東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)217号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 相違点(1)についての審決の判断につき、原告は、本願考案において、舟艇は水に一切浸されないで空中に保持されるから、海中生物などの付着がなく、舟艇の安全な保管ができるという、第一引用例記載のものにない作用効果を看過、誤認し、ひいて、相違点(1)の点は当業者の必要に応じて採択し得る設計的事項にすぎないものと誤つて判断したと主張する。
成立に争いのない甲第五号証(昭和五六年三月二四日付け手続補正書)、同第六号証(昭和五九年三月九日付け手続補正書)によれば、「本考案は河海に於て舟艇を水面上に持ち揚げ、空中にて支架保管するための浮沈自在な舟艇水上保管用乗舟台に関する」ものであつて(昭和五六年三月二四日付け手続補正書添付全文補正明細書第一頁第一七行ないし第一九行)、「強化プラスチツク製ボートなどの小型舟艇を所有する者が、その舟艇の保管場所の確保に患わされることなく、安心してしかも安全容易に舟艇の保存並びに活用が可能なる舟艇水上保管用乗舟台を提供する」(前記明細書第二頁第一一行ないし第一五行)ことを目的とするものであり、右目的を達成するため本願考案の要旨のような構成を採用したものであつて、舟艇の底部を載置固定する架台を一個若しくは連結した複数個のフロートの上部に備え、フロートに空気を強制注入し架台を水面上に浮揚させることにより、架台に底部を載置固定した舟艇は水に一切浸されないで保持されるから、海中生物などの付着がなく、直接波浪に翻弄されることなく艇体の安全な保管ができるという作用効果を奏する(前記明細書第四頁第一四行ないし第五頁第一五行、昭和五九年三月九日付け手続補正書7、補正の内容(2)項)ことが認められる。これに対し被告は、第一引用例に記載された水底作業車の回収装置におけるフロートタンクの容量を大きくしたり、その数を増やしたりして、本願考案における架台に相当するフロート台船に水底作業車を載せた場合にも、フロート台船が水面上にあるような浮力を水底作業車の回収装置が有するように設計し、また、水底作業車の重量を回収装置に比べて軽いものとすれば、水底作業車の底部を水面上一定の高さに保持することは可能であり、そうすることは、この分野でこの種のものの設計に当たりごく普通に行つていることであり、そのように構成すれば、第一引用例に記載されたものでも、本願考案の前記作用効果と同一の作用効果を奏することが明らかである旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第二号証によると、第一引用例記載のものは、水中ブルドーザ等の水底作業車の作業現場の変更やその車体の補修、整備などに際して車体を水底から浮上させ、かつ、その浮上車体の曳航作業を行う場合に、「従来のごとくクレーン船のチヤータや潜水夫の動員等を行なうことなく、水底から車体浮上作業とその浮上車体の曳航作業を併せ行なうことができ、特に前記車体を安定性よく浮上させることができて、その車体の回収作業が随時簡単にして安全にかつ確実容易に行ない得る水底作業車の回収装置を提供すること」(第一欄第二九行ないし第三六行)を目的とするものであり、右目的を達成するために審決認定のような構成を採用したものであるが、第一引用例には、水底作業車を水面から更にその上方に持ち上げ、水面から離して保持するという技術的思想は明記されておらず、また、このような技術的思想を看取することができる記載もないことが認められるのである。
そうすると、たとえ被告主張のように、第一引用例に記載された水底作業車の回収装置について、水底作業車の底部を水面上の一定高さに保持することが、力学上設計可能であるとしても、第一引用例記載のものに、本願考案における前記作用効果を期待することはできない。したがつて、被告の前記主張は理由がない。
さらに、被告は、原告の前記主張に対し、本願考案のようにフロートを架台の下部に備えるようにしても、架台上に舟艇を載せた場合に、その重力によつて沈む程度の浮力しかフロートに存しなければ、架台上に水が来て舟艇は水に浸されるから、フロートが架台の下部にあるからといつて、前記本願考案の作用効果が生じるものではないと主張する。
なるほど、フロートを架台の下部に備えることのみによつて、前記本願考案の作用効果がもたらされるものでないことは、被告主張のとおりであるというべきであるが、他方、本願考案の要旨中に、「フロートを浮上させたとき、舟艇底部を水面上一定の高さに保持するように構成したことを特徴とした」との部分があることからすると、本願考案では、舟艇を載せた場合に、架台を水面上に浮揚させるような浮力をフロートが有し、右浮力によつて浮上させられた架台に載置固定される舟艇底部を水面上一定の高さに保持するという構成を採用しているのであり、フロートを架台の下部に備えることも、前記本願考案の作用効果をもたらす不可欠の要件となつているものというべきである。したがつて、被告の右主張も理由がない。
それゆえ、相違点(1)が、当業者の必要に応じて採択し得る設計的事項にすぎないとした審決の判断は誤つているというべきである。
2 相違点(2)についての審決の判断に対し、原告は、この種のものにおいてフロートタンクへの注排水により浮体等の深さを調節自在とすることが周知でなかつたし、仮に周知であつたとしても、舟艇の底部を水面上一定の高さに保持することが、当業者の必要に応じて採択し得る設計的事項にすぎないということもできない旨主張する。
第一引用例記載のものが、水底作業車を水底から水面へ浮上させて曳航回収するための装置であつて、第一引用例には、本願考案におけるような舟艇(水底作業車)を水面から更にその上方に持ち上げ、水面から離して保持するという技術的思想は明記されていないし、また、これを看取することができる記載も存しないこと、前判示のとおりである。
そうすると、たとえ審決が認定したように、フロートタンクへの注排水により浮体等の深さを調節自在とするものが、本件出願前に周知であつたとしても、それらは所詮水中での深さの調節技術に止まるものである(成立に争いのない乙第一号証((特許第一〇五一二四号明細書))、乙第二号証((昭和一五年実用新案出願公告第一九〇五四号公報))に記載したものも、上述の技術の範囲を出るものではないと認められる。)から、第一引用例記載のものに右周知技術を当てはめて、本願考案のように、水面に浮いている舟艇の底部を水面上一定の高さに保持し、水面から離隔することが、当業者の必要に応じて採択し得る設計的事項にすぎないということはできない。
したがつて、審決は、第一引用例の開示する技術的思想及び周知技術の適用範囲をいずれも誤認することによつて、本願考案の相違点(2)が第一引用例記載のものに周知技術を当てはめて適宜設計することによつて得られるものと誤つて判断したものというべきである。
3 次に、相違点(3)についての審決の判断に対し、原告は、本願考案における舟艇は水上に浮かんでいるものであるのに反し、第一引用例記載のものにおいて、水底作業車は水底を動き回る無人の機械であるから、両者を同じ乗物とすることはできないと主張する。
前掲甲第二号証によれば、第一引用例における水底作業車については、人の乗り込まないものとの限定はないことが認められるから、右水底作業車が、乗物の一種である場合も存するところである。
しかし、本願考案における舟艇は、水上に浮かんでいるものであるのに対し、第一引用例における水底作業車が水底を動き回るものであることが自明であつて、この相異なる物を対象とし、それぞれの物に関する技術的課題を解決する目的が相違することから、本願考案においては、舟艇を水面上一定の高さに保持するように構成したのに対し、第一引用例記載のものにおいては、水底作業車を水底から水面へ浮上させて曳航回収するように構成したという構成上の相違が存し、このことに基因する本願考案特有の前記作用効果は第一引用例記載のものには期待することができないこと前判示から明らかであり、このことに照らすと、たとえ審決が認定するように、本願考案と第一引用例記載のものの両者とも、同じく水上あるいは水中で使用される乗物である舟艇あるいは水底作業車を架台上に載置固定して用いられるものである点において変わりがないとしても、また、水面に浮上するフロートである「艀体」上に乗物を保管する台が第二引用例に示されており、かつ、陸上において舟艇を架台上に載置固定して保管するものが本件出願前周知であつた(この周知技術の点は当事者間に争いがない。)としても、第一引用例に記載されたものにおいて水底作業車を舟艇に代え、水底作業車の回収装置を舟艇保管用乗舟台とすることが、当業者のきわめて容易に想到し得たものということはできない。
4 本願考案の作用効果についてみるに、前掲甲第五号証によると、本願考案は、小型舟艇を、特別の艇庫又は上屋などを利用して陸上に保管するまでもなく、港湾内の水上において保管することができ、保管料等の費用を要さず、経済的に保存するという作用効果(以下「(1)の作用効果」という。)を奏することが認められ、この(1)の作用効果は後記(2)の作用効果に導かれた間接的二次的なものであるとみられるが、本願考案の構成に基づくものであることは否定できない。そして、本願考案が(1)の作用効果の外に、舟艇が水面上一定の高さで空中に保持されるから海中生物等の付着もなく、直接波浪に翻弄されないので安全に保管することができるという作用効果(以下「(2)の作用効果」という。)を奏することは、さきに判示したとおりである。
そして、(2)の作用効果が第一引用例記載のものに存しないこと、これに反する被告の主張が理由がないことは前判示のとおりであり、また、(1)の作用効果を第一引用例記載のものが奏することを認めるに足りる証拠はない。被告は、第一引用例記載のものに適宜設計変更を加え、それに舟艇を載置すれば、(1)の作用効果を奏すると主張するが、第一引用例記載のものにおいては、水底作業車を水面から更にその上方に持ち上げ、水面から離して保持するという技術的思想がそもそも存しないこと、前判示のとおりであるから、被告主張のように、第一引用例記載のものに適宜設計変更を加えることにより、(1)の作用効果を奏するとすることはできない。また、被告は、第二引用例に示された、乗物を水上の浮体上に格納するという技術的思想からも、(1)の舟艇を経済的に保存できるとの作用効果が予測できると主張するが、成立に争いのない甲第三号証によれば、第二引用例記載のものは、乗物を水上の浮体上に保管するとはいつても、都市において陸地に駐車場を建設することが経済的に困難となつてきたことから、陸上で使用される自動車の保管場所(駐車場)を水上に設置することを目的としてなされた考案であることが認められるのであつて、第二引用例記載のものから、使用時には水上に浮かんでいる舟艇を経済的に保存できるという本願考案の作用効果を予測し得るものではないというべきである。
5 以上みてきたところによれば、審決は、本願考案と第一引用例記載の考案との間の相違点(1)ないし(3)について判断するに当たり、第一引用例記載の考案の技術的思想及び周知技術の適用範囲をいずれも誤認し、右相違点の構成の困難性の判断を誤り、かつ、本願考案の奏する作用効果を看過、誤認し、その結果、本願考案は当業者が第一引用例及び第二引用例記載の考案及び周知技術に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものと誤つて認定、判断したものであり、違法であるから、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編註その一〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
舟艇の底部を載架固定する架台をフロートの上部に備え、給排気口並びに吸排水口を有する浮沈自在なフロートの一個若しくは複数個を連結し、上記フロートを浮上させたとき、舟艇底部を水面上一定の高さに保持するように構成したことを特徴とする舟艇保管用乗舟台。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面 (一)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙図面 (二)
<省略>