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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2796号 判決 1985年9月26日

控訴人

蝦名十三治

右控訴代理人弁護士

福田晴政

被控訴人

中村毅

右訴訟代理人弁護士

武藤節義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決の事実摘示のとおり(但し、原判決二枚目表七行目から八行目にかけての「社交場「みかさ」」を「社交場みかさ」(以下単に「みかさ」という。)と改める。)であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

控訴人は、本件出演契約を締結するにあたり、被控訴人に対し、「傭われですが社長をやつている蝦名です。」と自己紹介したものである。そして、「社長」というのは会社を代表する者であつて、会社それ自体と同一でないことは一般的に十分理解されている事柄である。したがつて、仮に、被控訴人が本件契約当時「みかさ」の経営者が陽栄(有限会社陽栄の謂である。)であることを知らなかつたとしても、「みかさ」を経営する会社が本件出演契約の当事者本人であることを知つていたのであるから、商法五〇四条の適用をいう被控訴人の主張は理由がない。

(被控訴人の答弁及び主張)

控訴人が本件出演契約の締結にあたり「傭われですが」と述べたとの事実は否認する。控訴人は自己を「社長」と称していたのであるところ、キャバレー等の営業において「社長」という呼称は営業主を指称する慣用語であつて、「社長」の呼称を用いることが直ちに法人たる会社が営業主であることを意味するものではない。「みかさ」の経営者が陽栄であることは、被控訴人にとつて全く窺い知れない秘匿された事実であつたのであり、被控訴人は、控訴人の言を信じ、控訴人が契約当事者であるとの認識の下に本件出演契約を締結したものである。

三 証拠関係<省略>

理由

(主位的請求原因について)

当裁判所もまた、被控訴人の主位的請求原因にかかる主張は失当であると判断するが、その理由は原判決の理由説示(原判決五枚目表三行目から同裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(予備的請求原因について)

本件出演契約が商行為であることは控訴人において明らかに争わないので、これを自白したものとみなされる。

<証拠>を総合すると、「みかさ」の営業主体は陽栄であり、その代表者は佐藤チイであるが、その実質上の主宰者は同女の子である佐藤秀夫であつたこと、控訴人は「みかさ」の営業行為全般を佐藤秀夫から委ねられ、「社長」の呼称を用いることを許されていたこと、控訴人は日頃「みかさ」の店内において従業員等から「社長」と呼ばれており、自らも「社長」を名乗つていて、被控訴人と本件出演契約を締結するにあたつても、「みかさ」の社長である旨を称して出演の期間料金等の交渉、決定をなしたこと、被控訴人は、陽栄についてはその存在すら聞かされておらず、「みかさ」の経営者は控訴人であると信じて本件出演契約を締結したものであることが認められ<る。>

叙上認定の事実によれば、控訴人は真実は陽栄の商業使用人にすぎないのにかかわらず、陽栄のためにすることを示さずして本件出演契約を締結したものであり、かつ、被控訴人は、控訴人が陽栄のために締結することを知らなかつたのであるから、商法五〇四条但書の適用により、控訴人は被控訴人に対し本件出演料残代金の支払義務を負うものというべきである。

控訴人は、同人は本件出演契約締結に際し「傭われですが社長をやつている蝦名です。」と自己紹介したのであるから、被控訴人は「みかさ」を経営している会社が契約の当事者であることを認識していたものである旨主張するところ、控訴人本人尋問の結果中には同人が「傭われ社長として頼む。」と述べた旨の供述が存するが、仮に控訴人が「傭われ社長」の言辞を用いたとしても、「傭われ社長」の意味するところはしかく明瞭でなく、誰が傭主であるかを明らかにしたのであれば格別、単に「傭われ」なる言辞を用いたというだけでは、他人のためにすることを示したものということはできないと解すべきである。また、「社長」と呼称する以上本人は会社であることが表示されている旨の控訴人の主張についてみても、世上一般に「社長」なる名称は常に必ずしも会社の代表者を指すとは限らず、個人営業主を含めて営業責任者一般を指す俗称として用いられる例も多いことにかんがみれば、被控訴人に対し陽栄の存在がいかなる形でも一切示されなかつた本件にあつては、控訴人の右主張は採用し難いといわなければならない。

そうすると、被控訴人から控訴人に対し本件出演料残代金四五万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年五月二日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙野耕一 裁判官南 新吾 裁判官根本 眞))

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