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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2986号 判決 1987年1月28日

控訴人

鈴木常市

右訴訟代理人弁護士

白石信明

松崎勝

被控訴人

柴田光代

右訴訟代理人弁護士

杉山年男

荒川昇二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  主張

1  被控訴人の主張(請求原因)

(一)  柴田太郎吉は昭和初年頃その所有にかかる別紙第一物件目録記載の各土地(以下「本件従前の土地」という。)を控訴人に賃貸した(以下右賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。

(二)  その後、本件従前の土地の所有権は、昭和六年二月二八日家督相続により柴田藤一へ、昭和一〇年一二月一九日売買により柴田とらへ、昭和三二年三月二〇日相続により柴田藤一へ、昭和五二年三月三日相続により被控訴人へと順次移転し、それに伴い本件賃貸借契約における賃貸人たる地位も移転した。

(三)  控訴人は昭和五〇年五月一五日本件従前の土地を訴外株式会社スーパー平松に対し転貸した。

(四)  昭和五五年一二月二〇日本件従前の土地に対する仮換地として別紙第二物件目録記載の土地(以下「本件仮換地」という。)が指定された。

(五)  控訴人は右仮換地指定の後本件仮換地を訴外庄子眼科こと庄子宇一に対し転貸し、現在に至つている。

(六)  被控訴人は昭和五七年二月二五日控訴人に対し、控訴人が昭和四九年五月分から昭和五七年一月分まで七年九か月分の賃料を支払わなかつたことを理由に、併せて右(三)及び(五)の無断転貸をも理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は同月二六日控訴人に到達した。

(七)  なお、このあまりにも長期にわたる賃料の不払いは、右転貸の事実と相俟つて、本件賃貸借契約における貸主と借主との間の信頼関係を回復不可能なまでに破壊したから、解除に当たり、あらためて延滞賃料の支払を催告することは無意味であつた。

(八)  よつて、被控訴人は控訴人に対し、賃貸借契約終了に基づく賃貸物の返還請求として、本件仮換地の明渡を求める。

2  控訴人の主張

(請求原因に対する答弁)

(一) 請求原因(一)(二)の事実(本件賃貸借契約の締結、従前の土地の所有権及び賃貸人たる地位の移転の経過)は認める。

(二) 同(四)の事実(仮換地の指定)は認める。なお、控訴人は昭和五六年一月八日、本件借地権につき仮に権利の目的となるべき宅地として本件仮換地を指定された(ただし、使用収益開始日は昭和五八年三月二〇日と定められた。)。

(三) 同(三)の事実(スーパー平松に対する転貸)及び同(五)の事実(庄子宇一に対する転貸)は否認する。

(四) 同(六)の事実(解除の意思表示の到達)は認めるが、同(七)の主張及び解除の効力は争う。本件において、無催告解除が認められるような回復しがたい信頼関係破壊の事実はない(後記抗弁及び主張の(二)(2)参照)。

(抗弁及び主張)

(一) 控訴人は昭和四九年六月までの賃料を支払つている。すなわち、本件賃貸借契約における賃料額は、昭和四七年以降月額五六一〇円であるところ、昭和四七年分は同年中に全額支払われ、以後の支払状況は次のとおりであるから、昭和四九年六月分までが支払ずみとなる。

(1) 昭和四八年一二月三一日 三万円

(2) 昭和四九年一二月三一日 三万円

(3) 昭和五〇年 二月二八日 一万一七九〇円

(4) 同年 三月三一日 一万六八三〇円

(5) 同年 五月二一日 一万六八三〇円

なお、右支払状況から明らかなように、支払の時期としては、昭和五〇年に入つても賃料の支払がなされている。

(二)(1) 控訴人は昭和四九年五月頃、当時賃貸人であつた被控訴人の亡夫柴田藤一から賃料の支払につき期限の猶予を得た。すなわち、控訴人は本件従前の土地を賃借して以来、右土地とこれに隣接する自己所有土地にまたがつて映画館「袋井座」の建物を所有していたところ、昭和四九年四月二九日近隣から火災が発生し、右建物も類焼により全焼した。しかるところ、本件従前の土地は中遠広域都市計画事業の袋井駅前地区土地区画整理事業の施行地区内にあつたため、従前の土地を含む焼跡に建物を再建することが禁止される一方、早急に仮換地の指定がなされる見込もない状況にあつた。そこで、控訴人の長男の鈴木邦彦は火災後間もない頃、建物焼失現場において右藤一に対し、控訴人の代理人として「今後建物を再建するときは、鉄筋建物になると思われるが、賃料につき地主側の希望を聞かせて欲しい。」旨申し入れたところ、右藤一は直ちに回答しなかつたが、結局、仮換地指定がなされるまで賃料の支払を留保し、仮換地の面積が定まり、使用収益開始日も定まつた時点で改めて賃料について協議し、遡つて一括支払をするということになつたものである。したがつて、前記解除の意思表示がなされた当時、未払賃料につき履行遅滞は生じていなかつた。

(2) 仮に、右期限の猶予の主張が容れられないとしても、控訴人が賃料の支払を怠つたのは、従前の土地において建物を再建することが禁止される一方、仮換地の指定もなされないという特殊な状況下において、控訴人から特に賃料支払の督促を受けなかつたことによるものであるから、賃料不払が多少長期にわたつたからといつて、そのことで信頼関係が破壊されもはや回復が不可能になつたとみるのは不当である。

控訴人としては被控訴人から本件従前の土地を買い受けたい希望を有していたので、昭和五五年頃被控訴人にその旨を申し入れたことがあるが、その際にも被控訴人は土地の返還を求める意向を示したのみで、特に賃料支払の要求をしなかつた。その後土地区画整理事業が進捗をみたので、控訴人としては底地権を譲り受けるか、具体的に賃料額を定めるか、いずれにしても借地権の問題を全面的に解決したいと考え、土地区画整理事業施行者である市にも協力を依頼して問題解決に本格的に取り組もうとしていた矢先、本件解除がなされたものである。

控訴人としては催告があれば賃料を支払う意思を十分に有していたし、現に解除を通告されると直ちに延滞賃料を被控訴人に提供したのであるが、受領を拒否されたのでこれを弁済供託した。なお右供託は賃料月額五六一〇円の計算でなされているところ、仮に右金額に誤りがあつたとしても、被控訴人の解除通告に滞納額が記載されていなかつたことにもその原因の一端があり、一方的に非難される筋合はない。

(三) 仮に、控訴人において本件従前の土地又は本件仮換地上に第三者が自動車を置く程度のことを許容した事実があつたとしても、それは転貸ともいえないほどの土地の一時的利用を許容したに過ぎず、そのことによつて本件賃貸借契約における信頼関係が破壊されたとはいいがたい。

3  被控訴人の主張

(抗弁及び主張に対する答弁)

(一) 抗弁及び主張(一)(賃料の一部支払の抗弁)は争う。昭和四九年当時賃料月額は八四一五円であつたから、同年五、六月分賃料に充当されるべき支払分はない。

(二) 同(二)(1)の事実(期限の猶予の抗弁)は否認する。

(三) 同(二)(2)及び同(三)(信頼関係破壊に関する主張)は争う。

(信頼関係破壊に関する被控訴人の主張)

(一) 控訴人は、本件における特殊事情として、大火後直ちに新しい建物を建築することが許されなかつたことを強調するが、罹災者の多くは昭和五〇年から五一年にかけて仮換地の指定を受け、仮換地上に建物を建築しているのであり、その意思さえあれば、早期に建物を建築することは可能だつたのである。控訴人がこれをしなかつたのは、専ら自己の都合によるものであるから、土地区画整理事業施行中に大火があつた等の事情によつて前記賃料不払が正当化されるものではない。

(二) 本件において信頼関係破壊の有無を考えるに当つては、以下の点が留意されるべきである。

(1) 控訴人は本件従前の土地をスーパー平松に無断転貸したことにより、本件賃貸借契約における賃料額を上回る収入を得ていた。

(2) 控訴人は、庄子宇一に自己の土地を売却するに際し、隣接する本件仮換地を駐車場として利用することが可能である旨告げて、売買を有利に進めた。

(3) 控訴人は本件仮換地を自ら利用する計画を持たず、当初からこれを庄子宇一の経営する庄子眼科の駐車場にすることを予定していた。

(4) 控訴人が賃料を支払わなかつた期間、被控訴人は固定資産税、都市計画税など公租公課を負担していたのであり、控訴人もこのことを十分承知していた。

(5) 控訴人は、賃借人の基本的義務である賃料支払を怠りながら、自己の権利のみ主張し、いわゆる権利分れと称して底地権と借地権との交換を主張したり又は借地権の放棄に対する金銭補償を要求したりしてはばからなかつた。

(6) 控訴人はあまりに長く賃料支払に関心を持たなかつたため、賃料額を忘れてしまい、供託金額を間違えた。

(7) 控訴人は、不動産業者であり、借地権について十分な法的知識を持ちながら、あえて賃料を長期にわたつて支払わなかつた。

(三) 本件は、借地上に建物が存在しない事案であり、もともと放棄したも同然の借地権であつたから、これに対する法的保護は建物が存在する場合に比し薄くて当然である。

三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因(一)(二)(四)(六)の各事実は当事者間に争いがない。

二賃料不払について

控訴人は、契約解除の理由とされる昭和四九年五月分から昭和五七年一月分までの賃料不払のうち、昭和四九年五、六月分について支払ずみの主張をするので検討する。

成立に争いのない甲第七号証の一、二(領収証控)、乙第一四号証の一、二(控訴人の営業の昭和四七年度元帳)、当審証人鈴木邦彦の証言によつて成立が認められる乙第一五号証(控訴人の当座預金元帳)、弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第二二ないし第二五号証(領収証控)及び右鈴木邦彦の証言(後記措信しない部分を除く。)によれば、昭和四七年当時本件賃貸借契約における賃料額は月額五六一〇円であり、同年中の分は同年内に全額支払われたこと、しかし昭和四八年以後賃料の支払が乱れ、同年中は年末にまとめて三万円が支払われたのみであり、次は昭和四九年の年末になつて三万円が支払われたこと、その後昭和五〇年に入つて同年二月に一万一七九〇円、同年三月及び五月に各一万六八三〇円が支払われたこと、以上の事実が認められる。そして、控訴人は右賃料月額に変化がないことを前提として右各支払を昭和四八年一月分から順次弁済充当する結果、昭和四九年六月分までが全額支払ずみである旨主張する。しかしながら、昭和四八年以後の賃料支払の混乱は、控訴人と当時の貸主亡柴田藤一との間に後記火災による建物焼失以前既に賃料増額をめぐる紛議があつたことを推測させるものであり、このことに加え前記甲第二三号証には昭和五〇年二月支払の一万一七九〇円につきそれが昭和四八年分賃料の残金である旨の注記があり、前記甲第二四号証(甲第七号証の一も同じ)には同年三月支払の一万六八三〇円が昭和四九年一、二月分の賃料である旨、前記甲第二五号証(甲第七号証の二も同じ)には同年五月支払の一万六八三〇円が昭和四九年三、四月分の賃料である旨の各注記があることを併せ考えると、昭和五〇年初め頃控訴人と亡藤一との間で昭和四九年以後の賃料をとりあえず五〇パーセント増額して月額八四一五円とする合意が成立したことを推認することができる。前記鈴木邦彦の証言中右認定に反する部分はにわかに措信しがたい。

そして、右事実に基づいて弁済充当をすれば、控訴人の右支払ずみの主張は理由がない。

三期限の猶予について

控訴人は、前記柴田藤一から賃料の支払につき仮換地の指定があるまで期限の猶予を与えられた旨主張し、前記鈴木邦彦の証言中には右主張にそうかの如き部分もあるが、右証言部分はなお趣旨が不明確であつてにわかに採用しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

四契約解除の効力について

1  賃料不払について

被控訴人は、七年九か月に及ぶ賃料不払によつて被控訴人と控訴人との間の信頼関係は回復不可能なまでに破壊された旨主張し、控訴人はこれを争うので、この点につき判断する。

<証拠>によれば、

(一)  本件賃貸借契約の始まりは大正時代に遡り、控訴人、被控訴人共に当初契約を締結した者の何代目かの相続人に当るところ、本件従前の土地はこの間一貫して控訴人側において自己所有地と合わせてその経営にかかる映画館「袋井座」の敷地として使用してきた。

(二)  昭和四八年二月一日袋井市が施行する中遠広域都市計画事業袋井駅前土地区画整理事業につき事業計画決定の公告があり、本件従前の土地はその施行区域に含まれることとなつた。

(三)  昭和四九年四月二九日右「袋井座」附近の工場から出火し、「袋井座」を含むかなりの範囲の建物が焼失した。

(四)  土地区画整理事業の施行者である袋井市としては右災害の復旧は換地計画に従つてなされるべきものとし、罹災者に対し従前地における建物建築を認めない方針で臨み(従前地に建物を建築するには土地区画整理法七六条により県知事の許可を要することとされているが、一般的に右許可を得ることは困難であつた。)、仮換地指定の作業を急いだ結果、罹災者の多くは同年から翌昭和五〇年にかけて仮換地の指定を受け、仮換地上に建物を建築することができた。しかし、換地計画において本件従前の土地を含む「袋井座」の敷地に対する換地として予定されていた一画には、なお従前の道路や焼失を免れた第三者の建物が存在し、早急に仮換地指定を受けられる状況にはなかつた。もつとも控訴人においても仮換地上に映画館を再建する考えはなく、具体的な敷地利用計画もできていなかつたため、特に仮換地使用の早期実現を市に働きかけることはしなかつた。

(五)  前記のとおり控訴人と亡柴田藤一との間には、火災以前から賃料増額をめぐる紛議があつたところ、右火災によつて建物が焼失したので、被控訴人側としてはこれを賃貸借関係を終了させる好機と考え、控訴人側に従前の土地の明渡を申し入れてみたが、控訴人側にそれを受け容れる意思は全くなく、かえつて将来仮換地上に堅固建物を建築することを前提として新たな賃貸条件設定の交渉を求めてきた。しかし、被控訴人側としてはなお明渡実現の望みを捨てていなかつたことから、新たな賃貸条件について明確な回答をしなかつた。

(六)  一方控訴人としては、仮換地の使用が許されるようになつた場合においては相応の賃料増額をすることもやむをえないと考えていたが、差し当り本件従前の土地の利用が公法上制限され、賃貸借の目的に従つた利用が許されない状態において、賃料のみ従前どおり又はそれ以上に支払うこともないとの考えから、前記のとおり建物が焼失するまでの分については賃料増額要求を一部容れて支払を済ませたが、火災後の分についてはこれを放置した。

これに対し被控訴人側からは、土地明渡の要求を拒絶された際あるいは控訴人が底地の買受けを申し入れた際などに、賃料が支払われていないことにつき嫌味を述べたことはあつたが、明確な賃料支払の要求をしたことはなかつた。

(七)  控訴人が借地権につき仮に権利の目的となるべき宅地として本件仮換地を指定されたのは昭和五六年一月八日であり、使用収益開始日の指定を受けたのはさらに遅れて昭和五八年三月二〇日である。

(八)  本件賃貸借契約には、いわゆる無催告解除を認める特約は付されていない。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで考察するに、七年九か月分に及ぶ賃料の不払は賃借人による債務不履行として重大であり、事情の如何によつては無催告解除が認められる余地も考えられないではないが、本件においては、それが右に認定した事情のもとで生じたことを勘案すると、右不払によつて賃貸人と賃借人間の信頼関係が回復不可能なまでに破壊されたとはいいがたく、履行を催告することが無意味であつたとも認めがたい。

したがつて、延滞賃料支払の催告を伴わずになされた前記契約解除の意思表示は、賃料不払を理由とするものとしては、本件賃貸借契約を解除する効力を有しないといわざるをえない。

2  スーパー平松に対する本件従前の土地の転貸について

(一)  <証拠>によれば、前記のとおり「袋井座」が焼失した後はその跡地の利用が公法的に制約を受けていたところ、控訴人は、そのことのために右跡地を空地のまま放置しておくこともないと考え、これを貸駐車場として利用することを企画し、昭和五〇年初め頃その準備として右跡地内に自動車一台ごとの駐車位置を示す番号を付した標識札を設置したこと、右跡地はその全部が控訴人の所有地ではなく、一部に被控訴人から賃借している本件従前の土地が含まれていたが、控訴人は、自己所有地の占める割合が大きいこと、貸駐車場という容易に解消しうる利用関係を設定するだけであること、土地区画整理事業としての土地の形質変更工事が附近で進行中であり、その進捗を待つ間の一時的利用であること等から特に自己所有地と被控訴人からの賃借地とを区分せずに右跡地全体を対象として利用を企画したものであること、そして控訴人は同年五月一五日株式会社スーパー平松との間において同店に右跡地の北側部分約二分の一を賃貸する自動車保管場所賃貸借契約を締結し、右部分を同店の買物客用の駐車場として使用させたこと、右賃貸部分のうち西側部分は控訴人自身の所有地であるが、東端から三〇ないし四〇パーセントの部分は本件従前の土地のうちの一一七四番三の土地に当ること、その後右契約は一年ごとに更新され、附近における土地の形質変更工事完成間近の昭和五四、五五年頃まで継続したこと、賃料は当初月額三万円であつたが、昭和五四年頃は四万二五〇〇円であつたこと、以上の事実を認めることができる。

前記鈴木邦彦の証言中には、前記スーパー平松に賃貸したのは控訴人所有地のみであつて、同社には本件従前の土地を使用しないよう口頭で伝えておいた旨の供述があり、また前記甲第一五号証の一及び乙第八号証(いずれも自動車保管場所賃貸借契約書)には賃貸土地の表示として控訴人所有地の地番のみが記載されており、このことは右供述を支えるものといえなくもないが、前記平松美紀雄の証言により甲第一五号証の一と相俟つて賃貸土地を特定するための書面と認められる甲第一五号証の二には袋井座跡地駐車場として本件従前の土地を含む範囲が図示されていること及び右平松美紀雄の証言により当時現地には控訴人所有地と本件従前の土地とを識別し得るような標識は存在せず、スーパー平松としては東西の線によつてここから北側というように指示を受け、実際に同店の客が駐車場として利用した範囲も控訴人所有土地だけではなく本件従前の土地に及んでいた事実が認められることに照らすと、右鈴木邦彦の証言はにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定した事実によれば、控訴人は被控訴人の承諾を得ることなく本件従前の土地の一部を第三者に使用させたものといわざるをえない。

(二)  控訴人は、賃借土地を一時的に右の程度第三者に使用させたことは賃貸借契約における信頼関係を破壊することにならない旨主張するので判断する。

たしかに、右転貸は、それが本件従前の土地の利用に公法上の制約が加えられた状況のもとにおいて、暫定的なものとしてなされたことを考慮すると、通常の無断転貸と多少趣きを異にするといえなくはない。しかしながら、控訴人としては、当面土地区画整理事業に伴う公法上の制約という不利益を被つてもなお賃借権が将来仮換地及び本換地上に存続することの利益を考え、本件賃貸借契約を継続させることを望んだものである以上、右状況のもとにおいても賃借人としての基本的義務は誠実に尽くすべきであり、経済合理性の見地から第三者に土地を転貸したことを容易に正当化することはできない。

これに加え、控訴人には前記認定の長期の賃料不払の事実があるところ、先に、右不払はそれ自体を解除原因とする限り、無催告解除が許される程には信頼関係を破壊するものでない旨判断したが、そのことは、無断転貸を理由とする解除に係る信頼関係破壊の判断においてさらに右不払の事実を斟酌することを妨げるものではない。そして、土地区画整理事業に伴う本来の土地利用の制約という共通の原因を契機として、一方では長期間にわたつて賃料を支払わず、他方では転貸によつて賃借物の別途利用を図るという自己本位の経済合理性の追求は、賃貸人の立場を著しく無視するものというべく、したがつて、右転貸によつて賃貸人と賃借人との間の信頼関係はなんら破壊されるものでないとする控訴人の主張は、採用しがたいものといわなければならない。

3  解除の効果について

よつて、被控訴人のした賃貸借契約解除の意思表示は、スーパー平松に対する無断転貸を理由とするものとして有効であり、その余の点について判断するまでもなく、本件賃貸借契約は解除により終了したものということができる。

五しかして、控訴人は、本件賃貸借契約の終了に基づき、被控訴人に対し賃借土地の返還義務を負うところ、前記認定のとおり、当初の賃貸借目的物件である本件従前の土地については仮換地として本件仮換地が指定され、また控訴人は土地区画整理事業の施行手続上はなお借地権者として扱われ、本件仮換地上に使用収益権を認められているから、右返還義務は現在においては本件仮換地の返還義務の形で存在するということができる。

したがつて、本件賃貸借契約の終了に基づき控訴人に対し本件仮換地の明渡を求める被控訴人の本件請求は理由があるから、これを認容すべきものであり、これと結論を同じくする原判決は相当である。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋 正 裁判官清水信之)

別紙第一物件目録

袋井市高尾字大石一一七四番三

一 宅地 一九〇・〇八平方メートル

同所 一一七五番二

一 宅地 九四・二一平方メートル

第二物件目録

中遠広域都市計画事業袋井駅前地区土地区画整理事業

街区番号 二六

仮換地符号 三八六

地積 二二六・〇〇平方メートル

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