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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)15号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

1 成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(本願発明の昭和五五年六月五日付及び昭和五六年二月一二日付手続補正書並びに出願当初の明細書添附の図面)によれば、本願発明は内燃機関用電子点火装置、更に詳しくはスパークを点滅する時期に関する発明であつて、内燃機関用電子点火装置において点火プラグが良好な状態にあることは適切なスパークを発生するために不可欠なことであるところ、内燃機関の燃焼工程には、スパークの開始後混合気が点火され炎が燃焼室内に広がり始める低温、低圧段階A(燃焼の第一段階)と急激に爆発状態となり、気筒内の温度、圧力が上昇する高温、高圧の段階B(燃焼の第二段階)とがあり点火プラグの損耗状態の研究の結果、燃焼の第一段階ではスパークしてもプラグはほとんど損耗しないが、第二段階でスパークすると、その高温、高圧状態のために点火プラグの損耗が著しく、しかも、燃焼の第二段階の始めまでに混合気はスパークなしで燃焼を継続し得る状態になつているから、第二段階においてスパークが持続することは気筒内の引続く燃焼工程にとつては不要であり、プラグの損耗という好ましくない結果をもたらすだけであることがわかつたことや、実験の結果、ピストンが気筒の上死点(TDC)と約五度遅れとの間にある領域に達する時に、燃焼の第一段階の終わりが起きることが分かつたこと、更には、点火プラグのスパークは、誘導コイルの一次巻線の電流を急激に切ることにより二次巻線に高電圧を誘起して生じさせるものであり、一次巻線の電流の回復自体は次のスパークのためにコイルにエネルギーを充填するために必要であることから、従来の点火制御装置においても回復の手段が存在したが、従来の点火制御装置では、機関の回転速度に応じたプラグの点火時期を制御することは行つていたが、スパークを切る時点の制御が欠けていたことから、点火プラグが燃焼の第二段階の途中までスパークして点火プラグの損傷を早めるという欠点のほか、機関の回転速度が遅い場合にはスパークが存在した方がよい燃焼の第一段階の終わらないうちに消えてしまうというおそれがあり、また、ピストンが機関の回転速度にかかわらず気筒の上死点(TDC)と約五度遅れとの間にある領域に達すると燃焼の第一段階の終わりが起きることがわかつたことから本願発明は、こうした欠点を解決すべき課題として、「スパークプラグの電極間のスパークを消すために一次巻線の電流が燃焼の第一段階の終わりで回復されるように」するという従来技術にはない構成を採用したもので、右構成を採用したことにより、プラグの不要な損耗を防止することができるという所期の効果を奏し得たものと認められる。

2 一方、引用例(引用例が本願発明の特許出願前に国内において頒布された特許公報であることは、原告の明らかに争わないところである。)に、本件審決認定のとおり、「一次巻線及び二次巻線を有する点火コイルと、最大進角と最大遅角をそれぞれ表わす二つの所定の限界の間で機関の条件にしたがつて決定されるクランク軸角度においてスパークを開始するように前記一次巻線に流れる電流を遮断し、その後該一次巻線の電流を回復するようにした制御回路とを備えた内燃機関用電子点火装置」が記載されていることは当事者間に争いがないが、本件審決は、引用例には「ほぼ上死点より若干遅れた一定角位置でトランジスタ27のコレクタ電圧(G)が急激に減少し、出力トランジスタ2を導通せしめて前記一次巻線の電流を機関速度に関係なく上記一定角位置で回復するようになつている」制御回路が記載されていると判断するところ、原告は、右判断は誤りであると主張し、争うので、以下、右の点について検討する。

(一) 成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例記載の発明は、その特許請求の範囲に「火花点火機関において、クランク軸あるいはクランク軸に機械的に結合された回転軸に適当なピツクアツプを設け、その軸の回転を電気的パルスに変換し、このパルスを用いて前記のクランク軸の回転角と一定の対応関係のある階段状に変化する電気的信号を作り、一方機関の毎分回転数等点火時期を決定するに必要なる変数を適当な方法によつて電気的信号に変換し、前記の階段状に変化する電気的信号との和または差の信号を作りその和または差の信号がある一定値に達したとき出力パルスを出して点火装置を動作せしめることを特徴とした点火時期の電子式自動進角装置。」と記載されているように、自動車用ガソリンエンジンなどの火花点火機関の点火時期をエンジンの回転数等によつて自動的に行わしめる電子式自動進角装置に係る発明であつて(同号証第一頁左欄第一〇行ないし第一五行、同頁右欄第三六行ないし第二頁左欄第一行)、引用例記載の発明の技術的思想は、発明の詳細な説明の最後に要約されているように、「エンジンのクランク軸の回転角と一定の対応関係のある電気的信号を作り、エンジン回転数等によつてその信号のバイアスを変えて点火時期を調節することにあるが、その際クランク軸の回転を一旦電気的パルスとして検出し、それを階段状に変化する電気的信号に変換するデイジタル的方法を採ることによつて、温度変化等に起因する、装置の構成素子の特性変化の影響を排除し、動作を確実ならしめ得る」(同号証第三頁右欄第一六行ないし第二四行)という点にあるものであること、右発明の一実施例の回路図である引用例の第5図には、右発明の原理の説明図である第1図の出力端15に対応する端子として、トランジスタ27のコレクタGに他端が接続されたコンデンサ50の一端が示されているほか、発明の詳細な説明中には、「トンネルダイオード38及びトランジスタ27は第1図13のトリガー回路に相当するが、その動作は第6図に説明した回路と全く同様であつてトンネルダイオード38を流れる階段状電流が一定値Ipに達するとトランジスタ27は導通状態となり、そのコレクタ電圧は第8図(G)に示すごとく急激に上昇する。この電圧変化はコンデンサ50を経て出力端子15より点火装置に至り、エンジンのシリンダ内の混合ガスを点火する。」(同号証第二頁右欄第四〇行ないし第四五行)との記載があり、かつ、第5図の実施例回路の各要所における信号波形の概略図である第8図の(G)には、階段状電流発生回路で発生する階段状電流が一定値Ipに達した時点で急激に立ち上り、上死点を三度経過した時点で急激に立ち下がる矩形波が記載されていることが認められる。しかしながら、引用例中には、スパークを積極的に消滅させるための構成そのものを明示した具体的な記載は何も認められない。

(二) ところで、引用例に「ほぼ上死点より若干遅れた一定角位置でトランジスタ27のコレクタ電圧(G)が急激に減少し、出力トランジスタ2を導通せしめて前記一次巻線の電流を機関速度に関係なく上記一定角位置で回復するようになつている」制御回路が記載されているといえるためには、引用例にそのことが一義的に、具体的には、前記矩形波の立ち下り時点において、トランジスタ2が導通することが一義的に示されているものと解することができる程度に記載されていると認められることが必要なものと解されるところ、引用例には、その点に関しては前認定のとおりの事項が記載されているにすぎない。そして、前記引用に係る引用例の記載(第二頁右欄第四〇行ないし第四五行)中の「この電圧変化」(同号証第二頁右欄第四三行)とは、その文脈から第8図(G)に示すコレクタ電圧の急激に上昇する電圧変化部分(立ち上り部分)を指し示していることは明らかであり、したがつて、右記載はコレクタ電圧の急激に上昇する電圧変化がコンデンサ50を経て出力端子15より点火装置に導かれることを明らかにしているとはいえるものの、第8図の信号波形の立ち下りの電圧変化を含めた第8図(G)の波形全体がコンデンサ50を経て出力端子15より点火装置に導かれることを明らかにしているものと断定することはできない。また、引用例の第8図(G)には、前認定のとおりの矩形波が記載されているものの(なお、パルス幅は、階段状電流が一定値Ipを超える時間幅と一致している。)、前掲甲第三号証によれば、引用例記載の発明の原理の説明図である第1図のC点(引用例記載の発明に係る自動進角装置の出力端子15)における信号波形の概略図である第2図(c)及び第3図(c)には階段状電流発生回路で発生する階段状電流が一定値Ipに達した時点で送り出される点火時期を示す出力パルス(なお、そのパルス幅は第8図(G)に示されるものとは異なり、階段状電流が一定値Ipを超える時間幅とは無関係となつている。)が示されているにすぎず、そこにはスパークの消滅時期を示す構成は示されておらず、そうした第2図及び第3図の(c)の記載と前記引用例本文中の記載を合わせ考慮すると引用例の第8図(G)の波形から直ちに、右波形全体がコンデンサ50を経て出力端子15より点火装置に導かれることが記載されているものと認めることはできない。

(三) ところで、被告は、乙第一号証ないし第三号証等を挙示して、引用例のコレクタ電圧(G)を出力パルスとして出力端子15に伝達する第5図におけるコンデンサ50は結合コンデンサと解すべきであるとしたうえで、第8図(G)に示された矩形波パルスは、その始めから終わりまでの変化をトランジスタ2のベースに伝えるものであるから、両発明が同一である旨主張し、これに対し、原告はコンデンサ50は単に点火時期を示すパルスを発する微分コンデンサである旨主張する。

もとより、引用例においても、一旦スパークを発生させた以上、明示はされていないとはいえ、その自然消滅を待つか、これを消滅させる手段を有するものと推認することができるが、これに関する明示的、具体的記載がないことは前記(一)及び(二)に述べたとおりである。前記1に認定したように、気筒内の燃焼段階とスパーク継続によるプラグの損耗とは密接な関係にあり、かつピストンが気筒の上死点と約五度遅れとの間にある領域に達する時に燃焼の第一段階の終わりが起こるのであるが、もし引用例記載の発明者がこの点を意識し、プラグの損耗防止のため、出力トランジスタの導通等スパークの消滅時期に関する技術的事項を開示するのであれば、たとえ文言による明示的、具体的な記載はなくても、被告主張のように結合コンデンサを用いることによりその目的を達成することができるものである以上、少なくとも、出力端子に出力パルスを伝えるコンデンサの構成を具体的に図面によりこれを開示することが当然考えられるのに、引用例第5図のコンデンサ50は単にコンデンサであることを示す<省略>の記号により記載されているにすぎないのである。しかも、被告も自認するとおり、コンデンサ50が結合コンデンサとして機能するためには、バイアス抵抗回路が設けられていることが必要なところ、引用例の第5図には右回路は明示的に記載されておらず、成立に争いのない乙第一ないし第三号証によるも、右第5図の記載のみから、これが疑いもなく結合コンデンサであるとまで認めることは困難である。他方、成立に争いのない甲第五号証の一ないし三(日刊工業新聞社発行に係る川又晃著「パルス応用回路」)によれば、モノステイブル・マルチバイブレーター等のパルス整形回路によつてパルス巾を自由に変えることのできることは周知の事項であることが認められ、しかも、前掲乙第三号証によれば、その第4―b図のコンデンサC11は明らかに微分コンデンサであり、このコンデンサによつて得られた鋭いパルス(点Kにおけるもの)を波形整形して点火信号とするものが示されている。かような事実と引用例の第2図及び第3図の(C)の単に出力パルスの立ち上りを示すにすぎない記載からは、引用例の第5図におけるコンデンサ50は微分コンデンサであつて、出力端子15は、モノステイブル・マルチバイブレーターのようなパルス整形回路を介してトランジスタ2のベースと接続されているものと解することもできるのである。このように、引用例にスパーク消滅時期についての具体的記載がなく、コンデンサ50の構成を一義的に知ることができない以上引用例には、コンデンサ50をもつて結合コンデンサと解し、第8図(G)に示された矩形波の始めから終わりまでの変化をトランジスタ2のベースに伝えられ、その立ち下り時点において出力トランジスタ2を導通せしめることが開示されているものと断定することはできない。

3 そうだとすれば、引用例に、本件審決認定のとおり、「ほぼ上死点より若干遅れた一定角位置でトランジスタ27のコレクタ電圧(G)が急激に減少し、出力トランジスタ2を導通せしめて前記一次巻線の電流を機関速度に関係なく上記一定角位置で回復するようになつている」制御回路が記載されていると断定することはできないのであつて、本件審決は引用例の記載事項の認定を誤つたものというべく、右誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるといわざるを得ない。

三 以上のとおりであるから、本件審決を違法として、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

一次巻線および二次巻線を有する点火コイルと、最大進角と最大遅角をそれぞれ表わす二つの所定の限界の間で機関の条件に従つて決定されるクランク軸角度においてスパークを開始するように前記一次巻線に流れる電流を遮断しその後該一次巻線の電流を回復するようにした制御回路とを備えた内燃機関用電子点火装置において、スパークプラグの電極間のスパークを消すために前記一次巻線の電流が燃焼の第一の段階の終りで回復されるようにしたことを特徴とする内燃機関用電子点火装置。(別紙図面(一)参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

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別紙図面(二)

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(以下省略)

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