東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)227号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(本件出願公告公報)によると、本願発明の技術的課題及び作用効果について、同公報の発明の詳細な説明の項に次のとおりの記載があることが認められる。
「この発明は、軟弱地盤特に浚渫により造成された超軟弱地盤の改良工事において、サンドドレーン、ペーパードレーン等の圧密工法を施工するためのサンドマツト層を軟弱地盤表面に形成するとともに、各種重機械の搬入、盛土のためトラフイカビリテイーを提供する覆土方法に関する。
軟弱地盤に利用目的に応じた地盤改良工事を行うためには、改良工事に使用する機械設備等を保持できる支持力を有する地盤を軟弱地盤上に形成する方法として特公昭四六―一三八六五に記載されたフアーゴツトシートと呼ばれる引張強力の大きなシート(引張強力五〇kg以上)を展開敷設しそのシート上に良質土砂を撒き出し、該シートと軟弱地盤表面との間の摩擦抵抗により撒き出し土砂の荷重を分散支持して軟弱地盤の表層を乾燥固化することなく、地盤改良工事に適した安定層を形成する工法が提案されているが、この工法においては、第1図に示すように、超軟弱地盤1の表面に展開敷設された通水性を有する繊維材シート2上に良質土砂3をまき出したとき、土砂の撒き出された部分は荷重され沈降し沈降につれて、水膜層4が軟弱地盤表層とシート間に発生するとともに、浮泥もしくはシルトがシートの繊維間の隙間を塞ぎ水分の通過が阻けられシートと軟弱地盤表面間に水膜層が発生し、摩擦抵抗が低下し、荷重された軟泥はシートに沿つて噴き出し(「憤き出し」とあるのは、「噴き出し」の誤記と認める。)、土砂堆積部周縁に盛上がる。この盛り上つた塑性シルト上に、更に良質土砂を撒き出し覆土する。
従つて、軟弱地盤表面は、噴出した塑性シルトによる凹凸を生じるために表面を水平に覆土したとき覆土の厚さが均一でなく、平均厚さで盛土された場合に比して極めて多量の土砂を土盛りしなければならない欠点を免れず、加うるに、盛土により軟弱地盤は圧密されるが、表層に展開された繊維材シートの間隙は、浮泥、シルトにより目づまりを起し、水の浸透を阻げ、圧密によるドレーン効果を全く減殺し、時間をかけても地盤改良が行われ難い欠点を有していた。この発明は、上記の欠点のない軟弱地盤覆土方法を目的とする。」(第一欄第二四行ないし第二欄第二五行)
「この発明の構成は前記の通りであるから、地盤の強度に応じて覆土することができ、地盤を破壊することなく、簡単な作業で経済的に施工することができ、汚泥の発生が殆どなく、たとえ発生しても、余水とともに循環使用し広く撒きちらして処理することができ、極めて短時間で強い支持力が発生し、砂が水とともに撒出されて水締が行われるので覆土終了とともに第二次盛土を施工することができ、しかも引続く第二次改良の際に、砂杭(「砂抗」とあるのは「砂杭」の誤記と認める。)形成のため打込まれる鋼管もしくはペーパードレンの打設管打込には、敷き込まれた合成樹脂押出しネツトは極めてたやすく部分的に破砕され、作業に全く支障を来すことがない極めて有効な超軟弱地盤覆土方法である。」(第四欄第四一行ないし第五欄第一〇行)
2 (1) 原告は、審決は、引用例記載の発明における「浚渫により堆積した軟弱地盤」は、本願発明の「覆土しようとする軟弱地盤」に相当するものと認められると認定したが、本願発明と引用例記載の発明とは、対象とする「軟弱地盤」を異にするものであつて、審決の右認定は誤りであり、審決は、本願発明と引用例記載の発明との間の一致点の認定を誤つたと主張し、本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項において、請求の原因四2(4)掲記のように記載されているとおり、本願発明が対象としているのは、極めて軟弱な地盤であり、従来技術では、作業員が立ち入つて作業することが不可能な地盤であると主張する。
(2) まず、軟弱地盤の用語についてみると、成立に争いのない甲第一四号証証の一(「現場技術者のための土質工学」昭和五七年五月一〇日鹿島出版会発行)によると、同書には、「軟弱地盤の定義を考えてみると、一般的に、きわめて感覚的に個々の技術者や研究者等が適宜判断して、それぞれ定義づけを行なつているようである。例えば、稲田倍穂氏は『軟弱地盤であるかどうか、あるいは軟弱地盤として取り扱うかどうかは、そこに建設される盛土や構造物の種類や構造形式、規模や重要性、あるいは施工工程などから受ける制限によつて相対的に決まるもので、一定の数値ではとても表わし得ないものであると言えよう。』と述べ」ている(第四〇九頁本文第一四行ないし第一八行)との記載があることが認められ、成立に争いのない甲第一六号証(「軟弱地盤対策入門」昭和六〇年九月二〇日社団法人土質工学会発行)によると、同書第二〇五頁末行ないし第二〇六頁本文第二行に、「構造物の側からも軟弱地盤の定義にかなりの差がある。表―4・1(本判決別紙(3))は構造物の種類による軟弱地盤の大略の判断基準である。このことからも軟弱地盤を特定することは難しいことが分かる。」との記載があることが認められる。
(3) 次に、本件出願公告公報の記載についてみると、さきにみたとおり、発明の詳細な説明の項に、「この発明は、軟弱地盤特に浚渫により造成された超軟弱地盤の改良工事において、サンドドレーン、ペーパードレーン等の圧密工法を施工するためのサンドマツト層を軟弱地盤表面に形成するとともに、各種重機械の搬入、盛土のためトラフイカビリテイーを提供する覆土方法に関する。」(第一欄第二四行ないし第二九行)と記載されており、また、前掲甲第二号証によると、同じく発明の詳細な説明の項に、一実施例について、「この場合における軟弱地盤は表面に湛水は見えず、含水比一一〇、地盤表面より一mにおける粘着力〇・〇五t/m2であつた。」(第三欄第三七行ないし第四〇行)と記載され、さらに、「前記実施例は、超軟弱地盤に属する粘着力が〇・〇五t/m2地盤について行つたものであるがこれよりもさらに軟弱な地盤においては、敷設する単位シートの幅を小さくし、面積に比して浮力を大にすると共に、地盤の支持力の低下に従つて一回の覆土の厚みを減じ、数度の覆土により、第一次改善である厚さ三〇cmとする。また、実施例の地盤より、粘着力の大きな地盤においては、単位シート面積を粘着力の大きさに従つて広くし面積あたりの浮力を小さくすることができ、一回の覆土を厚さ三〇cm以上まで行うことが可能であるが、三〇cmの厚さ以上の盛土層を形成する必要もない。」(第四欄第一八行ないし第三〇行)との記載があることが認められる。そして、本願発明の名称が「軟弱地盤覆土方法」であること、本願発明の要旨とされた特許請求の範囲の末尾にも、「軟弱地盤覆土方法」との記載があることは、前判示のとおりである。
以上の各記載、特に右本件出願公告公報の発明の詳細な説明の項第一欄第二四行ないし第二九行の記載においては、本願発明でいう「軟弱地盤」は、浚渫により造成された地盤であることが明らかにされ、同第四欄第一八行ないし第三〇行の記載においては、本願発明の一実施例は、粘着力が〇・〇五t/m2の超軟弱地盤を対象としたものの、これよりも更に軟弱な地盤、並びにこれよりも更に粘着力が大きい地盤も、本願発明の対象とするものであることが明らかにされていることからすると、本願発明が対象とする「軟弱地盤」の軟弱の程度の上限・下限は限定されていないものというべきである。
そうすると、本願発明が対象とする「軟弱地盤」は、原告主張のように、従来技術では、作業員が立ち入つて作業することが不可能な地盤である粘着力〇・〇五t/m2以下の超軟弱地盤に限られるということはできない。
(4) 一方、引用例についてみると、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によると、引用例記載の発明は、その名称を「浚渫による土地造成工法」とし、引用例には、「本発明は軟弱地盤の土地改良を目的とするものである。」(明細書の項の発明の詳細な説明第一頁左下欄下から第五行ないし第四行)と記載されており、また、「本発明は造成する海岸又は湖岸等の沼岸区域に排水口を有する防堤を設けて埋立区域を完全に分離し、造成区域以外の採取区域の軟泥土を浚渫によつて除去して埋立造成区域に移して堆積する。この堆積した浚渫軟泥土は軟弱であり」(同第一頁右下欄下から第四行ないし第二頁左上欄第一行)と記載されていることが認められる。
この記載によると、引用例記載の発明が対象とするのも、浚渫により造成された軟弱地盤であることが明らかである。
(5) 以上みたところによると、本願発明が対象とする「軟弱地盤」と引用例記載の発明が対象とする「軟弱地盤」とは、共に浚渫により造成された軟弱地盤であつて、格別相違するところはなく、引用例記載の発明における「浚渫により堆積した軟弱地盤」は、本願発明の構成要件中にある「覆土しようとする軟弱地盤」に相当するものと認められるとした審決の認定には、原告主張のその余の事実について審究するまでもなく、誤りはないというべきである。
3 (1) 原告は、本願発明の「良質土砂」は粒度のそろつた良質砂を意味し、引用例記載の発明の「砂礫」は異なるものであり、また、用いるポンプも、本願発明におけるものと引用例記載の発明におけるものとでは異なるものであるから、引用例記載の発明における「水を含む砂礫を浚渫ポンプにより堆積する」は、本願発明における「水搬サンドマツト工法により良質土砂を撒き出す」に相当するとした審決の認定は誤りであると主張する。
(2) 前記本願発明の要旨には、水搬サンドマツト工法により網状シート上に均一に撒き出す対象物として「良質土砂」との記載があるところ、この点に関連する本件出願公告公報の記載をみるに、前掲甲第二号証によると、右公報の発明の詳細な説明の項第三欄第一〇行ないし第二四行に、「網状シートが、超軟弱地盤上に敷設された後、送水管により水とともに砂粒が網状シート上に撒き出されると落下する砂粒と水とは、網状シート(「網状ネツト」とあるのは「網状シート」の誤記と認める。)と超軟弱地盤との摩擦抵抗と合成樹脂ネツトの適度の剛により支えられ、多少の砂粒と水が網目の孔を通過し、網状シート下面地盤中に紛れ込むが、大部分の砂粒はシート上に堆積し、他方網状シート下面に接する超軟弱地盤を構成する浮泥、シルト(「シート」とあるのは「シルト」の誤記と認める。)の極く一部は、網状シートの孔を通り、網状シート上に堆積する砂粒中に紛れ込む現象が見られ、網状シート上に砂粒が堆積するに伴なつて、シート下面に接する超軟弱地盤は直ちに圧密され、網状シートの剛性およびその摩擦抵抗が作用し、超軟弱地盤、網状シートおよび堆積砂粒による極めて強固な複合地盤が形成される。」と記載されていることが認められ、ここでは、「砂粒」という用語が用いられている。
そして、右甲第二号証によると、右発明の詳細な説明の項には、随所に、「土砂」(例えば、第三欄第三五行)、「砂」(例えば、第五欄第三行)という用語が使用されているが、「良質土砂」の意義を特定する記載は存しないことが認められる。
そうすると、本願発明における「良質土砂」は、原告主張のように、粒度のそろつた良質砂に限定されるものではないというべきである。
(3) また、前掲甲第四号証によると、引用例には、明細書の項の特許請求の範囲として、「軟泥土の堆積した海、河川または湖沼の一部に埋立域を造成するにあたり、埋立区域を堤で囲い、該区域の外側に堆積せる軟泥土を浚渫ポンプで除去して埋立区域に揚げ堆積し、しかる後新積層面上に網を展開敷設し、その上に外側区域の砂礫を浚渫ポンプで移積して新しい地面を形成することを特徴とする埋立工法」とあつて、「砂礫」の記載があり、実施例の説明として、「その上に水を含む砂礫(砂:水=1:9((「900」とあるのは「9」の誤記であると認める。))、含水比900%)を採取区域Aより排泥管より洩らし吹きをする。」(明細書の項の発明の詳細な説明第二頁右下欄第一六行ないし第一八行)と記載されていること、図面の簡単な説明の項(第三頁左上欄)末行に、第3図(本判決別紙図面(2))の説明として「11は砂」と記載されていることが認められる。
右記載によると、引用例記載の発明における「砂礫」は、実質的には砂を意味するものということができる。
(4) そして、土質工学上、土砂と砂礫とは、技術的意義を異にするものというべきであるが、右にみたところによると、本願発明の要旨にある「良質土砂」と引用例記載の発明の特許請求の範囲にある「砂礫」とは、用語を異にするものの、共に少なくとも砂を意味するものとして使われているから、格別相違するところはないものというべきである。
(5) なお、原告は、「砂礫」とは、扇状砂礫等の砂礫層の砂礫のことであり、かなりの砂分を含む礫であり、大部分が二〇~七五mm程度の粒度のものであつて、礫間の大きな隙間に粘土が入り込み、排水機能を失うおそれがある。したがつて、引用例記載の発明において洩らし吹きする砂礫は、本願発明の「良質土砂」と異なり、粒度が不揃いで、透水性が劣り、盛土として用いられるものであると主張しており(請求の原因四3(3))、引用例記載の発明においては「砂礫」という用語が用いられていて、粒度が砂より大きい礫が混在するのを許容することが明示されている点において、この点が明示されていない本願発明の「良質土砂」と異なることは否定し得ないところである。
しかし、前掲甲第四号証によると、引用例の明細書の項発明の詳細な説明第二頁右上欄第一四行ないし左下欄第二行に、「特に本発明工法において網を用いたのは軟泥土は含水率が高いため、砂上載過程において軟泥土の塑性流動を起させ、これが網に対して揚圧力となつて作用するが、網目を有するため、軟泥土及び砂が編目を相互にある量だけ透過し、揚圧力を軽減し、網の破裂が防止できる。更に網の働きは積上げ砂と軟泥土間が自由なる水の移動を保つて埋立地からの水分の蒸散が土砂の圧密脱水が速く進行する。」と記載されていることが認められ、この記載によると、引用例記載の発明においても、砂礫が網目を通して上昇した水分を蒸散させ、かつ圧密によつてドレーン効果を促進させるものであることが明らかである。したがつて、引用例記載の発明の「砂礫」は、サンドドレーン、ペーパードレーン等の圧密工法を施工するためのサンドマツト層を軟弱地盤表面に形成するために必要とされる本願発明の「良質土砂」と実質的に変わりはないといわざるを得ない。
(6) 原告は、用いるポンプも、本願発明におけるものと引用例記載の発明におけるものとでは異なると主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証によると、本件出願公告公報には、用いられるポンプの種類に関しての記載がないことが認められるし、前掲甲第四号証によると、引用例の明細書の項にも、浚渫ポンプの馬力についての記載がないことが認められるから、原告の右主張は理由がない。
(7) 以上みてきたところによると、引用例記載の発明における「水を含む砂礫を浚渫ポンプにより堆積する」は、本願発明における「水搬サンドマツト工法により良質土砂を撒き出す」に相当するとした審決の認定には、原告主張のその余の事実について審究するまでもなく、誤りはないというべきである。
4 原告は、審決が本願発明と引用例記載の発明との間の相違点について判断するに当たり引用した周知例における「シートの上面に浮子を取り付けること」の目的、作用及び効果の記載は、自然法則に反するものであるから、審決は、周知技術の認定を誤つたものであり、「シート体を用いることにより地盤の覆土を行う工法において、シートの上面に浮子を取り付けることは周知の技術(例えば昭和五〇年実用新案出願公開第四五〇三四号公報((以下「周知例」という。))参照)であ」るとした審決の認定は誤りであると主張する。
なるほど、成立に争いのない甲第五号証(周知例)によると、周知例には、請求の原因四4(2)のアないしウで原告が主張するような発明の詳細な説明の記載があることが認められ、これらの記載中には、技術常識からみて措辞にやや適切を欠く点が存することは否めない。しかし、この記載も、技術評価を単に誇張したものにすぎないし、そもそも、審決が周知例を引用したのは、本願発明と引用例記載の発明との間の相違点<2>について判断するに当たつて、地盤の覆土に用いるシートの上面に浮子を取り付けて浮力を付与する点が周知の技術であることを説示するためであつたことが、前記審決の理由の要点から明らかである。そして、シートに浮子を取り付けた点を周知の技術とし、これを引用例記載の発明の網に適用することは、当業者が容易になし得たものであるとした審決の認定、判断を誤りであるとすることについての具体的事実関係の主張、立証はなく、審決の右認定、判断は正当であるというべきである。
したがつて、審決には、原告主張の判断の誤りはない。
5 以上判示したところによると、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、本願発明の進歩性を否定した審決の判断は正当である。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
覆土しようとする軟弱地盤1表面に、目の粗い合成樹脂押出しネツトの網状シート6を展開敷設し、浮子9をシート上面に取り付けて、水搬サンドマツト工法により網状シート上に良質土砂を均一に撒き出すことを特徴とする軟弱地盤覆土方法。