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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)258号 決定 1985年1月18日

抗告人(債権者) フジマル工業株式会社

右代表者代表取締役 岸義人

右代理人弁護士 辻誠

同 河合怜

同 富永赳夫

同 関智文

同 竹之内明

相手方(債務者) 破産者 栄商事株式会社破産管財人 梶谷玄

第三債務者 ヤマミ金物株式会社

右代表者代表取締役 関口隆之

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由

(抗告の趣旨)

(一)  原決定を取消す。

(二)  抗告人の相手方に対する原決定添付別紙担保権目録記載の担保権の実行を保全するため、相手方は原決定添付別紙債権目録記載の債権につき取立、譲渡その他一切の処分をしてはならない。

(三)  第三債務者は右債務を相手方に弁済してはならない。

(抗告の理由)

(一)  抗告人は申請外栄商事株式会社(以下「申請外会社」という。)に対し、原決定添付別紙担保権目録中の一覧表記載の日(昭和五九年三月七日及び同月一六日)に同表記載の各商品を売渡し、同表記載のとおり合計九六万八一八〇円の売買代金債権を取得した。申請外会社は、右買受にかかる商品を第三債務者に対し右各同日ごろ右各同量転売し、九六万八一八〇円以上の金額の転売代金債権を取得した。

よって、抗告人は申請外会社の第三債務者に対する転売代金債権につき動産売買の先取特権(物上代位)を有するところ、申請外会社は昭和五九年四月二日破産宣告を受け、同日相手方がその破産管財人に選任された。

(二)  そこで、抗告人は、相手方が第三債務者に対して有する右転売代金債権につき物上代位権を行使して債権差押及び転付命令の申請をするべく準備中であるが、右申請に至るまでの間に右転売代金債権が回収されてしまうと抗告人は物上代位権を行使することができなくなるので、これを保全するため、抗告の趣旨(二)、(三)項掲記の仮処分申請をした。

(三)  しかるに、原審は、抗告人の右仮処分申請の意とするところは、「債務者において債権者からの先取特権の実行を受忍し、その目的物ないし代償物たる売掛代金債権についての保持義務を有するものであると主張するものと解される。」としたうえで、「先取特権者において当該目的物に対する支配を確立するため買主に対しこれが処分を阻止することを請求しうる権利は何ら存せず、従って、買主においてもこのような請求を受忍し、目的物を保持すべき義務はないというべきである。そしてこの理は、当該目的物が売却され、その売掛代金債権の上に物上代位をなしうるに至ったとしても、また、買主が破産宣告を受けて破産管財人がその権利義務を承継することになったとしても全く同様である。」との判断を示し、結局、相手方にこのような義務があることを理由とする本件仮処分申請は理由がないとしてこれを却下した。

(四)  しかしながら、原決定は、抗告人の本件仮処分申請の法的根拠とするところを誤解した結果誤った結論を導き出したもので、違法であるから、取消を免れない。

すなわち、抗告人の本件仮処分申請は、先取特権の目的物ないし代償物につき相手方にこれを保持すべき義務があることを理由とするものではなく、物上代位権の保全規定である民法三〇四条一項但書に基づくものである。

(1) 民法三〇四条一項但書は、「先取特権者ハ其払渡又ハ引渡前ニ差押ヲ為スコトヲ要ス」と規定しているところ、右規定の趣旨については、最高裁判所昭和五九年二月二日第一小法廷判決(判例時報一一一三号六五頁)は、「先取特権者のする右差押によって、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することが禁止される結果、物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにある」と判示しており、物上代位権者には優先弁済権を保全する権能が与えられていることを示している。

したがって、物上代位権者は、担保権の存在を証する文書を提出して差押をする方法によりその権利の行使をすることができるのはもちろん、担保権の存在を証する文書が未だ整わない場合には、物上代位権を被保全権利とする保全処分が許されるものというべきである。そして、民法三〇四条一項但書の「差押」には「仮差押」を含むと解するのが通説であるが、東京地方裁判所民事第九部(保全部)ではこの見解を採っていない(東京地方裁判所昭和五九年五月二一日決定・判例タイムズ五二八号三〇四頁)し、昭和五九年一〇月二日、東京高等裁判所も右決定を維持して抗告人の抗告を棄却した。右見解を前提にすれば、物上代位権の保全手続としては係争物に関する仮処分の方法しかないことになる。そこで、翻って検討してみると、本件における被保全権利は物権たる物上代位権そのものであるから、金銭債権又はこれに換えることができる請求権を保全する仮差押よりも特定物又はこれに類するものについての給付請求権を保全する仮処分の方がふさわしいといえるし、また、仮差押であれば、その被保全権利は売掛代金債権ということになり、物上代位権そのものを直接保全するものとはいえないから、民法三〇四条一項但書の物上代位権そのものの保全措置としては不相当である。さらに、仮差押の場合、本件のように債務者が破産宣告を受けているときは、被保全権利が形式上は売掛代金債権となるところから(実質上は売掛代金債権と一体をなす物上代位権を保全するものであるが)、債権者に別除権が存するという実体が看過され、破産法七〇条に抵触するとの判断がされやすい(前掲東京地裁昭和五九年五月二一日決定、東京高裁昭和五九年一〇月二日決定参照)という難点をも有するから、この点からも仮処分が相当と解される。

(2) 右のような保全処分が認められないとすれば、商品供給者の犠牲において破産財団が潤い、その結果一般債権者が利益を受けるということになるのであって、このような見解は、公平の見地から認められた動産売買の先取特権制度を崩壊させるものであり、前掲最高裁昭和五九年二月二日第一小法廷判決が債務者の破産宣告後も動産売買の先取特権による物上代位権の行使を認めた趣旨に反する。

二  当裁判所の判断

当裁判所は、抗告人の本件債権仮処分申請は失当として却下すべきものであり、抗告人の抗告は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原決定の理由と同一であるから、その記載を引用する(《訂正省略》)。

抗告人は、動産売買の先取特権に関し保全処分による物上代位権の保全が認められないとすると、不公平な結果を導き、動産売買の先取特権制度を崩壊させる旨主張するが、元来動産売買の先取特権は、買受人(債務者)が買受けた動産を第三者に転売すること、転買人(第三債務者)が転売代金を債務者に支払うことを禁止する効力を有するものではなく、右先取特権に基づく物上代位権も同様である。抗告人の引用する最高裁判所昭和五九年二月二日第一小法廷判決は、動産売買の先取特権者は、債務者が破産宣告を受けた後でも、債務者の第三債務者に対する債権を差押えて物上代位権を行使しうることを明らかにしたにすぎないものであり、当裁判所の前記判断は、何らこれに抵触するものではない。

そのほか、記録を精査しても、原決定を取消すに足りる違法の点を見出すことはできない。

よって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 新海順次 石井宏治)

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