東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)230号 判決 1987年7月28日
原告
渋谷工業株式会社
被告
ヘキスト・アクチエンゲゼルシヤフト
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和57年審判第2520号事件について昭和59年8月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯等
被告は、名称を「温度処理-殺菌装置」とする特許第836098号発明(1969年7月19日西ドイツ国に対してなした特許出願に基づく優先権を主張して昭和45年7月1日特許出願、昭和51年4月3日出願公告、同年11月30日設定登録、以下「本件発明」という。)についての特許権者であるが、株式会社立花製作所は、昭和57年2月15日被告を被請求人として本件発明について特許の無効審判を請求し、昭和57年審判第2520号事件として審理された結果、昭和59年8月17日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月3日株式会社立花製作所に送達された。
同会社の本訴提起後である昭和61年10月1日原告は同会社を合併し、本件訴訟の当事者の地位を承継した。
2 本件発明の要旨
処理すべき材料を収容するための装置と加熱及び/又は冷却するための装置とを備えた仕切構造或はトンネル構造における温度処理-殺菌装置において、層流発生器3が処理すべき材料を収容するための装置の前方へ配設されることにより、加熱あるいは冷却のための熱担体として浄化されたガス流が層流の形で、まず処理すべき材料にそしてその後処理すべき材料を収容するための装置に達するようにされたことを特徴とする前記温度処理-殺菌装置。
(別紙図面参照)
3 審決の理由の要点
1 本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 請求人(株式会社立花製作所)は、概略次のように主張している。
a 出願当初の明細書特許請求の範囲の「撹乱状のピストン流」が、第1回補正(昭和48年11月28日付け手続補正書による)により「撹乱のないピストン流」と補正され、さらにこれが第2回補正により「層流」と補正されている(勿論、発明の詳細な説明においても該当箇所がすべて補正されている)。なお、第2回補正(昭和49年7月9日付け手続補正書による)により、発明の詳細な説明中に「層流(Laminar Flow)とは、隣り合つた流体部分が混り合うことのない平行な流れである。」なる定義が追加されている。
b 出願当初の明細書、発明の詳細な説明において、「機構3は…動揺するピストン流を発生する目的で駆動される」とあつたのが、第1回補正により「機構3…撹乱のないピストン流を発生する目的で駆動される」と補正され、次に第2回補正により「機構3は…撹乱のない層流を発生する目的で駆動される」と補正され、さらに第3回補正(昭和50年2月7日付け手続補正書による)により、新たに今度は特許請求の範囲中に「層流発生器3が処理すべき材料を収容するための装置の前方に配設されることにより」が追加されている。
c1 出願当初の明細書 特許請求の範囲の「加熱及び冷却するための装置」が、第2回補正により「加熱及びあるいは冷却するための装置」に補正され(なお第3回補正により、これが「加熱及び/又は冷却するための装置」と補正され)ている。
c2 また、出願当初の明細書 特許請求の範囲の「加熱及び冷却のための燃焼ガスとして」が第2回補正により「加熱あるいは冷却のための熱担体として」補正されている。
前記補正a、b、cは、いずれも明細書の要旨の変更に当たる。補正が要旨変更に当たる場合、特許要件は手続補正書を提出した時を基準とすべきである(特許法第40条)から、本件発明は、最も早い日時でも第1回手続補正書の提出日である昭和48年11月28日出願のものとなり、一方、本件発明の基礎となる第1国ドイツ連邦共和国特許出願は、1971年(昭和46)年2月18日に出願公開され、公開公報は特許庁資料館に昭和46年6月23日に受け入れられており(甲第1号証、ドイツ連邦共和国特許出願P1936865公開公報。なお、本項における書証番号は審判手続における書証番号による。)、その内容は本件発明とほぼ同一であるから、特許法第29条第1項第3号ないし2項に該当する。
よつて、本件特許は、特許法第123条第1項第1号により無効とされるべきである。
3 先ず前記補正a、bが要旨変更に当たるか否か検討する。本件特許の出願当初の明細書には、「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている(参照 I. M Pilcher, Ingenieur Digest, 9 (1968)、71/75)。」と記載されている。そして、当該文献の写しが乙第1号証として提出されているが、これには層流の発生方法等について記載されていると認められ、したがつて、被請求人・出願人(被告)は、出願当初において、ピストン流と層流とを同じものと認識していたと認められる。また、乙第2号証(化学大辞典7 昭和36年10月30日共立出版株式会社発行 第380頁)には、ピストン流れの項に、部分的混合が起こつていないとみなされる流れ、等の記載があり、また、乙第2号証とシリーズ関係にある化学大辞典5(昭和38年11月15日発行)第508頁を職権調査したところ、これの層流の項には、管内の流れは規則的な流線を持ち、隣り合つた流体部分は混ざり合うことなく、あたかも重ねたカードを滑らせるように層状に動く、等の記載がある。したがつて、これらの文献によると、ピストン流と層流とは、本件発明においては同じ気体の流れを意味すると解され、これを左右する特段の事情はない。さらに、出願当初の「撹乱状のピストン流」あるいは「動揺するピストン流」の記載についてみると、ピストン流は前記したとおりであるから、「撹乱状の」あるいは「動揺する」は、明らかにピストン流の修飾語として不適当であり、これらの記載を、ピストン流に合致した「撹乱のない」とすることは、単なる誤記の訂正とみるのが相当である。
以上の次第であるから、前記補正a、bは、出願当初の明細書に実質的に記載した事項の範囲内においてなされたものであつて、補正a、bが要旨変更に当たるとする請求人の主張には理由がない。
4 次に補正cについて検討する。補正c1において、第2回補正による「加熱及びあるいは冷却するための装置」及び第3回補正による「加熱及び/又は冷却するための装置」は、「加熱及び冷却を行う装置」、「加熱を行う装置」、「冷却を行う装置」の3態様の装置を含むものと、文理上解されるところ、出願当初の明細書をみると、本件発明に係る装置が、「加熱及び冷却を行う装置」のみに限定される記載はなく、当該装置は、前記3態様の装置を含むものと解される。補正c2における「加熱あるいは冷却のための熱担体として」は、出願当初の明細書に記載された「処理すべき材料を加熱及び冷却するための装置」に係る加熱及び冷却とは、輻射加熱及び輻射冷却を意味するものではないから、補正c1に伴なう単なる補正と解されるものである。
したがつて、補正cは、出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであつて、補正cが要旨変更に当たるとする請求人の主張にも理由がない。
5 以上のとおり、前記各補正は、明細書の要旨を変更するものではなく、本件発明の出願日は正規の出願日どおりであると認めることができ、そうすると、本件発明の出願日より後に公開された甲第1号証により、本件発明が特許法第29条第1項第3号ないし同法同条第2項に該当するということはできない。
したがつて、請求人が主張する理由及び証拠によつては本件特許を無効とすることはできない。
4 審決の取消事由
本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(以下「出願当初の明細書」という。)の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」を昭和49年7月9日付け手続補正書により「層流」とした補正(以下「補正a」という。)、昭和50年2月7日付け手続補正書により出願当初の明細書の特許請求の範囲に「層流発生器3が処理すべき材料を収容するための装置の前方に配設されることにより」を追加した補正(以下「補正b」という。)、出願当初の明細書の特許請求の範囲における「加熱及び冷却するための装置」を昭和50年2月7日付け手続補正書により「加熱及び/又は冷却するための装置」とした補正(以下「補正c1」という。)、並びに出願当初の明細書の特許請求の範囲における「加熱及び冷却のための燃焼ガスとして」を昭和49年7月9日付け手続補正書により「加熱あるいは冷却のための熱担体として」とした補正(以下「補正c2」という。)は、いずれも出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものではないにもかかわらず、審決は、右各補正は出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであり、明細書の要旨を変更するものではないと誤つて判断したものであつて違法である。
1 補正a及び同bについて
(1) 特許法第41条における「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲」とは、出願当初の明細書又は図面に直接的な表現によつて記載されている事項のほか、そこに記載されている技術内容を出願時に当業者が客観的に判断して記載されていると認めることができた事項、すなわち自明の事項を含むと解される。
本件において、出願当初の明細書には「層流」なる記載は全くないが、審決は、右明細書中の「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている(参照 I. M Pilcher, Ingenieur Digest, 9 (1968), 71/75)。」という記載を根拠の1つとして、出願当初の明細書中の「撹乱状のピストン流」は「層流」を開示していた旨判断をしている。右判断の当否は、右記載を根拠として、出願当初の明細書の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」は「層流」を開示していたことが自明といえるかどうかによつて決すべきである。
この点について審決は、まず、挙示の「参照」文献には「層流の発生方法等について記載されている」とした上で、「したがつて、被請求人・出願人は、出願当初において、ピストン流と層流とを同じものと認識していたと認められる。」と認定している。しかし、第1に、「撹乱状の」という限定句を「ピストン流」と切り離し、「ピストン流」についてだけ議論すること自体、「ピストン流」と「層流」とが同一であるという結論を先取りした強引な辻褄合わせである上、前述した当業者の客観的判断という要素を無視した極めて不自然な操作である。ピストン流は、装置の設計を簡単化するために考え出された1つの極限の状態で、1つの理想流体であるから、実際の流体の1つである層流と同列に置くことはできず、「撹乱状の」等何らかの限定句があつて初めて実際上の意味を持ち得る概念であると考えられる。第2に、もともと「他の文献を引用して明細書の記載に代えてはならない」(特許法施行規則様式16備考6)のであつて、これは、特許法第36条第3項が発明の詳細な説明には当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていなければならない旨定め、当業者が明細書の記載だけによつても容易に実施できなければならないことを要求している以上、当然の法理である。したがつて、当該「参照」文献中の「層流」についての記載によつて、出願当初の明細書の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」が「層流」を開示していたと認定することは、そもそも特許法上許されないのである。しかも、「参照」文献は外国文献であり、また、文献の著者名は正しく「J. M Pilcher」で、前記明細書に記載されている「I. M Pilcher」はこれを誤記しているものであつて、当業者が当該「参照」文献を探り当てることができない可能性も否定できないから、なおさらである。第3に、「参照」文献とあるから、当業者がそれを前記明細書中のその前の部分の記述と何らかの関連がある事項が記載されている文献であるとの認識を持つことこそあれ、当該文献中に「層流」についての記載があるからといつて、前記明細書の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」を当該文献中の「層流」と同一のものと理解することは必ずしも期待できない。
右のとおりであつて、出願当初の明細書中の前記記載を根拠として、「撹乱状のピストン流」は「層流」を開示していたことが自明であるとは到底いい難い。
被告は、当願当初の明細書の発明の詳細な説明中の記載を根拠として、右明細書にはガス流の流れの利用として互いに混合しない層流の流れの利用についての開示があり、「撹乱状のピストン流」を「層流」とすることは単なる誤記の補正として許される旨主張する。しかし、出願当初の明細書の特許請求の範囲には「撹乱状のピストン流」と明記されているのであるから、被告の主張は、明細書における特許請求の範囲と発明の詳細な説明との差異、すなわち特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないことを無視したものであつて、主張自体失当である。しかも、被告が右主張の根拠とする、発明の詳細な説明中の(ホ)ないし(チ)の記載のうち、(チ)を除くその余のものはいずれも主語は「撹乱状のピストン流」となつているのであるから、この点でも被告の主張は失当である。
(2) 次に、審決は、昭和36年10月30日共立出版株式会社発行「化学大辞典7」のピストン流の項の記載及び昭和38年11月15日同社発行「化学大辞典5」の層流の項の記載に基づきピストン流と層流とは、本件発明においては同じ気体の流れを意味するものと解し、この点をも前記判断の根拠の1つとしている。しかし、前述したとおりピストン流は理想流体であり、現実の流れである層流と同視することはできない(例えば、ピストン流は層流と異なり、流れと直角な方向には速度分布がない。)。まして、出願当初の明細書に記載されている「ピストン流」が層流と同一概念であることが自明であるなどとは到底いえない。
(3) さらに、審決は、出願当初の明細書に記載されている「撹乱状のピストン流」、「動揺するピストン流」における「撹乱状の」、「動揺する」は、明らかにピストン流の修飾語として不適当であるとしている。これは、第一国出願明細書における「in Form einer turbulenzarmen Kolbenstromung」の誤訳が単なる誤記である旨の出願人(被告)の主張に対する判断に該当するものと考えられる。しかし、まず、出願当初の明細書に第一国出願明細書を誤訳したものが含まれていたとしても、それをもつて明細書における誤記ということはできない。また、ピストン流は、前述のように理想的な流れであるから、本件発明に係る殺菌装置にピストン流を現実に適用した場合、処理すべき材料と、これを収容するための装置とに一定のガス流が達するようにするのであるから、ピストン流に「撹乱状の」あるいは「動揺する」という修飾語が付されても、これらの修飾語が一概に不適当であるとか、形容に矛盾があるとはいえないのである。そのような概念のものとして出願人が限定したと諒解できるからである。ちなみに、出願人は、ピストン流と同じ気体の流れを意味するとする層流についても、わざわざ「撹乱のない層流」という表現を用いている(本件公告公報第2欄第30行、第3欄第3行等)。
被告は、「撹乱状の」は「ピストン流」の修飾語として不適当であると主張するが、特許請求の範囲に「撹乱状の」と明確に記載しておきながら、自ら表現が不適当であると主張することは信義則に反し、主張自体失当というべきである。
以上のとおりであつて、補正a及び同bは、出願当初の明細書に実質的に記載した事項の範囲内においてなされたものであるとした審決の判断は誤りである。
2 補正c1及び同c2について
補正c1及び同c2について、審決は、出願当初の明細書には本件発明に係る装置が加熱及び冷却を行う装置のみに限定される記載はないことを理由として、当該装置は加熱を行う装置、冷却を行う装置、加熱及び冷却を行う装置を含むものと断定している。しかし、出願当初の明細書の特許請求の範囲には「及び」と明記されているのであるから、これを「及び/又は」と補正することが出願当初の明細書に記載した事項の範囲内であると判断するためには、右明細書のどの部分に「及び/又は」が自明のものとして開示されているかを明らかにする必要がある。しかるに、審決はこの点を明らかにせず、根拠なく判断したものであつて、その判断は誤りである。
なお、被告は、「加熱及び冷却」はトンネル構造のものであり、「加熱又は冷却」は仕切構造のものである旨主張するが、右主張は否認する。
第3請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。
1 補正a及び同bについて
(1) 出願当初の明細書及び図面には、次の各記載がある。
(イ) 「熱及び殺菌装置は非連続的な仕切としてまた連続的なトンネル装置として公知となつている。」(第1頁第15、第16行)
(ロ) 「加熱は普通の方法で光線でもつて、冷却は貫流するガス流の装置でもつて行われる。」(第1頁末行ないし第2頁第2行)
(ハ) 「対応して連続的な熱炉或は冷却炉を実施することが出来る。同様に不連続な仕切装置の構造は本発明による原理によつて既に難点は除去されている。」(第5頁第6行ないし第9行)
(ニ) 「図面において、本発明による殺菌トンネルによる加熱帯域の領域における横断面を示すものである。殺菌トンネル1の上側に加熱或は冷却ガス用の配分路2が設けられている。」(第3頁末行ないし第4頁第3行。別紙図面参照)
(ホ) 「本発明によつて熱-及び殺菌装置における空気の汚染は仕切或はトンネル構造において、次のようにして低下することが出来る、即ち加熱及び冷却用の熱担持(搬送)体として浄化ガス流が使用され、そのガス流は撹乱状のピストン流の形で装置を通つて導かれ、その場合このガス流はまず処理すべき材料がそしてその時材料を収容するための装置が作動するように実施されて行われるものである。」(第2頁下から第5行ないし第3頁第4行)
(ヘ) 「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている(参照 I. M Pil-cher, Ingenieur Digest, 9 (1968), 71/75)。」(第3頁第4ないし第7行)
(ト) 「撹乱状のピストン流によつて熱ガス及び冷ガスが隣接する区間において混合することが阻止される。特別な仕切は必要ない。熱搬送の形によつて材料の節約された処理が行われる。」(第3頁第15ないし第18行)
(チ) 「純粋な空気流はまず第1に溝室4にある材料を流し、その時搬送装置5を流れる。」(第4頁第12、第13行)
ところで、出願当初の明細書においても、ガス流の流れの利用について、流れが処理すべき材料からその材料を収容する装置に沿つて順序だてられていること(前記(ホ)及び(チ))、及び熱ガスと冷ガスとが隣接していても混合しないことという流れの利用であること(前記(ト))が明らかであり、このような流れは一般に層流といわれるものである。その上、出願当初の明細書には「薄板状の流」として層流のことが明示されており(前記(ヘ))、また、薄板状の流れを発生させること自体は本件特許出願前公知のことでもある。
右のとおり、出願当初の明細書には、ガス流の流れの利用として互いに混合しない流れの利用についての開示があり、その利用の内容は、出願当初の明細書と補正明細書との間に実質上の差異はない。
(2) 原告は、審決が、出願当初の明細書中に、層流の発生方法等について記載されている参照文献を引いて「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている」と記載されているのを根拠の1つとして、出願当初の明細書中の「撹乱状のピストン流」は「層流」を開示している旨判断したのに対し、「撹乱状の」という限定句を「ピストン流」と切り離し、「ピストン流」についてだけ議論することはできない旨主張する。しかし、前述のとおり、出願当初の明細書にはガス流の流れの利用についての開示があり、そのガス流の流れの内容ないし実体は層流といわれるものであるから、それと矛盾しないよう、「撹乱状の」を分離して全体として統一するように補正することは単なる誤記の補正というべきであつて、原告の右非難は当たらない。
また、原告は、「参照」文献中の層流についての記載によつて、「撹乱状のピストン流」が「層流」を開示していたと認定することは特許法上許されない旨主張する。しかし、出願当初の明細書には右文献の内容を示すものとして「薄板状の流」という層流を表す記載がなされており、その記載は他の文献を引用して明細書の記載に代えたものではない。なお、「参照」文献中の著者名の誤記は、「参照」文献の特定を害さない限り許されるべきである。
さらに、原告は、「参照」文献とあるから、当業者が出願当初の明細書中のその前の部分の記述と何らかの関連がある事項が記載されている文献であるとの認識を持つことこそあれ、当該文献中に「層流」についての記載があるからといつて、前記明細書の特許請求の範囲における、「撹乱状のピストン流」を当該文献中の「層流」と同一のものと理解することは必ずしも期待できない旨主張する。しかし、前述のとおり、出願当初の明細書には層流に係る記載とそれに矛盾する記載とが存在しており、層流が正しいのであるから、層流に統一するように補正することは単なる誤記の補正というべきである。そうとすれば、当業者は、「参照」文献についても当然そのような観点から理解するはずであつて、原告の主張は理由がない。
(3) 審決が、ピストン流と層流とは、本件発明においては同じ期待の流れを意味しているとした点について、原告は、ピストン流と層流とが同一概念であることが自明であるなどとはいえない旨主張する。しかし、審決は、気体の流れとしてピストン流と層流とが同一であるかどうかを論じているのではなく、出願当初の明細書が、本件発明におけるガス流の流れの態様についての表現としてのピストン流や層流を同じガス流の流れを意味するものと解していることを指摘しただけである。
また、原告は、出願当初の明細書が第一国出願明細書を誤訳したことを理由としてこれを明細書における誤記ということはできない旨主張するが、審決は、誤訳を前提として「撹乱状の」がピストン流の修飾語として不適当としているのではなく、本件発明におけるガス流(気体)の流れを表現するのに、「ピストン流」を用いていることを前提として「撹乱状の」が修飾語として不適当としているのであるから、原告の右主張も理由がない。
なお、原告の指摘する「撹乱のない層流」という表現も、「撹乱のある層流」ということが考えられないのであるから、単に、層流の特性を表す混合しないことを強調して記載した無意味な修飾語というべきである。
以上のとおりであつて、補正a及び同bは、出願当初の明細書に実質的に記載した事項の範囲内においてなされたものであるとした審決の判断に誤りはない。
2 補正c1及び同c2について
原告は、出願当初の明細書のどの部分に「及び/又は」が自明のものとして開示されているかを明らかにする必要があるのに、審決は右理由を示していない旨主張する。
審決は、この処理温度の状況について、出願当初の明細書をみると、「加熱及び冷却」のみに限定される記載がないから、「加熱又は冷却」を除くものとはならないとして3つの態様を含むものと解しているのである。そして、処理温度の状況について、出願当初の明細書でも「加熱及び冷却」に限定されていないことは、右明細書でも仕切構造とトンネル構造との両方を想定しており、「加熱及び冷却」はトンネル構造のものであり、「加熱又は冷却」は仕切構造のものであることは、出願当初の明細書中の前記1、(1)記載の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、特に(ハ)、(ニ)により明らかである。しかも、この処理温度の状況に係る記載は公知のことについて述べたものであるから、審決が処理温度の状況について簡略にその理由を述べたとしても根拠なく判断したものとはいえない。よつて、原告の右主張は理由がない。
第4証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯等)、2(本件発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 補正a及び同bについて
(1) 成立に争いのない乙第1号証(特許願書)によれば、出願当初の明細書の特許請求の範囲は、「処理すべき材料を収容するための装置を備えかつ加熱及び冷却するための装置を備えた仕切構造或はトンネル構造における熱-殺菌装置において、加熱及び冷却のための燃焼ガスとして浄化されたガス流が使用され、それは撹乱状のピストン流の形で装置によつて導かれ、その場合ガス流がまず処理すべき材料を続いて処理すべき材料を収容するための装置が動作されるように形成されたことを特徴とする熱-殺菌装置。」であることが認められる。
ところで、補正b、すなわち出願当初の明細書の特許請求の範囲に「層流発生器3が処理すべき材料を収容するための装置の前方に配設されることにより」なる記載を追加する補正(成立に争いのない乙第2号証((昭和50年2月7日付け手続補正書))によれば、補正bは、右記載を出願当初の明細書の特許請求の範囲の記載中「仕切構造或はトンネル構造における温度処理-殺菌装置において、」の次に加入したものであることが認められる。)は、浄化されたガス流を層流の形で処理すべき材料に導くため、層流発生器3を、処理すべき材料を収容するための装置の前方に配置するということを内容とするものであつて、これは、ガス流の流れの形態の点は別として、出願当初の明細書の特許請求の範囲においても装置の構造上当然の前提とされていた事項を明示的に表現したにすぎない補正であると認められる。
したがつて、補正bが明細書の要旨を変更するものであるか否かは、補正aにおいて直接に問題にされているのと同様に、浄化されたガス流が処理すべき材料に導かれる流れの形態について、出願当初の明細書の特許請求の範囲においては「撹乱状のピストン流」とされていたのを、「層流」とした補正が出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲においてされたものであるか否かによつて決せられるので、以下補正a及びbを一括してこの点について検討する。
(2) 成立に争いのない乙第7号証の1ないし3によれば、昭和36年10月30日共立出版株式会社発行「化学大辞典7」の第380頁には、「ピストン流れ」について、「部分的混合が起こつていないとみなされる流レ。流体が装置や管内を流動する場合には、流レの方向に流体の混合や拡散が起こつたり、流レと直角な平面内で種々の速度分布をもつていたりするのが普通であるが、装置によつては、このような混合や拡散あるいは速度分布などが無視できる場合もある。この種の装置に対しては流体が装置内をある一様な平均流速で、あたかもピストンが動くように流れたと単純化して考えることによつて、理論的取扱が著しく簡易化される利点がある。このように単純化された流動状態をピストン流レとよび、充テン層や空管内の流レなどは近似的にこのような流レとして取り扱われている。」と記載されていることが認められ、右記載によれば、ピストン流とは、混合や拡散あるいは速度分布が無視できる程度にしか生じていないものとみなすことのできる流体の単純化した流れを指称するものと認められる。
他方、「撹乱」が「かき乱すこと」の意であることは明らかであるから、「撹乱状の流れ」はかき乱された流れ、すなわち混合や拡散が生じた流れを意味するものということができる。
そうすると、出願当初の明細書の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」は、相矛盾する内容を表す用語から成り立つており、右記載自体からはガス流のどのような流れの形態を表現しているのか明らかではない。
原告は、ピストン流は装置の設計を簡単化するために考え出された1つの極限の状態、1つの理想流体であるから、何らかの限定句があつて初めて実際上の意味を持ち得る概念であり、ピストン流に「撹乱状の」という修飾語が付されても一概に不適当であるとか、形容に矛盾があるとはいえない旨主張するが、ピストン流はそれ自体前記のとおりの意味を有するものであり、「撹乱状の」がこれと矛盾するものであることは明らかである。
ところで、特許法が規定する手続の補正のうち特許出願の客体たる発明に関して認められる願書に添付した明細書及び図面の補正は、本来出願当初から完全な内容のものとして提出すべき明細書及び図面が実際には種々の不備を包含している場合に、これを補充訂正することを許容し、特許出願に係る出願人の利益を保障しようとするものであるが、補正の効力が出願時に遡及し、当初から補正された内容で出願されたと同様に扱われることから、補正を無制限に認めると、当該特許出願は、その出願後補正前に補正されたと同一内容のものについて特許出願をした第三者に対し優先する結果となるなど第三者の利益が損なわれるため、特許法は、補正の時期及び内容に即した規整を定めており、出願公告決定の謄本の送達前においては、補正は、一定の時期に限り、かつその内容が明細書又は図面の要旨(以下、図面の要旨は明細書の要旨に含ませて取り扱う。)を変更しないものであることを要件として許容すべきものとし、右要件に関し、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」(同法第41条)と定めており、右規定によつて補正が明細書の要旨を変更しないものとみなされるときは、同法第40条の適用上も、当該特許権に係る特許出願は、その補正について手続補正書を提出したときにしたものとの擬制を受けないこととなるのである。補正に関する特許法の規整が叙上のような趣旨に基づくものであるとすれば、出願公告決定の謄本の送達前における補正がその内容上の要件である明細書の要旨を変更しないものに当たるかどうかについては、出願人と第三者の相対立する利益を調節する観点に立つて考察するのを相当とし、したがつて、本件におけるように、出願当初の明細書の特許請求の範囲に表現上矛盾する用語から成る記載が存する場合において、これを対象とする補正が特許法第41条にいう出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲においてなされたものかどうかを判断するためには、(ア)まず、当業者において、当該記載を含む右明細書及び図面の全体に基づき発明の技術的課題ないし目的、構成及び作用効果並びに実施例等各側面にわたつて客観的に発明をとらえる場合、その中で、当該記載をどのような意味を有する技術手段として理解するかを確定し(その結果、当該記載が実質を誤つて表現したことが確定する。)、その一環として、出願当初の明細書及び図面に接する当業者が当該記載は右技術手段を表現するものとしては誤記を含むことを容易に認識し得るかどうかをも斟酌した上、(イ)補正の内容が当該記載の真実の意味に実質的な変動をもたらすものではなく、むしろ、右補正により明細書の全体が表現上の矛盾を含まず、発明の内容を整合的に開示したものとなるかどうかを検討することが必要であるといわなければならない。そして、右(ア)(イ)の検討に基づき、前記表現上矛盾する用語から成る記載の補正が単なる誤記を訂正したものと認められるときは、右補正は、出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであつて、明細書の要旨を変更しないという要件を満たすものであるというべきである。したがつて、本件において、出願当初の明細書の特許請求の範囲に記載されていた「撹乱状のピストン流」を「層流」とした補正が、単なる誤記を訂正したものと認められるとすれば、補正a及びbは出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであつて、明細書の要旨を変更するものではないと解するのが相当である。
この点について、原告は、出願当初の明細書の特許請求の範囲には「撹乱状のピストン流」と明記されており、特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないのであるから、あらためて出願当初の明細書の発明の詳細な説明中の記載を検討して右明細書に層流の流れの利用についての開示があるかどうかを判断することはできない旨主張するが、右説示の趣旨に照らして採用できない。
そこで、前記(ア)、(イ)の各点について項を改めて検討する。
(3)(ア) 前掲乙第1号証によれば、出願当初の明細書の発明の詳細な説明には、①「本発明は、処理すべき材料を加熱及び冷却するための装置を備えまた収容するための装置を備えた仕切構造或はトンネル構造における熱-殺菌装置に関するものである。例えばこのような装置はガラス膨大部の温度の冷却炉として或は殺菌仕切或はトンネルとして薬学上のプレパラートの殺菌包装用の包装装置において使用される。熱及び殺菌装置は非連続的な仕切としてまた連続的なトンネル装置として公知となつている。(中略)加熱は普通の方法で光線でもつて、冷却は貫流するガス流の装置でもつて行われる。光線加熱は装置においてコントロール不可能な対流の流れを発生し、それによつて整えられる場合阻止できない磨滅が内室を経て分配され、処理すべき材料において及びその中で作用を及ぼす。(中略)処理すべき材料の避けられない汚染が殺菌装置において高い割合が示される。熱装置においては材料は加えて強力に浄化されねばならない。慣習的に実施されて来た構造においては粒子数を内室において低くすることは出来ない。したがつてこの欠点は今までずつと附随して来たことである。」(第1頁第7行ないし第2頁第15行)と記載され、右記載に引きつづいて、②「本発明によつて熱-及び殺菌装置における空気の汚染は仕切或はトンネル構造において、次のようにして低下することが出来る、即ち加熱及び冷却用の熱担持(搬送)体として浄化ガス流が使用され、そのガス流は撹乱状のピストン流の形で装置を通つて導かれ、その場合このガス流はまず処理すべき材料がそしてその時材料を収容するための装置が作動するように実施されて行われるものである。」(第2頁第16行ないし第3頁第4行)、③「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている(参照 I. M Pilcher, Ingenieur Digest, 9 (1968), 71/75)。」(第3頁第4行ないし第7行)、④「本発明による装置は著しい特長を有するものである。内室における異物の数は従来の構造に比べ著しく軽減される。ピストン流は熱搬送の十分な計算が許容され、したがつて装置の確実な寸法決定が許容される。」(第3頁第8行ないし第12行)、⑤「撹乱状のピストン流によつて熱ガス及び冷ガスが隣接する区間において混合することが阻止される。特別な仕切は必要ない。」(第3頁第15行ないし第17行)と記載されていることが認められる。なお、成立に争いのない乙第3号証によれば、1968年9月発行の「ingenieur digest」第71頁ないし第75頁にJ. M Pilcher(出願当初の明細書に記載されているI. M Pilcherは誤りである。)執筆の「純粋空間-解釈と設備」という論文が掲載され、同論文では層流の発生方法等について論じられていることが認められる。
出願当初の明細書の前記記載によれば、従来の装置においては、処理すべき材料を加熱及び冷却する際に、コントロールすることが不可能な対流が生じ、処理すべき材料の汚染が避けられなかつたが、出願当初の明細書記載の発明は、この欠点を解消することを目的とするものであり、右目的を加熱及び冷却用の熱担持(搬送)体として浄化ガスを用い、このガス流を「撹乱状のピストン流」の形で処理すべき材料に導くことにより達成したものと認められる。
ところで、出願当初の明細書記載の発明は、従来の装置においては処理すべき材料を加熱及び冷却する際に、コントロールすることが不可能な対流が生じ、処理すべき材料の汚染が避けられなかつた欠点を解消することを目的とするものであること(なお、右対流が流体の混合、拡散をもたらすことは明らかである。)、出願当初の明細書には「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている。」と記載されているが、ガス流が混合したり、拡散したりすると「薄板状の流」とはならないことは技術常識に属する事項であること、右記載に関して挙示されている参照文献は層流の発生方法等に関するものであるが、層流は、後記のとおり混合や拡散を生じない流体の流れを意味するものであること、出願当初の明細書に「撹乱状のピストン流によつて熱ガス及び冷ガスが隣接する区間において混合することが阻止される。特別な仕切は必要ない。」と記載されていることを総合すると、当業者は、出願当初の明細書の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」は、混合や拡散が生じていないガス流の流れの形態を表現するものとして用いられていると理解するものと認めるのが相当である。
出願当初の明細書の「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている。」との記載に続く参照文献が層流の発生方法等について記載されていることを理由として、当業者は、出願当初の明細書の特許請求の範囲における「撹乱状のピストン流」は、混合や拡散が生じていないガス流の流れの形態を表現するものとして用いられていると理解するものと認めることは、参照文献の記載内容に徴し「撹乱状のピストン流」がどのように理解されると認められるかという明細書の理解の仕方に関することであつて、「他の文献を引用して明細書の記載に代え」(特許法施行規則様式16備考6)るものではなく、また、出願当初の明細書の参照文献の著者名の表示が不正確であること原告主張のとおりであるが、その程度は軽微であつて、当業者が明細書の記載内容を理解するための資料としてこれを探索する妨げとなるものとは認め難く、その他出願当初の明細書の前記記載を根拠として、「撹乱状のピストン流」は「層流」を開示していたとすることはできないとする原告の主張は採用できない。
そして、前記のとおりピストン流は混合や拡散などが無視できる程度にしか生じていないものとみなすことのできる流れの単純化した形態を指称するものであり、「撹乱状の」は右形態と相反する内容を意味するものであるから、出願当初の明細書の特許請求の範囲において、混合や拡散が生じていないガス流の流れの形態を表現するものとして用いられた「撹乱状のピストン流」のうち「撹乱状の」の部分は誤つて記載されたものということができるが、前段で認定説示したところ並びにピストン流について前記辞典に前記のとおりの解説があることなどを総合すると、出願当初の明細書に接した当業者は、同明細書記載の発明におけるガス流の流れの形態は混合や拡散を生じないものであり、したがつて、ガス流の流れの形態を表現する「撹乱状のピストン流」のうち「撹乱状の」は誤つた記載であるということは容易に認識し得るものと認めるのが相当である。
(イ) 次に、成立に争いのない乙第6号証の1ないし3によれば、昭和36年4月15日共立出版株式会社発行「化学大辞典5」の第508頁には、「層流」について、「乱流に対する語。O. Reynoldsの実験的研究(1883年)によれば、円管に水を流すとき、流れのレイノルズ数R=ρaU/η(aは円管の内径、Uは平均流速=流量/断面積、ρは流体の密度、ηは粘度)が大体1000よりも小さければ、管内の流れは規則的な流線をもち、隣合つた流体部分は混ざり合うことなく、あたかも重ねたカードをすべらせるように層状に動く。一般にこのような流体の流れを層流という。」と記載されていることが認められる。右記載によれば、層流は混合や拡散を生じない流体の流れの形態をその内容とするものと解することができるが、右形態は、出願当初の明細書において「撹乱状のピストン流」という表現で意図したガス流の流れの形態と一致する。もつとも、前記のとおりピストン流は流体の流れについて理論的取扱いを簡易化するために単純化した流動状態を指称するものであり、層流は実際の流動状態を指称するものである点で異なるが、流体の混合や拡散を生じない流れの形態を意味するものである点で共通する(したがつて、審決がピストン流と層流とは、本件発明において同じ気体の流れを意味するとした点に誤りがあるとはいえず、審決の右説示に反駁する原告の主張は採用できない。)。
したがつて、ガス流の流れの形態について「層流」とした補正は、出願当初の明細書において「撹乱状のピストン流」なる表現が正しく意味するところを実質的に変動させるものではなく、また、右補正により明細書全体が矛盾なく整合的に理解し得るものであることは明らかである。
補正a及びbは本件出願の基となつた第一国出願明細書の文言の誤訳を理由に補正しようとするものとは認められないから、これと異なる見方に立つて審決の判断の誤りをいう原告の主張部分はもとより失当である。
以上のとおりであるから、ガス流の流れの形態につき「層流」とした補正は、単なる誤記を訂正したものであつて、出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものというべく、補正a及び同bは明細書の要旨を変更するものではないとした審決の判断に誤りはないものというべきである。
なお、審決は「撹乱状のピストン流」がガス流のどのような流れの形態を表現するものとして用いられているのか、また、右表現にもかかわらずガス流の流れの形態を「ピストン流」と解すべき実質的な理由を示さずに単に出願当初の明細書に「撹乱状のピストン流(薄板状の流)を発生させることは公知となつている(参照 I. M Pilcher, Ingenieur Digest 9 (1968), 71/75)。」と記載されていること、右参照文献に層流の発生方法等が記載されていることを理由として、出願人は出願当初においてピストン流と層流とを同じものと認識していた認められるとしたものであつて、この点は説明不足の感があることは否定し難いが、補正a及び同bは出願当初の明細書に実質的に記載の範囲においてなされたものであるとした判断は、前記説示したとおり、その結論において誤りはないものというべきである。
2 補正c1及び同c2について
前記1、(3)において認定したとおり、出願当初の明細書の発明の詳細な説明には、①「本発明は、処理すべき材料を加熱及び冷却するための装置を備えまた収容するための装置を備えた仕切構造或はトンネル構造における熱-殺菌装置に関するものである。例えばこのような装置はガラス膨大部の温度の冷却炉として或は殺菌仕切或はトンネルとして薬学上のプレパラートの殺菌包装用の包装装置において使用される。」、②「熱及び殺菌装置は非連続的な仕切としてまた連続的なトンネル装置として公知となつている。」③「撹乱状のピストン流によつて熱ガス及び冷ガスが隣接する区間において混合することが阻止される。特別な仕切は必要ない。」と記載されており、また、前掲乙第1号証によれば、右発明の詳細な説明には、連続的なトンネル構造の装置の実施例の説明に続いて、④「対応して連続的な熱炉或は冷却炉を実施することが出来る。同様に不連続な仕切装置の構造は本発明による原理によつて既に難点は除去されている。」(第5頁第6行ないし第9行)と記載されていることが認められる。
前記①及び③の記載によれば、出願当初の明細書には、「加熱及び冷却するための装置」を備えたものが開示されているものと認められる。
また、前記①の記載中「例えばこのような装置はガラス膨大部の温度の冷却炉として(中略)使用される。」は「冷却するための装置」を備えていることを意味し、前記④の記載中「熱炉或は冷却炉を実施することが出来る。」は「加熱のための装置或は冷却するための装置」を備えていることを意味するものであつて、出願当初の明細書には、「加熱するための装置」あるいは「冷却するための装置」を備えたものが開示されているものと認められる。
さらに、前記①、②の記載によれば、処理すべき材料を処理する装置は、非連続的な仕切構造を持つものと連続的なトンネル構造を持つものとがあることが認められる。そして、非連続的な仕切構造を持つ装置においては、処理すべき材料を該装置に入れ、処理が完了すると取り出し、次いでまた次の処理すべき材料を入れて処理するという工程をとるものであるから、加熱処理、冷却処理という熱的に全く反対の処理を行う場合には、加熱専用の装置(加熱炉)あるいは冷却専用の装置(冷却炉)に分けるのが通常であると解される。したがつて、右各記載からいつても、出願当初の明細書には、「加熱するための装置」を備えたもの、「冷却するための装置」を備えたものが開示されていたということができる。
したがつて、補正c1は出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものと認めるのが相当である。そして、補正c2は補正c1に伴なう単なる補正であることは明らかである。
審決が補正c1及び同c2は出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであるとした理由は簡略ではあるが、根拠なく判断したものとは認め難く、右各補正は出願当初の明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであつて、明細書の要旨を変更するものではないとした審決の判断に誤りはないものというべきである。
3 よつて審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(蕪山嚴 竹田稔 濵崎浩一)
<以下省略>