東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1397号 判決
被控訴人は、右契約解除は控訴人会社の本件契約上の債務が履行不能となったことを理由とする法定解除である旨主張するので、以下右主張について判断する。
控訴人会社が本件建物の建築確認申請をした後右確認処分が行われるより前の昭和五五年二月四日銀行取引停止処分を受けたことは当事者間に争いがなく、右の事実に≪証拠≫を総合すると次の事実を認めることができる。
控訴人安掛は昭和五一年に一級建築士津嶋義則(以下「津嶋」という。)と共同で建築設計及び監理を目的とする控訴人会社を設立して両名が代表取締役に就任し、控訴人安掛自身は建築士の資格をもたなかったため営業関係を、津嶋は設計監理実務をそれぞれ分担していたが、控訴人会社は経営不振のため昭和五五年一月一一日に第一回目の手形の不渡りを出し、同月三一日に第二回目の不渡りを出したため、同年二月四日東京手形交換所から取引停止処分を受け、そのころ約二〇〇〇万円の負債を抱えて倒産し、津嶋は取締役を辞任し、同年二月一三日その旨の登記をした。昭和五四年当時控訴人会社において設計監理業務に従事していた建築士有資格者は、津嶋の外一級建築士として広瀬文宣(以下「広瀬」という。)以下三名、二級建築士一名、以上総員五名であったが、控訴人会社では資金難から同年一二月以降従業員に対して給与を支払うことができなくなり、そのころから退職者が出始め、昭和五五年二月の倒産時には建築士有資格者としては津嶋及び広瀬の両名しか在職せず、広瀬も給料がもらえないため同年二月末限り退職し、その後は取締役を辞任した津嶋が手伝いのため出社していたが、同人も同年五月より後は顔を見せなくなった。
本件建物の建築計画(地下一階、地上一四階の高層建築)に対しては同年二月一八日建築確認処分が行われ、以後本件契約に基づき控訴人会社の履行すべき債務としては、現実の工事に直結する実施設計図書の作成及び建築・構造・設備の三方面についての工事監理に関する業務が残されていたところ、控訴人会社は同年一月中に作成済みの実施設計図若干を建築確認取得後の同年二月一九日ごろ被控訴人のもとに届けたものの、右図面は実施設計図のすべてを網羅したものでなく、施工者がこれに基づいて工事費内訳明細書、施工図等を作成するには不十分なものであって、そのままでは現実に工事を行うことは不可能であった。また、控訴人会社では従来から構造設計及び設備設計のできる技術者がいなかったところから、構造設計を有限会社稜和設計事務所に、設備設計を株式会社三新設計事務所に下請に出していたが、控訴人会社の倒産当時右下請両社に対して金六〇〇万円前後の下請設計料の支払が滞っていたため、倒産後は構造及び設備に関する細部の実施設計及び工事監理について右下請両社の協力を期待することはできない情況にあった。
以上のように認められるところ、右認定の事実によれば、控訴人会社では倒産後の昭和五五年二月末以降建築士資格を有する者は津嶋ただ一人のみとなり、建築士資格を有する従業員を補充する資力もなければ下請各社の協力を得ることも期待し得ない状況にあったのであるから、本件建物が地下一階地上一四階の高層建築物であることにかんがみると、その建築に関し控訴人会社の本件契約に基づく工事監理その他の残債務の履行を期待することは、同年三月一日以降においてはもはや不可能であったものと認めざるを得ない。
しかして、契約の法定解除事由である債務の履行不能とは、履行が物理的に不能である場合に限られるものではなく、社会通念に照らし、債務者が履行能力を喪失し、債務者による給付の実現がもはや期待し得ないと認められる場合も含むものと解するのが相当であるから、前示事実関係のもとにおいては、控訴人会社の本件契約上の債務の未履行部分は、遅くとも昭和五五年三月一日以降履行不能に帰したものというべきである。
そうすると、被控訴人が同年四月一〇日控訴人会社に対してした本件契約の解除の意思表示は、法定解除権の行使として適法にその効力を生じたものと判断すべきであり、本件契約が民法六四一条により解除されたことを前提として被控訴人に対し同条の規定に基づく損害賠償を求める控訴人会社の請求は、その前提を欠き失当である。
(柳川 近藤 三宅)