東京高等裁判所 昭和59年(ネ)558号 判決 1985年12月24日
控訴人 忍草入会組合
右代表者組合長 天野重知
右訴訟代理人弁護士 新井章
同 大森典子
同 高野範城
同 江森民夫
同 榎本信行
同 寺島勝洋
同 関本立美
被控訴人 国
右代表者法務大臣 嶋崎均
右指定代理人 中西茂
<ほか四名>
被控訴人 山梨県
右代表者知事 望月幸明
右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
同 松崎勝
同 細田浩
右指定代理人 望月幸一
<ほか一〇名>
被控訴人山梨県補助参加人 富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合
右代表者組合長 渡辺守
右訴訟代理人弁護士 江橋英五郎
同 大野正男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者の主張は、次に付加するほか、原判決事実欄第二記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人
(一) 本件(一)(二)の土地(以下「本件土地」という。)が明治二六年ころから分割利用者に貸し付けられたのは、入会地の利用方法の一種としてのいわゆる契約利用にすぎず、その収益は忍草区の入会住民全体のものとなっていたのである。したがって、大正一五年本件土地が訴外会社に売却された際に保護組合から各分割利用者に支払われた補償は、入会権補償ではなく、入会権の消滅とは何ら関係のないものである。また、保護組合は、旧一一か村共有地を所有する一部事務組合であって、入会団体そのものではないから、同組合がした本件土地の訴外会社に対する売却及び分割利用者に対する補償の支払いによって入会権が消滅する理由はない。右入会権を消滅させるためには忍草区の入会住民全員の合意がなければならない。
(二) 本件土地が訴外会社に売却され、更に戦後に未墾地買収された後も、忍草区住民は、従前と同様に引き続き同土地に立ち入り入会っていた。そして、これについて、訴外会社は右立入りを黙認し、戦後は右入会権の確認をもしており、また被控訴人国も、未墾地買収をした後に後記(三)のとおり再三入会慣行を承認していたのであるから、この事実からも入会権の再発生(原判決一一枚目表(二)の主張)が認められるべきである。
(三) 被控訴人国は、昭和三五年八月九日、防衛庁長官が忍草区長に対し、本件土地に存する入会慣行はこれを尊重する旨の文書を送付したほか、再三にわたり文書で忍草区の入会権を認めていたのであり、本件土地を含む梨ヶ原一帯を演習場として使用したため右入会慣行を阻害したことに対する代償として関係者に林野雑産物損失補償を支払ってきた。また、被控訴人県も、従前から、本件土地に対する入会慣行は所有者が交替しても承継される旨一貫して言明してきたし、更に、補助参加人組合も、本件土地の払下げ運動にあたり、古来からの入会地を取り戻そうと住民に呼びかけていた。このように被控訴人ら及び補助参加人組合がかつては本件土地に入会権があることを承認あるいは主張しながら、本訴において一転して右入会権の存在を否定することは、禁反言等の法理からしても許されないところである。
(四) 被控訴人国は、右のようにかつては忍草区住民の入会権を承認し、控訴人を交渉の当事者として認めてきたにもかかわらず、今回に至って、何らの協議や話合いも行わずに本件土地から控訴人の権益を全面的に奪おうとしている。この点は被控訴人県及び補助参加人組合にしても同様である。このような事実は、本訴請求を権利の濫用となすべき一事由を構成する(原判決一三枚目裏(四)の主張。補足)。
2 被控訴人ら及び補助参加人
控訴人の右主張はすべて争う。
三 《証拠関係省略》
理由
一 当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があるものと判断する。その理由については、次に訂正及び付加するほか、原判決理由欄記載のとおりであるから、これを引用する。
1 《証拠付加・訂正省略》、同八行目の「認められ」の次に「(但し、昭和五二年一二月二七日付分収造林契約の目的土地は原判決添付物件目録(一)3、9ないし11、13、14、16ないし160記載の各土地、同五四年一二月四日付分収造林契約の目的土地は同目録(一)1、2、4ないし8、12、15、161ないし163記載の各土地であり、また、後者の分収造林契約の期間は六一年である。)」を加える。
2 同二七枚目表三行目の「共有の性質を有する」を「前記のような共同利用を内容とする」と、《証拠訂正・付加省略》
3 同二八枚目表八行目の「一区画」の次に「約」を、同一〇行目の「占有し、」の次に「桑園、畑、植林地等として」をそれぞれ加え、同裏末行の「退去料名義で」を「土地返還の慰謝料名義で増額した」と改め、同二九枚目表四行目の「全員は、」の次に「右補償金を得て」を、同裏五行目の「なった。」の次に「このような訴外会社の行為に対して旧一一か村の住民から異議などが出たことはなかった。」を、同三〇枚目表六行目の「斡旋で、」の次に「約八七戸が」を、同八行目の「一部の者」の次に「(約二五戸)」をそれぞれ加え、同一〇行目の「協同」を削除し、同末行の「一二九反」の次に「、藷類三八反、豆類五七五反、雑穀一七〇反、蔬菜四九反」を加える。
4 同三一枚目表二行目と三行目の間に「(二) 右のようにして本件土地が演習場の一部となってから後は、国が特に認めた立入許可日に限り、旧一一か村の住民が演習場内に入って採草などを行っていた。」を加え、同七、八行目の「本件(一)(二)の土地についての旧忍草村を含む旧一一か村住民の入会権は」を「旧忍草村を含む旧一一か村の住民が旧来入会っていた旧一一か村共有地は」と、同末行の「許されるに至り、更に」を「許されていたところ、」とそれぞれ改め、同裏七行目の「相当である。」の次に「右分割利用者による使用収益が入会地の共同利用の一形態としてのいわゆる個人分割利用であったのか、あるいはいわゆる契約利用であったのかは、右の認定判断を左右するものではなく、また、前認定の経過に徴すれば、訴外会社への本件土地の売却及び引渡による入会慣行の消滅が入会住民の意思に基づかないものであったということはできない。」を加える。
5 同三二枚目裏五行目の「いえない。」の次に「なお、控訴人は、訴外会社が戦後本件土地について忍草区住民の入会権を認めていたと主張するので、この点について付言するに、《証拠省略》によれば、昭和二二年一一月二二日訴外会社名義で作成された『証』と題する文書には、『当社と忍草部落の関係は、同地買収直後同部落より該地に対し燃料・やといもや・柴草等の採取慣行ありたることの申立ありしにより、当社は之を容認し、爾来之の慣習の続行を認めおるものなり』との記載があるが、他方、同二五年二月六日訴外会社と忍草区部落代表との間で取り交した覚書においては、忍草区が従来の慣行に基づき訴外会社所有地に立ち入り、落葉、下草、下枝を採取することは認めるものの、右立入りは予め同会社の承諾を得たうえで行うものとされ、同会社が必要と認める観光施設を設ける場合には忍草区は異議を述べないものと定められていることが認められるのであって、これによると、戦後においても、忍草区の住民は訴外会社の承認の下に本件土地につき採草等の行為をすることを認められていたにすぎず、同会社が右住民の入会権を承認していたものということはできない。したがって、右承認により入会権が再発生したとする余地もない。更に、控訴人は、前記未墾地買収後にも忍草区住民が控訴人の管理統制下で本件土地に入会っていたから、入会権が再発生したと主張するが、未墾地買収後昭和二五年当時における同土地の開拓状況及び演習場用地編入後の状況は前認定のとおりであり、これによれば、忍草区住民が自由に同土地に立ち入ってこれを共同利用できる状態であったとは到底認められないから、右主張も採用することができない。また、被控訴人らが後記のとおり同土地に入会慣行を尊重する旨言明したことがあるとしても、それによって直ちに入会権が再発生したとなしえないことはいうまでもない。」を加える。
6 同三三枚目表三行目の「抗弁3」の次に「(当審における控訴人の主張(四)を含む。)」を加える。
7 控訴人は、被控訴人ら及び補助参加人がかつては本件土地の入会権を承認あるいは主張しながら、本訴において右入会権の存在を否定することは、禁反言等の法理からしても許されないと主張する。そして、《証拠省略》によれば、(1)防衛庁長官は、忍草区長に対する昭和三五年八月九日付回答書及び同三六年九月一二日付覚書において、忍草区が従来梨ヶ原演習場について有してきた入会慣行を確認し尊重する旨言明し、また、防衛施設庁長官も同区長に対する同三九年六月二四日付回答書において同旨を確認したこと、(2)昭和二八年八月駐留軍の用に供する土地等の損失補償等要綱に基づき林野雑産物損失補償額算定基準が定められ、これによって忍草区にも補償金が支払われたこと、(3)被控訴人県の知事は、忍草区長からの願い出に基づき、昭和二八年二月一六日付及び同二九年五月二〇日付で、忍草部落には往古より梨ヶ原及びその周辺地域において燃料、柴草、茅、石等の採取慣行がある旨の証明書を下付し、また、同県当局者は、本件売買を行うにあたり、昭和五一年六月の定例県議会等において、従来住民が使用収益してきた演習場用地についての権益ないし入会慣行は右用地が国から払い下げられた後も承継される旨言明していたこと、(4)補助参加人組合は、かつては梨ヶ原の土地が入会地であるとの態度をとっており、忍草区長に対して右(3)の証明書と同趣旨の証明書を発行したこともあり、また、被控訴人県に対する本件売買にあたっては、従来の入会慣行が承継されることを確認するための照会書を知事宛に提出していること、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。
しかしながら、右(1)ないし(4)の各行為がなされるに至った経緯、背景及びその根拠については、前掲各証拠によってもほとんど明らかではなく、また、本件土地を特に念頭に置いてなされたものとも認められないので、これらをもって本件土地の入会権の存否に関する前記認定を左右することはできないのみならず、これらにおいて言及されているところの入会慣行なるものも、当該土地について前記認定のごとき実力行動に出ることを正当ならしめるものであるとは到底解されない。したがって、被控訴人らが本訴において控訴人の主張する入会権を否定し、右実力行動の禁止を求めることを禁反言等の法理によって許されないとすることはできない。
二 以上の次第で、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 佐藤繁 塩谷雄)