東京高等裁判所 昭和59年(ラ)292号 決定
一 抗告人の抗告の趣旨及び理由は、要するに、抗告人は、昭和五六年七月三〇日に夫関栄二と協議離婚をし、離婚の際に称していた氏である「関」姓を称することとしたところ、関栄二が昭和五八年一一月二四日に抗告人と同名の伊達久子と婚姻して「関」姓を称することとしたため、関栄二の妻と抗告人とが同姓同名となって、心理的にも社会生活上も種々の支障があり、特に関栄二がその妻と抗告人とが同姓同名であることを利用して抗告人所有の土地、家屋や預金等を悪用する虞もあって、抗告人には戸籍法一〇七条一項にいう「やむを得ない事由」があるのに、これを看過して抗告人の申立を却下した原審判は失当であるから、これを取り消して抗告人の婚姻前の旧姓「塚本」又は抗告人が通姓として使用している「瀬木」姓への氏の変更を許可するとの決定を求めるというものである。
二1 そこで検討するに、氏は人の家族共同体の単位の呼称として戸籍編成の基礎をなす重要な意義を有し、その変更は単に戸籍筆頭者のみならず同籍者の全員に及ぶのであるから、人の同一性の認識についての国家的、社会的利益と密接にかかわるものであって、軽々に氏の変更を認めるときには戸籍制度の円滑な運用を阻害するところである。戸籍法一〇七条二項が名を変更しようとするときには「正当な事由」をもって足るものとしつつ、同条一項が氏を変更しようとするときには「やむを得ない事由」を必要としているのもこの故にほかならない。したがって、右「やむを得ない事由」があるとするためには、単に主観的な支障や不便があるというだけでは足りず、変更しようとする氏が社会生活上重大な支障を与え、その継続使用を強制することが社会観念上不当であると考えられるような事情がなければならないのであって、このことは、離婚した者が離婚に際して称していた氏を称することとした後に婚姻前の氏に復しようとするときであっても、別異に解すべき理由はないものといわなければならない。
2 これを本件についてみるに、本件記録によれば、抗告人は昭和三六年三月二〇日に関栄二と婚姻して以来二〇余年にわたって「関」姓を称してきたものであり、また、抗告人と同籍の長男(昭和三七年九月二日生れ)、次男(昭和三九年九月一五日生れ)及び三男(昭和四三年八月二八日生れ)も同様に長期間にわたって右の氏を称してきたものであって、「関」姓は同人らの呼称として相当に定着しているものであること、関栄二夫婦は、東京都文京区本郷五丁目一四番三号に居住しているのに対して、抗告人は、東京都東村山市秋津町四丁目三九番地三三に居住し、東京都東久留米市本町一丁目三番四九号において日本語塾の講師をして稼動していて、生活圏や職域を異にするうえ、抗告人と関栄二の妻とは約一〇歳年齢が違い、抗告人と関栄二の妻とが同姓同名であることによって両者の誤認混同が生じるなどの社会生活上の甚だしい支障が生じているとはいえないこと、仮に抗告人が氏を変更したとしても、関栄二の妻が「関久子」を称し続けることにはなんら変わりはなく、いずれにしても抗告人が関栄二と離婚してはいないかのような誤解を世間に与えかねないことを防止することはできないことの各事実を認めることができ、抗告人の主張するように、関栄二の妻と抗告人とが同姓同名であるからといって、それによって関栄二が抗告人所有の土地、家屋や預金等を悪用する危険が生じるともなしえないのであって、抗告人が氏の変更を求める主たる理由は、結局、離別した夫が自分と同姓同名の者を妻としていることに対する心理的な不快感に尽きるものといわざるを得ず、このような事情のみをもっては未だ抗告人には氏を変更しなければならない「やむを得ない事由」があるものとはいえないものと解するほかない。
(西山 越山 村上)