東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2032号 判決 1985年9月26日
控訴人
大村信夫
右訴訟代理人
寺坂宣雄
被控訴人
大村武司
右訴訟代理人
吉田米蔵
主文
原判決を取り消す。
本件仮差押取消申立を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
〔申立〕
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
〔主張〕
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目表一〇行目の末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。
「3 控訴人の本件仮差押事件における被保全権利は、連帯保証人相互間の求償債権であり、連帯保証人三名の負担割合は各三分の一であると解されるから、控訴人が被控訴人に対して請求できるのは、控訴人主張額の三分の一の金額になるべきである。
なお、連帯保証人の一人である大村すゞ江は主債務者である有限会社大村工業所のかつての代表取締役であつた亡大村輝次の妻であつて、大村すゞ江自身も取締役であつたものであり、被控訴人は右輝次の末弟であり、大村すゞ江は控訴人の義姉であることから、仮に被控訴人において大村すゞ江の負担部分を含めて負担するとしても、控訴人が被控訴人に請求できるのは、控訴人主張額の三分の二の金額になるべきである。
4 本件仮差押決定は昭和五五年一〇月二四日に発せられたのであり、控訴人の申立に基づき起訴命令が発せられた昭和五九年二月七日までの三年三か月余りの間、被控訴人は被保全債権回収のための何らの法的手続をとらずに放置していたことからするならば、最早本件仮差押決定を維持する必要性は存しない。」
二 同二枚目裏二行目冒頭に「1」を、同じ行の末尾の次に行を改めて「2 同3、4の主張は争う。」を、四行目の「二月二三日」の次に「静岡地方裁判所に対し」をそれぞれ加え、五行目の「当裁判所に」を「原判決別紙目録記載の国民金融公庫から有限会社大村工業所が金員を借り入れるにあたり、被控訴人及び大村すゞ江が同会社の取締役としてその任務に背き、そのため同会社が倒産し、第三者である控訴人に損害を負わせたことを理由として、商法二六六条の三第一項に基づく」と改め、六行目の「2」を削除する。
三 同三枚目表二行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。
「しかも、控訴人は被控訴人の資産の散逸、隠蔽を防止するため緊急の必要から本件仮差押の申立をしたものであり、仮差押の緊急性からしても、仮差押の被保全権利と本案訴訟の訴訟物との間について存することが要求される同一性はゆるやかに解釈すべきである。
従つて、右損害賠償請求訴訟は本件仮差押事件の本案訴訟たる適格を有するものである。
また、控訴人は昭和五九年七月九日静岡地方裁判所に対して、被控訴人外二名を被告として、本件仮差押事件の被保全権利と同一の債権について、その支払を求める本案訴訟を提起した(同裁判所昭和五九年(ワ)第二八五号求償金請求事件)ところ、起訴命令に基づく本案訴訟の提起は仮差押取消訴訟の口頭弁論終結に至るまでになされればよいとするのがこれまでの判例であることからも、被控訴人の本件申立は理由がない。
2 国民金融公庫との本件消費貸借契約は、有限会社大村工業所が事業資金を借り入れるために締結したものであるが、被控訴人は同会社の代表者であつたのであるから、連帯保証人間の内部関係においては被控訴人が全て負担すべきものである。
また、被控訴人は国民金融公庫からの右借入れに際して、万一の場合には被控訴人及び大村すゞ江においてこれを引受け、控訴人には絶対に迷惑をかけない旨述べていたうえ、昭和五五年九月一七日に同会社が倒産した後においても同様に述べていたものである。
従つて、控訴人が被控訴人に請求しうるのは、被控訴人主張のように原判決別紙請求債権目録記載の金額の三分の一もしくは三分の二の金額ではなく、その全額ということになる。
3 本件仮差押から起訴命令までに被控訴人主張のような期間が経過してはいるが、その間控訴人においては、被控訴人の前記のような態度を信じ、かつ被控訴人が近所に住んでいることから、被控訴人の任意の履行を期待し、あえて訴訟の提起等の法的手続をとらなかつたのであつて、漫然と自己の権利の保全を怠つていたわけではない。
従つて、被控訴人の主張するような期間が経過しているからといつて、本件仮差押の保全の必要性には何ら影響はない。
以上のとおりであるから、被控訴人の本件申立は理由がないというべきである。」
四 同三枚目表四行目の冒頭に「1」を加え、同じ行の「、同2」を「るが、法律上」と改め、同じ行の末尾の次に行を改めて次のとおり加える。
「本件仮差押の被保全権利は連帯保証人間の求償権であるのに対して、控訴人が当初提起した訴訟の訴訟物は商法二六六条の三に基づく取締役に対する損害賠償請求権であつて、両者間には請求の基礎に同一性がなく、控訴人が当初提起した訴訟は本件仮差押事件の本案訴訟としての適格性を有しないというべきである。
また、本件において控訴人は起訴命令期間経過後に本案訴訟を提起しており、起訴命令期間経過後といえども仮差押取消訴訟の口頭弁論終結時までに本案訴訟が提起されればよいとするのが判例であることは、控訴人の主張のとおりであるが、仮差押取消訴訟は、仮差押が極めて簡略な手続によつてなされることによつて被る債務者の不利益を排除することをもその目的とするものであり、本件において被控訴人は、前記のように自己が負担する以上の金員を請求され、しかも仮差押がなされた後も長期間にわたつて本案訴訟を提起されることもなく、極めて不安定な地位におかれる等、多大な損害を被つているのであつて、現時点において本案訴訟が係属しているからといつて、本件仮差押を維持すべきではない。
2 同2の事実のうち、国民金融公庫からの本件借入当時、被控訴人が有限会社大村工業所の代表者であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。」
五 同六枚目(請求債権目録)表四行目の「債権者」の次に「(控訴人)」を、六行目の「債務者」の次に「(被控訴人)」をそれぞれ加え、九行目の「静岡支店」を「(静岡支店)」と改め、一〇行目の末尾の次に行を改めて「契約年月日 昭和五四年一二月八日」を加える。
〔証拠〕<省略>
理由
一申立の理由1、2の事実及び抗弁1の事実中、控訴人が昭和五九年二月二三日静岡地方裁判所に対して、被控訴人及び大村すゞ江を被告として商法二六六条の三に基づき損害賠償請求訴訟を提起したことは当事者間に争いがない。
そこで、右損害賠償請求訴訟が本件仮差押事件の本案訴訟としての適格を備えているか否かについて検討する。
本件仮差押の被保全権利は、有限会社大村工業所が国民金融公庫から金員を借り入れた際に、何れも同会社の連帯保証人となつた控訴人から被控訴人に対する求償債権であり、一方、控訴人が昭和五九年二月二三日に提起した前記損害賠償請求訴訟は、右会社の取締役である被控訴人に対する損害賠償請求であることは前記のとおりである。
ところで、原本の存在・成立に争いのない疎乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば右損害賠償請求訴訟において控訴人は、大村すゞ江が有限会社大村工業所の取締役としてその任務に背き、同会社の営業とは関係なく巨額にのぼる同会社名義の手形、小切手を濫発していたにもかかわらず、同会社の代表者である被控訴人において悪意又は重大な過失により大村すゞ江の不正行為を看過し、同会社に膨大な損害を被らせて昭和五五年九月一七日ころ事実上倒産するに至らしめ、その結果、同会社が国民金融公庫から金員を借り入れるにあたつて連帯保証人となつた控訴人が(右借入れは、本件仮差押の被保全権利の発生原因たる国民金融公庫からの借入れと同一である。)同公庫への保証債務を履行し、主債務者たる同会社に対する求償権を取得しても、同会社から実際に弁済を受けることができなくなつたから、控訴人は同額の損害を被つたとして、被控訴人に対して商法二六六条の三に基づき右損害の賠償を求めていることが一応認められる。
右認定の事実によれば、右損害賠償請求訴訟の訴訟物たる権利と仮差押の被保全権利とは実体法上の権利としては異なるものの、右損害賠償請求権の前提たる控訴人の有限会社大村工業所に対する求償権と右被保全権利たる控訴人の被控訴人に対する求償権とは、何れも本件仮差押事件の被保全権利の前提たる国民金融公庫からの借入れに起因するものであつて、その基礎となる事実は同一であるから、右両者の請求の基礎は同一であると解するのが相当である。
そうすると、控訴人は起訴命令期間内に本件仮差押事件の本案訴訟としての適格を有する訴訟を提起したということができ、被控訴人の起訴命令期間徒過を理由とする本件取消申立は、理由がないというべきである。
二被控訴人は、控訴人が被控訴人に求償権を有するとしても、その額は控訴人主張額の三分の一もしくは三分の二にすぎない旨主張して、本件仮差押の取消を求めるところ、右主張は仮差押に対する異議事由ではあるが、本件のような取消訴訟においても異議事由を主張することができると解するのが相当であるから、以下、被控訴人の右主張について判断する。
本件仮差押の本案たるべきものが商法二六六条の三に基づく請求であるとすれば、被控訴人の主張が右仮差押の取消を求める事由たりえないことは明らかである。
のみならず、本件仮差押の被保全権利そのものについてみても、当審における控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は国民金融公庫から本件借入れをなすにあたり、控訴人に対して、万一、有限会社大村工業所において右借入れを返済できない場合には、被控訴人及び大村すゞ江においてその返済をし、控訴人には一切迷惑をかけない旨言つていたことが一応認められ、右認定に反する証拠は存しない。そうすると、控訴人は被控訴人に対して、控訴人が国民金融公庫に対して右借入金を返済した場合に取得する求償権については、その全額を被控訴人に対して行使しうると解するのが相当である。
従つて、この点に関する被控訴人の主張も理由がない。
三被控訴人は、控訴人が本件仮差押が発せられてから長期間にわたつて本案訴訟を提起しないため、非常に不安定な立場におかれていたとして、本件仮差押を維持する必要性はない旨主張する。
本件仮差押決定後、起訴命令までに三年三月余の期間があつたことは当事者間に争いがないが、当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は本件仮差押決定後も被控訴人と種々折衝を重ねていたことが一応認められ、漫然と放置していた訳ではないことからすると、右期間の経過をもつて本件仮差押を取り消す理由とすることはできないと解するのが相当である。
四によつて、被控訴人の本件仮差押の取消を求める本件申立は理由がないものというべきであり、これを認容した原判決は失当であるから、原判決を取り消して本件申立を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する
(裁判長裁判官鈴木重信 裁判官加茂紀久男 裁判官片桐春一)