東京高等裁判所 昭和59年(く)254号 決定 1984年10月30日
被告人 緒方信雄
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、申立人提出の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
所論は、要するに、本件においては、被告人の公判廷への出頭は身柄引受人らの保証により十分に確保されているのであるから、被告人の住居について刑訴法九八条六号の事由は存しないのに、これが「被告人の住居が判らないとき」に当たるとし、また被告人の勾留が不当に長期に及んでいるにもかかわらず、これを認めず本件保釈請求を却下した原決定は同法八九条六号、九一条の解釈を誤まつた違法なものであるから、これを取消したうえ保釈の許可を求める、というのである。
そこで、記録を調査検討すると、本件公訴事実の要旨は、被告人が、ほか一名と共謀のうえ、郵政大臣の免許を受けず、かつ法定の除外事由がないのに、昭和五八年一〇月一二日午前一時頃栃木県小山市内の駐車場において、普通乗用自動車内に携帯無線送受信機を設置し、これに電源を接続して電波の送受信を可能な状態とし、もつて無線局を開設したというものであるところ、被告人は昭和五八年一〇月一二日軽犯罪法違反の被疑事実により現行犯逮捕され、次いで右事実と本件電波法違反の事実により勾留されたのち同年一一月一日右勾留のまま本件公訴を提起されたこと、そして、同年一二月二三日の原審第一回公判期日において被告人が前記公訴事実を全面的に否認したため、以後多数回にわたつて証拠調が行われ、ようやく昭和五九年一〇月二二日の第一三回公判期日において検察官の論告求刑が行われ、検察官は被告人を懲役八月に処するのを相当とする旨の求刑意見を述べたこと、ところで、被告人は昭和五三年一月大学退学後しばらくの間は親許である福岡県久留米市安武町安武本二三五三番地の実父方に居住していたのであるが、その後突然家出し、以後は時折ひよつこり帰宅しては二、三泊し、家人にその居所、行方も告げずに出て行くという状態を繰り返し、ついには昭和五七年春頃帰宅したのを最後に音信不通の状態となつたこと、そして現在に至るも被告人の住居は記録上判明するに至つていないこと、被告人には昭和五七年三月住居侵入、公衆電気通信法違反の両罪により懲役一年、執行猶予三年に処せられた(昭和五八年一月五日確定)前科があるところ、本件は右刑の執行猶予期間中の犯行であり、かつ右猶予期間は未経過の状態にあること、以上の諸事実が認められ、これらの事実に、原審における被告人の本件事犯に対する否認状況、審理の経過・状況、更には前示のとおり検察官から被告人に対し懲役八月の求刑がなされているところ、本件の未決勾留日数は右刑期を遙かに上回つているのであるが、そもそも未決勾留日数の算入の要否及びその量は裁判所の裁量によつて決すべきであり、しかもその裁量の基準は一に被告人の責に帰すべき事由の有無にかかつているなどの諸点も合わせ考えると、被告人の両親がその身柄を引受け、被告人の公判廷への出頭等を保証している事実を十分考慮してもなお、被告人の右出頭確保は期し難いものがあり、「被告人の住居が判らない」状況にあるものであることは明らかというべきであり、また被告人に対する本件勾留による拘禁が不当に長くなつたものとも認められないから、本件保釈請求を刑訴法八九条六号所定の事由があり、裁量保釈等も相当でないとして却下した原決定は相当というべきであつて、論旨はすべて理由がない。
よつて、刑訴法四二六条一項後段により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 市川郁雄 高木貞一 小田部米彦)