東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)166号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は本件考案と引用例記載の考案との構成上及び作用効果上の差異を看過して、誤つた結論を導いたものである旨主張するが、次に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告の主張は、理由がないものというべきである。
前記本件考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案公報)によれば、本件考案は、回折格子レプリカの細長い糸条を織り込んだ、独特の虹彩を放つ織物に関するものであるところ、従来、金属やガラス表面に多数の等間隔の細条溝を一mm当り三〇〇本ないし一五〇〇本程度刻設した回折格子に光を当てると、この光が回折分散され虹状の彩色輝光が表れることは周知であり、このような回折格子を手軽に得る方法として、金属面に前記のような細条溝を刻んだ母型の格子面にプラスチツクフイルムを押し当て、このフイルム表面に母型の格子面を転写複製し、その上に銀やアルミニウムなどの金属薄膜をスパツタリングすることが広く行われており、本件考案の考案者は、先に、このようにして複製した回折格子フイルム(レプリカ)を所望の形状に裁断した小片とし、この小片を織物(布地)上に細糸をもつて縫い付けて、縫い目が網目状になるようにした織物(成立に争いのない乙第一号証により認められる実公昭四四―一六三八六号実用新案公報記載の装飾織物)を提案したが、この織物は、独特の風合を有するものの、レプリカを所望の形状(例えば、小円とか花びらの形状)に裁断した、一定の面積を持つた小片として、布地の表面に縫い付けているために、レプリカ片が布地にいま一つなじまず、後から附着した感を免れず、あまり大きなレプリカを使用できない欠点があつたので、この欠点にかんがみ、回折格子レプリカを細長い糸条に裁断したものを織り込んで、レプリカを織物地と融合一体化するとともに、レプリカの回折作用による虹状の彩光により織物に独特の優雅さ、美しさを与え、回折格子の持ち味を織物の分野において一層好果的に十分に発揮できるようにすることを目的として、本件考案の要旨のとおりの構成を採用し、これにより、光が当たると虹状の輝きを発し、絢爛豪華な趣きがあり、特に芸能人のステージ服、テーブルセンター、壁掛けなどの装飾用として、あるいは、特殊な帯地、着尺等に好適であり、また、レプリカ糸を織物のよこ糸又はたて糸として織り込んであるので、レプリカ糸が織物に融合一体化されて異物感が全くないという作用効果を奏するものであることが認められる。
他方、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例は、本件考案の実用新案登録出願の日の前である昭和四八年二月二一日に出願公告された実用新案公報であつて、それには、別紙図面(二)の第3図に示すようなレプリカ膜体は、図案、模様に合わせて織成することができず、織物全体がちかちか色光を発するのみで、模様による織物の優雅さ、きらびやかさが失われるばかりでなく、プラスチツク、セルロイド等を布状に織成することは、技術的に難点があり、織物としての安定性に乏しいという欠点があるので、右の欠点にかんがみ、引用例記載の考案は、比較的強靱で、かつ、糸とよくなじむ紙、金属箔等の台紙上に模様の一部としてレプリカを貼り付け、これを細長く裁断し、経糸あるいは緯糸として順番に織り込み、台紙上のレプリカの形状を再生することを目的として、「紙、金属箔等の台紙上に所定の模様を構成する形のレプリカ膜体をはり付け、これを台紙もろとも細長く糸状に裁断して、経糸あるいは緯糸として順番に位置を整えて織り込み、前記台紙上のレプリカ模様を再現するようにしてなる装飾織物」の構成(引用例記載の実用新案登録請求の範囲の構成)を採用したものであることが記載されているほか、右考案の前提としての技術であるレプリカの作製方法、レプリカを用いた従前の織物等に関する説明として、本件審決認定の事項が記載されている(この点は、原告の認めるところである。)ところ、右記載内容によると、引用例記載のレプリカは、金属又はガラス面上に一mm当り四〇〇本ないし一五〇〇本の等間隔の細条溝を描刻した母型の格子面上にプラスチツク、セルロイドなどの可塑物質膜面を当てがい、この膜面上に格子溝を複製して作製されるものであり、このレプリカを用いた織物としては、細く裁断した右のレプリカを単純に経糸又は緯糸として織成したものがあることが認められ、これを本件考案と対比考察すると、本件考案も、前認定のとおり、右と同様の方法により作製したレプリカを細長く裁断して作つた多数の糸条を、右の織物と同じように、経糸又は緯糸として織り込んだ織物であるから、本件考案と引用例記載の右の織物とは、技術的構成及び作用効果において異なるところはなく、両者は、その技術的思想を同一にするものと認めるべきである(なお、引用例には、前認定のとおり、プラスチツク、セルロイド等を布状に織成することは技術的に難点があり、織物としての安定性に乏しい欠点がある旨従来技術の欠陥に関する記載があるが、前掲甲第二号証によるも、本件考案は従来技術のこの点の欠陥に対する解決手段を提供、開示するものではないから、引用例の右記載は、叙上認定を妨げるものということはできない。)。原告は、本件考案のレプリカは織物地糸と同程度の柔軟性及び十分な長さを有する、継ぎ目のないものであるのに対し、引用例記載のレプリカは織物地糸よりも硬く、かつ、短いものであるから、本件考案と引用例記載の織物とは、その構成及び作用効果を異にする旨主張するが、本件考案及び引用例の記載内容に関する前認定の事実に徴すると、原告の右主張は、本件考案と引用例の実用新案登録請求の範囲に記載の織物とを対比してその相違をいうものと解されるが、引用例には、前認定のとおり、右の織物の構成のほかに、レプリカの作製方法及びそのレプリカを単純に経糸又は緯糸として織成した織物の構成についての開示もあり、本件審決は、本件考案と右の織物とを対比してその結論を導いたものであるところ、両者は、前説示のとおり、その技術的思想を同一にするものであるから、原告の右主張は、採用することができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
回折格子レプリカの薄膜を細長く裁断して作つた多数の糸条を織込んだことを特徴とする織物。