東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1859号・昭60年(ネ)1168号・昭59年(ネ)1833号 判決
主文
一 一審被告国の控訴に基づき、原判決中一審被告国敗訴の部分を取り消し、一審原告の一審被告国に対する請求を棄却する。
二 一審原告の一審被告都に対する控訴及び一審被告国に対する附帯控訴をいずれも棄却する。
三 控訴費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。
事実
第一 当事者双方の申立て
一 一審被告国(控訴につき)
「原判決中一審被告国敗訴の部分を取り消す。
一審原告の一審被告国に対する請求を棄却する。
訴訟資用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。」
との判決を求める。
二 一審原告(控訴につき)
「原判決中一審原告の一審被告都に対する敗訴部分を取り消す。
一審被告都は、一審原告に対し、金六〇五万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審の訴訟費用中一審原告と一審被告国との間に生じた分及び第二審の訴訟費用は、いずれも同被告の負担とする。」
との判決及び仮執行の宣言を求める。
三 一審原告(附帯控訴につき)
「原判決を次のとおり変更する。
一審被告国は、一審原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和四八年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審の訴訟費用中一審原告と一審被告国との間に生じた分及び第二審の訴訟費用は、いずれも同被告の負担とする。」
との判決及び仮執行の宣言を求める。
四(1) 一審原告の附帯控訴に対する一審被告国の答弁
附帯控訴棄却の判決を求める。
(2) 一審原告の控訴に対する一審被告都の答弁
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決を求める。
(3) 一審被告国の控訴に対する一審原告の答弁
控訴棄却の判決を求める。
第二 当事者双方の主張
当事者双方の主張は、次に附加、訂正するほか原判決事実摘示(原判決末尾添付の別紙(一)ないし(三)、物件一覧表、第一図面及び第二図面を含む。)のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決五枚目裏三行目の「以下「本件起訴」という。」を「以下「本件起訴」ともいう。」と改める。
2 原判決七枚目裏四行目の「相当な理由」の次に「及び「逮捕の必要性」」の存否について、通常考えられる個人差を考慮にいれても、証拠資料の評価を誤って、これら」を加える。
3 同五行目の「ず、」の次に「これがあるとの誤った判断をなして」を加える。
4 同五行目と同六行目の間に「仮にそうでないとしても、本件の警察官の逮捕状請求は、その請求に当たって、裁判官に提供する資料の選択等を故意に操作したかまたは少なくとも過失によって誤った結果、裁判官をして逮捕の要件があるものと誤信させたものである。
すなわち、右の逮捕状の請求に当たり疎明資料として裁判官に提示されたと考えられる捜査報告書に、「前記岡田さとと同道した足立区本木二丁目主婦岡田八重子五一才が同様人相の男(梁成一)を目撃しており」と記載して故意に証拠を歪曲し、「目撃者は二人いる」との虚偽の捜査報告書を作成、提示したほか、岡田さとの供述と現場の客観的状況とを対比して、その供述には信用性に重大な疑問があることを明らかにすべきであるのに、これをしないで裁判官をして逮捕の要件があるものと誤信させたものである。」を加える。
5 同八枚目表三行目の「である。」の次に「すなわち、身柄の拘束は既に始まっており、実質的には逮捕状が執行された状態であるのに、警察官は、警視庁付近に来るまで逮捕状の執行手続きをせず、まず被疑者である一審原告の身柄の自由を奪っておいて相当時間が経過してから初めて令状の提示等を行ったのであって、結局被疑者をだまして、あたかも現場に向かうように思い込ませてこれを連れ出しその身柄を拘束したのであるから、違法な逮捕状の執行である。実際の身柄拘束は、二三日午前七時半頃に開始されていながら、正式に逮捕状が執行されたのは、同日午前一一時三〇分警視庁においてであった。」を加える。
6 同裏五行目の「取り調べ、」の次に「身柄拘束を受けて二、三日経った頃から下痢を生じ」を加える。
7 同七行目の「かかわらず」の次に「、それは一回与えられただけであって、」を、同八行目の「あり、」の次に「下痢がひどくなって、のども口も乾いてカラカラになり、水分が枯渇して大小便も出ない状況であるに拘らず、水さえ自由に飲ませてくれず、毎日長時間の取調べを強行した。」をそれぞれ加える。
8 同九枚目表五行目の「「同日、」の次に「業務上横領罪を構成しないし、仮にこれを構成するとしてもその」を加える。
9 同枚目裏二行目と同三行目の間に「すなわち一審原告は、その横領したとされたビニール原料約二五〇〇キロについては、これを吉田電線との正規の取引きで、いったん東海産業が買い取ったものである。
また、東海産業は一審原告の個人企業であることが明白であり、このような個人企業の製品原料がその代表者である一審原告の自宅の物置においてあったからといって、これが業務上横領に当たらないことは、明らかである。
なお、一審原告は、古賀定夫が横領してこれを椎熊に預けたことを知らず、また、同原告は、資金繰りのため、右のビニール原料を担保に入れたとの認識しかなく、何ら業務上横領の犯意はなかった。
しかも、本件の業務上横領を理由とする逮捕状の請求に際しては、その請求書中に、「被疑者に対し、同一の犯罪事実又は現に捜査中である他の犯罪事実について、前に逮捕状請求又はその発付があったときは、その旨及びその犯罪事実並びに同一の犯罪事実につき更に逮捕状を請求する理由」を記載すべきであるのに、一審原告の放火罪に関する「請求とその発付及びその犯罪事実」については記載されていないのであって、刑事訴訟規則一四二条一項に違反している。」を加える。
10 同三九枚目裏三行目の「遅延損害金の各」の次に「損害賠償金請求権を有しているが、一審被告両名は、任意に右の損害賠償金の支払いをしないので、一審原告は、本訴を提起するに当たって、本件の訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、着手金及び成功報酬金として日本弁護士連合会の規定により合計金二四〇万円を支払う旨約した。この損害については、一審原告の一審被告両名に対して有する右の各損害賠償金を考慮すると、一審被告国四、同都一の割合とするのが相当である。
なお、現行刑事訴訟法一八八条の二は「無罪判決が確定したときは、国は、当該事件の被告人であった者に対し、その裁判に要した費用の補償をする」と規定し、同法一八八条の六はその補償費用の範囲として「被告人若しくは被告人であった者又はそれらの者の弁護人であった者が公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当、及び宿泊料並びに弁護人であった者に対する報酬」と定められている。同法一八八条の三はこの請求は無罪確定の日から六カ月以内にしなければならないと規定し、右条項が創設される以前に無罪が確定した一審原告は、改正前の刑訴法三六八条により上訴費用についてのみ補償されたにすぎない。
現行刑事訴訟法一八八条の二及び三は、右補償の対象として公訴提起の日時については何ら限定していない。したがって、公訴提起が右条項創設の昭和五一年以前であっても無罪確定が右条項の創設以後の場合は右規定の適用を受けている。本件においても無罪確定時期が右条項創設以後であったならば当然適用されたのであるから、無罪確定時期の前後により受ける不利益は、国家賠償で救済されるべきである。
以上により、一審原告は、一審被告国に対し、遅延損害金を除く損害賠償金である金二六三五万五二五〇円のうちの金一五〇〇万円とこれに対する不法行為の後の日である昭和四八年三月一八日から、また、一審被告都に対し、遅延損害金を除く損害賠償金である金六五三万五〇〇〇円のうちの金六〇五万五〇〇〇円とこれに対する昭和四八年三月一八日から、それぞれの支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各」を加え、「求める。」の次に行をかえて、以下のとおり加える。
「当審において、さらに次のとおり附陳する。
(1) 本件火災の原因及び紙袋への点火について
本件の場合、右紙袋が西側階段下にあったのか、それとも西側階段脇にあったのかの点は、紙袋への点火によって本件建物にまで着火し得るかどうかの問題と密接に関連しているが、右の紙袋は西側階段脇にあったのである。また、本件の場合、紙袋に点火したことについての直接的な証拠はなく、実験報告書において報告されている実験は非科学的なものであるから、紙袋に点火した旨の想定を右の報告書によって行った検察官の右想定そのものの当否が問われるべきであり、更に右の紙袋に点火されても、本件建物にまで着火し燃え移ることは不可能である。
(2) 本件出火当夜の一審原告の行為について
そもそも検察官の想定する一審原告の出火当夜の行動自体が不合理かつ不自然極まりないものであって、到底裁判官の積極的な心証を得られるみこみがなかったのであって、このことは検察官にとっても自明であった。すなわち本件の場合、関係証拠によって、一審原告と犯人の同一性が認められず、判決において一審原告が有罪と認められることは、期待できなかったのである。
(3) 岡田さとの供述の信用性について
岡田さとの公判廷での供述は矛盾しており、微に入り細にわたった供述はむしろその信用できないことを示している。
また、同人と一審原告との間柄は、右供述から明らかなとおり、同原告に対して岡田さとが悪感情を抱いても不思議ではない情況にあったうえ、同人は同原告に対して反目感情を抱いていたものである。そしてこのような感情のうえにあって、同人は、極度の不安、興奮状態に陥り、当夜発生した大火に万一我が家も類焼しはしないかとして、たまたま見掛けた人影が誰のものか定かでなかったにも拘らず、軽率不用意にもその人影は一審原告ではなかったかと、その夫に漏らし、遂には引くに引けない立場に追い詰められ、一審原告を目撃したと断言せざるをえなくなったと推測し得るのである。
(4) アリバイについて
被疑者の主張するアリバイは、検察官のいう公訴事実について合理的な疑いを提起し、有罪の確信をゆるがせば足りるのであって、アリバイが完全に証明されなければ有罪を免れないというようなものではない。被疑者のアリバイ主張が虚偽であることが証明された場合は別として、その主張の細部において、矛盾や変遷があったとしても、それは、捜査段階における追及の資料とはなり得ても、そのこと自体は何ら公訴事実を積極的に立証するものではない。したがって、一審原告のアリバイ供述及び白永化の供述に矛盾、変遷があってもなお一審原告のアリバイ主張を虚偽と断ずる証拠がない以上、検察官の起訴の適法性の主張としては無意味である。
(5) 昭和三九年一二月二日の話合いについて
家庭の主婦である大沢チサが口だしをする等のことがあった点からみれば、その場のやりとりは、一時の座興にすぎなかったのである。また、右の点に関する菅原の供述は、捜査官の不公正な取調べによるものである。
(6) 放火の動機と家族の逃走措置について
東海産業の経営悪化等は一審原告が放火行為を行う動機とはなり得ない。
昭和三九年当時は、銀行が手形用紙を管理し、二回の不渡を出せば銀行取引は停止となり、それ以後手形の振出しができないというシステムではなく、当時手形は借用証以上の機能を備えてはいなかったのであり、東海産業の昭和三九年八月以降の手形不渡りの大部分は、青鹿との間に同額面の手形を振り出してこれを融通交換しあったものである。そして青鹿の手形も一審原告の手形もともに不渡りになっているから、相互には債権債務の関係はない。一審原告の場合は金成起の都民信用金庫からの借入金につきその保証人となったことがあるだけで、それ以外には、銀行からの借入はない。
東海産業の土地建物が、呉泰淳に対し、代物弁済の形で担保に供されていたのも、一審原告としては銀行からの金員借入ができなくなったために高利貸から金員の借入をした場合とは異なり、呉泰淳に対する所有権移転登記は担保の意味しかなく、至急金策をしなければ、東海産業の土地建物を取られるというような感覚は、全くなかったのである。
本件火災がなければ、一二月一五日には吉田電線株式会社から四一万〇五四五円、月末には新潟化工株式会社から約四〇万円の支払いがなされるはずであり、これによって、東海産業の遅滞していた電気料と従業員の給料とを支払ってもなお余りあるほどであった。
その上、東海産業が、一時的に経営危機に陥ったのは、椎熊の横領が原因であったから、今後の右の横領をやめさせれば危機を乗り超えることができたのであり、さらに本件火災の当日、真剣に資金の工面をするつもりであれば、一審原告の息子君圭から資金を借りることも可能であった。
しかし、一審原告は、右の椎熊の横領や東海産業を今後も維持することの価値を考えれば、自分が息子から資金を借りる必要性があるとはみなかったのである。すなわち、東海産業から、一審原告はほとんど利益を受けておらず、仮に東海産業が倒産しても特に困ることはなく、生活に困ることもなかったのである。
一審原告個人の利益を考えるならば、東海産業を倒産させたうえ、土地建物を他に貸すか、売却するかすれば、負債の清算は十分に可能であったし、その後生活費は白永化の方から出して貰うことも可能であった。したがって、一審原告としては、放火というみすみす損をする形で家族の危険をかえりみず、保険金を取得する必要性はなかったのである。
もし、一審原告において放火を決意し、子供たちの救助対策を考えていたのであれば、信頼のできる姪の姜清子が当日九時四〇分頃まで本件建物内にいたのであるから、大沢チサも寝ることなく、右の清子を引き留めるなどしてより確実な子供の救出を考えたはずであって、一審原告も、大沢チサも本件出火を予想だにしていなかったのである。
(7) 公訴の維持、控訴の申立て及びその維持について
我国の刑事司法は、第一審重視の事後審制であり、第一審の判断は、十分尊重されなければならず、いわんや本件のごとく情況証拠にのみ基づく事案においては、直接証拠調べに関与した第一審の判断は一層重味をもつのであって、特段の新証拠でも発見されぬ限り控訴提起を避けるのが検察官のあるべき態度といわなければならない。
したがって、本件公訴維持及び控訴申立て及びその維持も違法である。
(8) なお、業務上横領事件の逮捕、勾留は放火事件の捜査のための別件逮捕勾留であり、放火事件の捜査の一部分を占めるものである。したがって、右は放火事件における一審被告国の不法行為の一部であるから、業務上横領事件に関しても、時効の起算日は、放火事件と同じく放火事件の無罪判決確定日とするべきである。」
11 原判決五九枚目表一〇行目の次に行をかえて以下のとおり加える。
「当審において、さらに次のとおり附陳する。
4 本件放火事件の捜査及び証拠収集の経緯
(現住建造物等放火事件による勾留請求まで)
検察官が、右放火事件について捜査に着手(関与)したのは、昭和三九年一二月二五日、西新井警察署から東京地方検察庁検察官に対して事件送致がなされた時点からである。
右時点までにおいて、既に西新井警察署警察官らの捜査によって、ほぼ左記証拠表番号1ないし86までの証拠資料が収集されており、これらによれば、一審原告には、本件現住建造物等放火の被疑事実について勾留請求するに足りる相当な嫌疑が存すると認められたため、検察官は、同日、東京地方裁判所に対し同原告の勾留を請求し、同裁判所から、勾留状の発付を得た。(一審原告勾留後昭和四〇年一月一三日の同原告釈放まで)右勾留後、検察官は、まず自ら本件の重要証人と目された岡田さと(同表番号100)、高智博(同101)、菅原忠(同111)、白永化(同112)及び金成順(同113)らを取り調べてその直接の心証を得るとともに、警察官らを介してその余の証拠資料を収集した。さらに同三九年一二月三一日、関係者取調未了を理由として同裁判所裁判官に対して勾留期間の延長を請求し、同日右勾留を昭和四〇年一月一三日まで延長する旨の決定を得て、同日まで一審原告の身柄を勾留した上、前同様前記被疑事実について鋭意捜査を遂げた結果、新たにおおむね同表番号87ないし170までの証拠資料を収集した。
この間一審原告は、捜査官の取調べに対し、本件現住建造物等放火事件の犯人であることを否認し、本件火災発生当時白永化方にいた旨アリバイ供述をなした一審原告の供述及び弁解の要旨は、およそ「サイレンの音を聞いて白永化方から現場へ出かけたものの、途中サンダル履きであることに気付いて引き返し、その際高智博と出会い、その後白永化方で靴に履き替えて再び現場へ向かった。」(同表番号78・79・84参照)というものであった。
しかしながら、一審原告の右供述には、①アリバイ供述の核心部分であるサイレンの音を聞いて白永化方から現場へ出かけたときの状況、②金成起、青鹿孝次らと事前に放火の相談をしていたこと(当初同事実を頑強に否認していたものの、延長後の勾留期間満了近くに至ってこれを認めるに変わった。)、③東海産業の代表者印、重要書類等を本件火災の翌日金成起に預けたこと(当初火災によって焼失したはずである旨述べていたところ、後に金成起に預けたことは認めるに変わったが、時期の点については否認)、④金成起に対して大沢チサらへの伝言を頼んだこと(アリバイ工作)は終始否認、等の諸事実に関し、検察官がそれまでの捜査の結果収集していた関係証拠に照らして、重大な矛盾・変遷・そごを来していることが認められた。
一方、検察官は、一審原告の取調べに併行して、自らさらに金成起(同表番号118・141・169)、李春弘(同148)、今関昇一(同150)、平山芳枝(同165)らを取り調べるなどして前記のとおりおおむね別表番号170までの証拠資料を収集した。
その結果、主として①一審原告は、本件火災発生直後、現場付近から立ち去ろうとする姿を岡田さとに目撃されている(同表番号100)という本件放火犯人と一審原告とを直接結び付ける極めて重要な事実のほか、②一審原告のアリバイ供述には、前記のとおり、その内容自体に矛盾・変遷があって不自然であるほか、かえって前記金成順、李春弘、白永化らの本件火災を連絡した状況に係る供述によれば、一審原告は本件火災発生当時白永化方にいなかったと認められたこと、③一審原告は、前記のとおり、金成起を介して大沢チサ、白永化に対してアリバイ工作をしていたこと(なお、その後の捜査によって李春弘を介しても同様のアリバイ工作をしていることが判明。同表番号232参照)、④保険金目当ての犯行動機の存在、⑤金成起らとの事前の放火の相談、⑥一審原告は、本件火災発生後高智博により現場方向から歩いてくるところを目撃されており、かつ、その状況は時間的関係等からして本件現場から白永化方に向かっている途中と認められたこと等一審原告を本件放火犯人と断定するに足りる有力な情況証拠、諸事実が判明した。
しかして検察官においては、これらの捜査によってほぼ本件現住建造物等放火事件に係る捜査の目的を達したものであるが、なお一、二の点(この中には膨大な証拠資料の整理検討、検察官による重要証人に対する直接の取調べ等が含まれている。伊藤卓蔵の原審における証人調書速記録六丁裏等)について補充捜査の必要が認められたため、現住建造物等放火事件については一応処分を保留し、同月一三日、一審原告を釈放したものである。
(業務上横領事件による一審原告の逮捕・勾留から同釈放まで)
一審原告は、前記のとおり本件現住建造物等放火事件による勾留から釈放されたものであるが、一方で同原告には、同事件捜査中に別件の業務上横領事件を犯している事実が発覚し、かつ、同被疑事実についても身柄を拘束して捜査を尽くす必要が生じたことから、西新井警察署においては、右釈放当日である同月一三日、右業務上横領の被疑事実により同人を逮捕し、同月一五日東京地方検察庁検察官に対し事件送致をした。これを受けて検察官は、同日、一審原告について東京地方裁判所に対して同被疑事実による勾留を請求し、同裁判所裁判官から勾留状の発付を得て、同月二四日まで同原告の身柄を勾留した上、同被疑事実についての捜査を遂げ、起訴するに十分な心証を得たが、なお、その最終処理については本件現住建造物等放火事件と同時に処理するのが相当と考え、同日、処分保留のまま同人を釈放した(なお、右業務上横領事件については、その後被害者との間で示談が成立した(別表番号252)等の理由により、本件現住建造物等放火事件を起訴した同年三月二九日付けをもって起訴猶予処分に付した。)。
ところで、一審原告は、右業務上横領事件に関する警察官及び検察官の取調べに対し、同年一月一五日までに、おおむね外形的事実を認めながら、その犯意を否認する弁解・供述をなし(同表番号182・186・198)、同弁解は、その後継続してなされた同事件に関する検察官の取調べにおいても同様であった。そのため検察官においては、右取調べの都度新たに供述調書を作成することを省略し(前記伊藤卓蔵証人尋問調書速記録一五丁表・裏等)、同事件の捜査として、一審原告の取調べにとどまらず、同事件の共犯者として逮捕・勾留されていた椎熊定和のほか国兼刑部ら多数の参考人を取り調べた。右参考人らの検察官等に対する供述の中には、その内容が一審原告の借財関係等に及んでいるため、結果として本件現住建造物等放火事件の捜査に資するものであった。そして検察官は、右のようにして業務上横領事件についての捜査を実施する一方で、これと併行して、本件現住建造物等放火事件についても前述した補充捜査の一環として参考人を取り調べ、検面調書を作成する等の捜査を実施したのである。ちなみに、同事件の勾留中検察官がその捜査にそそいだ精力は、本件現住建造物等放火事件が二〜三割であるのに対し、業務上横領事件は七〜八割に及んでいる(前記伊藤卓蔵証人尋問調書速記録五一丁裏・五二丁表)。
この間、一審原告自身についても、検察官は、前記のとおり、業務上横領事件に関して取調べを進める一方で、本件現住建造物等放火事件の関係でも取り調べたが、これはあくまで両事件を併行して取り調べたものにすぎず、同勾留を利用して本件現住建造物等放火事件に関する取調べのみを行った訳ではない。また、この間の本件現住建造物等放火事件に関する一審原告の供述は、同事件に係る勾留中の前記供述と変わっておらず、したがって検察官においても、ごく簡単な同表番号245(ただしこの時検察官は業務上横領事件についても取り調べている(前記伊藤卓蔵証人尋問調書速記録一六丁裏)。)を除いて調書の作成を省略した。
以上のような捜査の結果、業務上横領事件に関するもの及び本件現住建造物等放火事件に関するもの合わせて新たに収集されたのが、おおむね同表番号171ないし250までの証拠資料である。
なお、右の業務上横領事件による逮捕・勾留はいわゆる別件逮捕・勾留ではないのであるから、何ら違法とされるべきものではない。
前記の捜査経緯により収集された参考人らの供述調書等のうち、特に本件現住建造物等放火事件の関係で検察官の判断に大きな影響を与えたのは、① 岡田さとの目撃供述を補強するものとして、岡田信行及び大関一夫の各検面調書等(同表番号211・219)、② 保険金目当ての犯行動機との関係で、青鹿孝次、国兼刑部、高野正夫及び梁汝芳の各検面調書等(同表番号197・212・214・216・237)、③ 金成起らとの事前の放火の相談との関係で、金成起、青鹿孝次及び李春弘の各検面調書等(同表番号187・197・232・233)、④ 出火場所の特定等に関して、文正勝及び小林茂春の各検面調書等(同表番号200・234)、⑤ 本件火災発生時一審原告の家族の服装が昼間の服装であり、同原告が放火を事前に計画していたと疑わせるものとして、大沢チサ、文正勝、及川正晴、菅原忠、椎熊順子、小林茂春、栗津今朝義、佐藤理喜蔵、谷本順子、三部勲子及び姜清子の各検面調書等(同表番号196・200・201・202・203・224・225・226・227・228・243)、⑥ 本件火災直前に一審原告が大沢チサと電話で連絡をとっていたことを明らかにするものとして、姜清子の検面調書(同表番号243)等の各証拠資料であり、これによって同原告と本件現住建造物等放火事件の犯人とを結び付ける証拠は質量ともに格段に深まったのである。
(業務上横領事件に係る勾留の釈放後から本件起訴に至るまで)
右期間において、検察官は、本件現住建造物等放火事件に関する証拠資料の整理検討とともにその詰めのための捜査を行い、その結果、新たに同表番号251ないし299までの証拠資料等を収集した。右証拠資料の収集経緯からも明らかなとおり、右期間における捜査は、主として渡辺又市の目撃供述及びその裏付け証拠の収集(同表番号253・254・256ないし258・262ないし264・270ないし272・274・275・289等)と、同事件における最重要証人と目された岡田さと、渡辺又市、小林茂春、金成起及び申浩三について起訴前の証人尋問を行うことに傾けられた(同表番号288・289・286・287・293)。
次いで渡辺又市の目撃供述及びその裏付け証拠の収集について述べると、渡辺又市の供述は、本件火災発生後間もなく本件現場において一審原告を目撃したというものであり、その内容は具体的であり、十分信用できるものであった。
右渡辺の供述が検察官にとって特に注目されたのは、同供述によって、右目撃時の本件現場における一審原告の服装等が茶っぽいジャンパーを着てサンダルを履いていたこと(前記岡田さとは自己が目撃した際の一審原告の服装を茶っぽいジャンパー様のものと供述しており、また、前記の同原告のアリバイ供述による限り、本件現場で同人がサンダルを履いていることはあり得ないことになる。)、さらには目撃時刻が、爆発音がして放水が止まる前であり、かつ、ベランダが焼け落ちる前の火勢の強かったころのことである等の理由によって火災発生後間もなくのこと(検察官はさらにその他の証拠とも合わせて検討した結果、同目撃時刻を午後一〇時四一、二分ころと推定したが、当時そのように右時刻を推定するに足りる十分な理由があった。)等の事実が判明したからである。右事実の判明によって、右渡辺の供述は、それまでに収集済みであった前記岡田さとの目撃供述とあいまって、一審原告の前記アリバイを突き崩す有力な資料として検察官の手持ち証拠に加わったのである。
なお、一審原告は、右渡辺の供述が検察官にとって収集された後である昭和四〇年二月一七日、検察官の取調べに対し、現場で右渡辺を見かけたことは認めたものの話をしたことは頑強に否定し、その状況についても、自分はオーバーを着て靴を履いており、火災も下火に近い状態であった旨を述べた(同表番号263)。
(起訴前の証人尋問)
同尋問において、前記岡田さと、小林茂春、金成起及び申浩三は、それまでの検察官等に対する供述とほぼ同旨の証言をした。
そもそも起訴前の証人尋問が実施されること自体、通常の捜査にあってはまれなことであり、それだけに検察官は、右各重要証人について、将来の公判に備えて証拠能力の点においてもさることながら、あえて裁判官の面前での尋問を実施することによって、その供述の信用性に関し、より客観的で慎重なテストを行い、信用性の担保と判断を行ったのである。その結果、従前の検察官等に対する供述とほぼ同旨の証言が得られたのであるから、検察官としてはそれらの供述により判明した事実につき、より強固な心証を形成した。
特に岡田さとの目撃供述・証言についていえば、同人は、警察官、検察官、裁判官に対し、いささかも迷うことなく、終始一貫して一審原告を目撃した旨証言しているのであって、これを裏付ける証拠も前記岡田信行の供述等いくつかのものが検察官の手元に収集されていた。このように極めて直接証拠に近い有力な証拠を、自らの直接の取調べ及び裁判官の面前における証言という方法で十分に心証をとった上で収集した検察官としては、他に同供述等を覆えすに足りる有力な反対証拠もない本件起訴当時の証拠関係に照らして(大関一夫、岡田八重子が一審原告を目撃していないこと等は反対証拠とは評価できない。)、あえて同供述等を否定して本件現住建造物等放火事件を不起訴処分にする理由は何もなかったのである。
証拠表<省略>
5 一審原告と犯人との同一性について
(1) 岡田さとの供述の信用性について
岡田さとの供述は、その重要な点において、渡辺又市及び高智博の各供述とも一致しているところから、高度の信用性があるものとみられるのであって、一審原告は右の時刻頃には、本件火災の現場付近にいたものというべく、したがってその主張するアリバイは根本から崩れ去るべきものである。
他方、一審原告主張のアリバイについての同原告及び同人の正妻白永化の各供述はいずれもその身分関係及びその内容に矛盾変動の存することからみて、信用できないものである。
すなわち一審原告の供述によれば、同原告は、サイレンの音を聞いて右の白永化方から現場へ出掛けたというのであるが、そのサイレンを聞いたときの状況、その際の白に対する認識の内容、高智博と出会ったときの状況等には、微妙な供述の変遷があるほか、全体に不自然な点があり、また、白永化は、出火翌日の供述では虚偽を述べるなどはっきりした内容の供述はしていないのである。
(2) 本件放火の動機と家族の逃走措置について
本件当日、一審原告は、菅原忠らの従業員に対し、真実のところは、既に支給遅延となっていた前月分の給料とボーナスが支払えないのに、当日支給する旨の虚偽の通知をして右従業員らを本件建物内に待機させた。そこで住込従業員ばかりでなく、通勤従業員洪京文、木村正一、及川正晴らまでもが本件出火直前頃まで本件建物内の居室に待機することとなったのであるが、これは、出火に際しての家族の救出を、一審原告が期待したからにほかならない。
放火事件の出火時刻がおおむね夜中であるのに、一審原告が発覚の危険を顧みず当日午後一〇時三三分頃に放火をしたのは、その家族、特に子供達が寝込まない時間で、しかも、前記従業員の帰宅または就寝しない時間を選んだものと考えられる。
本件火災発生の二、三時間前に、外出中の一審原告から大沢チサに電話が掛かり何事かを話し合っていることが、同原告の姪姜清子において右の電話を取り次いだものであることから明らかであるのに、同原告及び大沢チサは、右の電話による会話の点を頑強に否認している。
本件火災当時、本件建物である工場兼居宅二階ベランダの雨戸が開いたままであった。すなわち、右本件工場兼居宅二階の部屋、ベランダ、居住の状況からすると、二階に居る者が二階から逃げ出すためには、本件西側階段から降りるか、東側ベランダに出て飛び降りるしかない構造となっており、しかも本件においては、本件西側階段下に放火されているので、実際には、東側のベランダが唯一の逃げ道となっているところ、同ベランダに面した雨戸については、いつも夜間は閉じられていたのに、本件当夜に限り開かれてガラス戸だけとなっていた。
西側階段下の放火位置から最も離れた箇所に就寝していた大沢チサが最も早く火に気付きベランダへ逃げ、いち早く脱出している。
(3) 一審原告の逃走のための措置に拘らず死傷者の発生をみた理由
東京地方は、本件火災当日の数日前から好天が続き、異常乾燥注意報の発令される日が続き、そのため本件建物も極度に乾燥しきっていたため、火の回りは予想以上に早かった。
本件建物には天井板が張られておらず、二階の床板のみであったため、階段下の紙袋の火炎が二階の床板に直接燃え移ったために、通常の場合よりも火の回りが早かった。
6 検察官による公訴維持、控訴申立て及びその維持の適法性について
検察官は、前記のとおり捜査を遂げ、起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断をなした結果、明らかに有罪と認められる事実、少なくとも嫌疑があったので公訴を提起し、公判立会検察官も、右の証拠によると起訴状記載の事実につき明らかに有罪と認められる事実、少なくとも嫌疑があったので、右証拠に基づく冒頭陳述をしたうえ、証拠請求をする等の公判活動をし、証拠調べの結果に基づき論告・求刑したのであるから、検察官の公訴維持に何ら違法の点はなかったものである。
本件について、刑事第一審裁判所は、結果的には、無罪の判決を言い渡したのであるが、検察官の心証は、その性質上判決時の裁判所の心証と異なり得るのであるから、右の無罪判決が直ちに検察官の違法を基礎付けるものではない。
同裁判所は、「被告人の犯行ではないかと疑わしめる数々の事実が存するにもかかわらずいまだ合理的疑いを容れぬ心証を形成するには至らない」として無罪としたのであるが、検察官としては、公訴追行時における証拠資料を総合勘案し、合理的判断過程により有罪と認められるとの結論に達したほか、右の無罪判決を詳細に検討し控訴申立て時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断をした結果、刑事第一審は、証拠の取捨判断及び総合判断を誤ったがため、情況証拠の一部を否定し、もしくは積極的には肯認せずして、なお合理的な疑いを挾む余地があるとし、無罪の言い渡しをするに至ったもので、右判決には重大な事実の誤認があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、到底破棄を免れない、との結論に達したのである。
本件のように、事実認定が多く情況証拠によることとなる事案においては、個々の事実認定の誤りが判決に影響することは明らかであるから、検察官は右の判決後にもなお証拠上被告人において罪を犯したとの合理的な疑いを抱いたところから、控訴審において右の点についての是正ができると判断して本件控訴の申立てに及びその追行に当たったものである。
特に右の刑事第一審においては、被告人に明白なアリバイ証明があったとか、真犯人が検挙され、間違いないと確認されたというような事態の発生はなく、検察官が被告人の有罪立証のために提出した各証拠についての価値判断を異にしたところから、同裁判所の無罪判決となったのであるから、刑事控訴審における判断のすべてが、その第一審のそれと同一であるとは限らないのである。したがって、我国の裁判制度が審級制を採用している以上、検察官が既に第一審に提出していた証拠について控訴審裁判所の評価、判断を求めて控訴の申立てをすることは許されてしかるべきものである。
検察官は、右の控訴申立て後、控訴趣意書に基づき、既に提出してある証拠について控訴審裁判所の評価判断を求め、第一審裁判所の重大な事実誤認を是正して原判決の破棄と有罪の判断を得るべく、控訴審での訴訟活動を行ったものであるが、控訴審裁判所は、検察官の控訴を棄却する判決をしたものである。しかし、それは、控訴審裁判所の証拠評価が検察官のそれと異なり、検察官の心証と控訴審裁判所の心証とが一致しなかったというにすぎず、そのことのゆえに控訴審における検察官の訴訟活動が違法となるものではない。
なお、仮に、無罪判決が確定した場合には、公訴提起等は結果的には妥当とはいえず、国家賠償の見地からは違法と解すべきであるとの見地に立ったとしても、本件においては、検察官による起訴、公訴維持、控訴申立て及びその維持のいかなる段階においても、検察官が証拠によって行った判断には十分な合理性があったのであるから、検察官に故意も過失も存しなかったものである。
7 別件業務上横領事件について
別件業務上横領事件を被疑事実とする逮捕・勾留は、放火を真の容疑とする違法な別件逮捕勾留でなく、右業務上横領事件には、逮捕・勾留いずれの段階においても一審原告に「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」が存したのである。
(1) 逮捕状請求・執行段階における「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」の存在
別件業務上横領事件は、本件現住建造物等放火事件の捜査中、一審原告が椎熊定和と共に代表取締役をしている東海産業と取引のある国兼刑部から、右椎熊及び一審原告に対する貸付金の担保として同人らからビニール原料を受け取った旨の供述を得、さらに、一審原告の本妻である白永化方を捜索した際、同所から同じくビニール原料を発見・押収したことから、これを端緒として、吉田電線株式会社の代表取締役吉田武人、同社生産部次長山田博久及び同社生産課長古賀定夫を取り調べる等して裏付け捜査を行った結果判明したものである(捜査報告書参照)。
右捜査の結果判明した事実は次のとおりである。
かねて東海産業と取引のあった国兼刑部は、同社の共同代表取締役である前記椎熊及び一審原告から融資の申し込みを受け、二回にわたり合計四〇万円を貸し付け、その担保として同人らからビニール原料(コンパウンド)を受け取るとともにその一部を大和電線株式会社に売却した。
右ビニール原料を担保として提供した経緯について、右椎熊は、昭和四〇年一月五日の警察官の取調べにおいて、東海産業で加工し、納品書を切って加工賃ももらい、当然吉田電線に納品しなければならないコンパウンド五三八〇キログラムを吉田電線生産課長古賀定夫の依頼により預っていたところ、同人からその売却方を頼まれ、不正な横領品と判りつつ引き受けたが、そのうちの二五〇〇キログラムを同人の了解を得ることなく右国兼に合計四〇万円の借金の担保として差し入れた旨供述した。
一方、同年一月八日、前記白永化方を捜索したところ、その倉庫内からビニール原料八四〇キログラムを発見・押収した(捜査報告書及び捜索差押調書)。
右ビニール原料を東海産業の従業員菅原忠及び佐藤幸彌に確認させたところ、これが東海産業で加工し、吉田電線に納品する品物であることが明らかとなり、また、一審原告自身も、同月九日の警察官の取調べにおいて、これは自分が右椎熊らに無断で東海産業から白永化方に運び出して隠していたものである旨供述した。
以上の事実を踏まえて、吉田電線の関係者に、同社と東海産業との取引方法及び横領被害の状況について事情を聴取したところ、次の事実が明らかとなった(吉田武人の員面調書、任意提出書・領置調書、被害届、等)。
まず、吉田電線と東海産業との取引方法について、吉田電線の代表取締役吉田武人、同社生産部次長山田博久の各供述によれば、吉田電線と東海産業との取引方法は、売買の形式をとっているものの、これは帳簿上のものにすぎず、実質的には委託加工であって、吉田電線としても加工賃として代金を支払っていること、そして東海産業としては、右のように材料の支給を受けるなどして吉田電線から加工の委託を受けて製品(コンパウンド)化したものについてはすべて吉田電線に納入するよう義務付けられており、かかる点では東海産業には右委託を受けて預り保管中のビニール原料(製品化されたものを含む。)について何ら処分権限を有していない。
さらに、被害状況については、右吉田武人、山田博久及び古賀定夫の供述並びに被害届、納品書に係る任意提出書・領置調書により、前記一審原告及び右椎熊が国兼刑部に担保として差し入れたビニール原料及び一審原告が白永化方に隠匿していたビニール原料のいずれについても、これが吉田電線において東海産業に前記のようにして委託加工に出したものであり、一審原告及び右椎熊には処分権限がないにもかかわらず、同人らがほしいままこれを担保に入れる等して横領したものと認められた。
なお、右国兼刑部に担保として差し入れたビニール原料の横領については、古賀定夫らの不正行為が介在した疑いがあったが、それにしても、右ビニール原料の元となったビニール原料(コンパウンド・製品)五三八〇キログラムは元々吉田電線から東海産業に委託加工に出されたものであり、かつ、古賀定夫の依頼で納入がなされないまま東海産業でこれを保管するに際しても、架空の納品書を作成して既に代金決済を済ませているのであるから、いずれの点からも一審原告らにその処分権限がないことは明らかであった。
また、右横領行為に関し、一審原告と椎熊定和との間に「共謀」が成立することについては、同人らは共に東海産業の代表取締役をしており、互いに吉田電線との取引方法、したがって同社から加工の委託を受けたビニール原料(製品を含む。)の処分権限が同人らにないことをよく知っていると認められること、にもかかわらず右両名は、一緒になって右ビニール原料を国兼刑部に借金の担保として差し入れていること(担保提供に一審原告は直接関与している。)等逮捕状請求時に既に客観的に明らかとなっている事実から十分これを認め得る状況にあった。
以上の事実によれば、逮捕状の請求及びその執行の段階において、既に収集済みの証拠資料により、一審原告が別件業務上横領事件の罪を犯したと疑うに足りる相当の理由が存したことは明らかである。
よって、警視庁西新井警察署警部森山久富は、昭和四〇年一月一三日、東京簡易裁判所裁判官に対し、「一審原告梁成一は、東海産業株式会社の代表取締役であるが、①椎熊定和と共謀の上、昭和三九年一一月一五日ころから同年一二月一一日ころの間に、同会社の取引先である吉田電線株式会社のビニール原料約二五〇〇キログラム(時価三一万二五〇〇円相当)を業務上預り保管中、ほしいままに借金の担保に供して横領し、②単独で、同年一一月ころ東海産業株式会社のビニール原料八四〇キログラム(時価一〇万六〇〇〇円相当)を業務上預り保管中、ほしいままに着服して横領した」という被疑事実で一審原告の逮捕状を請求し、同日同裁判所裁判官からその発付を得てこれを執行したものであり、もとより右逮捕状の請求及びその執行が適法であることは明らかである。
(2) 勾留請求段階における「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」の存在
東京地方検察庁検察官は、同月一五日、西新井警察署警察官から身柄及び関係書類とともに別件業務上横領事件の送致を受け、同検察庁伊藤卓蔵検察官は、同日、東京地方裁判所裁判官に対し、前記被疑事実について一審原告の勾留を請求し、翌一六日、同裁判所裁判官から勾留状の発付を得た。
この間、一審原告は、外形的事実は認めるものの、犯意を否認するような態度・供述をしていた。
なお、前記逮捕状の請求及びその執行時までに収集した証拠資料及びその後新たに収集した証拠資料を総合勘案すれば、右勾留請求の段階においても、一審原告が別件業務上横領事件の罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が存したものである。
よって、伊藤検察官の勾留請求は適法である。
逮捕状の請求及び執行段階並びに勾留請求の各段階のいずれにおいても一審原告が別件業務上横領事件の罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が存したことは以上のとおり明らかである。
(3) 一審原告は、東海産業が一審原告の個人企業であるとして、その会社の製品の原料が代表者の自宅の物置に置いてあったとしても、このような事実はどこにでもあることで、業務上横領にあたるはずがない旨主張する。
しかしながら、右ビニール原料が隠匿されていた白永化方倉庫は、本来東海産業の業務とは全く無関係な場所であり、かつ、その隠匿態様も山積されたウエス手袋材料の下積となって容易に発見されないようしてなされていたこと、また、これを確認した同社従業員菅原忠及び佐藤幸彌は、いずれもこれまで右倉庫にビニール製品を運んで納めたり保管したことはない旨供述していること、さらに一審原告自身、前記のとおり昭和四〇年一月九日の時点で警察官に対し、右ビニール原料は自分が椎熊らに無断で運び出して隠していたものである旨供述していることに照らせば、一審原告の右主張に理由がないことは明らかである。
(4) 次に 一審原告は、吉田電線から納入されたビニール原料の処分権限は東海産業にあった旨主張する。
しかしながら、右主張に理由がないことは前記のとおりである。
8 消滅時効の主張
原審において一審被告国は、抗弁として消滅時効を援用する旨主張したが、右消滅時効の主張は、仮に百歩譲って、別件業務上横領に係る逮捕・勾留が違法とされた場合を前提に、右業務上横領事件の逮捕・勾留に係る損害賠償請求権に対する抗弁として主張したものであることを付言する。」
12 原判決六〇枚目表七行目と八行目の間に行をかえて「昭和三九年一二月一二日、西新井警察署員らは、本件火災が放火、失火、自然発火のいずれの疑いもあったこと、岡田さとが一審原告を見掛け、その直後本件火災を発見した旨の供述の真偽を確認する必要があり、本件火元責任者である一審原告から詳細に事情を聴取する必要もあったこと等から、一審原告に対し、西新井警察署に任意同行を求めたうえ、参考人として事情を聴取したものである。
右の事情聴取に対し、一審原告は、最初、家族関係、仕事関係、本件火災発生当日の一審原告の行動、火災保険等について供述し、更にこの後自ら申し出たうえで、本件火災発生当日の一審原告の行動について詳細に供述したので、その内容の供述調書が警察官によって作成されたものであり、一審原告を警察官が強制的に取り調べたことはない。
本件火災のような重大事件では、たとえ深夜ではあっても、まず火元責任者から事情を聞くのは通常の捜査方法であり、一審原告としても、火元責任者として、出火原因等の究明のための協力をすることは当然の努めである。
したがって、本件事情聴取は、法の許容する限度を超えてはいないのであって、違法ではない。
また、右の事情聴取中警察官は、部屋を暖めたり、食事を出したりしているのである。」を加える。
13 同六二枚目表六行目と七行目の間に行をかえて「森山警部は、当時収集していた多数の証拠から、一審原告には、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があり、かつ、「逮捕の必要性」があるものと認めて本件逮捕状を請求したものであって、同警部が、証拠資料の評価を誤ったことはない。
また、一審原告の主張する捜査報告書については、これを一読すれば明らかなとおり、同原告主張に係る部分は、同報告書の作成過程における単なる誤記に過ぎないことが明白であるから、このような単純な誤記の部分をもって、裁判官を誤信させて逮捕状を発布させた、などとは到底いえないうえ、警察官は、一審原告に対する逮捕状の請求に際しては、疎明資料として、参考人調書五五通、任意提出書一通、被害届四通、捜査復命書一通、捜査報告書一三通等多数の資料を添付して、これを行ったのであって、一審原告のいう捜査報告書一通のみによって同原告に対する逮捕状の請求をしたものではない。」を加える。
14 同枚目裏七行目の「ものである。」の次に「警察官としては、被疑者の名誉を不必要に侵害しないように注意を払ったまでであって、」を加える。
15 同六三枚目表三行目から四行目にかけての「昭和四〇年一月一〇日ごろから」を削り、同枚目裏四行目の「いたのである。」の次に「なお、一審原告が下痢をしこれを訴えたのは、昭和四〇年一月一〇日ごろからである。」を加える。
第三 証拠関係<省略>
理由
一当裁判所は、一審原告の本訴請求をすべて理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
(なお、以下においては、原判決が既に真正に成立した旨または成立もしくは原本の存在及び成立に争いがない旨判示している書証については、当審においてもその成立についての原判決の各判示部分を引用して、以下の事実認定に用いることとし、右事実認定に当たっては、原則として書証番号のみを摘示する。また、当審において初めて事実認定の用に供する書証については、その成立(写しにより提出されたものについては、原本の存在を含む。)に争いのないものについては、原則としてその旨の説示をしないで事実認定の用に供することとし、その成立に争いのあるもの(写しにより提出されたものについては、原本の存在または成立のいずれかについて争いのあるもの、原本の存在及び成立のいずれについても争いのあるもののいずれをも含む。)については、弁論の全趣旨によりその成立(写しにより提出されたものについては、原本の存在を含む。)が認められるものを、事実認定の用に供しているが、弁論の全趣旨によりその成立(写しにより提出されたものについては、原本の存在及び成立)が認められる旨の説示をしていない。これを要するに本判決理由中に摘示する書証は、以上に述べたところによって、すべて当裁判所において真正な成立(写しにより提出されたものについては、原本の存在及び成立)を認めたものであるが、これを事実認定に用いるにあたり、いちいちその旨の判示を記載することはしないので、書証番号のみを摘示したうえ事実認定の用に供するものである。
また、「……の事実が認められる。」と判示した場合には、その事実認定の用に供した証拠中、右認定に沿わない部分は採用しない旨あるいは右認定に沿わない証拠は採用しない旨または右認定を左右するに足りる証拠はない旨を含むものであるが、特に付言している場合を除き、原則としてその旨の記載をしない。)
次に付加、訂正、削除するほか、原判決理由(六八枚目表一行目から一二四枚目表一行目まで)のとおり(原判決末尾添付の別紙(一)ないし(三)、物件一覧表、第一図面及び第二図面を含む。)であるからこれをここに引用する。
(一) 原判決六九枚目裏四行目の「られ、更に」を「られるほか」と、同六行目の「により認められるとおり、そ」を「、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、右」とそれぞれ改める。
(二) 同七〇枚目表二行目の「によるもの」から「相当である。」までを「、一審原告は、本件火災の火元責任者としての立場上、警察官の説得によって、結局は、渋渋ながらもその取調べに協力したことが認められ、したがって、甲第一六一号証及び一審原告の原審及び当審における供述及び各書証中右認定に沿わない部分、特に違法な取調べが行われた趣旨の一審原告の主張に沿う部分は採用しない。」と改め、同三行目から、同枚目裏七行目までの全部を削り、そのあとに、「したがって、右の警察官による一審原告の取調べは違法ではなく、その他一審原告の全立証あるいは本件全証拠によるも、一審原告主張の右の違法を首肯するに足りる事実関係を認めるに十分でない。」を加える。
(三) 同七一枚目表二行目の「相当な理由」を「相当な理由及び必要性」と改め、同四行目の「逮捕は被逮捕者」から同枚目裏六行目の「この点をみるに、」までを削り、同行目の「全証拠」を「本件全証拠」と改め、同九行目の「事実」の次に「及び相当な理由あるいは必要性の存しなかったこと」を加え、同一〇行目の「原告に対する」から同末行目の「考えられる。」までの全部を「逮捕状の請求が違法であるとする一審原告の主張も理由がない。」と改め、そのあとに、「もっとも一審原告は、警察官が虚偽の捜査報告書を作成して裁判官をして逮捕の要件があるものと誤信させた旨等を主張する。
しかし、弁論の全趣旨によれば、右の逮捕状請求に当たっては、右の請求を正当とするに足りる多数の資料が添付されていたのであって、右の捜査報告書のみによって逮捕状が発せられたわけではないことが認められるほか、一審原告主張のように裁判官が誤信して逮捕状を発したことを窺うべき資料はないから、一審原告の右主張も失当である。」を加える。
(四) 同七二枚目裏一行目の「あるから」を「あり」と、同五行目の「渋々自動車に乗ったことが認められるものの」を「渋渋ではあったが、右の要求に応じて自動車に同乗して警視庁内に至ったことが認められるのであるから、」と改める。
(五) 同七三枚目表一行目の「昭和四〇年一月一〇日ごろから」を削り、同四行目の「原告本人」を「原審及び当審における一審原告本人」と改める。
(六) 同七四枚目表五行目の「状況に陥れた違法なものとすることはできない。」を「状況に陥れる等一審原告主張のような違法があるものということはできない。その他一審原告の全立証によるも、右の取調べの態様と方法が違法、不当であるとすべき事実関係を肯認するに足りない。」と改める。
(七) 同七四枚目裏四行目と五行目の間に行をかえて次のとおり加える。
「 右各事実のほか<証拠>を総合すると、本件横領容疑について、右のとおり一審原告が逮捕された当時、捜査当局の収集した証拠によって、次の事実を認めることができる状況にあったものと認められる。
すなわち右横領容疑の日時ごろ、かねて東海産業と取引のあった国兼刑部は、右東海産業の代表取締役である椎熊及び一審原告に対して合計金四〇万円を貸付け、その担保として、同人らからビニール原料(コンパウンド)を受け取るとともに、その一らを大和電線株式会社に売却した。右の原料は、椎熊が、吉田電線生産課長古賀定夫からその売却方を頼まれ預かっていた五三八〇キログラムの一部約二五〇〇キログラムであるが、東海産業が吉田電線から加工を委託され加工賃も貰っていたもので、当然吉田電線に納品すべきものであった。もっとも、その実体は、古賀が、右のコンパウンドを不正に横領していたものであったが、椎熊は、古賀の了解を得ることなく、右の預かったものの一部である右の約二五〇〇キログラムを前記四〇万円の担保として差し入れたものであった。一方一月八日に行われた白永化方の捜索では、その倉庫内から、ウエス手袋材料の下に隠されていたこれまで同倉庫にあったことのないビニール原料八四〇キログラムが発見、押収された。このビニール原料も、東海産業で加工し、加工後は吉田電線に納品するものであった。そして一審原告自身も警察官に対して、右の原料は、自分が無断で東海産業から白永化方に運び出して隠していたものである旨を供述した。吉田電線と東海産業との取引関係は、実質的には委託加工であって、吉田電線は、東海産業に対して加工賃を支払っており、東海産業としては、吉田電線から材料の支給を受けて製品化したものについては、すべて吉田電線に納入するよう義務付けられており、東海産業は、既に製品化されたものを含め、吉田電線の委託を受けて保管中のビニール原料については何ら処分の権限を有していないのであった。そして前記五三八〇キログラムのビニール原料については、東海産業から吉田電線あての架空の納品書が作成され、吉田電線に引渡しずみのものとされ、加工賃は一一月一五日に吉田電線から約束手形で東海産業に支払われていた。そのほか被害届をも併せみると、前記の一審原告及び右椎熊が国兼刑部に担保として差し入れたビニール原料及び一審原告が白永化方に置いていたビニール原料はいずれも、吉田電線が、東海産業に委託加工に出したとされているものであり、一審原告及び椎熊は、何ら処分権限がないにもかかわらず、ほしいままに担保にいれる等してこれらを横領したものである。
なお、一審原告は、右ビニール原料は、東海産業において吉田電線から買い受けたものである旨るる主張するが、その事実を肯認するに足りる証拠はなく、かえって前掲各証拠によれば、形式上はともかく実質的には委託加工であったことが認められるから、一審原告の右主張は採用できない。
<証拠>中の記載は必ずしも右の認定を左右するに足りない。」
(八) 同五行目の全部を「ところで、」と、同六行目の「これは」を「右逮捕は」と改める。
(九) 同七五枚目表二行目の「から、逮捕状の請求」から同三行目の「相当である。更に、」までを「。また、」と改め、同八行目の「していること」の次に「、及び右の事実関係によれば、右事実について一審原告が、前記横領容疑の罪を犯したと疑うに足りる相当の理由が存したものとして、警察当局が、逮捕状を請求してこれを得たうえ、その執行をして一審原告を逮捕し、これを継続したことに何ら違法、不当の点はなく、一審原告の全立証その他本件全証拠によるも、右の点につき一審原告主張の違法、不当の点を肯認するに足りない。」を加え、同八、九行目の「が認められ、右逮捕の継続も、これを違法とするいわれはない。」を削り、そのあとに「(なお、一審原告は、本件の右逮捕状請求においては、刑事訴訟規則一四二条一項の違反がある旨主張している。しかし、右の違反があったとしても、それだけでは右請求に基づく逮捕状の発付及び発せられた右逮捕状の執行及びその後の逮捕の継続が直ちに違法となるものとは解されない。)」を加える。
(一〇) 同七五枚目裏末行の「はいずれも」を「が」と、同七六枚目表二行目の「解すべき点は認められず」を「認めるべき証拠は何もないから」と、同行の「これら」を「右」とそれぞれ改める。
(一一) 同七八枚目表末行の「自体も、」の次に「単に」を加え、同裏二行目の「不自然さを否めない」を「甚だ不自然である」と、同八行目の「電気」を「僅かな額の電気」と、同九行目の「を支払う」を「さえこれを支払う」とそれぞれ改める。
(一二) 同八〇枚目裏八行目の「警察」を「警察官」と、同九行目の「との事実」を「こと」と、同行目の「が、」を「うえ」とそれぞれ改め、同行目の「証人田口」から同末行の「認められ、」までを削る。
(一三) 同八一枚目表一行目の「本件全証拠」から同二行目の「そもそも」までを削り、同三行目の「右」から「執行自体」までを「右逮捕の請求、執行及び逮捕の継続が」と、同四行目の「ることができ」を「られ」と、同行目の「原告の別件」を「別件」と、同五行目の「主張」を「一審原告の主張」と、同六行目の「また」を「次に」と、同九行目の「起訴前の」から同末行の「潜脱する」までを削り、同行の「前記のとおり」を「なるほど」とそれぞれ改める。
(一四) 同枚目裏一行目の「原告の」を「一審原告に対する」と改め、同六行目の「存しないことか」を「存しない。」と改め、同七行目から同末行までを削る。
(一五) 同八二枚目表一行目の「義を潜脱する」から同二行目の「伊藤がなした」までを削り、同行目の「本件」を「そこで、本件」と改める。
(一六) 同六、七行目の「によれば、」を「等前掲各証拠によれば、前記認定のとおり、」と改める。
(一七) 同枚目裏七行目の「これら」を「右横領容疑についての逮捕指示及び勾留請求、勾留状の執行」と同行目の「本件捜査」を「本件放火容疑捜査」と、同八行目の「認められない」を、「認められず、かえって原審証人伊藤卓蔵の証言によれば、右放火容疑による一審原告の勾留中、同原告に対する取調べは、同事件関係にその七割程度の力が注がれたことが認められるのである」と、同行目の「右請求」を「右の指示、請求」と同九行目の「違法とする」を「違法とすべき」と改め、同行目の「いわれはない。」の次に「一審原告の全立証その他本件全証拠によるも、右の点を、一審原告主張のように、違法、不当とするに足りる事実関係を認めるに足りない。」を加え、同行目の「なお」を「もっとも」と改める。
(一八) 同八四枚目表五行目の「そこで、」から同八行目の「ものの」までを「しかし、右事実のほか」と改め、同九行目の「及び」から「の程度」までを削り、同行目の「照らすと、」の次に「これを違法とはいえず、」を加え、同裏一行目の「であるとまで認めることはできな」を「とするに足りる事実関係を認めることができない。」と改め、同二行目の全部を削る。
(一九) 同八五枚目表一行目から同一二四枚目表一行目までの全部を次のとおり改める。
「(四) 本件起訴等
(「本件において当事者から提出された証拠(特に書証)中には、一部または大部分において一審原告の主張に沿う趣旨のものがないわけではないが、右の部分(原審における証人等目録記載の各証人の証言及び原審・当審における一審原告の各本人尋問の結果を含む。)はすべて採用しない。
また、右の部分があるからといって、他のそれぞれ摘示の関係証拠と弁論の全趣旨に照らせば、当裁判所の以下の認定、判断を左右するものともいえない。)
(1) 本件公訴の提起等
検察官が本件公訴の提起、その維持、追行(以下併せて「本件起訴等」ともいう。)に当たり、本件火災は、昭和三九年一二月一一日午後一〇時三三分ごろ、人為(放火)により、本件建物西側階段下付近から出火したとした点について
<証拠>によれば、検察官は、本件火災について、その出火日時は、昭和三九年一二月一一日午後一〇時三三分ごろであり、その出火の場所は本件建物西側階段付近であるとし、また出火は放火によるものとして、本件公訴を提起し、その維持、追行をしたことが認められる。
そして<証拠>によれば、刑事第一審判決及び同第二審判決においては、本件火災出火の日時は昭和三九年一二月一一日午後一〇時三三分ごろであり、右の出火場所は本件建物西側階段下付近であって、右の出火の原因は漏電、煙草火等の不始末などを原因とするものではなく人為(放火)である旨認定されたことが認められる。右事実と<証拠>によれば、右の各事実を認めるに十分であるのみならず、本件公訴の提起及びその維持、追行時、本件火災が、昭和三九年一二月一一日午後一〇時三三分ごろ、人為(放火)により、本件建物西側階段下付近から出火したとするに十分な事実関係が存在していたことが認められる。したがって、検察官が、本件公訴の提起及びこれに伴う公訴の維持、追行に当たって、右のようにみたことに何ら問題はないものといわなければならない。
(2) 検察官が、本件起訴等に当たり、右の放火は本件建物西側階段下付近に積んであったセメント袋大の紙袋約三〇枚に点火するという態様でなされたとした点について
<証拠>によれば、本件火災の発生当時、本件建物西側階段下に空紙袋約三〇枚が積まれていたことが認められること、前記認定のとおり本件火災が放火により、本件建物西側階段下付近から出火したとするに十分な事実関係が存在していたこと及び後記の各事実が認められることをも併せ考えると、本件公訴の提起及びその維持、追行時において、右放火の態様につき、検察官において、右のとおり、右の紙袋に点火する方法でなされたものとみたのは無理のないところである。
もっとも一審原告は、右出火の場所は、本件建物西側階段下ではなく、右西側階段横であった旨及び起訴にあたり既に収集していた乙第一八号証については、点火方法に関する実験の報告書中に報告されている実験は、本件建物西側階段下とは全く条件と場所を異にした非科学的なものであるから、右報告書における結論を本件火災の場合にあてはめることはできないとし、更に同号証と乙第一二、第六〇号証によれば、むしろ階段下に積まれていた空紙袋に点火されても本件建物にまで着火して燃え移ることは不可能である旨等の主張をしている。しかし、甲第一九七号証によれば、右の実験のうちマッチで点火する点については、これにより火のついた紙が周辺の人家に飛んで火災となる危険があるということを考慮して河原で行ったものであること、紙袋は本件建物の中に積まれていたものと同種のものを使用したが、同じ本件建物内にあったコンパウンド等の材料を集めるといった方法をとると費用がかかりすぎることから代用品としてダンボール箱を利用してなされたこと、右実験結果としての炎の高さは人の身長を基準としての目測にすぎないこと等の点が認められることからすると、右実験の結論を本件火災の場合にそのままあてはめるのは問題としなければならないが、他方、右の実験結果のゆえに、階段下に積まれていた空紙袋に点火されても本件建物に燃え移ることは困難であるという結論を導くこともできないところであるから、乙第一八号証は何ら前記の認定を左右するものではない。なお、右紙袋の置かれていた位置は、乙第六〇号証と弁論の全趣旨によれば、階段の構造上、一階からみれば西側階段脇ともいえる位置となるが、二階からみればむしろ階段下というべき位置であることが認められるから、前記のとおり階段下付近と認定するに妨げはない。
(3) 検察官が、本件起訴等に当たり、本件火災の原因となった放火行為をしたのは一審原告であるとした点について
検察官が本件起訴に当たり、本件の放火行為者が一審原告である旨の判決を得ることができるものと判断したその主な理由が、請求の原因4(二)(イ)(1)(あ)ないし(さ)(原判決では( )であるが、この判決では( )を用いている。また、ⅰは1を用いる。以下同じ。)にあったことは当事者間に争いがない。
(あ) 動機について
東海産業が昭和三九年八月以降七一件、額面合計七六一万四六六一円に達する手形の不渡りを繰り返し、取引銀行であった協和銀行足立支店とは同年九月八日以降取引きがなく、同年一〇月二八日には東海銀行上野支店にも取引きを停止されたこと、同年二月からは工場に用いる電力の代金を滞納するようになり、これを理由とする送電停止の措置がとられる寸前に一か月分だけ支払うという状態が続いていたところ、遂に、再三の督促を受けたにも拘らず一〇月分と一一月分の電力代金合計一八万七四二六円の資金繰りができず、同年一一月二七日送電停止の措置を受け、翌二八日、既に取引きのなかった協和銀行足立支店を支払場所とした同額を額面とする約束手形を振り出して右の措置を解除してもらったものの、同月三〇日右の支払いに充てるべく国兼刑部から借り受けた二〇万円を、他の緊急を要する借金の支払いに充てたため、結局同手形は不渡りとなり、その結果、同年一二月三日再度送電停止の措置を受けて休業状態に陥り、やむをえず同月八日国兼刑部から再度借金をし、これによって右代金を何とか支払い、ようやく送電停止を解除してもらうという有様であったこと、従業員の給料についても一一月分の給料を支払約定日である一二月五日に支給することができず、従業員との間においてこれを本件火災当日、ボーナスとともに支給する約束となっていたが、結局支給できなかったことは、いずれも当事者間に争いがない(以上の点は、弁論の全趣旨からも明らかである。)右事実と<証拠>によれば、本件公訴の提起時及びその維持、追行時においても右事実を認め得たことが明らかである。右各事実と乙第五一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件火災当時東海産業は、極めて深刻な経済的窮迫状態に陥っており、これについての具体的、抜本的、効果的な打開策は何一つ持ち合わせていなかったことが認められる。この点につき、一審原告は、東海産業の経営は、順調にのびていたところ、椎熊が多額の横領をしたため、昭和三九年一一月末から一二月初めにかけて一時的に経営困難に陥り、その結果右送電停止措置を受けたり、従業員の給料を払えないという事態になったが、一審原告においては、椎熊を追及することでこの困難はすぐ取り除けると考えていた旨等の主張をするほか、右経営困難とみられるものは、その実態において深刻な状況にはなかった旨るる主張している。
しかし、乙第二七号証中東海産業の受注状況及び売上額に関する部分、人件費、家賃等の経費に関する部分は、<証拠>に照らしてにわかに採用できない。
以上の各証拠と弁論の全趣旨によれば、電気料支払遅滞や従業員の給料の未払の直接の原因は、椎熊の横領行為にあるとしても、前記及び後記認定の一審原告個人あるいは東海産業の抱えていた負債は多額かつ多種で、そのうちには、八万円以上もの米代金さえあり、しかも各負債については、年末を控えてその善処方を余儀なくされるのが当然のいわば抜き刺しならぬ状況下にあったもので、その経済的苦況と急迫の度は、右の電気料の支払遅滞や従業員給料の未払いの程度にとどまるといったなまやさしいものでは到底なかったこと、更に右の事実と<証拠>によれば、一審原告は、右の椎熊による横領の事実を遅くとも一一月末には気付いていたにも抱らず、その後において前記電気料の遅滞、送電停止の措置や従業員の給料の未払いの事態に直面していたもので、東海産業及び一審原告個人が本件火災当時に陥っていた深刻な経済的困窮は、椎熊の横領行為に起因するだけの小規模なものでは到底なく、一審原告の全立証を吟味してみても、一審原告主張の右のような方法あるいは同原告があれこれと主張しているような、いわば希望的観測に基づいた弥縫策を積み重ねることによって切り抜けられるような生易しいものとは認められず、また容易にその原因を取り除くことができる程の軽いものではなかったことが明らかである。
次に、本件火災当時、一審原告において、検察官主張に係る一審原告個人の債務中①(a)ないし(d)、(f)ないし(m)の債務を負担していたことは当事者間に争いがなく、乙第三七号証及び弁論の全趣旨によれば、同(e)の債務も負担していたことが認められ、また<証拠>によれば、同(a)の債務中一〇万円が、同(b)の債務中六万円が、同(d)の債務の全部が、同(j)の債務中一八万六〇〇〇円が、同(m)と同(h)及び同(l)の各債務の全部が、それぞれ、本件火災当時現に遅滞中であり、同(i)の債務の弁済期は昭和三九年一二月二〇日であって、同債務の弁済確保のため本件建物及びその敷地につき代物弁済として既に呉泰淳に所有権移転登記がなされていたが、一審原告個人も東海産業ともども、本件火災当時極めて深刻な経済的窮迫状態に陥っていながら、何らの具体的、効果的な解決策も持ち合わせていなかったことが認められるのであって、本件全証拠によるも一審原告がるる主張するような方法による窮況からの脱出や解決が可能であったことも認めるに足りない。
また、本件火災によって焼失した本件建物及びその内部の機械等に一審原告が本件火災当時合計一八八〇万円の火災保険をかけていたことは当事者間に争いがなく、かつ、<証拠>によれば、一審原告は、本件火災前の昭和三七年には、原因不明の出火により、火災保険金三万円を受け取ったこともあったことが認められる。
右に認定の各事実を総合すれば、検察官が本件公訴の提起時及びその維持、追行時を通じて、一審原告が本件公訴事実にいう放火(以下「本件放火」ともいう。)行為を行うについての十分な動機があったとみたことをもって不合理ということはできず、むしろそうみたことには、合理的な根拠が存したものというべきである。
一審原告は、同人は東海産業においては単なる工員的な存在でしかなかったから、東海産業が経済的窮迫状態に陥っていたことは、本件建物への放火の動機とはなり得ない旨を主張しているけれども、甲第二八号証と弁論の全趣旨によれば、一審原告は東海産業に関する多くの債務を個人的にも負担しており、椎熊と共に小規模とはいえ東海産業の経営者たるの地位にあったのであって、到底単なる工員的存在に過ぎなかったものとは認められない。
一審原告は、本件の火災保険は一審原告から積極的に加入を申し入れたものではないし超過保険でもないから、本件火災保険の存在は本件建物への放火の動機となり得ない旨主張する。一般に、金員に窮した挙句、保険金目当ての放火行為にでる例は世間になくはないが、本件において検察官は、保険契約の当初から一審原告が保険金目当ての放火を企図していたとみたものではなく、一審原告において、保険契約を締結していたことを奇貨として本件犯行に及んだものとしているのであるから、同契約締結の経緯は何ら関係のないことであるし、超過保険でないという点も、確かに超過保険である場合には、そうでない場合に比すれば、より強く放火の動機の存在を推認させるといえるかもしれない程度のことであって、超過保険に付してある場合、保険制度の本旨からすれば、右の超過部分について、それに相当する保険金がたやすく手に入るようなものとは考えられないうえ、地上の本件建物が焼失すればその底地は、更地として評価されうることとなるのであることも考え合わせると、経済的窮状に追い込まれて抜き刺しならぬ状態にある者にとって、即時現金を入手できることまたはそれが可能な状況に接近できることと対比すれば、即時現金化できるとはかぎらず、ときにはそれが著しく困難な場合の少なくない状況にある本件建物とその底地を手にしていることが、全くその現実的な意味を異にしていることは今更いうまでもない。したがって、本件火災保険契約が超過保険ではないからといって、その存在が本件建物への放火の動機を考えるうえで何ら意味のないものとするわけにはいかない。
(い) 放火の事前相談について
請求の原因4(二)(イ)(1)(い)の事実中、一審原告が昭和三九年一二月二日金成起及び青鹿と、本件建物に放火すれば保険金が入る旨話したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、右の話がなされた経緯及びその話の具体的な内容は、次のとおりであったことが認められる。
昭和三九年一二月二日午後三時ごろ、東海産業の下請けをしていた興栃化成株式会社の青鹿と金成起が、相前後して下請代金約一四万円の請求に本件工場に赴いたところ、一審原告は不在であったので、本件建物の二階の一審原告のもとの居間で同人の帰りを待っていた。大分経って、当日手持ちの手形につき割引を依頼しようとしていたその相手である月本節三に会うことができなかった一審原告が帰宅したため、青鹿と金成起は右の下請代金を支払うよう一審原告に請求したが、同原告は、「どうも椎熊が横領しているらしい。仕事はしているのだが金が入って来ないのだ。支払いの方は、今椎熊がいないので分からない。」旨答え、支払いの猶予を求めるばかりであった。そこで青鹿と金成起は、弁済を受けることを諦め、一審原告と世間話を始めたが、その間にもしばしば他から電話で一審原告に対する支払いの督促があり、これに対し同人は居留守を使い、代わって金成起が応対するなどしてその場を糊塗していたが、午後八時一五分ごろになって、お互いに金に困っている等の話から、青鹿が、「栃木の方で借金に苦しみ倒産寸前であった工場主が、保険をかけてあった工場が火災で焼失した結果保険金を受け取り、これで借金を返したうえ工場を再建し、現在は、のうのうと暮らしている例がある。誰か俺の工場に火を付けてくれないか。」といいだした。右の青鹿の発言に、金成起が「保険金はいくらだ。いくらくれる。」と聞くと、青鹿は、「今は一五〇万円しか入っていないが、一二〇〇万円もかけ、それが全部貰えれば二〇〇万円位はやるよ。」と答えた。これに対し、金成起は、それっぽっちの金では嫌だ。でも、興栃化成のビニール工場なら、田圃の中で他人に迷惑をかけることもなくていいな。」といったため、青鹿が「ビニール工場は燃えるものがないので火事にはならぬ。」というと、金成起が「ガソリンでもかければ燃えるんではないか。臭いは残るだろうか。」と聞き、青鹿は、「燃えるだろうし、燃えてしまえば臭いは判らないよ。」と答えた。すると、金成起は、「一審原告の工場もガソリンをかければ焼けるね」といったため、青鹿が「こんな所を焼けば近所は大変だ。」と注意すると、更に、金成起が「近所に迷惑をかけたらどうなるのか。」と尋ねてきたため、青鹿は「弁償する義務はないとか耳にするが、保険金でも多額に貰えば多少やらなければならないだろう。」と答えた。すると、金成起は、今度は、一審原告に対し、「この工場をやりますか。」といったところ、一審原告が、「それじやあ、あんたやれ。」といったため、金成起は、近くでテレビを見ていた東海産業の従業員菅原忠に対し、「一〇万でも二〇万でもやるから黙っていろよ。」といい、やがてこの話は終わった。その後、右の三人は密輸したら金がもうかる等の雑談を少々し、夕食のために外出した。なお、右三人が話をしている部屋の中には、三人の他前記菅原忠がテレビを見ており、大沢チサも何度か出入りした。その場にいあわせた菅原忠は、恐れを抱き、同僚に対して、奴らは恐ろしい、ともらした。
ところで、乙第六、第九号証と弁論の全趣旨によれば、検察官は、本件起訴等に当たり、右の話合いによって、一審原告が本件建物への放火を決意し、以後その時期と方法とを考策していたとしたことが認められる。
そこで検討するに、一審原告を含む右三人の話の内容は、これをよくみると、一見散漫のようでありながら、実のところ放火対象、方法、可燃物の有無、ガソリン使用の問題、発覚の可能性、法的責任の問題、実行者と報酬、口止め料等にまで及ぶ詳細なものであって、その雰囲気は、その前後の事情特にその話にまで至ったきっかけ、場所、時間等のほか、乙第六〇号証、丙第五三号証及び弁論の全趣旨をも併せ考えると、およそ冗談や一時の座興にすぎないようなものではなかったことが認められる。したがって、右の場での話が一審原告の本件建物に対する放火を決意させたとまでは断じがたいとしても、右の場での話が一審原告の陥っていた抜き刺しならぬ経済的窮地からの脱却のためには、本件建物に放火するという手段もあるということがその心中に強固に印象付けられたとしても、一審原告がその当時置かれていた前記の経済的苦況の深刻さに照らして、何ら異とするに足りない。そしてその後の一審原告の後記の一連の行為も併せみれば、右の点が一審原告において放火行為を実行するにいたるまでの内心での底流となって、消えることなく存続し続けたものとみるに妨げないばかりか、乙第五三号証、丙第七〇号証と弁論の全趣旨によれば、一審原告は、右の話の点についてこれを否認し続けていたところ、昭和四〇年一月一〇日の検察官の取調べに対して初めて供述をしていること、他方その場に出入りしたことについては、それが前記のとおり明らかであるにもかかわらず、大沢チサは終始右のような放火についての話のあったことを否認していることが認められる点をも併せ考えると、前記のとおり、右の話合いは、本件放火を一審原告が行ったものとみるについての有力な状況証拠の一つと成り得るものと検察官がしたとしても、無理からぬところということができる。
(う) 放火の準備について
請求の原因4(二)(イ)(1)(う)の事実中、一審原告が昭和三九年一二月八日小林茂春をして空紙袋約三〇枚を本件西側階段下に投げ積ませたことは当事者間に争いがなく、右事実と乙第六〇、六一号証及び弁論の全趣旨によれば、通常、本件建物内の空紙袋の整理作業は右小林茂春の担当であり、屑屋に空紙袋を持って行ってもらう場合には本件建物内のレジンの倉庫の中に整頓して積んでいたこと、昭和三九年一二月八日は小林茂春が空紙袋をいつものとおり片付けようとしたところ、一審原告が「おじさん、そっちへ投げてもいいよ。屑屋が来るから。」と二度にわたり本件西側階段下を示していい、右小林をして空紙袋約三〇枚を投げ積ませたことが認められる。
ところで、<証拠>によれば、検察官は、本件起訴等に当たり、右の点について、前記(い)に認定の話により形成された放火の決意に基づく放火の準備行為である、とし、この行為をもって放火の準備は完了し、後は点火の時期を選ぶのみとなった、としたことが認められる。
そこで考えるに、前記一二月二日の話の内容、その際の前後の状況及び雰囲気その他前記判示の事実のほか、前記のとおり、本件放火が右空紙袋に点火するという態様でなされたとみうる点、右空紙袋は一審原告の二度にわたる指示によって、通常の整理場所とは異なる本件建物西側階段下に積まれたとの点、及び右の点について特段の事情があったことを窺うに足りる資料はない(一審原告が前記のように小林茂春にいったとしても特段の事情とするに足りない。)ことを総合すると、右空袋紙三〇枚を右階段下に投げ積ませたことだけから、一審原告の放火準備が完了したとまではいいきれないにもせよ、前記のとおりの一審原告の胸中の強固な印象が一個の具体的、外形的、現実的な姿をとって、一審原告の放火の意思の存在を示す程にまで、既に熟したことを明らかにしていたものとみることもできるのであって、その限度においては、一審原告が放火準備をしたとの検察官の見方にも合理性があるものといわなければならない。
(え) 検察官が、本件起訴等に当たり、岡田さとは本件火災発生直後の午後一〇時三五、六分ごろ、現場付近から立ち去ろうとする一審原告の姿を目撃しているとの点について
岡田さとが司法警察員、検察官、起訴前の証人尋問をした裁判所に対して、本件火災発生直後の午後一〇時三五、六分ごろ、原判決添付別紙(以下同じ。)第一図面の①の地点において、現場付近から立ち去ろうとする一審原告の姿を同図面②の地点に目撃した旨を供述したこと、一審原告は、司法警察員、検察官に対して、右出火時には白永化方におり、出火直後現場近くで岡田さとに目撃されたことはない旨供述したことは、いずれも当事者間に争いがなく、一審原告は、その旨をるる主張している。ところで、乙六、第九号証と弁論の全趣旨によれば、右の点について、検察官は、岡田さとの供述を信用し、その供述内容に沿う事実が存したものとし、これを最も重要な点の一つとして本件起訴に至り、その維持、追行に当たったものであることが明らかである。そして、右岡田さとの供述が信用できるものであれば、その場に居合わせて、自己の所有に係る本件建物が炎上している現場を目撃しながらその場を立ち去った一審原告の行為は、異常なことといえるのであるから、一審原告が本件放火の犯人であることの極めて有力な状況証拠となると同時に、一審原告の右供述ひいては同人のいわゆるアリバイに関する主張を完全に無力ならしめるものであることはいうまでもない。
そこで、検察官が岡田さとの右供述を信用し、これに沿う同女の一審原告目撃の事実が存する、としたことの当否について検討する。
<証拠>によれば、岡田さとの供述に係る同女の一審原告目撃の当時、同女の進行方向左隣りを歩いていた岡田八重子も、岡田さとの進行方向少し前を同方向に歩いていた大関一夫も、岡田さとが一審原告を目撃したという本件路地付近の人影に気付いていなかったことが認められる。しかし、右乙第六九号証、丙第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、右岡田八重子と大関一夫は共に当時本件路地付近には人影はなかった旨の供述をしているのではなく、右岡田八重子においては通行上の位置関係から同所付近を見なかったため、また右大関においては同所右上の煙ばかりをみて、目の高さ付近を見なかったため、本件路地付近に当時人影があったかどうか判らないというものであるから、右の点をもって右岡田さとの供述を信用するに足りないものとすることはできない。
また、右の各証拠、<証拠>によれば、本件火災を発見した地点についての岡田さとの供述が岡田八重子、大関一夫の各供述のそれと食い違っていること、すなわち岡田さとは、大関が「火事だ。」と叫んだのは別紙第一図面③の地点であり、その時自分は同図④の地点にいたと供述しているところ、岡田八重子は、大関が「火事じゃないか。」といった時、自分達と大関の距離は二、三メートルであった、旨供述し、大関一夫は、別紙第一図面⑤の地点で本件火災を発見し、同図面⑥地点で「あれ、火事じゃないか。」といい、その時岡田さと達は、ほんの数歩後ろにいたと思う、旨供述していることが認められるが、<証拠>によれば岡田八重子及び大関一夫の右各供述にはあいまいで不正確な点があることが窺えるほか、<証拠>によれば、岡田さとは、大関の声で火事と気付くと、走って自宅まで行き、すぐに夫である岡田信行に本件路地付近で一審原告を見た旨話し、右岡田信行からは、知っていることだけ正直にいい、憶測でしやべらないように、といわれたのちの翌一二日司法警察員に対して、右の一審原告目撃の事実を述べていること、及びその供述内容も一審原告の服装が茶色のジャンパー様のものを着用していたという点等において後記の渡辺又市の供述と大筋で一致していることが認められるのであるから、本件火災発見の地点に関する右の各供述の相違は、必ずしも岡田さとの右目撃供述の信用性を疑わせるべきものとはいい難い。しかも岡田さとが、右の供述をした当時、一審原告主張のような、同原告に対する敵意、反感の類のもとにこれを行ったと疑うに足りる証拠はない。かえって<証拠>によれば、岡田さとは、「本件路地付近で一審原告を目撃する」との認識と「大関の言で火事を知る」との認識の二つを持っていたこと及び同女は本件路地との関係での関係者の位置を認識しやすかったことが認められる一方、<証拠>によれば、本件路地越しに本件火災を発見するのが最も発見しやすい方法であるとは、必ずしもいえないことが認められ、<証拠>を総合してみても、以上の認定を左右するに足りないので、前記の本件火災発見の地点に関する供述の相違が、岡田さとの供述に信用性がないとか、その前記供述に誤りがあることを示すほどのものでないことは極めて明らかというべきである。さらにはまた、<証拠>によれば、右の当時本件路地付近は0.5ルックスの明るさがあって、人物の識別は容易にできたこと、岡田さとは、午後一〇時すぎ頃熊谷材木店と高橋肉店との間の路地付近に来た際、茶色ジャンパー様のものを着た一審原告が両腕を組んで材木置場に沿って歩いてくるのに出会ったが、その場所は明るく、一審原告とは一年位前から顔見知りで他人と見間違うようなことはない旨を、警察官・検察官・裁判官の何れに対しても、一貫して供述していること及び岡田さとと一審原告とは、右のように、本件放火の一か年も前から面識があり、岡田さとは一審原告の隣家で一審原告が利用する岡田湯の主婦であったところから、その容貌・体形等についても知るところがあったことが認められるほか、岡田さとが一審原告を目撃した時刻についても、午後一〇時三五、六分頃と認めることができる。なお、<証拠>によれば、岡田さとは、本件路地付近で一審原告を目撃したが同人との会話はなかったこと、また、同人を目撃したのは火事に気付く前であったこと、更に、その後すぐに火事騒ぎになったが、同女のほかにもその頃右同所付近において一審原告を見掛けた者があったかどうかは、必ずしも明らかではないことが認められなくはないけれども、右の各点は、検察官において本件公訴の提起時及びその維持、追行時を通じて右岡田さとの供述の信用性を疑うとか、その内容に誤りがあるとする資料としては、極めて不十分なものというほかなく、また、甲第四五号証の記載も必ずしも右の認定を左右するに足りるものではない。
かえって<証拠>によれば、岡田さとが一審原告を目撃したことを聞き込んだ警察官がいたことから本件放火事件の捜査の端緒が開かれたものであることが認められること、前記のとおり、岡田さとは、その夫の助言があった後、事件の発生したその翌日には、早くも警察官に対して一審原告を目撃したこと等の前記趣旨の供述を詳細に述べていることが認められるのである。右の各点とともに、<証拠>をも併せ考えると、検察官において、本件公訴の提起及びその維持、追行時を通じて、右岡田さとの供述を十分信用に値すると評価したことも、甚だもっともなことというべきである。
(お) 検察官が、本件起訴等に当たり、渡辺は本件火災発生後間もない午後一〇時四一、二分ごろ本件火災現場において一審原告を目撃しているとした点について
本件火災現場で一審原告と渡辺が会ったことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、本件起訴等に当たり、検察官は、右の時刻を午後一〇時四一、二分頃であったとし、右の各事実をもって、一審原告のいう、本件火災の出火時には、一審原告は白永化方にいたところサイレンの音で目を覚まし、午後一一時頃本件火災現場に到着した旨のいわゆるアリバイを覆し、岡田さとの本件路地付近における一審原告目撃という前記事実を裏付けるべき重要な点であるとしていることが明らかである。
そこで、右の時刻が午後一〇時四一、二分頃であったか否かについて検討する。
<証拠>によれば、渡辺は、忘年会から帰り眠っていたところを家人に火事だと呼び起こされ、着替えて家を飛び出し一分位で持田方まで駆けつけたが、その際持田方は火の粉が入って煙が吹き込んではいるもののまだ燃えてはおらず非常線も張られていなかったこと、そこで渡辺は、既にいた四、五名の者と共に、持田方屋内から荷物を持ち出すのを手伝い、斜め前の同人方倉庫の入口にこれを置いたところ、ようやく消防のホースが一本入ってきたが、なかなか水が出ず、岡田湯に燃え移ると大変だからこっちにかけた方が良い等といっているうちにやっと水が出、これを持って、消防士か町会の消防団の人かが二人で持田方の玄関へ入って行ったこと、その後渡辺は、右持田方玄関横付近でしばらく水をかけているのを見た後、持田方と岡田方の間の路地を入って東海産業の火事を見ていたが、路地の奥の方では、二、三人の者が岡田湯燃料貯蔵庫の方から引張ってきたホースで水をかけていたこと、すると、本件建物のベランダが落ちる前後のまだ火が燃えている最中に、一審原告から「子供はどうしたかね。」と声をかけられたが、当時女の人の声で子供の名を呼ぶのが聞こえていたので、渡辺は、「逃げ遅れて中に居るんじやないか。」と答えたこと、その際の一審原告の服装は茶色っぽいジャンパーのようなものを上に着て、黒っぽいズボン、履物はスリッパ様のサンダル(ビニール)であったが、それから一、二分してドカンという爆発音を聞いたこと、その後、また持田方倉庫前付近に四、五分居て、非常線を張る手伝いをしたこと、渡辺が家から出かけたのは、非常線の張られる前で爆発音がして停電する五分位前であったこと、右の停電があったのは午後一〇時四三分であったこと、一審原告と渡辺は、以前に取引きがあり顔見知りであったことがそれぞれ認められる一方、右の証拠によれば、渡辺は、捜査当局に対し、その旨の供述を一貫してなしていることが認められ、同人が虚偽の供述をする理由、必要のあったことを認めるべき証拠はない。そればかりでなく、右証拠によれば、渡辺は、同人が本件火災現場で一審原告に出会った際の同原告の着衣については、前記岡田さとの供述と同様、一審原告が茶色のジャンパー様のものを着ていた旨述べていることが認められるから、この点において岡田さとの供述と渡辺又市の供述とがいわば相互に補強しあうものと検察官が評価しても決して不合理ではない。他方、これに対して、<証拠>によれば、一審原告は、当初では、終始渡辺又市と話したことを否認していたことが認められるのである。
以上の各事実によれば、検察官が、右の各点を総合して、本件公訴の提起時及びその維持、追行の時点を通じて、渡辺が一審原告と本件火災現場で出会ったのは、午後一〇時四一、二分頃であるとし、同時に、一審原告が白永化方を出た後、しばらくたって右火災現場近くに至った際には靴をはいていた旨の内容の一審原告のいわゆるアリバイ供述を信用できないものとしても、それ相当の根拠に基づいたもので、合理的であったということができる。
もっとも、前掲各証拠によれば、渡辺の供述中には、持田方で荷物を受け取った相手が女であったか男であったかとか、一審原告と出会ってから何処に立ち寄り何をして何時に帰宅したか等の微細な点については必ずしも一貫しない点がみられなくはないけれども、右の各点は、右供述の大筋すなわちドカンという爆発音がして停電した時点である午後一〇時四三分に接着した事前の頃に一審原告と渡辺とが出会って一審原告から言葉をかけられたという重要な事実自体を否定せしめるに足りるものではない。また、右の各証拠を総合すれば、渡辺は当日は一日中仕事をしたうえ忘年会で普段の酒量の倍近い七合程の日本酒を飲んで午後一〇時過ぎに帰宅して寝たところ、家人に「持田さんの家が火事だ。」と起こされて飛び起きたこと、渡辺の最初の供述調書である乙第七二号証が作成されたのが本件火災後約二か月経過した昭和四〇年二月六日のことであることが認められるけれども、本件火災発生の日時は、厳寒時のいわば深夜であったうえ、渡辺は寝入りばなを起こされて火災現場まで出向いた際、かねて顔見知りの取引き先でしかも火元建物の持主である一審原告に言葉を掛けられたというような非日常的で特異な体験をしているのであって、その記憶が重要な点において曖昧になるとは通常考えられないところである。のみならず<証拠>によれば、渡辺が見た持田方に水を放った消防士らしい者は、宇野三吉であり、その後二、三分して爆発音がして停電となったことが認められ、この点において捜査当局に対する渡辺の供述と宇野三吉の供述とが一致していることも認められる等渡辺の以上の供述内容には、疑いを差しはさむべき点はない。したがって、検察官が、一審原告と渡辺が言葉を交わしたのは、午後一〇時四一、二分頃であったとしたのは、十分合理的な根拠があったものとみるべく、右のように両者の言葉を交わした時刻が前記ドカンという爆発音の後であるとする趣旨の一審原告の主張及びこれに沿う原審及び当審の供述並びに各書証中の同旨記載部分は、たやすく採用できないものとみるのが合理的である。
(か) 検察官が、本件起訴等に当たり、高智博は午後一〇時五四、五分頃、大石善堂方前で、本件火災現場から白永化方に向かう一審原告を目撃しているとした点について
一審原告の友人である高智博が、別紙第二図面②の地点に所在する自分の工場から本件火災現場に向かって自転車に乗って走っている時、同図面①の地点において、本件火災現場方向から白永化方向に歩いている一審原告と出会ったことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、検察官は、これを午後一〇時五四分のことであるとし、かつ、このとき一審原告は、同一〇時四一、二分頃本件火災現場で渡辺の前から姿を消した後徒歩で白永化方に向かっていたところであったとし、右の事実は、一審原告の前記いわゆるアリバイを覆し、同時に岡田さと、渡辺又市の前記各供述と相まって、本件放火後の一審原告の行動を明らかにするものとしたのである。
そこで、続いて右の点の当否について検討する。
<証拠>によれば、高智博で工場で仕事をしていたところサイレンの音が聞こえてきたこと、同人も最初はたいして気に留めていなかったが、三台目か四台目のサイレンの音を聞いた頃、時間にすれば最初のサイレンを聞いてから一〇分程経った頃、余りにサイレンの音が多いので自分も見てこようと思い、工場から自転車を出し、皆が走って行く方向に、普通より少し速めに走らせたとき、別紙第二図面①の地点で、右高は茶色っぽい背広姿の一審原告と出会ったとしていることが認められる。ところで、<証拠>によれば、別紙第二図面②から①までの自転車での走行時間は一分一五秒前後であると認められ、また<証拠>によれば、消防自動車は午後一〇時三六分には出動を開始して本件火災現場に到着したのは最も早いものは午後一〇時三九分、最も遅いもので同四六分であったことが認められるけれども、そのサイレンの吹鳴が何時に始まり止んだかを正確に把握するに足りる証拠はないから、高と一審原告の出会った時刻が午後一〇時四六分以前であったと即断するわけにいかないし、また、この点は別としても、前記高の出発の経緯により、高は最初のサイレンを聞いてから一〇分程経った後のサイレンがまだ鳴っているときに出発したとすれば、高と一審原告とが出会った時刻は、午後一〇時四六分より以前ではあり得ないものと推認される一方、<証拠>によれば、平山芳枝方の停電時刻は、午後一〇時四三分であったことが明らかであるところ、<証拠>によれば、右平山は右停電一分程の後に火事だとの声を聞き、そとへ出て、近くの菓子屋の前で火事は岡田湯と知り、右菓子屋から電話で金成起の妻李春弘に火事を知らせ、右李は徒歩で高智博方に行き、同人の妻金成順に対して、右高智博に火事の現場へ行って貰いたい旨話したが、高智博が不在であったので、右金成順が高智博の第二工場に電話して梁川年子にその旨を告げたところ、それから一、二分後高智博は、自転車で出発したとの経緯を認めることができるのである。そして右の事実関係からすると、高智博は、前記のとおりその工場から自転車で一分一五秒前後の頃に一審原告と出会う計算になるから、単純に時間に関する数値だけをみても、高智博が一審原告と前記図面①の場所で出会うのは、午後一〇時四七分より前ではあり得ないことはもちろん、その間の関係者の行動について時間的評価を行い、これを推算して加えると、前記平山、李、金、梁川の各人につき二分を要したと見ても午後一〇時五五分となり、検察官が午後一〇時五四、五分頃とみたのは頷けないこととはいえないのである。また、右のとおり、高が自宅を出発して後、右図面①の地点にいたったのは、それ以後の午後一〇時五四、五分頃であったとみることができるとすれば、<証拠>からは本件建物と別紙第二図面①との距離は1.2キロメートル以上あり、徒歩で約一三分かかることが認められるから、この事実と前記岡田さと、渡辺又市が一審原告と出会ったことを併せ考えると、検察官が、高が右①の地点で右の頃一審原告と出会ったとき、同人は本件火災現場を去って白永化方へ向かう途上にあった旨本件公訴の提起時及びその維持、追行時を通じて考えたとしても、合理的ということができる。
もっとも<証拠>からみれば、検察官は、本件において、その収集した関係の各証拠から詳細な時刻を推定したうえ、その時刻によって前記のようにみたもので、その推移に多少の誤差を伴うことは避け難いところではあるけれども、<証拠>によれば、高智博に出会った際の一審原告の動静についての同原告の供述内容は、一貫しておらず、その供述の骨子は、「白永化方にいたところサイレンに気付き、火事を見ながら会社へ帰るつもりで右白永化方を出た後同人方に引き返す際高に出会った。」というにあるところ、一審原告の供述全般にはこれを子細にみると、靴と間違えてサンダルを履き、白永化が見当たらないのに眠っている幼い子供を残して黙って家を出、しかも、途中で靴に履き替えるために引き返す等甚だ不自然といわざるを得ない点があれこれとあるほか、その供述は不安定で変化を伴っていることが認められるから、これらの各点をも総合することにより、検察官が前記の時刻を念頭において行った、事態の大筋に流れる一連の推定には十分合理性があるものということができる。
以上によれば、白永化方で寝ていたところサイレンの音で眼を覚まし大石善堂方先まで行って再び白永化方に引き返そうとしていたとき高智博に会った旨の一審原告の原審及び当審での供述、各書証中の供述記載はたやすく首肯できないところである。
なお、以上の点に関しては、一審原告が真に本件放火の犯人だとするならば、一審原告自身が本件火災の現場付近に本件火災直後の頃に姿を残していたり、姿を見せたり、あるいは人目につきやすい行動をしたりするようなことはあり得ないのではないか、との疑問もあり得よう。
しかし、ある刑事事件(放火事件に限らず)の犯人が、自己の顔、姿、形、名前等の何れかあるいはそのうちの一点でも、確実に犯行時(例えば、放火であれば着火行為の実行中等)他人に目撃され、しかも目撃されたことも犯人自らが知っていたような場合であればともかく、そうでない場合には、犯人が犯行直後あるいはこれに接着した頃に犯行現場あるいはその付近に姿をとどめ、あるいは姿をみせて、自己の犯行の首尾・成否その直後の現場あるいはその付近の雰囲気、捜査の様子等から自己の犯行の発覚可能性の有無、逮捕されそうな状況が見えるかどうか等を密かに探知して事態の推移に備えようとすることは、十分あり得るところであり、しかもそのようなことが、必ずしも少ないとはいえないことは、しばしば新聞紙上に報じられてもいるところである。
そのうえ、巷間では、犯人は自己の犯行現場に足を運ぶ心理がある等ともいわれており、このことは、当裁判所にも顕著である。
これらのことからすれば、一審原告が、本件放火の犯人であることと、その行った前記認定の行動の存在とは何ら矛盾背反するものではない。
(き) 証拠隠滅工作について
<証拠>によれば、検察官は、本件起訴等に当たり、一審原告が本件火災の翌日、金成起に対し、東海産業の印章と約束手形六通を預けたとの当事者間に争いのない事実のほか、一審原告が寿司正店において右金成起に対して「大沢チサに、警察が東海産業の借金のことを聞きに来たら、なにも判らないと答えるように言ってくれ。白永化に、火事の晩には自分は台所の流しのところに居たと言うように言ってくれ。」と依頼し、金成起の妻李春弘に対しても「うちの奴に警察が来ても、会社の借金のことはなにも知らぬと言うように言ってくれ。」と依頼した事実があるとし、これらは一審原告がいわゆる証拠隠滅工作を行ったと見られるから、一審原告が本件放火をしたことを窺わせる重要な事実である、としたことが認められる。
<証拠>によれば、金成起及び李春弘は、それぞれ一審原告から右の内容の依頼を受けたものであることが認められる。そして、いかなる必要があって、一審原告において、右のような依頼をしたものかを明らかにすべき証拠はない。
もっとも、<証拠>によれば、本件火災以前から常常、一審原告は東海産業の印章とか約束手形とかを所持携行していたことが認められるけれども、それにしても一審原告が何故に、前記本件火災の翌日に金成起に対して東海産業の印章や約束手形を預けたうえに右金成起と李春弘に対して殊更に、警察に対する口止めを自己の内妻に伝言するよう依頼したものか、何ら明らかではない以上、検察官が、右の一審原告の行為を証拠隠滅の一環をなす行為であるとみたのも無理からぬところといわなければならない。
なお、<証拠>によれば、金成起は、本件火災について放火犯人として逮捕されたうえ、右認定の事実関係に沿う供述をし、また、その妻李春弘は右金成起釈放の当日に右認定の事実関係に沿う供述をしていることが認められるけれども、そうであるからといって、右両名の各供述を直ちに信用に価しないものとすることはできず、他に右両名の供述を疑わしいものとするべき根拠があるとするに足りる証拠はない。また、<証拠>も必ずしも右の判断を左右するに足りるものとすることはできない。
(く) いわゆる疎開工作について
別紙物件一覧表記載の物件が本件火災により焼失せず残存していたことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、検察官は、本件起訴等に当たり右の各物件は、本来本件火災により焼失するのが通常であるから、右の物件の残存は、計画的放火に先立ってのいわば疎開工作と評価すべきものである、としたことが認められる。
そこで検討するに、右の物件中には、一審原告の実印のほか約束手形、公正証書謄本、契約書のほか預金通帳、担保預り書、印鑑等日常生活あるいは商取引において重要と見られる物件が含まれているのであって、本件火災が一審原告の全くの予想外の不慮の出来事であったならば、これらの物件は、その通常存在しているべき本件建物内にあって、そのために、本件火災によって焼失したはずとみることは一理あるところである。しかしるに、これらの物件は、本件火災当時本件建物内にはなかったものとみえ、<証拠>によれば、本件火災があった後の昭和三九年一二月二三日以後に実施された差押当時、他に分散して存在していたことが認められるのであって、このことからすれば、それらの物件が本件火災当時にも右の本件建物以外の場所にあったことを推認させ、いかにも不自然の感じを免れ難いものといわざるを得ないのである。
ことに<証拠>によれば、東海産業の印章は、本件火災で焼失せず、本件火災の翌日、西新井警察署から本件火災現場に赴く途中のタクシー内で、一審原告が、右の印章とともに約束手形何通かを同タクシーに同乗の金成起に預けたことが認められるが、このこともまた、一審原告の真意を図りかねる所為というほかなく、しかも右のような一般に重要とされている物件が数多く本件建物以外の場所に置かれていたことの必然性については、これを首肯するに足りる証拠がないから、右のような物件が右の場所に置かれていた結果、本件火災にもかかわらず焼失しないで残存することとなった点について、検察官が、一審原告による計画的放火を推認させるものとみ、いわゆる疎開工作が、事前に一審原告によってなされた旨本件の公訴提起時及びその維持、追行時を通じて評価したものとしても、何ら異とするに足りないところである。
(け) 逃走準備について
本件火災当日、本件建物内にいた一審原告の家族が寝巻ではなく昼間の普段着のまま就床したため昼間の服装で逃げ出しまたは焼死していることは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、逃げ遅れて焼死したのは、大沢チサの子であり、一時難を避けた後病院で火傷のため死亡したのも右チサの子であったことが認められるが、検察官は、右の普段着のまま就床したとの点について、本件起訴等に当たり、大沢チサは、当夜一審原告が階段下の空紙袋に放火することを知っていたので、これに備えて待機し、何時でも避難できる用意をしていたとの事実を推認させる重要な間接事実であるとみたことが認められる。
<証拠>によれば、一審原告の居室にはテレビがあることから、終業後従業員が右居室において就寝前テレビを見る習慣がある等、同居室は公私の別なく従業員が出入りする状況にあったこと、一審原告の子供達は幼年であったこと等のことが認められるから、一審原告の家族がいちいち寝巻等に着替えることなく昼間の普段着のまま就寝することも、時にあり得ないことではないかも知れないが、それが常態として行われていたものとは考え難いうえ、本件火災当夜に右の従業員らが、一審原告の不在中(その主張によれば、一審原告は、当夜は白永化方に行っていたというのであるから、一審原告の留守中ということになろう。)、同人の居室においてテレビを見る等して、大沢チサを含む一審原告の家族達の就寝時になるまでその居室にいたことや、そのため幼年の子供たちでさえ厳冬の一二月の中頃就寝するに当たり、寝巻に着替えることがなかったのも当然とするに足りる事実関係を認めるべき証拠はないから、大沢チサを含む一審原告の家族全員が本件火災当夜に普段着を着用したまま就寝するについては、検察官のいうような、特別の意図があってのことによるものとみる余地があり、しかも<証拠>によれば、一審原告と大沢チサとは当日の本件火災発生の二、三時間前に、何事かについて、外出先からかかってきた一審原告からの電話で互いに会話をしたことのあることが明らかであるのに、一審原告も大沢チサも右の点についてこれを否認し続けたことが認められることを思えば、右の点については、大沢チサにおいて、一審原告からの電話により、当夜の一審原告による放火行為を予知していたがためあるいはその予知がたやすく可能な状況に大沢チサらが置かれていたことによるものとの見方も十分にあり得るところである。しかも、右大沢チサとその子供達が本件火災の難を免れるについては、当夜は、未払いの賃金等を受け取るため通勤の工員達までが遅くまで本件建物内にいたこと及び本件建物の二階の別室で当夜就寝した数人の工員達があることも<証拠>により明らかであるから工員達が、当夜の出火に気付き救出に助力してくれることを、一審原告あるいは大沢チサにおいて期待したこともあり得るところであり、このことは、本件犯人の時刻が前記のとおり、午後一〇時三三分頃で、真冬の深夜とはいうものの、まだ比較的早い時刻であったことや一審原告が前記のとおり渡辺に出会った際子供の安否をたずねていることをも考え併せると十分に首肯できる想定である。
したがって、検察官が本件公訴提起時及びその維持、追行時を通じて前記のようにみたとしても、何ら異とするに足りないというべきである。
もっとも、本件放火の具体的計画を何時いかなる方法を大沢チサが予知したか、あるいはこれを予知できるような状況にあったか、そうであったとすれば、何故二人の子供の生命を失ったうえ、大沢チサ本人も重傷を負うといった事態になったものかとの点について、疑問が生じ得るところではあるが、予め前記のように服装に配慮し、かつ、後記認定のように雨戸を閉めること等をしないでいたものであったとしても、たまたま疲労の余り熟睡して目覚めるのが遅れたり、既に公知のとおり東京の厳冬期の夜の大気は乾燥が強く(本件出火のあった日の頃も、異常乾燥が続いていたことは<証拠>によって明らかである。)、例えば本件建物のように、古いばかりでなく、一階部分の天井が二階部分の床をかねているといったようないわば簡易な木造建物(この点は<証拠>によって明らかである。)では、火の回りも極めて早いのが一般であるため、本件建物においても予想外に火の回りが早かったり、あるいはまた、子供達五人の全部のほか大沢自身も脱出しようとしたため、案に相違した手間や時間を要した等の不測の出来事の突発することもあり得ないではないかと考えられる。
このことは、実際の火災現場においては、いかにそれに対する予め心構えがなされていたとしても、例えば防火訓練の場合と実際の火災発生の場合とを対比してみるとき、あるいはまた、ある程度の対応準備、防火対策がなされていた場合と現実の火災発生の場合とを対比してみるとき、後者の場合には、あれこれと予想とは異なった事態の突発があり得ることからも容易に推測できるところである。したがって、右のような死傷の事態が発生していることは、本件建物に対する放火が、予め一審原告によって計画され、それとともに、大沢チサにも知らされていたが、あるいは、同人がこれを容易に予知し得る状況に置かれていたことを否定するに足りる資料とは必ずしもなり得ないものである。
なお、本件火災当日、本件建物内の一審原告らの居室の雨戸が開かれていたことにつき当事者間に争いのないこと、前記認定のように、一審原告が、渡辺又市にして子供の安否を尋ねたものとみられること、<証拠>によれば、右の雨戸は平常は大抵閉められていたのに、当夜は閉められてはいなかったばかりか、開かれていて、ガラス戸のすぐ外のベランダの下にはドラム缶が置かれていて、ベランダからはその上に飛び降りることが可能であったことが認められるが、厳冬の夜間に平常と異なって雨戸が開かれていて、ガラス戸が直接に外気と接触し、簡単に外へ出られるような状況に女・子供の寝室である部屋がなっていた(この点で<証拠>により明らかである。)というのは、異常の感を免れ難いものというほかなく、前記のように大沢チサらが就寝時に普段着着用のままであったことのほか、本件放火の場所が、前記のとおり、二階への階段下であり、大沢チサや子供達の寝室とはかなり離れた位置にあるとともに、両者の間には右建物内で寝泊りする東海産業の従業員の寝室があって、本件火災の当夜にもその数人が宿泊することが予め判っていた(この点は前記認定の事実、及び弁論の全趣旨によって明らかである。)こと、<証拠>によれば、大沢チサは最も早くではないにせよ、火が下から二階に延びた後一番か二番位の極めて早い時点に東側ベランダから脱出していたことを併せて考えてみるならば、検察官が、大沢チサ及び一審原告は、予め本件火災の発生することを念頭におき、その際は、ベランダの下に置かれているドラム缶を利用してベランダから逃げるべく、その際便利なように、本件当夜に限りその居室の雨戸を閉めず、避難のための用意をしていたものであるとみたとしても、これまでに検討した種々の事実関係を背景として、これらの事実関係を併せてみれば、一審原告あるいは大沢チサによる右の点についての適切な説明のなされたことの窺い得ない本件においては、合理的な想定ということができる。
もっとも、<証拠>によれば、雨戸が平常と違って、開かれていた旨を検察官に対して供述した中村錠太郎は、本件火災により重傷を負ったものであることが認められるが、だからといって、右の供述当時、本件放火の犯人として一審原告が一旦逮捕されてその後に釈放された事実があることのゆえに、一審原告に対して、右中村が特に反感を抱いたとするのは、甚だ早計に過ぎるものというべきところ、他に中村の検察官に対する右供述の信用性を疑わせるべき資料は存しないから、中村の右供述に信用性がないとすることはできない。
(こ) アリバイ主張について
一審原告が、いわゆるアリバイとして、請求の原因4(二)(イ)(1)(さ)に記載の事実を主張していたことは当事者間には争いがない。
<証拠>によれば、検察官は、一審原告の右主張を虚偽であるとしているのであるが、前記のとおり、一審原告のアリバイに関するその供述には不自然な部分等が少なくないうえ、<証拠>によれば、白永化の供述や李春弘の各供述とも矛盾している点がこれまた少なしとしないことが認められる。
また、<証拠>によれば、ポリグラフによる一審原告に対する検査においては、検察官が一審原告の右のアリバイ主張もたやすく肯認できないとみたとしても無理からぬといってよいような反応が得られたことが認められることに照らして一審原告の右のアリバイ主張はたやすく採用できないといえないものでもない。しかし、右の各証拠と<証拠>を総合すると、右のポリグラフ検査だけからでは、一審原告主張のアリバイを直ちに虚偽であるとまでは断定できず、虚偽の可能性がある、といい得るにとどまるもので、それ以上の明確な結論を引き出すことには無理があるとの考えもあり得るところである。このような見地にたち、右の検査結果から一審原告主張のアリバイを虚偽であると断定することを避けてみても、前記岡田さと、渡辺又市及び高智博の各供述の内容にいずれもその信用性に問題はないといっても差支えはないとみられること、これに対し、一審原告の供述の内容にむしろ問題があるとみられること、また、大沢チサの供述にもやはり問題があるとみられること及び原審における証人伊藤卓蔵の証言によれば、検察官は本件捜査中一審原告が犯人でないことの証拠がないかどうか、の点についても、本件捜査に従事していた司法警察職員をして証拠の収集をさせたが、一審原告の弁解あるいは一審原告の内妻大沢チサ、本妻白永化等の供述を裏付けるに足りる資料は得られなかったことが認められることをも併せて考えると、一審原告の主張に沿う同人の各供述あるいは右大沢チサ、白永化の各供述をそのままに信用できないとみるのは合理的であり、一審原告のアリバイに対する検察官の上記の見方をあり得ないことと断定し去ることはでき難く、かえって一審原告のアリバイ主張には、多くの疑問を呈する余地のある内容のものであるといえ、検察官の前記のような見方にも十分合理性があり、したがって本件公訴事実の存在にも十分な根拠があるとして、本件公訴の提起及びその維持、追行を正当と主張した検察官の立場及び見解にも十分な理由が存したものということができる。
なお、<証拠>を総合すると、一審原告に対する警察官及び検察官の取調べ中において、一審原告は自らが有罪であることをほのめかしているともとれなくはない言動を示し、例えば、取調べの警察官に対しては、「看守さんに聞いたら私の刑は一五年くらいだろうといわれたが、刑事さんは何年くらいと思ますか。」とか「私は手先が器用だから二か月もやればなんでもできるから中で仕事をします。」とかいっていたほか、検察官に対しては、その昭和四〇年一月二二日の取調べの際に、「早く裁判してください。」もし裁判で有罪になれば懲役に行くだけのことです。」と述べたので、検察官は、その収集した証拠とも考え併せて、一審原告のアリバイによる弁解にはその信用性に疑問があるとみていたことが認められる。そして、右の一審原告の述べたところからすれば、検察官が、右のような心証を抱いたとしても無理からぬところである。
(五) ところで<証拠>によれば、次の事実が認められる。
本件公訴事実について審理した東京地方裁判所の刑事第一審の判決は、その取り調べた関係各証拠を総合、検討したうえ、一審原告の主張と検察官の主張の相違点につき、次のように述べている。
一審原告(すなわち刑事事件の被告人)について
「(イ) 時間的に検討した上では、当夜被告人が白永化方より大石善堂方前付近迄行って引返す時に高智博に会ったとも、遠方より大石善堂方前まで来て更に進行中に高智博に会ったとも断定出来ず何れの可能性もある。
(ロ) 大石善堂方前付近で被告人と高智博が出会ったのは一〇時四二分ないし四八分頃と思われるが、熊谷材木店付近より大石善堂方前付近迄は一二五〇米位で徒歩で一一分ないし一三分位を要するから、一〇時三五分頃に現場付近にいたとすれば一〇時四二分ないし四八分頃に大石善堂方前付近に到達することは可能である。
(ハ) 大石善堂方前付近で被告人がコートを手に持っていたかどうかわからないが、手に持って歩いていたことは疑わしい。又その際被告人が高智博に火事は何処かわからぬと答えたかどうかも疑わしい。
(ニ) 被告人が大石善堂方前付近より引返したことの理由として述べた、サンダルで歩きにくいから、火事が何処かわからないから、ということは納得し難い。
(ホ) 被告人が白永化方より大石善堂方付近迄の間で火事が自分の工場付近であることに気付かないということは一応肯ける。
(ヘ) 被告人が白永化方に工員の給料を借りる為に行ったということ、白方で仮睡したということ、サイレンを聞いて知人方を見舞って帰ろうとしたということは信じ難い。
(ト) 被告人が白永化方へ行ったのは午後六時二、三〇分頃で、長谷川春子、高智博が来たのは八時ないし九時頃であるから、その間に一時間以上の外出可能時間がある。
(チ) 右時間中に被告人がバイクが金成起方へ行ったことは認められない。
(リ) 右時間中に被告人が工場に帰り、バイクに乗って白永化方へ戻ったと認められない。
(ヌ) 高智博が白永化方を辞去する時に被告人は白方に居り、サイレンが鳴った後、大石善堂方前付近で高智博に会ったが、被告人が何時白方を出たか確認し得ず、サイレンが鳴り初めた頃白方に居たと認めることは出来ない。
(ル) 高智博が白方を辞去した後、被告人が白方が徒歩で出て出火前に工場に到達していることは可能である。
(オ) 出火直後熊谷材木店横を被告人が歩いていたとの疑はあるが岡田さと等三人が歩いていて岡田さとのみが見たこと、火災が上がる迄に数分かかること、服装の着替等のこと等の点から断定し難い。
(カ) 被告人が出火後中曽根通りを南下し本木東小学校前を東に向い、関原通りを越え、大石善堂方前に到ったことは認められない。
(ヨ) 被告人が、佐藤隆茂に、火元責任者として事情をきく為パトカーに乗せられたこと、その時左足はビッコを引いていたこと、左足ズボンの膝下部に工場で使用する白い粉が着いていたことは認められる。
右(ハ)(ニ)(ヘ)(ヌ)(ヨ)について被告人が弁疏するところは認め難く、何事かを秘匿しているように思われるし、(ロ)(ト)(ル)の事実関係では被告人を犯人と認める証拠ともなり得るのであって、被告人が本件放火をしたのではないかとの疑は拭い得ない。
しかし、右に引き続き、検察官の主張に関しては、同判決は、次の指摘をしている。
(A) 検察官主張のように工場の階段下のところに点火されたものとすると、本件建物の二階を住居として、そこに就寝している妻子の生命に重大な危害の及ぶことは明らかなところであるから被告人がそこに点火するとすれば、妻子の待避について何らかの方策を立てていたであろうと思われるのに、その形跡が認められないし、当夜被告人が何らかの方法で大沢チサにその意図を伝えてあったとみるよりはむしろ事前の意思連絡はなかったものと推認すべきであろうが、被告人が妻子に知らせることもなく突如としてそのような事をなさねばならなかったのであったとすれば、その理由として首肯し得る事情が認められない。
(B) 検察官は、被告人が持田方前にあったバイクを秘かに持出し、後に放火の為に帰る際に使用し、又元の所に置いたものと主張するが、被告人が犯人とすれば、このような隠密性に欠け、他人から発見された時に疑いを招くようなことをするかどうか疑わしい。
(C) 検察官は、被告人は国兼を送るべく出発した時既に放火の決意をしていたとするが、そうだとすれば、何故に殊更自己の行動を他人に示すようなことをしたのか、理解し難い。
(D) 検察官は、被告人は放火後の一〇時三五、六分頃熊谷材木店脇で岡田さとに出会い、その後岡田湯と持田方の間の通路に現れて子供の身を案じ一〇時四一、二分頃までいたというのであるが、放火後の被告人であれば、他人の目を憚り警戒して歩き、他人に気付けば姿を隠すであろうし、点火後は一散に待避するのが自然であるのに、待避もせずに現場にいて殊更に身体を他人の目にふれさせるということは理解し難い。
(E) 検察官は、被告人は、渡辺又市に子供のことを尋ねた後、中曽根通りを南に下り、大石善堂方前に向ったというのであるが、何故このような行為に出たのか、理解し難い。
その結果、右刑事第一審は、「一審原告の犯行ではないかと疑わしめる数数の事実が存するにも抱わらず未だ合理的な疑いをいれぬ心証を形成するに至らない。」として一審原告に対して無罪の判決を言い渡した。
(六) 本件公訴提起における違法性及び刑事第一審における公訴の維持、追行の違法性の有無
刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに公訴の提起及びその維持、追行が違法となるものではない。けだし、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否について審判を求める意思表示にほかならないから、起訴あるいは公訴の維持、追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴の維持、追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるからである。したがって、右のような有罪と認められる嫌疑がなく、有罪判決を期待しうる合理的な理由がないのに、あえて公訴を提起し、これを維持、追行した場合には、検察官の公訴の提起、その維持、追行は違法となるものというべきである。
これを本件についてみるに、以上個別的に証拠に基づきそれぞれ検討してきたところを総合すれば、本件公訴の提起及びその維持、追行時を通じて、一審原告には、同原告が本件建物に対して放火をしたとするに十分な動機があるとみられること、一審原告において本件建物二階で就寝する家族が右の放火による難を免れ得べき措置を講じたとみるべき事実の存在が窺えること、同原告はそのうえで本件建物西側階段下に放火したものとすべき事実関係が存在したものとみるに足りる証拠があること、前記のように、岡田さとが本件放火による火災の発生直後の午後一〇時三五、六分頃別紙図面①、②付近で一審原告と出会ったほか、同人は、渡辺又市や高智博ともそれぞれ前記のとおり出会っているとみられること、一審原告の主張するアリバイは、甚だ不自然なものであるうえ、これを裏付けるべき、信用性のある客観証拠を欠き、かえって、これを否定するに足りるともみえる事実関係が存在するともいえることが明らかである。
したがって、本件の公訴提起及びその維持、追行に当たる検察官が、右の諸点に基づき、前段に判示した各見地から、一審原告について、本件公訴事実につき、有罪の判決を得るに十分な証拠があると判断して、本件の公訴提起及びその維持、追行に当たったことは、その職責に照らして正当、かつ、合理的な根拠に基づいたものということができ、右の点について、検察官には何ら違法、不当の点はないものというべきである。
なお、公訴の維持、追行においては、その時点における各種の証拠資料を総合勘案して通常の検察官としての合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑の有無により検察官の公訴の維持、追行に関する違法性の有無が判断されるべきであるが、本件においては、前記のとおり、検察官の公訴提起に合理性を欠く違法があるとはいえないのであるから、違法とはいえない右公訴提起に引き続いて行われた検察官の公訴の維持、追行は、その限度において違法であるといい得ないものであって、更にすすんでそれにもかかわらず、公訴、追行が違法であるというためには、公訴の維持、追行の間において、通常の検察官としての立場においても有罪判決を期待し得る合理的な理由が失われる程の極めて有力な反証が提出されたとか、当該の被告人に明白なアリバイの証明が現れたとかあるいは他に真犯人のいることが証拠によって確認されたとか等の特別の事情が生じていたにも拘わらず、なお公訴を進んで取り消すこともせず、あるいは無罪の論告をしなかったというような特段の事情の存する場合であることが必要であると解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件全証拠を総合してみても、刑事第一審の審理の過程においては、公判廷に適法に提出され、取り調べられた証拠によって、前記のように、通常の検察官の立場においても、有罪判決を期待し得る合理的理由が失われる程の有力な反証が提出されたこと等の特段の事情を認めるに足りないばかりか、前掲各証拠によれば、通常の検察官としては、当該被告人すなわち一審原告が本件放火事件の犯人であるとみることがむしろ合理的であるとするに足りる関係証拠が刑事公判廷で取り調べられていたものと認めることができるうえ、本件全証拠によるも一審原告について明白なアリバイ証明が現れた等の特段の事情を認めるに足りないし、更には、一審原告の全立証その他本件全証拠によるも、他に真犯人がいる等検察官が公訴を進んで取り消しあるいは無罪の論告をすべき場合であるというような前記特段の事情の存在を認めるに足りない。
したがって、刑事第一審において、検察官が同公判廷において取り調べられた証拠を総合し、当該被告人すなわち一審原告に有罪の判決がなされるものと考えて、本件公訴提起に続く右公訴の維持、追行に当たり、有罪の論告及び求刑をしたことには、何ら違法の点はない。
(七) 控訴の申立て及び刑事控訴審におけるその維持、追行等、
検察官の控訴申立て及びその維持、追行においても、控訴棄却の判決が言い渡され、それが確定したというだけで直ちに右控訴の申立て及びその維持、追行が違法となるものではないことはいうまではない。
すなわち、検察官の主たる任務は、刑罰法規の実現を図り社会秩序を維持するため.公訴権を行使することにあり、もとよりその権限の行使は適正でなければならず、いやしくも被告人の人権を侵害するようなことがあってはならないけれども、検察官は、本質的に刑事訴訟手続における一方の当事者としての訴追官の立場にあるものであって、第一審裁判所が無罪の判決をした場合に、その判断を不当とする検察官が、更に上級の裁判所の判断を求めるため控訴を申し立てることは、刑事訴訟法が検察官に認めた権限であり、同法は、被告人とともに、検察官にも控訴権を付与することによって、より適正な刑事裁判の実現を目指したものというべきである。
右の趣旨によってみると、検察官が第一審の無罪判決を不当として控訴したが、控訴審もまた被告人に対し無罪を言い渡すべきものとして控訴を棄却し、無罪判決の確定をみた場合においても、その結果から直ちに右の控訴の申立て及びその維持、追行を違法とすべきではなく、第一審の判決を覆して有罪の判決を得られる見込みがあるとした検察官の判断過程に合理性が到底認められないような特段の事情の存する場合でない限り、右の控訴の申立て及びその維持、追行をもって、同法が検察官に控訴権を付与した本旨に沿わない違法のものということはできない。
これを本件についてみるに、<証拠>によれば、本件においては、前記刑事第一審の判決に対する検察官の控訴申立てに対し、刑事第二審の判決は、「本件事案を判断するにとって最も重要且つ根本的な問題点は、発火当時の被告人のアリバイの成否にあると考える。」としたうえ、関係証拠を総合して、「本件火災の当日、被告人が白永化方へ来てから出火時刻に至るまで被告人の行動が、ほぼ被告人の弁解するとおりであることが肯認できる。」と述べ、右の証拠は、「高智博の供述中、時間に関する点を除き、その証明力はすべて十分であると認められる。」と判示し、結局「本件火災当日、被告人は夕刻ごろから白永化方に居り、発火後に同人から岡田湯が火事であると聞いて東海産業に駆けつけたのであって、放火した事実はない、との被告人の弁解が、関係の証拠にてらしきわめて自然に、しかもほぼ確実に認められ、これによって本件事案の真相が解明されたものといわなければならない。」としたのであるが、刑事第二審裁判所の右の判示及び結論の存在は、同判決に至るまでの過程における検察官の前記公訴の提起、その維持、追行及び控訴の申立て、その維持、追行についての、右のそれぞれの時点での検察官による各種証拠資料を総合勘案したうえで合理的判断過程に基づく一審原告有罪との判断及びそれに相当する嫌疑の存在それ自体と必ずしも矛盾するものではない。けだし、刑事第一審の判決は、前記のとおり、要するに、一審原告が、有罪であるとするにはなおその心証十分ではない、として一審原告に対して無罪を言い渡しているのであって、一審原告の主張したアリバイについての明白な証明があったとか、あるいは他に真犯人がいることを認めるなど、確実な証拠を摘示して被告人すなわち一審原告の無実を明らかならしめているものではない。つまり、検察官の判断と第一審裁判所の判断との差異は、同裁判所の判決が詳細に説示している疑問点について、それが証拠によって十分に解明され、被告人の有罪に疑いはない、とする検察官の判断と、右の点についての解明いまだ十分ではない、とする第一審裁判所の判断の差異、さらに具体的には、右の点の解明のための十分な証明力・信用性のある証拠が被告人の有罪を立証するに足りる程度に提出されているとする検察官と裁判所との立証の程度・内容・価値についての判断の相違によるものということができる。そしてこのような立証の程度等あるいは証拠に関する価値判断等については、事実の認定が裁判官の自由心証に委ねられている以上、第二審裁判所が第一審裁判所と常に同旨の判断をするとは必ずしも限らないのであるから第一審の判断を不当とする検察官が、既に提出した証拠や場合によっては更に新たに提出する証拠をも併せて第二審裁判所の評価・判断を求めるべく控訴を申し立てその維持、追行に当たることは、検察官が控訴権を有するものとされた上記の本旨に沿わないものではなく、検察官が右の見地から本件の刑事第一審の判決に対する控訴の申立て及びその維持、追行に当たったことは、証拠に照らして明らかなところである。
しかも、検察官としては、その申し立てた控訴に対して第二審裁判所がいかなる心証を形成しているものかをあらかじめ知るに由がないのが一般であって、検察官において前記刑事第一審の判決に対して控訴を申し立て、これを維持、追行した結果、刑事第二審裁判所においても、前記のとおり判断されて控訴が棄却されることとなったとしても、検察官と第二審裁判所とが証拠の評価と事実の認定においてその一致を得るに至らなかったに帰するものであるから、そのことの故に、検察官の本件控訴の申立て及びその維持、追行が違法、不当なものであったとすることはできない。
また、一審原告の全立証あるいは本件全証拠によるも、検察官の本件控訴の申立て及びその維持、追行において、右の本件控訴の申立て等が前記本旨に沿わない違法、不当のものとすべきような、前記第一審の場合について述べたのと同旨の特段の事情ないしは事実関係の存在したことを肯認するに足りない。
(八) 一審原告のその余の主張
一審原告は、また、検察官の第一審において違法、不当な捜査によって収集作成された証拠を公判に提出し、及び第二審において裁判官の民族的偏見をあおるべく更に証拠の提出をし、徒らに無罪判決の確定を引き延ばして一審原告の苦痛を長期化し、事案の真相の発見を困難にし、無実の一審原告を処罰すべく努め、公判の審理によって一審原告が無実であることが判明したにもかかわらず敢えて有罪の論告を行い、懲役一三年という重刑を求刑した、旨主張する。しかし、前記判示のところによれば、検察官において有罪の論告を行い、懲役一三年の求刑をした、としても、違法、不当といえないし、その余の点についても、既に認定のところからすれば、そうではないことが明らかであり、結局一審原告の右主張については、本件全証拠によるもこれを肯認することができないことに帰するから、右主張はすべて理由がない。更に、同原告の主張する、検察官が一審原告側の証拠開示の要求を拒否したとの点もこれを違法とするに足りないものであって、一審原告の右主張も理由がない。
(九) 結語
以上検討したところによれば、上来認定判示の一審原告主張に係る検察官の各行為がそれぞれ国家賠償法一条の規定にいう「国の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて」なした行為であることは明らかであるが、そこには何ら違法、不当とすべき点があったとはいえないのであるから、右の行為につきこれを違法と主張して、同条の規定により、一審被告国に対し損害の賠償を求める一審原告の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却すべきものである。」
二結論
以上のとおりであるから、一審原告の本件各請求は、いずれも失当であり、一審被告都に対する一審原告の請求を棄却した原審の判断は正当であるから、この点に関する一審原告の本件控訴は理由がなく、一審被告国に対し金五〇〇万円の損害賠償金及びこれに対する昭和四八年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを命じた原審の判断は失当であるから、この点に関する一審被告国の本件控訴は理由があり、一審原告の一審被告国に対する本件附帯控訴は理由がない。
よって、一審原告の一審被告都に対する本件控訴を棄却し、原判決中、一審原告と一審被告国に対する本訴請求の一部を認容した部分を取り消したうえ一審原告の請求を棄却するとともに、一審原告の一審被告国に対する附帯控訴を棄却し、訴訟費用は、第一、二審とも全部一審原告の負担として主文のとおり判決する。
(裁判官仙田富士夫 裁判官市川賴明裁判長裁判官櫻井敏雄は、転補につき、署名押印することができない。裁判官仙田富士夫)