東京高等裁判所 昭和59年(ネ)58号 判決 1984年9月26日
控訴人 金秀光
被控訴人 玄恵淑
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び立証の関係は、原判決の事実摘示と同一(但し、原判決二丁表五行目「本件」の次に「原、当審」を、四丁裏一行目「事由」の前に「重大な」をそれぞれ加える。)であるから、これを引用する。
理由
一 その方式及び趣旨により真正な公文書と推定される甲一、二号証、控訴人(原、当審)及び被控訴人の各尋問結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。控訴人の原、当審尋問結果中この認定に反する部分は前記証拠と対比して措信し難く、他に同認定を動かすに足りる証拠は存しない。
1 控訴人(大正一〇年二月六日生)と被控訴人(大正一一年三月七日生)とは、いずれも大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有し、昭和一四年一二月二八日婚姻の届出をした夫婦である。
2 控訴人は、婚姻当初大阪市内に住んでろくろ工場の見習などをして働き、その後被控訴人との間に五子をもうけた。控訴人は、婚姻の当初から被控訴人に行先を告げないで家を明けることが多く、被控訴人に暴力を振うこともしばしばあつたが、終戦後他の女性との間に子をもうけ、右母子を約二か月間控訴人方に起居させたりして、被控訴人に多大の屈辱を与えた。
3 控訴人は、昭和三九年ごろ長男とともに上京してスクラップ業に従事し、そのうち事業が軌道に乗るようになつたので、被控訴人及び四子を呼び寄せて横浜市内に居住した。ところが、控訴人は、昭和四〇年ごろ妻子に行先を告げることもなく単身で出奔し、スナックバー、まあじやん屋、スクラップ業等と転職して今日に及んでいるが、その間複数の女性と同棲し、被控訴人とは音信不通の状態であり、また、被控訴人に対する生活費の供与は全く行なつていない。
4 被控訴人は、生一本の性格で融通性に欠けるところがあり、昭和五一年ごろ死亡した控訴人の母の葬儀にも、昭和五五年に行なわれた同人の法事にも参列しなかつた。被控訴人は、現在焼肉店を営む五男の扶養を受けているが、今後のこと等を考え離婚の意思はない。
二 本件離婚の準拠法は、法例一六条本文により、夫である控訴人の本国法たる韓国民法であるところ、前記一の事実関係によれば、控訴人と被控訴人とは、婚姻当初から和合を欠き勝ちであつたが、昭和四〇年ごろ以来二〇年近く別居状態にあり、その間控訴人から被控訴人に対する音信も生活費の供与もなく、両者の婚姻関係は破綻に陥つていると言わざるを得ないが、その主たる原因は、控訴人がその我がままから家庭を省みず単身出奔して妻子を遺棄したことにあるものと言い得る。
右の事情は、韓国民法八四〇条六号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に一応該るものと認められるところ、有責配偶者からの同規定による離婚請求が韓国における判例又は通説上認容されているか否かは明らかでないので、法例一六条但書を適用し、本件婚姻関係の破綻を導くにつき主たる責任を負うべき控訴人からの離婚請求は、日本国民法七七〇条一項五号の解釈に従い、失当として棄却すべきものである。
三 よつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 宍戸清七 笹村將文)