大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)109号 判決 1984年10月15日

控訴人

有限会社やまだ商事

右代表者

山田正一

控訴人

山田正一

右両名訴訟代理人

加藤雅友

被控訴人

安田火災海上保険株式京社

右代表者

後藤康男

右訴訟代理人

菅原隆

山岡敏明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人有限会社やまだ商事に対し金一八〇〇万円、控訴人山田正一に対し金二一五〇万円及び右各金員に対する昭和五八年五月一三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、削除するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決八枚目「しかも」の次に「、その原因は、控訴人山田のたばこの火の不始末であるとされていたのであるから、たばこの火には十分注意すべきであつたのに、控訴人山田は、本件火災の出火場所である物置にくわえたばこで入り、これを同所に置いてあつたダンボール箱内に放置した重大な過失により本件火災を起こしたものであり、また、」を加え、同裏五行目から同九枚目表三行目まで及び同一〇枚目裏一行目を削除する。

理由

当裁判所も控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由と同一であるから、これを引用する。

一原判決一一枚目裏四行目「本件火災の発生」から同五行目末尾までを「本件火災の発生原因について検討する」と、同八行目「二ないし四」を「二ないし六」と、同一三枚目裏二行目「落とした」を「同物置内に放置した」と、同三行目「本件においては」から同四行目末尾までを「本件火災は、控訴人山田が火のついたたばこを右物置内の本件ダンボールの中又はその付近に放置し、又はたばこの火種を右付近に落下させたことにより発生したものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。」と、それぞれ改める。

二原判決一三枚目裏四行目の次の行を改めて、

「3 次に、前記認定のたばこの放置等が控訴人の故意又は重大な過失によるものであるか否かについて検討する。」を加え、同五行目「(三) しかし、」を「(一)」と、同六行目「一ないし九」を「一ないし一一」と、それぞれ改め、同一〇行目の「火災に」の前に「自宅が」を加え、原判決一四枚目表七行目「得ないところであり、」から同裏一〇行目末尾までを「得ない上に、右三回の火災はいずれも火気のない場所から出火しており、過去二回の出火原因はいずれも確定できないため不明とされてはいるものの、控訴人山田のたばこの火の不始末による疑いが強い。」と改める。

三原判決一四枚目裏末行「(四)」を「(二)」と、同一五枚目裏六行目「(五)」を「(三)」と、同一七枚目表一行目「(六)」を「(四)」とそれぞれ改め、同一八枚目表三行目から同一九枚目表一行目までを削除する。

四原判決一九枚目表二行目「(ハ)以上によれば、」を「(五) 右認定事実並びに前出乙第三号証の二ないし四及び原審証人平岡利夫の証言を総合すると、」と、同七行目「隅然」を「偶然」とそれぞれ改め、同八行目「しかも」から同二〇枚目表三行目「照らし、」までを削除し、同四行目「本件ダンボールの中」の次に「又はその付近」を加え、同五行目「置いて放火」を「故意に放置」と、同六行目「推認するのが相当であり」を「推認されるが」とそれぞれ改め、同八行目かつこ書の次に「、仮に右故意がなかつたとしても、控訴人は、過去に二度も火災を出した経験があり、しかも、その火災の原因がいずれも控訴人山田のたばこの火の不始末によるとの疑いを受けていたのであるから、控訴人山田としては、たばこの火について十分な注意を払い、本件物置のような人気のない、狭い場所に入るような場合には、殊更に注意して火災が生じないようにすべき注意義務があつたにもかかわらず、前記認定のように、控訴人のたばこの火が原因で本件火災が生じたと認められる以上、控訴人山田には、本件火災の発生につき故意にも比肩すべき重大な過失があつたというべきである。そして、原審における控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上によれば、」を加える。

よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(森綱郎 高橋正 小林克己)

《参考・原審判決理由》

〔理由〕

一 請求の原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二 同2の事実中、保険の目的を除くその余の事実(本件第一契約の締結)は当事者間に争いがない。<証拠>によれば、右契約の保険の目的は本件建物内の商品であつたことが認められる。

三 同3(本件第二契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

四 同4の事実中、本件当日午前一〇時五三分ころ、本件火災が発生したことは当事者間に争いがない。

五 進んで抗弁1(被告の免責)について判断する。

1 本件第一、第二免責特約の成立及び原告山田が本件火災当時原告会社の代表取締役であつたことについては当事者間に争いがない。

2 そこで、本件火災の発生が原告山田の故意に基づくものであるか否かを検討する。

(一) <証拠>によれば、本件火災の出火場所は、別紙図面記載の本件建物一階店舗の南西側階段下に存在する本件物置の南側中央付近に存在したダンボール箱(以下「本件ダンボール箱」という。)付近であること、同物置は一坪弱の広さがあり、北側に高さ約一五〇センチメートル、幅約五五センチメートルの小さい戸が設置され、同戸から出入りする構造になつておりその北側は直接本件建物の外に通じていること、右物置内は東側の壁の上方に本件建物一階店舗用の電気の本件プレーカーが、南側壁に棚がそれぞれ設置され、その棚の前辺りに運動用具を入れた本件ダンボール箱が存在したこと、本件物置は普段全く火の気のない場所であつて、本件火災発生当時電気系統には異常がなく、本件ブレーカーの設けられている場所は東側壁面であるのに出火個所と推定されるのは南側階段寄りであつて、電気関係による出火の可能性は考えられないこと、同所に第三者が侵入した形跡もなく時間的、場所的関係からも外部の侵入者による放火の可能性は考えられないこと、原告山田は本件当日の午前九時すぎ店舗内の使用電気量が本件ブレーカーの容量を超えたため同ブレーカーのスイッチが下がつて店舗内の電気が消えたので、右スイッチを上げるために午前九時三〇分ころ本件物置内に入つたこと(このように右ブレーカーのスイッチが下がる事故は本件火災発生の約一か月前から起こるようになり、本件当日までに約五回起きたこと)、その後本件火災発生の午前一〇時五三分ころまで右物置内に入つた者は誰もいないことが認められる。

(二) 右事実によれば、原告山田が午前九時三〇分ころ本件物置内に入つた際に本件火災の何らかの発生原因が招来されたものと考えざるをえないが、原告本人尋問の結果によれば原告山田は煙草を一日に約三〇本吸うこと、<証拠>によれば、煙草によつて火災が発生する場合には火をつけた煙草を置いてから早くて三〇分後遅くても三時間以内にはその囲りの材料が燃え出すこと、したがつて、原告山田が午前九時三〇分ころ本件物置内に入つた際に火のついた煙草を落としたことによつて本件火災が発生したものと考えても時間的に十分符合するのであつて、本件においては煙草の火の出火の可能性が高いことが認められる。

(三) しかし、<証拠>によれば、原告は昭和五一年一一月ころから本件建物所在地において文房具店を営みながら居住してきたところが、およそ、火災に遭遇すること自体一般人にとつては特異かつ稀な経験であるというべきところ、原告出田においては、本件火災以前にも昭和五二年七月一日午前一〇時三二分ころ及び昭和五三年七月三一日午前五時二三分ころの二回に亘つて同所での火災の発生をみており、本件を含めると三年一か月間の短期間の間に実に三度も、しかもいずれも七月にその発生をみているものであつて、これ自体全くもつて異常であると言わざるを得ないところであり、右のように過去に二度も火事を出した経験のある者においては、出火の可能性のある事柄に対しては細心の注意を払うべきこととなるのが通常で、殊に煙草については、過去の二度における出火原因がいずれも原告山田の煙草によるものとされていたものであつて、原告本人尋問の結果によつても原告山田は灰皿を水に入れておくなどして煙草の火の始末には特に気をつけていたことが認められるうえ、本件物置は前記のとおり極めて狭い戸から入るような構造であつたから、原告山田としてはもし火のついた煙草を持つていたならば当然これに細心の注意を払うことが予想されるにも拘らず、当日本件物置に煙草を持つて入つたか否か記憶がない旨の原告山田本人の供述は不自然であつて、これらの点に照らし、原告山田が煙草の火を過失によつて落したものとは容易には考えることができない。

(四) しかも、<証拠>及び前記確定事実によれば、原告山田は、被告に対し昭和五三年九月二二日、本件建物について一一〇〇万円、同建物内の家財一式について四〇〇万円、同建物内の什器備品一式について六五〇万円、全国たばこ販売生活協同組合に対し昭和五五年二月一日、同建物内の商品について八〇〇万円、原告会社は、被告に対し、昭和五五年二月一日右建物内の商品について一八〇〇万円、同年六月一〇日同建物に隣接する原告山田所有のプレハブの建物について二〇〇万円、同建物内の商品一式について五〇〇万円、同建物内の営業用什器、機械、備品一式について三〇〇万円の各保険に加入したことが認められるが、このように総額で五七五〇万円特に動産類について合計四四五〇万円もの保険を掛けることは原告会社のような業種としては多額にすぎるといわざるをえない。

(五) 他方、<証拠>によれば、原告会社の営業成績は、本件火災の直前である昭和五四年七月一日から昭和五五年六月三〇日まで(原告会社は六月決算である。)の経常損益が六六六万三二七〇円の損失、税引前当期損益も六三八万五一一一円の損失で大幅な赤字であり、その前の年である昭和五三年七月一日から昭和五四年六月三〇日までの経常損益も三二六万三四六六円の損失で、さらにその前の昭和五三年四月一日から同年六月三〇日まで(原告会社は同年四月一日に設立された。)の経常損益も一五八万七五二五円の損失であつて、原告会社が慢性的な営業不振の状態にあつたことが認められる。

そのうえ、<証拠>によれば、原告会社が、昭和五四年三月ころ飯能信用金庫から二〇〇〇万円、同年一〇月ころ株式会社シルビアから約三〇〇万円、昭和五五年五月ころ有限会社富士観光から約三〇〇万円、原告山田が同年一月ころ富田昭二から五〇〇万円をそれぞれ借り受け、これらに買掛金債務等を加えると、本件火災発生当時原告らは両名合わせて合計約三五〇〇万円の債務を負担していたこと、右債務の毎月の返済額は飯能信用金庫に対する分だけでも約二〇万円はあつたこと、有限会社シルビアと有限会社富士観光はいわゆる街の金融業者であり、両社から借入金の利息は銀行の貸付利率に比し高率であつたことが認められ、これらの事実を総合すると、原告らは本件火災発生当時経済的にかなり苦しい状況にあつたことが認められる。

(六) 原告らは、仮に原告会社が営業不振であつたとしても、火災を起こすことは同原告が営業上さらに大きな打撃を受けるのであつて決して利益にならない旨主張し、証人山口はこれに沿う供述をするが、<証拠>によれば、原告会社の経常損益は、昭和五四年七月一日から昭和五五年六月三〇日までが六六六万三二七〇円の損失であつたのに対し、本件火災発生の影響が現われるべき昭和五五年七月一日から昭和五六年六月三〇日までは三五八万六八四六円の損失、昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までが三五八万〇七五四円の損失であつてかえつて損失が減少していること、昭和五三年七月三一日に発生した前記第二回目の火災によつて原告らは両者合計約三七五〇万円の保険金を受領したが、同金員のうち原告会社は二〇四一万五〇四八円を取得したため、昭和五三年七月一日から昭和五四年六月三〇日までの経常損益が前記のとおり三二六万三四六六円の損失であつたのに、右保険金の取得及び火災による損失という特別損益を計算に入れると税引前当期損益は一九三万五五七三円の利益となつたことが認められるのであつて、これらの点に照らし原告会社にとつては火災が不利益をもたらした形跡は全く窺えないのであつてむしろ保険金の取得によつて利益を得ているものと推認することができる。

(七) なお<証拠>によれば、原告山田は、本件当日午前九時三〇分ころ、本件物置内に入つた際本件ブレーカーのスイッチを上げたこと、その後同原告は同所から出て本件建物内等において原告会社の仕事を少ししてから北田ガソリンスタンドへ自動車の給油に行つて再び本件建物へ帰り、学校の先生と立話をしたり、午前一〇時すぎころ本件建物の二陛居宅にいた原告山田の二女紀子に対し「テレビばかり見ていないで外で遊びなさい。」と言つて本件建物の外へ出るように命じたりした後、飯能信用金庫へ行き、さらに同所から所沢市役所へ納品に行つたところ、同市役所内において本件火災の発生を知らせる館内放送を聞いた所沢市教育委員会保健体育課長川合敬三から午前一一時ころ、右事実を告げられ、同所から本件建物へ自動車で帰つたこと、右市役所から本件建物までは自動車で約一〇分しかかからない距離にあるにもかかわらず、原告山田が同建物へ帰つたのは本件火災がほとんど鎮火した午前一一時三〇分ころであつたことが認められる。<以下、省略>

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