東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2805号 判決
抵当権は、本来、目的物の交換価値を優先的に把握する権利であって、目的物の使用収益を支配する権利ではないから、右交換価値を侵害する物理的毀損行為に対してその排除を求めることができるのは格別、単に目的物が権原なく占有されているというだけでは、直ちに抵当権に基づいて右占有の排除を求めることができるものではない。民法三九五条は、短期賃貸借につき、抵当権設定後に成立したものであっても、競落人に承継されるものとする一方、その短期賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときは、抵当権者の請求によりこれを解除し、競落人には承継されないものとすることによって、目的物の担保権と用益権との調和を図った規定であり、右規定から当然に、解除された短期賃貸借の賃借人に対して抵当権者が目的物の明渡しをも求めることができるものと解することはできない。もっとも、右賃借人がその後も目的物の占有を継続する場合には、抵当権の実行に事実上支障をきたし、売却価格の低下により被担保債権の満足を得られなくなるなど抵当権者に不利益をもたらすことが予想されるが、同様の事態は、当初からの不法占拠者や抵当権者に対抗できない長期賃借人などが目的物を占有している場合にも起こりうるのであって、短期賃貸借の場合にのみ、抵当権者の右不利益を理由として、あらかじめ占有の排除までも求めうる権利を抵当権者に認めることは、彼此の均衡上も当を得たものとはいいがたい。これらの点を考えれば、特段の事情のない限り、抵当権者は、前記民法の規定により解除された短期賃貸借の賃借人に対し、抵当権に基づく物権的請求として目的物の明渡しを求めることはできないと解すべきである。また、右のように抵当権者には目的物の占有関係について支配、干渉する権能がない以上、抵当権者が目的物に対する短期賃借人の占有を排除するために、その所有者(短期賃貸人)が短期賃借人に対して有する目的物返還請求権を代位行使することも、特段の事情のない限り、これを認めることはできないものというべきである。
(中島 佐藤 塩谷)