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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)499号 判決 1987年2月26日

控訴人(附帯被控訴人)

株式会社丸七製作所

控訴人(附帯被控訴人)

丸七商事株式会社

被控訴人(附帯控訴人)

財団法人雑賀技術研究所

主文

控訴人ら(附帯被控訴人ら)の本件控訴及び附帯控訴人(被控訴人)の本件附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人ら(附帯被控訴人ら)の、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の各負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら(附帯控訴人ら、以下単に「控訴人ら」という。)

控訴につき、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)の請求を棄却する。訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決

2  被控訴人

控訴につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決、附帯控訴につき、「(1) 原判決を次のとおり変更する。(2) 控訴人らは各自、被控訴人に対し金872万0152円及び内金72万0152円に対する昭和年10月20日以降、内金800万円に対する昭和57年6月6日以降各支払済みに至るまで年五分の割合のよる金員を支払え。(3) 控訴人らは、被控訴人に対し、朝日新聞、毎日新聞及び日刊工業新聞の各全国版に各1回づつ別紙目録記載の文案により、標題はゴシツク体2倍活字、その他はゴシツク体1倍活字を使用して、謝罪広告を掲載せよ。(4) 附帯控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決及び(2)につき仮執行の宣言

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 訴外佐竹利彦は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明は「本件発明」という。)をその権利存続期間の満了日である昭和51年10月20日まで有していた。

発明の名称 石抜撰穀機、出願日 昭和35年9月12日、出願公告日 昭和36年10月20日、登録日 昭和37年3月19日、登録番号 第400540号

2  被控訴人は、訴外佐竹利彦から、昭和49年6月25日、本件特許権につき、期間 本件特許権の存続期間中、地域 日本全国、内容 製造及び販売、とする専用実施権の設定を受け、同年8月13日その設定登録を了した(以下右専用実施権を「本件専用実施権」という。)。

3  本件発明の特許出願の願書に添附した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。

「前方もしくは前斜方向に噴風するように開口した多数の噴風孔を設けた多孔壁比重撰粒盤の後方行程に多孔壁粒大撰粒盤を設けたことを特徴とする石抜撰穀機。」

4(1)  本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。

A 前方もしくは前斜め方向に噴風するように開口した多数の噴風孔を設けた多孔壁比重撰粒機を有する。

B 多孔壁比重撰粒盤の後方行程に多孔壁粒大撰粒盤を設ける。

C 石抜撰穀機である。

(2)  本件発明の作用効果は、次のとおりである。

A 比重撰粒盤の噴風孔から噴出する風力によつて、土砂微粒子又は砕穀微粒子と穀粒とは、比較的軽いために浮上しながら比重撰粒盤上を後方低部に向かつて傾流し、また、穀粒の粒大とほぼ近似の重い土砂大粒子は比重撰粒盤底面上に沈下すると同時に前高方に吹送撰別され、前記土砂微粒子又は砕穀微粒子は多孔壁粒大撰粒盤の孔目から漏落して撰出され、穀粒は該盤上を流下し高純度の完全粒子として撰出され、大小の混合土砂粒子のことごとく穀粒と撰別することができる。

B 土砂混合穀粒中の土砂微粒子の粒大撰粒を比重撰粒行程後に行うよう構成したので、故障なく、かつ、構造が簡潔堅牢に小型化できる。

5  控訴人株式会社丸七製作所は、別紙物件目録記載の石抜撰穀機(以下「控訴人製品」という。)を業として製造した控訴人丸七商事株式会社に販売し、同控訴人は控訴人株式会社丸七製作所の商事部門として控訴人製品を業として販売した。

6(1)  控訴人製品の構成を分説すれば、次のとおりである。

a 孔の前方側孔側端縁が高く、反対に後方側孔側端縁が低くなるように押圧成形されたスリツト状の多数の噴風孔2を穿設した多孔盤1を有し、その下部に風車7を設置し、該風車7を回転させて多孔盤1の下部より送風する。

b 右多孔盤1の後方行程に網盤(多孔壁粒大撰粒盤)5を設けている。

c 石抜撰穀機である。

(2)  控訴人製品の作用効果は、次のとおりである。

a 風車7を回転させた場合、風車7より送られた風は、多孔盤1の噴風孔2から噴出し、この風力によつて供給口8より流出した土砂混合穀粒のうち、土砂微粒子又は砕穀微粒子と穀粒とは、比較的軽いため浮上しながら多孔盤1上を後方低部に向かつて傾流し、また、穀粒の粒大とほぼ近似の重い土砂大粒子は多孔盤1底面上に沈下すると同時に前高方に吹送撰別され、前記土砂微粒子又は砕穀微粒子は、網盤(多孔壁粒大撰粒盤)5の孔目から漏落して撰出され、穀粒は該網盤5上を流下して、高純度の完全粒子として撰別され、大小の混合土砂粒子をことごとく撰別する機能を果たすことができる。

b 土砂混合穀粒中の土砂微粒子の粒大撰粒を比重撰粒行程後に行うよう構成したので、故障なく、かつ、構造が簡潔堅牢に小型化できる。

7  本件発明の構成要件と控訴人製品の構成とを対比すれば、次のとおりである。

(1)  構成要件Aについて

控訴人製品は、多孔盤1の盤面上に、ほぼ全面にわたり多数の噴風孔2が穿設されている。この噴風孔2は、スリツト状を呈し、かつ、孔の前方側孔側端縁が高く、反対に後方側孔側端縁が低くなるように押圧成形されており、その結果多孔盤1の前斜め方向に向かつて傾斜状に穿設された状態となつている。したがつて、多孔盤1の下面に設置された風車7を回転させると、風車7から送られた風は多孔盤1の各孔2を通つて、多孔盤1の上面側に噴出する。この際の風の噴出方向は噴風孔2の向きに規制されて噴風孔2の方向とほぼ一致する。このように控訴人製品の噴風孔2は、風車7から送風される風を噴風孔2の向きで規制して指向性を与え、前斜め方向に噴風せしめるのであるから、本件発明の「前方もしくは前斜め方向に噴風するように開口した噴風孔」と同一である。

また、控訴人製品における多孔盤1は、盤面上、ほぼ全面にわたり多数の噴風孔2が穿設されているのであるから、本件発明における「多数の噴風孔を設けた」多孔壁比重撰粒盤に該当する。

(2)  構成要件Bについて

控訴人製品では、多孔盤1の傾斜低端部、すなわち後方行程端部に網盤5が一体的に連設されている。この網盤5は、通常の平織製の金網であつて、網目の大きさは一辺の長さが2ミリメートル程度であるから、穀粒の通過は不可能である。しかも、本件明細書の発明の詳細な説明には、「5はその後方行程において穀粒中から微粒土砂粒子を漏下撰別する多孔壁即ち金網」(本件発明の特許公報左欄末行ないし右欄第2行)と記載され、かつ、図面には網目表示がされていることにより明らかなごとく、本件発明の実施例では多孔壁粒大撰粒盤として金網を用いているから、控訴人製品の網盤(金網)5は本件発明の多孔壁粒大撰粒盤と同一である。したがつて、控訴人製品は構成要件Bを充足する。

(3)  控訴人製品は、土砂、小石等の異物と穀粒とを撰別するいわゆる石抜撰穀機であるから、構成要件cを充足する。

結局、控訴人製品は、本件発明の構成要件のすべてを充足し、その作用効果も前記のとおり本件発明のそれと同一であるから、控訴人製品は、本件発明の技術的範囲に属する。

8  控訴人らは、本件専用実施権登録の日の翌日である昭和49年8月14日から本件特許権の存続期間が満了する昭和51年10月20日までの間、少なくとも控訴人製品を45台製造販売し、総額金327万3,420円の売上げを得た。被控訴人は、本件専用実施権につき訴外株式会社東洋精米機製作所(以下「東洋精米機」という。)に対し、昭和49年9月11日通常実施権設定を許諾し、その実施料は売上げの22パーセントであるから、控訴人らは、特許法第102条第2項の規定により、被控訴人に対し損害賠償として金72万0152円を支払うべき義務がある。

9  被控訴人は、東洋精米機との間の前記通常実施権設定契約において、東洋精米機に対し第三者の権利侵害に対する排除義務を負担し、右義務を全うしない場合、金1,000万円の違約損害金支払義務を負担する旨約定した。

東洋精米機は、右契約締結後間もなく、本件特許の実施品の製造販売を開始したが、控訴人らの前記侵害行為に対し、被控訴人が適切強力な排除措置を講じなかつたことを理由に被控訴人に対し前記約定に基づく金1,000万円の損害金の支払を請求し、被控訴人はその支払をなさざるを得ない事態となり、示談交渉の結果昭和57年6月5日までに東洋精米機に対し違約損害金800万円を支払つた。

控訴人らは、東洋精米機が被控訴人との前記通常実施権設定契約に基づき、契約締結後間もなく本件特許の実施品の製造販売を開始したことを右製品に関する広告や業界紙の掲載記事から認識しており、被控訴人が控訴人製品の製造販売を阻止できないことにより東洋精米機から同社が被つた有形無形の損害につき賠償を請求されるに至るであろうことは予見し得たのにかかわらず前記侵害行為に及んだものである。

したがつて、控訴人らは被控訴人に対し右特別事情によつて生じた損害金800万円を支払うべき義務がある。

10  控訴人らは、控訴人製品が本件専用実施権を侵害するものであることを知りながら、しかも、被控訴人が実施権を許諾している東洋精米機の製品(以下「被控訴人製品」という。)より粗悪な模造品である控訴人製品をかなり廉価に販売した。すなわち、控訴人製品は被控訴人製品と比較し撰別効果が劣り、さらに被控訴人製品の金網の材質がステンレススチールであるのに対し、控訴人製品の金網の材質は鉄であるため防錆性が低く摩擦系数が高く糠・砕粒等が付着しやすく網目の掃除を再三行わねばならないという欠点を有する上、被控訴人製品に比べて相当大型であり、据付けに場所を必要とするのみならず、電力消費量が大で、騒音も多い等の点において劣るものであるが、控訴人らは、このような控訴人製品を不当に廉価に販売した上、値引きに応ずるなどして顧客を吸引した。そのため、被控訴人は本件専用実施権に基づき被控訴人製品を製造販売しようとしても、その意図した販売価額を維持することが困難であり、また、第3者に実施を許諾しようとしても実効を挙げることができない。

仮に、控訴人らの前記侵害行為の期間が控訴人ら主張のようにに昭和49年8月19日から同年10月24日までであつたとしても、被控訴人は右侵害行為により顧客の喪失、適正販売価格を維持できないことによる製造販売さらには第3者への実施許諾の不能等、本件発明の専用実施権を有していることに基づき通常なし得る営業活動をなし得ず、これに基づき業務上の信用をことごとく破壊されたものであり、被控訴人の受けた信用毀損は甚大である。

したがつて、控訴人らは、控訴人らの前記侵害行為により害された被控訴人の業務上の信用を回復するのに必要な措置として、附帯控訴の趣旨(3)記載の謝罪広告をすべき義務がある。

11  よつて、被控訴人は、控訴人らに対して、各自損害賠償金872万152円及び内金72万0152円に対する侵害行為後である昭和51年10月20日以降、内金800万円に対する侵害行為後である昭和57年6月6日以降各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払及び附帯控訴の趣旨(3)記載の謝罪広告の掲載を求める。

2 請求の原因に対する控訴人らの認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、特許登録原簿上に被控訴人主張のような記載があることは認める。

3 同3ないし5の事実はいずれも認める。

4 同6は争う。

5 同7は争う。

本件発明と控訴人製品とを対比すれば、後記控訴人らの主張2記載のとおりの差異がある。

6 同8の事実中、控訴人らが控訴人製品45台を製造販売し(但し、右期間は、昭和49年8月19日から同年10月24日までである。)、総額金327万3,420円の売上げを得たことは認めるが、その余の事実は否認する。

7 同9の事実中、控訴人らが被控訴人主張の特別の事情を予見し得たことは否認し、その余の事実は不知。

8 同10の事実は否認する。

3 控訴人らの主張

1 控訴人製品の構成を分説すれば、次のとおりである。

a  前斜め上方に噴風するように開口した多数の孔(噴風孔)から噴出する風力と多孔盤の揺動によつて比重撰粒するようにした多孔盤(多孔盤比重撰粒盤に相当する。)を設けたこと。

b  多孔盤の後部に穀粒の破砕微粒子中ごく細い微粒子のみを除去する網盤(多孔壁粒大撰粒盤に相当する。)を設けたこと。

c  精搗米用揺動式石抜撰穀機であること。

2 控訴人製品と本件発明の差異

(1) 構成要件Aについて

控訴人製品は、多孔盤1を揺動支持杆14、14'で傾斜させて装架釣支し、その多孔盤1の傾斜角度より大きい角度をもつて、多孔盤1を前後上下に往復運動、すなわち揺動運動せしめ、風車7による風力を揺動運動の補助として使用することにより撰穀する揺動型風力併用石抜撰穀機(以下単に「揺動型」という。)であつて、その撰別原理は、揺動運動による慣性の法則利用による穀類の撰別を主とし、風力を補助として使用する穀類の撰別を従として、両者を併用するものである。控訴人製品は、揺動型であるため、機構上の特長として、多孔盤1の「揺動支持杆14、14'」、カム腕手13」、「円形偏心カム12」、「原動機モートル9」などの揺動機構を必須とし、風車函(風車7をかこむ箱体)は固定し、風車も一定位置に固定され、多孔盤1と風車7とは、多孔盤1が揺動するため広狭に交互に変位する一定の距離を有するものであり、また、作用効果上の特長として、撰穀の対象である穀類などは多孔盤1が揺動しているときに揺り寄せられながら流動し、撰穀作用は、この揺動する多孔盤1の慣性の作用によつて行われ、多孔盤1の揺動を停止した場合には、撰別作用は全く行われないから、風車7による風力は、撰穀作用に対して補助的な作用をなすにすぎない。

ところで、控訴人製品のような揺動型は、振動型石抜撰穀機(以下単に「振動型」という。)とは、その構成、撰別原理、作用効果を異にし、両者は技術上明らかに異なるものである。

すなわち、振動型は、下部に載置筐を設け、その上部に撰別盤を乗せ、その撰別盤のみを前後左右又は上下に往復運動又は振動させ、風車による風力だけを使用することによつて撰穀する石抜撰穀機であり、その撰別原理は、振動による衝撃を利用して風力単独による撰別を行うものである。振動型は、その機構上の特長として、振動(前後動・左右動・上下動)又は振幅のための機構が必要であるが、揺動のための機構は不要であり、撰別盤と風車との距離は一定しているものであり、その作用効果上の特長として、撰別盤が振動しているとき衝撃(衝動)によつて盤上の穀類は反撥して跳ね、揺動は伴わず振動(振幅)作用に急緩がある。

本件発明は、静止型石抜撰穀機において大小の混合土砂粒子をことごとく穀粒と撰別することを目的として前記特許請求の範囲記載の構成を採用したものである。なるほど、本件明細書の発明の詳細な説明中には、「この発明は撰粒盤が振動する場合にも停止する場合にも用いられる。」(本件発明の特許公報右欄第18行、第19行)と記載され、本件発明を振動型にも利用できることが開示されているが、振動型と揺動型とが技術上異なるものであることは、前述のとおりであつて、揺動型である控訴人製品が本件発明の技術的範囲に含まれないことは明らかである。

本件発明の多孔盤比重撰粒盤は、静止していても風力のみにより穀粒の粒大とほぼ近似の重い土砂粒子のみを該比重撰粒盤上を前方高部に吹送撰別するのに対し、控訴人製品の多孔盤1は、土砂粒子の粒大のいかんにかかわらず、穀粒の比重より大きい土砂粒子のすべてを撰粒の対象とし、多孔盤1上で比重撰粒される土砂粒子は該盤面の揺動運動に接触することによつて該盤面上を前方高部へ遡上移動する運動慣性が与えられ、前方高部に蝟集するものであつて、本件発明と控訴人製品の比重撰粒盤(多孔盤)は、撰粒の原理、撰粒の対象、撰粒手段を全く異にしている。

したがつて、控訴人製品は、本件発明の構成要件Aを欠く。

(2) 構成要件Bについて

本件発明は、土砂混合穀粒中の土砂微粒子の粒大撰粒を比重撰粒行程後に行うよう構成したものであるが、本件発明の特許出願前において、多孔壁比重撰粒盤の後方行程に塵芥、小米などを通す多孔壁粒大撰粒盤(網)を設けた石抜撰穀機は、公知であつたから、本件発明の特許請求の範囲はその実施例に基づき厳格に決められるべきである。

そして、本件明細書に記載された実施例によれば、本件発明の多孔壁粒大撰粒盤は、穀粒と土砂微粒子を流出する多孔壁比重撰粒盤の後方排出口より落下する段差位置に設けられていることを必須の要件とするというべきであるが、控訴人製品の網盤(多孔壁粒大撰粒盤)5は、多孔盤1と一体的に連設されている。

したがつて、控訴人製品は、本件発明の構成要件Bを欠く。

(3) 作用効果について

控訴人製品における撰粒、石抜作用は、多孔盤1が揺動状態においてのみなし得る。すなわち、噴風孔2から噴出する風力によつて砕穀を含む穀粒は浮上しながら後方低部に向かつて傾流し、また、穀粒中に混入する穀粒より比重の重い土砂粒子(砂礫、金属その他の夾雑物を含む。)は多孔盤1上に沈下して噴風孔2の傾斜先端縁で受け止められ、揺動により慣性を受けて順次前方の噴風孔の傾斜突縁を介して遡上撰別され、その際噴風孔2より小径の土砂粒子は該孔よりケース内に落下し溜15に滞溜する。したがつて、多孔盤1上を後方低部に向かつて傾流する穀粒中には土砂微粒子は存在しない。そして、この多孔盤1の揺動を停止した場合全く撰別が行われず、穀粒等はそのまま後方低部に向かつて傾流する。

控訴人製品における風車7は風を発生し、これを揺動する多孔盤1の下面に吹付け、噴風孔2から斜め上方に噴風して多孔盤1上の米穀粒に浮力を与えて傾流させ、続いて網盤5上を通過させて米穀粒に混在している微細な砕米を篩い落して該網盤5の先端から排出させ、砕米受箱に収容する。一方、多孔盤1上に残留する比重の大きい土砂粒子は多孔盤1の孔突縁に係止し、該盤1の往復運動による慣性を受けて順次遡上し、上端の異物集合用の溜15に集合する。控訴人製品においては、多孔盤1の噴風孔2より小径の土砂粒子は撰別の対象にはなつていないが、若しそのようなものが混在していた場合には、該土砂粒子は沈んで盤上に接し、これより径の大きい噴風孔2から落下し、風車7の回転によつて風車ケース内の塵埃貯溜室に貯溜する。

このように、控訴人製品においては、粒大の土砂粒子は噴風孔2からの噴風と多孔盤1の揺動とによつて該盤上を上昇して前方に向かい、多孔盤1上方から排出され、また、微小な土砂粒子もこの噴風と多孔盤1の揺動とによつて多孔盤1上を上昇し、そのうち噴風孔2より小径のものは多孔盤1の噴風孔2から下方に落下し、他のものは粒大土砂粒子と同様に多孔盤1上方から排出されて撰粒されるのである。

これに対し、本件発明における撰別作用は、請求の原因4(2)A記載のとおりであつて、控訴人製品の撰別作用とは全く異なるものである。

4 控訴人らの主張に対する被控訴人の反論

1 構成要件Aについて

本件発明は、風力単独型及び振動型の両方の石抜撰穀機をその技術的範囲に含むものであり、振動型は控訴人らの主張する揺動型と同様であつて、「揺動」も結局「振動」に他ならない。

控訴人らは、揺動運動を「多孔盤の傾斜角度より大きい角度をもつて多孔盤を前後上下に往復運動せしめる」と規定し、振動運動を「撰粒盤(撰別盤)のみを前後左右又は上下に往復摺動又は振動させる」と規定して両者を区別しているが、前者においても撰粒盤(本件発明の多孔盤)の運動角度がどうであれ、撰粒盤は前後に往復運動するのであり、この運動は振動に他ならない。また、後者において「撰粒盤のみ」と限定しなければならない理由はなく、振動とは語義どおり「撰粒盤が前後に往復運動すること」と解すれば足りる。

本件発明の特許出願当時、石抜撰穀機に関して、振動型と揺動型との対立概念は存在せず、あるのは撰粒盤が静止している型の撰穀機か、それとも撰粒盤が振動する型の撰穀機かの違いだけであつた。もちろん、撰粒盤を振動させる機構・方法にはさまざまなものがあつたが、どのような機構を採用するにせよ、それらは結局撰粒盤を往復運動させることにより、静止型に比しより大きな撰粒効果を挙げようとしたものである。すなわち、最終的に撰別されるべき穀粒と他の不要粒子とを撰粒するための卓抜な方法としてこれら粒子の比重の違いに着目し、傾いた多孔壁比重撰粒盤の下方から噴風することにより、比較的軽い粒子は浮上させて後方へ移動させ、比較的重い粒子は撰粒盤上を噴風力により前方へ移動させるという方法が採られていたところ、これに加えて撰粒盤を振動させることにより更に撰粒効果が高まることに着目したのが振動型石抜撰穀機であり、控訴人製品もこの例に洩れるものではない。

控訴人らは、揺動型における風力の利用は単に補助的なものと主張しているが、控訴人製品においても風力がなければ撰粒は不可能であり、風力の利用は必須である。しかも、控訴人らの主張する「揺動による慣性法則の利用」なるものも所詮前記のように撰粒効果を高めるための一方法にすぎないのであつて、撰粒作用において主たる役割を果たしているのは風力である。

2 構成要件Bについて

本件発明の特許出願前、多孔壁比重撰粒盤の後方行程に塵芥、小米などを通す金網である多孔壁粒大撰粒盤を設けた石抜撰穀機は公知ではなかつた。控訴人らが本件発明の先行技術と主張するものは、粒大撰別機構ではなく力撰別機構のもの、比重撰粒盤の上方に粒大撰別盤が位置するもの、あるいは、網目の大きさの異なつた2枚の金網を用いた撰穀機であつて、いずれも本件発明とはその技術思想を異にする。

3 作用効果について

控訴人製品の溜15は、本件発明との関係でその侵害を回避する目的で特に付加されたもので、実用に供し得ない。控訴人製品の噴風孔2からは噴風が外へ向かつて生じており、ここへ土砂粒子が落下滞溜することなど不可能である。なお、本件発明においても、多孔壁粒大撰粒盤で撰粒する粒子は、該盤上に至る土砂微粒子、砕穀微粒子であり、本来穀粒より比重の重いものではない。

また、控訴人製品の網盤の形状でも、十分に粒大撰粒作用を営み得るのであり、結局、本件発明と控訴人製品には作用効果においても何ら差異はない。

5 控訴人らの抗弁

被控訴人が本件専用実施権の設定を受けたのは、右権利を利用して控訴人製品を市場から放逐せんとしたためである。このことは、本件発明の発明者である訴外佐竹利彦及び被控訴人は、本件発明は本件明細書の実施例図どおり実施することは不可能であることを知悉していながら、あえて本件専用実施権設定契約を締結していること、被控訴人は、本件専用実施権設定に際して、「本件権利を侵害する商品の使用者に対しては、権利の行使をしない。」と約したにもかかわらず、権利を取得すると、右約定の存在を秘して、商品の使用者に対してまで石抜撰穀機使用の差止を求める仮処分を申請していることなどから明らかである。また、本件専用実施権の設定後、訴外佐竹利彦と被控訴人とは激しく対立抗争するようになり、このことは広く業界内に知れわたつている。このように、当事者間では実質その内容が完全に破綻した専用実施権を、いまさら行使することは認めるべきではない。

以上の事実からみて、被控訴人の本訴請求は、正当な権利の行使の範囲を著しく逸脱しており、権利の濫用として許されないというべきである。

6 抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

被控訴人は、本件専用実施権取得後直ちに東洋精米機に請求の原因8記載のとおり、通常実施権を許諾し、東洋精米機は、本件発明の実施品を大量に製造販売している。また、本件専用実施権には、何らの権利行使制限の条項はなく、仮に最終需要者への権利行使が制限されていたとしても、控訴人ら製造販売業者に対する権利行使は、何ら制限されていない。なお、被控訴人と訴外株式会社佐竹製作所(訴外佐竹利彦ではない。)との間に紛い争のあるのは事実であるが、これが本件専用実施権設定契約に変動を来すいわれはない。

第3証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(訴外佐竹利彦が有していた本件特許権の内容)、及び同3(本件明細書の特許請求の範囲の記載)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第1号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第35号証によれば、被控訴人は昭和49年6月25日訴外佐竹利彦から本件専用実施権の設定を受け、同年8月13日その設定登録を経たことが認められる(右設定登録がなされたことは当事者間に争いがない。)。

右争いのない特許請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第2号証(本件発明の昭和36年特許出願公告第19975号公報、別紙添付特許公報と同じ。)によれば、本件発明は、石抜撰穀機に関するものであつて、請求の原因4(1)記載のAないしCの各構成要件から成るものであり、また同4(2)記載の作用効果を奏するものであることが認められる(この点は控訴人らの認めて争わないところである。)。

そして、請求の原因5(控訴人らが控訴人製品を製造販売していること)の事実は、当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属する旨主張するので、まず、この点について判断する。

1 控訴人製品の構造の説明及び図面であることに争いのない別紙物件目録の記載及び控訴人製品を撮影した写真であることが争いのない甲第6号証の10、11によれば、控訴人製品は、前方もしくは前方斜め方向に噴風するような傾斜角を有する開口した多数の噴風孔2を設けた多孔盤1と、その後方行程に網盤5を設け、該多孔盤1の下方には、噴風孔2から前方もしくは前方斜め方向に噴風させる風車7を設け、該多孔盤1は揺動支持杆14、14'で装架釣支され、多孔盤1の傾斜角度より大きい角度をもつて前後上下に往復運動する石抜撰穀機であることが認められ、右多孔盤1は本件発明における多孔壁比重撰粒盤に、網盤5は同じく多孔壁粒大撰粒盤にそれぞれ相当することは、当事者間に争いがない。

2 構成要件Aについて

控訴人らは、揺動型と振動型とは、その構成、撰別原理、作用効果を異にして、技術上明らかに異なるものであることを前提として、控訴人製品は揺動型であるのに対し、本件発明は静止型石抜撰穀機における撰穀を本来の目的とし、振動型にも利用できるものにすぎないから、控訴人製品は本件発明の構成要件Aを欠く旨主張する。

成立に争いのない乙第5号証(昭和35年実用新案出願公告第7360号公報)、乙第6号証(同年実用新案出願公告第4463号公報)、乙第7号証(同年実用新案出願公報第4462号公報)、乙第8号証(同年特許出願公告第13622号公報)、乙第9号証(同年特許出願公告第13624号公報)、乙第15号証(昭和36年特許出願公告第24010号公報)、乙第16号証(昭和37年特許出願公告第2380号公報)、乙第17号証(昭和36年特許出願公告第19978号公報)、乙第18号証(同年特許出願公告第24011号公報)、乙第34号証(昭和5年実用新案出願公告第8353号公報)によれば、本件発明の特許出願当時、風力に加え、撰別盤(控訴人らは「撰別盤」、被控訴人は「撰粒盤」といい、用語が異つているが、両者は同一のものであつて、本件発明における多孔壁比重撰粒盤、控訴人製品における多孔盤1に対応することは弁論の全趣旨に徴し明らかである。以下本件発明及び控訴人製品を表示する場合を除き、「撰別盤」という。)を往復動させることによつて穀類の撰別を行う石抜撰穀機は、次のごとき構成を有し、作用効果を奏するものであることにおいて共通するものであると認められ、控訴人らの主張する揺動型と振動型とで差異がない。

(1)  構成

(1) 撰別盤を後方に向かつて傾斜させて配置したこと

(2) 撰別盤の後方端部には穀粒取出口が、前方端部には土砂粒子排出口がそれぞれ設けられていること

(3) 撰別盤の下方には、該撰別盤の各透孔から上方に向けて空気流を噴出させる送風機が設置されていること

(4) 撰別盤には、該撰別盤に斜め前後方向の往復動を与える往復動付与装置が連接されていること

(5) 撰別盤の上方には、土砂粒子が混入した穀粒を撰別盤上に供給するための穀粒供給口が設置されていること

(2) 作用効果

(1) 穀粒供給口から撰別盤上に落下した穀類は、該撰別盤の多数の透孔から上方に向けて噴出する空気流(噴風)によつて比重の小さい穀粒は浮き上がり、穀粒中に混入した比重の大きい土砂粒子は空気流に打ち勝つて沈下し、穀粒と土砂粒子に分離される。

(2) 撰別盤上に浮き上つた穀粒は、撰別盤が後方に向かつて傾斜しているため、空気流の影響を受けるものの全体としてみると、盤面の傾斜に従つて盤上を後方に流下し、穀粒取出口から排出される。

(3) 撰別盤上に落下した土砂粒子は、撰別盤に付与された斜め前後方向の往復動による慣性作用を受けるとともに、撰別盤の透孔から噴出する空気流が盤前方への指向性を有する場合は、該空気流の風力による吹送力が付加されて、盤前方に押上げられ、土砂粒子排出口から除去される。

控訴人らは、揺動型と振動型とは、その構成及び撰別の原理を異にする旨主張するが、控訴人らの主張する揺動型と振動型とでは、撰別盤面の構造(透孔の大きさ、分布状況など)及びその傾斜角度に相違があること、及び撰別盤の透孔からの空気流の状態が区別されることは認め難いから、撰別盤が静止している状態において、両撰別盤の機能に差異が存するとはいえない。したがつて、振動型において撰別盤が静止している状態で風力だけによる撰別が可能であるとすれば、揺動型も同様に撰別することが可能であるというべきである。

次に、揺動型と振動型について撰別盤に揺動・振動(往復動)を付与した場合を考えると、両者は、揺動型においては撰別盤の傾斜角度より大きい角度をもつて撰別盤を前後上下に往復動させるのに対し、振動型においては、撰別盤を前後左右に往復動させる(控訴人らは振動型には撰別盤を上下に往復動するものも含めて主張しているが、成立に争いのない乙第57号証((昭和36年特許出願公告第19974号公報))によれば、同公報記載のものは、載頭円錐体の撰穀板を、中央に電磁振動器を設けた機筐にばねを介して取りつけ、下方より撰穀板下面全体に噴気する噴気部を設け、該電磁振動器に電流を通して撰穀板を上下動させることによつて、穀粒を上方に吹き上げ、順次撰穀板上を下方に移動させ、重量のある土砂粒子は板上の斜面を上昇させて撰別を行うものであつて、前記認定の撰別盤とは撰別の方式に異にするものと認められる。ほかに前記認定の撰別方式の撰別盤を装架釣支することなく上下に往復動するものが存することを認めるに足りる証拠はない。)点において相違するが、両者は、前記認定のとおり、土砂粒子を撰別盤の前方(盤の傾斜面の前方上方)に移動させる機能において実質的に差異がなく、また、撰別盤上に浮上した穀粒の挙動にも格別の相違があるとは認められないから、前記相違は両者の撰別機能に何ら差異をもたらすものでなく、単なる設計的事項の差異というべきである。このことは、成立に争いのない甲第42号証(昭和35年特許出願公告第1322号公報)、甲第43号証(同年特許出願公告第6717号公報)、甲第44号証(同年特許出願公告第14469号公報)、甲第45号証(同年特許出願公告第14468号公報)、甲第46号証(同年特許出願公告第11578号公報)、甲第47号証(昭和34年特許出願公告第8353号公報)、甲第48号証(同年特許出願公告第5711号公報)、甲第49号証(同年特許出願公告第3716号公報)によれば、右各公報記載の発明は、本件発明の特許出願前に出願された風力を使用しないで専ら撰別盤を往復動させる石抜撰穀機に関するものであるが、その発明者・出願人である訴外佐竹利彦(ただし、甲第43号証、第45号証の公報記載の発明の出願人は株式会社佐竹製作所)は、同じ明細書中において、「撰(選)粒盤を縦横共に傾斜して縦方向に振動せしめ」、「撰(選)粒盤1は(中略)縦に揺動する」、「揺動撰(選)粒機」、「撰(選)別盤の振動数」(甲第42号証の場合)、あるいは、「撰粒盤を縦に振動せしめ」、「1は(中略)撰粒盤で(中略)縦方向に揺動するよう装架され」(甲第47ないし第49号証の各場合)など「揺動」と「振動」とを特に区別せず同一の往復動について両語を適宜用いていることが認められ、また成立に争いにない甲第40号証(昭和37年特許出願公告第10530号公報)、甲第50号証(昭和38年実用新案出願公告第28462号公報)、甲第51号証(同年実用新案出願公告第28461号公報)、甲第52号証(昭和36年実用新案出願公告第27595号公報)、甲第53号証(昭和38年実用新案出願公告第2174号公報)によれば、本件発明の特許出願の前後を通じ、訴外佐竹利彦に限らず、他の実用新案登録出願人も、控訴人らの主張する揺動型について、明細書中で、「振動選穀部」(甲第40号証)、あるいは「振動作動杆」(甲第50、第51号証)、「振動枠」(甲第52号証)、「前後に振動する」(甲第53号証)など、「振動」という表現を用いていることが認められるから、当業者は揺動型と振動型とを特に区別して理解していないことからも明らかである。

もつとも、成立に争いのない乙第39号証によれば、特許庁昭和51年判定請求第43号事件の昭和55年12月10日付判定書には、本件発明と控訴人製品に類似する(イ)号図面及びその説明書に示す石抜撰穀機は、噴風孔又は透孔からの噴風の強弱、及び多孔壁比重撰粒盤又は多孔盤の振動と揺動との差異によつて穀粒中に混在する土砂微粒子の撰別を行う作用を全く異にするものであることが認められる旨の記載が存することが認められるが、前掲乙第39号証中の(イ)号図面及びその説明に基づいてこれを本件発明と対比検討すると、両者の撰別は、穀粒中の混合物はその比重差を利用して分離すること、盤面の傾きによつて浮上した穀粒は盤の下方に向かつて移動し、浮上しないで盤上に落下した比重の大きい土砂粒子は、盤の往復動による慣性の作用と指向性を持つた噴風力の作用によつて盤の上方に向かつて遡上することによつて行われる点において同一であり、本件発明では土砂微粒子は穀粒とともに浮上しながら盤上を後方低部に向かつて傾流するのに対し、(イ)号製品では土砂微粒子も盤の往復動と噴風によつて盤の上方に向かつて遡上し、そのうち噴風孔より小径のものは噴風孔より落下する点で相違するが、これは、噴風の強さという使用の態様の相違に基づく作用上の差異にすぎず、物としての石抜撰穀機の対比において、この種の作用の相違だけを取り上げてその異同を論じるのは誤りというべきであり、前記判定書の記載は、揺動型と振動型における撰別盤の往復動の型態の相違が両者の撰別機能に何らの差異をもたらすものではない旨の前記認定を妨げるものではなく、ほかに前記認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、控訴人らの主張する揺動型と振動型とは、その構成及び作用効果において実質的な差異がなく、同一の技術的手段であるというべきである。

ところで、前掲甲第2号証によれば、本件発明の特許請求の範囲には、多孔壁比重撰粒盤上における穀類の移送方法については何らの限定もなく、その発明の詳細な説明中には、「この発明は、撰粒盤が振動する場合にも停止する場合にも用いられる。」(本件発明の特許公報右欄第18行、第19行)と記載されていることが認められるから、本件発明は多孔壁比重撰粒盤が静止する型の石抜撰穀機にも振動する型の石抜撰穀機にも適用されるものであるところ、控訴人らの主張する揺動型と振動型とは同一の技術的手段と認められるものであつて、本件発明の特許出願の前後を通じ当業者においては「揺動」と「振動」とを特に区別せず、多孔壁比重撰粒盤が揺動する型の石抜撰穀機についても「振動」という表現を用いていたこと、前述のとおりであるから、たとえ控訴人製品が多孔盤1を揺動支持杆14、14'で装架釣支し、これを多孔盤1の傾斜角度より大きな角度をもつて前後上下に往復動させるものであつても、前方もしくは前方斜め方向に噴風するような傾斜角を有する開口した多数の噴風孔を設けた本件発明の多孔壁比重撰粒盤に相当する多孔盤1を有するものである以上、控訴人製品は本件発明の構成要件Aを充足するものというべきである。

3  構成要件Bについて

前記1認定の事実によれば、控訴人製品は、本件発明の多孔壁比重撰粒盤に相当する多孔盤1の後方行程に本件発明の多孔壁粒大撰粒盤に相当する網盤5を設けたものであるから、本件発明の構成要件Bを充足することが明らかである。

控訴人らは、本件発明の特許出願前、多孔壁比重撰粒盤の後方行程に多孔壁粒大撰粒盤を設けた石抜撰穀機は公知であつたから、本件発明の特許請求の範囲はその実施例に基づき厳格に決められるべきである旨主張する。

しかしながら、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲に基づいて定めなければならない(特許法第70条)のであつて、特許請求の範囲記載の発明を構成する個々の構成要件の一部に当該発明の特許出願当時の公知技術が含まれていたとしても、そのことによつて当然に当該発明の技術的範囲を明細書の発明の詳細な説明中に記載された実施例に限定して解釈すべきものではない。すなわち、特許発明を構成する個々の構成要件の全部が一体として当該発明の特許出願当時すでに公知であつた場合においても、その発明に係る特許について無効審決が確定しない限り、権利者が何らの制約も受けることなく権利を行使することができるとすることは、発明の保護と利用を図ることにより産業の発達に寄与するという特許制度の目的(特許法第1条)に照らして妥当とはいえないことを根拠に、この場合には特許発明の技術的範囲を特許請求の範囲より狭い実施例に限定して解釈すべきものとする所説を仮に是認するとしても、特許発明を構成する個々の構成要件の一部に公知技術が含まれている場合にも同様にその技術的範囲を実施例に限定して解釈しなければならないものではない。けだし、特許発明を構成する個々の構成要件がそれぞれ公知であり、当該発明がそれらの公知技術を組み合せたものであるとしても、その組合せが当該発明の目的・構成・作用効果等からみて、当業者にとつて容易になし得たことではないと認められるときは、当該発明はいわゆる進歩性を有するものとして特許権が付与され得るのであり、まして、その一部に公知技術を包含するだけで、当該発明の新規性、進歩性が否定され、特許権の付与が拒絶されるべきものでないことは明白であることを考えると、発生した特許権について当該発明の技術的範囲を解釈するに当たり、当該発明の構成要件に右のような形で公知技術が包含されているからといつて、当該発明の技術的範囲をことさら厳格に定めるべき理由は存しないからである。

したがつて、控訴人らの前記主張は主張自体失当というべきである。

なお、本件全証拠を検討しても、本件発明の構成要件A、B、Cがすべてその特許出願当時すでに公知であつたことを認めることのできる証拠はない。

もつとも、成立に争いのない乙第52号証(米国特許第1、632、520号明細書)によれば、右明細書に記載された発明は、あらゆる種類のナツツ、穀類、豆類等を撰別、精撰及び類別する方法及び装置に関するものであつて、右明細書には、リブ18をテーブル下面に張り渡し、その上に多数の孔を穿設した金属盤19を張設したテーブルデツキを横方向手前側に向けて傾斜させ、テーブルデツキの上方を穀物類供給個所とするとともに、テーブルデツキの後方(手前側)側端には排出棚71及びテーブルデツキから段差を設けた粒大撰粒用の金網43を設け、テーブルデツキの前方を斜めに切つて形成した側端には重量粒子(小石、土塊など)を通過させるゲート70及び引渡棚72を設け、テーブルデツキの下方にはフアンを配置した構成の撰穀機(別紙乙第52号証の装置図参照)であつて、主として、テーブルデツキ上に吹き上げる噴風と、テーブルデツキを縦方向に振動させることによつて穀類を撰別する作用を行うことが記載されていることが認められ、このテーブルデツキは噴風するよう開口した多数の噴風孔を設けた比重撰粒盤である点で本件発明の多孔壁比重撰粒盤に相当し、また、金網43はその後方行程に設置した粒大撰粒機構である点で本件発明の多孔壁粒大撰粒盤に相当し、石抜機能を有する点において本件発明の石抜撰穀機に相当するが、さきに説示したとおり、本件発明は、噴風孔が前方もしくは前方斜め方向に噴風するように構成され、これにより他の構成とあいまつて土砂微粒子又は砕穀微粒子、穀粒などの比較的軽い粒子を浮上させ、盤上を後方低部に向つて傾流させ、また、穀粒の粒大とほぼ近似の重い土砂微粒子は多孔壁比重粒盤底面上に沈下すると同時に前高方へ吹送させる作用効果を奏するものであるのに対し、前掲乙第52号証によれば、右テーブルデツキの噴風孔は噴風に指向性を持たせる機能を有せず、ただ上方に噴出させて穀類等をその重量に応じて層化させる機能を有するにすぎない(該重量粒子の移送はテーブルデツキの振動による押進作用によつて行われる。)ものと認められる点において相違している(前掲乙第52号証によれば、テーブルデツキの端部にはバンキングブロツクが設けられ、指向性のある噴風((テーブルデツキを吹き上げる噴風に対して角度をもつて横切るような方向をもつた噴風))を噴出するが、この噴風はテーブルデツキの噴出孔から噴出するものでなく、テーブルデツキ上の穀類が小石、土塊に混合してバンキングブロツクの近傍に集つた場合に、穀類のみを分離放散させるためのものと認められるから、本件発明における噴風とは噴風の機能及び方向が相違する。)から、本件発明の構成要件Aを欠き、この公知文献をもつて本件発明の構成要件がすべてその特許出願当時すでに公知技術として示されているものということはできない。

4  構成要件Cについて

控訴人製品が石抜撰穀機であることは、当事者間に争いがないから、控訴人製品は、本件発明の構成要件Cを充足することが明らかである。

5  以上のとおりであるから、控訴人製品は本件発明の構成要件A、B、Cのすべてを充足するというべきである。

6  作用効果について

控訴人らは、控訴人製品と本件発明とは撰別作用を全く異にするものである旨主張するが、控訴人らの主張は揺動型と振動型とは撰別のための構成、撰別の原理を異にすることを前提とするものであつて、控訴人らの主張はその前掲において失当であることは前述のとおりであり、また、控訴人製品が本件発明の構成要件をすべて充足するものである以上、その作用効果についても本件発明と同一であると推認できるから、控訴人らの右主張は理由がない。

3 控訴人らは、被控訴人が本件専用実施権の設定を受けたのは、右権利を利用して控訴人製品を市場から放逐せんとしたためであり、また、本件専用実施権はその設定後訴外佐竹利彦と被控訴人とが激しく対立抗争し、右当事者間では実質その内容が完全に破綻したことを理由として被控訴人の本訴請求は正当な権利の行使の範囲を著しく逸脱しており、権利の濫用として許されない旨主張し、原本の存在及び成立に争いのない乙第24号証の1(東京弁護士会長作成の証明書)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第24号証の2(柏原健次作成の回答書)、乙第44号証(控訴人株式会社丸七製作所の訴外株式会社佐竹製作所宛書簡)、乙第45号証(同訴外会社の回答書)には、被控訴人が本件専用実施権の設定を受けた動機について一部控訴人らの主張に添うような記載があるが、右記載がそのまま真実に合うものとは認め難く、また、成立に争いのない乙第26ないし第29号証、第30号証の1、2、第31号証、第32号証の1、2、第33号証によれば、本件専用実施権の設定後、被控訴人と株式会社佐竹製作所との間で特許紛争が発生するに至つたことが認められるが、そのようなことから、本件専用実施権設定契約関係が破綻し、被控訴人の権利が実質上無に等しいものと評価されなければならないような事情にあることを認めるに足りる証拠はないから、控訴人らの右抗弁は採用することができない。

4 以上のとおり、控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属するものであるから、控訴人らが請求の原因5の態様で控訴人製品を製造、販売する行為は、共同して本件専用実施権を侵害する行為に該当するというべきである。そして、特許法第103条の規定により控訴人らには右侵害行為について過失があつたものと推定されるから、控訴人らは右侵害行為によつて被控訴人の被つた損害を連帯して賠償する義務がある。

そこで、右賠償額及び被控訴人の謝罪広告請求について判断する。

1 控訴人らが、被控訴人の本件専用実施権が有効に存続していた期間中である昭和49年8月19日から同年10月24日までの間に、控訴人製品を45台製造、販売し、総額金327万3,420円の売上額を得たことは、当事者間に争いがない(右期間の終期が被控訴人主張の昭和51年10月20日であることを認めるに足りる証拠はない。)。

公証人作成部分の成立については争いがなく、その余の部分は原審証人田村昌弥の証言により真正に成立したものと認められる甲第28号証及び同証人の証言によると、被控訴人は、本件専用実施権につき、東洋精米機に対し、昭和49年9月11日通常実施権の設定を許諾し、その実施料を売上額の22パーセントと定めたとが認められるところ、この事実と本件発明の技術内容その他以上認定の諸般の事情を総合すると、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額としては、売上額の10パーセントをもつて相当と認めることができ、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はないから、特許法第102条第2項の規定により、控訴人製品の売上額金327万3,420円の10パーセントにあたる金32万7,342円が控訴人らの侵害行為によつて被控訴人の被つた損害と認められる。

2 成立に争いのない甲第37号証(契約書)、甲第38号証の1ないし3(領収書)、原審証人田村昌弥の証言により真正に成立したものと認められる甲第9号証の1(東洋精米機の被控訴人宛請求書)及び前掲甲第28号証によれば、被控訴人は東洋精米機との前記通常実施権設定契約において、東洋精米機に対し、右通常実施権に関し第三者との工業所有権侵害に関する問題が生じた場合には被控訴人の責任においてこれを排除すること、右約定に違反したときは違約損害金として最低金1,000万円以上を支払うことを約定したこと、東洋精米機は昭和49年9月19日被控訴人に対し、控訴人製品が製造販売されていることを理由として、その排除と排除が行われない場合の違約金1,000万円を請求したこと、被控訴人は昭和52年9月2日東洋精米機に対し控訴人製品が製造販売されたことにより東洋精米機が被つた損害賠償として金800万円を支払うことを約定し、昭和56年9月5日、同年10月5日、昭和57年3月4日各金80万円宛支払つたことが認められ、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人は控訴人らの本件専用実施権の侵害行為に基因して金800万円の債務を負担し、内金240万円を現実に履行したものであるが、右損害は特許権の専用実施権が侵害されることにより通常生ずべき損害ではなく、特別の事情によつて生じた損害であることは明らかであり、専用実施権の侵害行為による損害賠償についても、民法第416条の規定が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において右事情を予見し又は予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきところ、控訴人らが東洋精米機において前記認定の通常実施権の設定を受けたこと、さらには東洋精米機から被控訴人に対し控訴人製品販売により東洋精米機が被つた損害の賠償を請求されるであろうことを知り、あるいは知ることができたのにあえて控訴人製品を製造販売していたことを認めるに足りる証拠は存しない。

したがつて、東洋精米機に対して負担した違約損害金800万円の賠償を求める被控訴人の請求は理由がない。

3 被控訴人は、本件専用実施権の侵害行為により被つた業務上の信用毀損を回復するに必要な措置として、控訴人らは附帯控訴の趣旨(3)記載の謝罪広告をすべき義務がある旨主張する。

しかしながら、控訴人らの侵害行為は、前記認定のとおり、昭和49年8月19日から同年10月24日までの期間に控訴人製品を45台製造販売したにすぎず、右侵害行為によつて、謝罪広告によらなければ回復できない程度に被控訴人の業務上の信用が毀損されたものとは認め難く、謝罪広告請求の理由として被控訴人が主張する事実を認めるに足りる証拠も存しない。なお、本件特許権は、前記認定のとおり、すでに昭和51年10月20日に存続期間が満了しており、したがつて本件専用実施権自体が失効しているから、右権利に基づく控訴人製品の製造販売、第三者に対する実施の許諾自体があり得ないことが明らかであつて、このような営業活動を行うために被控訴人の業務上の信用を回復する措置として謝罪広告をすべき理由も存しないことが明らかである。

したがつて、控訴人らに対し謝罪広告を求める被控訴人の請求は理由がない。

5 よつて、被控訴人の本訴請求は、控訴人らに対し、前記損害賠償金32万7,342円及びこれに対する侵害行為の後である昭和51年10月20日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、被控訴人の本訴請求を右の限度で認要した原判決は正当であつて、控訴人らの本件控訴及び被控訴人の本件附帯控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第384条の規定によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について同法第95条、第89条、第93条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濵崎浩一)

<以下省略>

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