をいうもので、入院の必要のあるものではなく、病名としては余り意味がないこと。

3 被告人の第一回入院の際、国吉医師は被告人の様子を診て、三か月位の安静加療が必要だと考え、同年五月一六日付診断書で「今後三か月間を要する見込みである。」と診断したところ、被告人は、前記のように、その二日後に勝手に退院し、その後、被告人の妻が薬をもらいに来院していたが、同年六月二二日再び入院し、右退院から既に約一か月経過していたので、同月二三日付診断書では、先の診断と筋を通す必要から、「約二か月の加療を要する見込」としたまでであること。その後、同年七月三日には、被告人は、再び勝手に退院し、その後は、薬ももらいに来ていないこと。

三 以上のとおりであるから、被告人が昭和五九年六月二九日の第四回公判期日に出頭しなかつたのは、刑訴法九六条一項一号にいう「被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき」に該たるので、被告人の前記保釈を取り消すこととし、同法九六条二項を適用して保証金一二〇万円のうち、六〇万円を没取することとする。

よつて、主文のとおり決定する。

《参考② 検察官抗告理由》

第一 申立ての趣旨

右の保釈保証金の没取決定は、判断を誤つたものであるから右裁判を取消した上右保釈保証金全額(一二〇万円)の没取を求める。

第二 理由

別紙のとおり

東京高等裁判所 殿

別紙

〔理由〕

被告人は、正当な理由もなく第一回公判期日(昭和五九年二月一六日)、第三回公判期日(昭和五九年五月一〇日)及び第四回公判期日(昭和五九年六月二九日)に出頭せず、かつ現在逃亡中のものであつて、次に述べる事由からみてもその保釈保証金は全額没取されるべきであり、これを減額する理由は全くないものと思料する。

即ち、保釈保証金は、保釈の必要的条件(刑事訴訟法第九三条第一項)であり、もし被告人が正当な理由なく出頭しないときや逃亡したとき等の場合には、保釈保証金の没取という財産的苦痛、心理的圧力によつて被告人の出頭等を確保しようという制度であり、このことから保証金額は被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない(同法第九三条第二項)と規定されているものと解される。

したがつて被告人が逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき、あるいは被告人が裁判所の定めた条件に違反したとき等の事由で保釈を取消す場合は格別、被告人が正当な理由がなく出頭しないときや逃亡したときという事由で保釈を取消す場合は、保釈保証金は原則として全額没取されるべきであり、そうでなければ、刑事訴訟法第九三条第二項によつて保証金額が、被告人の出頭を確保するに足りる相当な金額という見地から決定される趣旨が無意味なものになり、特段の事情がないにもかかわらず、被告人が正当な事由がなく出頭しないときや逃亡したときにも一部しか保証金を没取されないのであれば、出頭を保証するため納付させた保釈保証金が被告人の出頭を確保する機能を果たし得ないものとなり、保釈制度自体を危くするおそれすらある。

被告人は、二四歳のころ広域暴力団住吉連合会に入りその後同会構成員として活動し、昭和五五年一一月から千葉県流山市を縄張りとし、組員約六〇名を率いる住吉連合会流山一家初代総長の地位についているもので、累犯前科一犯ほか懲役前科五犯、罰金前科七犯を有するものであるが、本件は免許取消処分を受けた被告人が免許屋と称され、本件以前にも運転免許証を不正取得しては売却し、度度実刑に処せられている中村嘉郎と共謀の上いわゆる替え玉を使つて不正に免許証を取得したという誠に悪質な事犯であり、しかも被告人は右不正に免許証を取得するや新たに自動車を購入して乗りまわしていたもので、昭和五七年一〇月一五日速度違反で検挙された際には、右不正取得に係る免許証を提示して無免許運転の処罰を免れているものである。しかるに被告人は、本件保釈後、第一回公判期日である昭和五九年二月一六日に病気で入院したという理由で出頭せず、その際被告人は公判期日当日の同月一六日に「肝硬変」の疑いで入院しているものの三日後の同月一九日には退院しており、第二回公判期日である同年三月二九日には、道路交通法違反(速度違反)により懲役二月に処せられた刑を服役中であつたため出頭したものの、弁護人が出頭の確保を約束し強い希望により、右刑の執行終了後に指定された第三回公判期日である昭和五九年五月一〇日にも前同様出頭せず、その際も被告人は右公判期日の直前の同月七日に入院してはいるが同月一八日には勝手に退院しており、更に第四回公判期日である昭和五九年六月二九日にも前同様出頭せず、その際も病状は審理を受けても差し支えはない状態にもかかわらず同月二二日に入院し公判期日直後の同年七月三日には勝手に退院したというもので、被告人が、昭和五九年六月二九日の第四回公判期日に、召喚を受け正当な理由がなく出頭しなかつたことは明らかであり、被告人の不出頭は保釈制度の円滑な運営を根幹から揺るがす悪質かつ卑劣な行為といわざるを得ない。

以上のとおり、本件保釈の取消については、取消の事由並びにその背景事情を考慮すれば、保証金は全額没取されるべきであり、これを減額する理由は全くないものといわざるをえない。

なお、別紙報告書のとおり、本件保釈取消決定に基づき検察官の指揮を受けた司法警察員が収監のため被告人方に赴くも、被告人を発見することができず、被告人の家族も被告人の所在はわからない旨申し立てている状態にあつて、被告人は、すでに逃亡しているものと認められる。

《参考③ 弁護人の抗告申立書》

〔申立の趣旨〕

第一、一、被告人に対し、水戸地方裁判所裁判官小野田禮宏が昭和五九年九月一二日になした「水戸地方裁判所が昭和五八年一二月二六日になした被告人の保釈を許可するとの決定を取り消す 保証金一二〇万円のうち、六〇万円を没取する。」との決定を取消すとの裁判を求める。

〔申立の理由〕

一、被告人は、昭和五八年一二月五日道路交通法違反罪にて水戸警察署に逮捕され、同月六日より勾留されていたものであるが同月二六日、水戸地方裁判所において保釈許可決定を受けて釈放された。

二、水戸地方裁判所裁判官小野田禮宏は、昭和五九年九月一二日「被告人が昭和五九年六月二九日の第四回公判期日に出頭しなかつたのは、刑訴法九六条一項一号にいう『被告人が召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき』に該るとして、被告人の右保釈を取り消し、保釈金一二〇万円のうち、六〇万円を没取する」旨の決定をなした。

第二、しかしながら右裁判は以下の理由により違法かつ不当である。

一、被告人が昭和五九年六月二九日の第四回公判期日に出頭しなかつたのは正当な理由が存したものであり、何ら刑訴法九六条一項一号に該当する事由が存しないものである。しかるに原裁判所は右判断を誤つた違法が存し、かつ不当なものであるから取り消しを免れないものである。

二、被告人が右公判期日に出頭できなかつたのは、

「肝硬変、食道静脈瘤、高脂血症」の病名にて「全身倦怠感、食欲不振、全身ソウヨウ感」の症状があり、「全身倦怠感、食欲不振が強く、点滴加療中のため昭和五九年六月二九日の公判期日に出頭するのは無理」なためであつた。(昭和五九年六月二七日医師国吉昇作成の診断書参照)

被告人を診療した流山中央病院の医師国吉昇は右のように診断したのである。

三、ところで、原裁判所は医師国吉昇を取調べた結果「審理を受けることによつて肝機能が多少悪くなるということはあり得るが、〜その障害の程度はひどい状態ではないので、審理に差し支えないと診断される」と認定している。

しかしながら、右認定は、被告人が右公判期日当時、点滴加療中であつたことを看過するなど、その認定は誤つている。

国吉医師が仮に被告人の病状について「審理を受けることによつて肝機能が多少悪くなるということはあり得るが、〜その障害の程度はひどい状態でない」との趣旨の供述をしたとしても、それは、直ちに生命に危険を及ぼすほどの障害とはなり得ないとの趣旨であつて、被告人の病状が悪化することがあることは前記診断書においても診断しているのである。

しかも同被告人は当時点滴加療を要する状況にあつたものであつて、少くとも六月二九日の公判期日に出頭することは不可能であつた。

しかるに原裁判所は国吉医師の供述を曲解し、また他の医師の鑑定を受けることなく安易に前記のごとき認定をなしたもので、原裁判所の認定は不当であつて、被告人の前記公判期日の不出頭には正当な理由が存し、被告人には刑訴法九六条一項一号に該当する事由はない。

四、原裁判所は六月二九日の第四回公判期日において弁護人の提出した前記診断書を適式なものと認めて受理し、同公判期日の被告人の不出頭を許可し、期日は追つて指定としたのである。

その後、原裁判所は七月下旬頃、国吉医師の取調をなしたが、次回期日については何ら指定することなく、九月一二日に至つて突如本件保釈取消決定をなしたのである。

仮に原裁判所において、国吉医師の取調によつて被告人が公判期日に出頭して審理をうけることが可能と判断したのであれば、次回期日を早急に指定し、被告人を召喚して審理続行することが可能であつた。

しかるに原裁判所は前述のように次回期日を何ら指定しようとせず、また何ら被告人の弁明を聴取することなく突如として本保釈取消の決定をなしたのである。

被告人は同人経営の会社の業などに従事しており、急に保釈の取消がなされ被告人が身柄を収監されると会社経営にも多大な影響がある。

しかるに原裁判所は右の事情を全く考慮することなく、次回期日を指定して被告人を召喚するなどの手続も経ることなく本件保釈取消の決定をなしたものであつて、原裁判所の決定は不当である。

よつて原裁判所の決定は違法不当なものであるから原裁判所の決定は取り消されるべきである。

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