東京高等裁判所 昭和59年(ネ)974号 判決
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【判旨】
一<証拠>によれば、請求の原因1の事実が認められる。右事実によれば、控訴人はいわゆる権利能力なき社団であると認められる。
二<証拠>によれば、本件訴えは、後記三の2の(一)認定の幹事会の決議により被控訴人が会員資格を停止され会長の地位を喪失し会長が欠けたものであるとして、昭和五五年八月九日副会長橋本一雄が会長代行者として控訴人を代表し提起したものであり、その後昭和五六年四月一日から佐瀬昌三が会長として、同人が辞任した昭和五七年九月二七日からは副会長楠琢雄が会長代行者として、昭和五八年四月一日からは右楠琢雄が会長として、それぞれ控訴人を代表して訴訟を追行してきたことが認められる。
三そこで、本訴が控訴人の正当な代表者によつて提起されたものかどうかについて判断する。
1 被控訴人が昭和五四年三月一日に行われた控訴人の役員選挙において会長に当選し、同年四月一日会長に就任したことは、当事者間に争いがない。
2(一) <証拠>によれば、昭和五五年二月一八日開催の幹事会において、出席幹事のうちから被控訴人の使途不明金の支出は会則四〇条所定の「会の体面を汚し、若しくは秩序を紊す所為」に該当するとして被控訴人の会員資格停止処分についての動議が提出され、出席した幹事の賛成三九名、反対三名、白票一名の表決をもつて被控訴人の会員資格を停止する決議がされ、会員資格停止期間については改めて幹事会において審議決定することが決議され継続審議に付されたこと、その後同年三月四日開催の幹事会において、出席した幹事の賛成二七名、反対五名、白票一名の表決をもつて被控訴人の会員資格停止期間を同年二月一八日から満五年間とする決議がされ、同年三月二四日付けをもつて控訴人の会長代行として副会長橋本一雄から被控訴人に対し五年間の会員資格の停止処分の通知がされたことが認められる。
(二) ところで、<証拠>によれば、会則四〇条は、会員資格停止処分等に関し「この会員にして、会の体面を汚し、若しくは秩序を紊す所為ありたるときは、幹事会に於いて三分の二以上の同意を以つて会則第四条卒業生については、会員たる資格を一定期間停止し、推薦会員はこれを除名することができる。」と規定し、会則二一条一項は「幹事会は、幹事をもつて組織」する旨規定しているところ、他方会則四一条が「この会則の改正は幹事会において出席した幹事の三分の二以上の賛成を以つて発議し、総会において出席会員の三分の二以上の同意をもつて議決しなければならない。」と規定していることと対比して考えると、特に「出席した幹事」の限定のない会則四〇条の「三分の二」とは、幹事会を組織する幹事(つまり、現に選任されている幹事)の三分の二を意味するものと解するのが相当である。
(三) <証拠>によれば、会則一五条は幹事一〇〇名を置く旨規定しているが、被控訴人が会長に選出された昭和五四年三月一六日施行の控訴人役員選挙において選出された幹事は八〇名であり、また、被控訴人に対する前記会員資格停止決議当時は更に二・三名減員になつていたことが認められるから、被控訴人の会員資格を停止するためには幹事会において現に選任されている幹事七七名又は七八名の三分の二である五二名以上の同意を得なければならないところ、前記認定のとおり、被控訴人の会員資格停止を決議した昭和五五年二月一八日開催の幹事会においては出席幹事中三九名の同意をもつて、また会員資格停止期間を決議した同年三月四日開催の幹事会では出席幹事三五名中二七名の同意をもつてこれを決議したものであるから、いずれも会則の定める数に満たないものであり、したがつて、被控訴人に対する右会員資格停止処分は、手続上重大な瑕疵があり、無効というべきである。
(四) そうすると、被控訴人は右幹事会の会員資格停止処分によつては会長の地位を喪失しなかつたものであり、本訴が提起された昭和五五年八月九日当時、副会長の橋本一雄は、会長の代行者として控訴人を代表する権限を有しなかつたものというべきである。
3(一) 次に、<証拠>によれば、会則一六条は「役員の任期は改選の年の四月一日より二年とする。」と規定されているから、被控訴人の会長としての任期は昭和五六年三月末日に満了したものというべきである(もつとも、<証拠>によれば、会則一八条三項は「任期満了によつて退任したる役員は新たに選任された役員が就任するまで引続きその職務を行う。」と規定されているので、新たな役員が選任されない限り、右任期満了後も被控訴人がその職務を行うべきこととなる。)。そして、<証拠>によれば、昭和五六年三月二〇日に行われた控訴人の役員選挙において佐瀬昌三が会長に、志村芳雄、岡三雄、楠琢雄の三名が副会長に選出され、同年四月一日から同人らがこれらの職に就任したものとされたこと、その後佐瀬昌三は一身上の都合により会長の職を辞任したので、副会長の一名とされていた楠琢雄が昭和五七年九月二七日から会長代行に就任したものとされ、次いで、昭和五八年三月二五日に行われた役員選挙において楠琢雄が会長に選出され、同年四月一日会長に就任したものとされたことが認められる。
(二) ところで、<証拠>によれば、控訴人の役員選挙に関しては、会長が選挙の告示、選挙人名簿の作成を行うこととされ(選挙規則七条、八条)、会長の指名による一五名の委員によつて構成された選挙管理委員会が選挙に関するすべての事務を管理決定するものとされている(選挙規則一三条、選管規則三条)。しかるに、原審における楠琢雄の控訴人代表者としての供述によれば、昭和五六年三月二〇日に行われた選挙については、副会長の橋本一雄が会長代行者として選挙の告示及び選挙管理委員の指名を行つたものと認められるところ、前記2説示のとおり、右選挙当時には被控訴人が会長の地位にあり、橋本は会長を代行して右行為をする権限はなかつたものというべきであるから、右選挙は、資格のない者による告示によつて開始され、資格のない者の指名による資格のない選挙管理委員により構成された選挙管理委員会の管理の下に施行されたものであつて、その手続に重大な瑕疵があり、無効なものというべきである。したがつて、右選挙による佐瀬昌三の会長就任、楠琢雄の副会長就任も無効であつたというべきである。そして、弁論の全趣旨によれば、昭和五八年三月二五日に行われた役員選挙も、右の理由で会長を代行する権限のない楠琢雄が会長の代行者として選挙の告示及び選挙管理委員の指名を行つて施行されたものであると認められるから無効であり、右選挙による楠琢雄の会長就任も無効であつたというべきである。
(三) 控訴人は、被控訴人は昭和五六年三月二〇日に行われた役員選挙に会長候補者として立候補し右選挙に参加しているから右選挙の無効を主張することはできない旨主張するが、選挙手続に参加したとの一事により直ちに当該選挙の無効を主張することができなくなるものとは解されないばかりでなく、選挙の効力は関係人に一律に定められるべきものであつて、関係人ごとに相対的に有効無効が定められるべきものではないから、控訴人の右主張は採用することができない。
(四) そうすると、被控訴人の任期満了後新たな役員に就任したものとされた佐瀬昌三、楠琢雄はいずれも控訴人を代表する権限がなかつたものというべきである。
4 以上によれば、本件訴えは、控訴人を代表する権限のない者が提起し、これを追行した不適法な訴えであり、却下を免れない。
(西山俊彦 越山安久 村上敬一)